11話
キースはロールを玄関へと案内していた。すると、廊下の先から小さい動物が走ってくるのが見えた。
恐らく先ほどマールが保護した子猫だろう。少し目を離したすきに逃げだしたのかもしれない。
キースはロールに簡潔に断りを入れ子猫を腕に抱く。
「よしよし、おとなしくしようなぁ」
キースは手慣れた様子で頭を撫でると子猫は腕の中で喉を鳴らす。
気持ち良さそうに目を細めている子猫を見てロールは少し不機嫌になった。
キースが自分のことなど目にもくれずに子猫の頭を撫でているからだ。
「キース様、その猫はなんですの?まさか、飼われてるのですか…」
「いえ。恐らく先ほど使用人の一人が保護した猫でしょう」
キースがそう説明したと同じくらいに廊下の曲がり角からマールが走ってやってきた。
マールはキースとロールの姿を見て一度頭を下げる。頭を上げたマールの目にキースの腕の中の子猫が入ってきた。
二人にマールは駈け足で近づく。
「申し訳ございません。目を離したすきに猫が逃げ出してしまいまして…」
「あなたねぇ!もっとしっかりしなさいよ!」
「申し訳ございません!」
「ロール様、私からも謝罪させていただきます。申し訳ございません。…マール、ほら」
ロールに責められているマールを見かねてキースが頭を下げる。
その行動によって、ロールはこれ以上マールに何も言えなかった…。キースは子猫をマールに差し出す。
「申し訳ございません…。お話の邪魔をしてしまいまして」
マールは子猫をキースから受け取りながらもう一度頭を下げた。
キースは笑顔でマールの腕の中にいる子猫の頭を撫でてやるとまた子猫は気持ち良さそうに目を細め喉を鳴らす。
「いや、私はこれから執務があるのでロール様を今玄関にお連れしていたところなんだ。この猫中庭で拾った子だろ?」
「はい。カーネルから聞きました。子猫用に何か食べれる物を作るように指示を出していただきましてありがとうございました」
「じゃあ、また町に里親募集の告知を出すようにユートに言っとくからそれまで面倒みるように」
「はい。お願いいたします」
キースとマールのやり取りを傍で見ていてロールは一人取り残されたように感じ、マールのことを睨みつける。
だが、マールは自分の腕の中でおとなしくしている子猫のことで頭が一杯でそれに気付かなかった。
それはキースも同様だ。自分の後ろにロールが立っているため、気付くことができなかった。
三人のところにもう一つ足音が近づいてきた。マールに手伝いを依頼されて一緒に子猫を探していたカーネルだ。
カーネルも三人の姿を見ると頭を一つ下げて近づいてきた。
その時にロールの顔を見てカーネルは少し驚いたがそれは顔には出さずにキースとロールに声をかける。
「キース様、ロール様、申し訳ございません。お話の邪魔をしてしまいましたか?」
「いや、マールにも説明したが玄関へお連れしている最中だったんだ。ロール様、申し訳ございません。さぁ、行きましょうか」
キースが笑顔でロールを再度促すがロールはマールの姿をじっと見ている。
そして、ふっと微笑むとマールにゆっくりと近づいて声をかける。
「あなた…マールと言うの?」
「はい。マーリッヒ家に仕えさせて頂いております、マールと申します」
「そう。キース様ここで大丈夫です。玄関まではこちらのマールに案内していただきます」
「え?ですが…」
「マール、お願いしますね」
それだけ言うとロールは数歩歩いてマールのほうを振り返る。
マールは慌てて自分の腕の中にいた子猫をカーネルに渡すとロールの一歩前に出る。
「申し訳ございません。ただいま案内いたします」
「お願いね。それではキース様、またお時間があるときに」
「…ロール様、お気を付けて。マール、頼む」
ロールが最後にもう一度キースに頭を下げ、マールに案内するように促す。
マールが先を行き、ロールがその後を追う形で玄関に向かっていく後姿を見ながらカーネルはキースに話しかける。
「あの…キース様」
「ん?どうかしたか?」
「…先ほどのロール様ってどんな方ですか?」
「お前も俺とユートの会話聞いてただろ?顔も今日見て、やっと思い出したぐらいだし。特に分からないけどどうしてだ?」
「いえ…」
キースとマールの二人を見ていた時のロールの顔を思い出す。
あれは…妬んでいる顔だった。マールのことを睨んでいるようにも見えた。
何かマールが失礼なことをしたのかとも最初は思ったがそういうわけではなさそうだ。
ということは…やはり妬んでいるのだろう、マールのことを。
だが、使用人として二人きりになることを止めるわけにもいかなかった。
何もなければいいのだが…。
・・・
玄関までロールを送り届けたマールはドアを開けてロールを促す。
外に出たロールは手に持っていた帽子を被るとマールに声をかける。
「あなたがマールだったのね」
「あの…」
「前にキース様が留学してた時に聞いたのよ。妹のような女の子がいるって」
その言葉の意図がマールには掴めなかった。
何故今そんな言葉が出てくるのだろうか…
妹のような女の子。やはり、キースは自分のことを妹のようにしか思ってないのだろう。
そう思ってはいたのだがいざそう言われると少し落ち込んでしまう。
ロールはさらに追い打ちをかけるようにマールに話しかける。
「キース様ももう20なのにまだ御縁談がないのはあなたのせいではなくて?」
「え?」
「あなたのような気にかかる妹が心配でキース様は御縁談を断ってるのではないのかしら?」
「…」
「それではまた。ごきげんよう」
「あ、失礼いたします。お気をつけて」
ロールが歩きだしてマールは慌てて頭を下げる。
頭を上げてロールの姿が無いことを確認してから、マールは先ほどのロールに言われた言葉を頭に思い浮かべる。
ロールが言った言葉が本当ならば…自分は…。
マールは先ほどの言葉を振り払うように頭を横に振ってから自分の仕事に戻った。
その日の夜。
一日の仕事を終えたマールは自分の部屋へと戻ってきていた。
髪飾りを外し、自分のベッドに腰をおろして一息つく。
だけど、仕事をしていてもふとした時にロールに去り際に言われた言葉を思い出してしまう。
自分がいるせいでキースは縁談を断っているのだろうか…。
確かに今でもキースが令嬢と恋仲になっているとは聞いたことはない。それは…自分が、自分のように心配をかけてしまう妹のような存在がいるからだろうか。
もう…そろそろ限界なのかもしれない。これ以上いるともっとキースに、オータムに、メイに、それにマーリッヒ家に関わる人全員に迷惑をかけてしまう…。
マールは壁に掛けられたカレンダーに目を向けある計画を頭の中で作り始める。
その計画によってキースとマールの人生が変わることを彼女はまだ知らない…。