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挿絵(By みてみん)


ルスラン 5


 冬が来た。

 春を迎え、そして、夏が来る前には、リノは「天の王」を卒業してしまう。

 僕はリノが好きだったが、この気持ちが恋なのかどうかは、分かりかねていた。

 第一、リノは僕を恋愛対象には見ていない。

 その方が良い気もした。

 彼は「愛される」事を嫌がっていたから。


 年の終わりから始めは「天の王」も休暇中で、先生も学生も自宅に帰省する。

 僕も帰るようにと、父から手紙を貰っていたが、旅費がかかるからと、帰省しなかった。

 事実、この「天の王」の自由な空気を知ってから、僕はあの国には帰りたいとは一度も思ったことがなかった。

 寄宿舎には僕の他に数人がいたが、食事は食堂で各自自炊するようになっていた。

 中等科の食堂だけが使えるようになっていたから、高等科の生徒も数人いた。そこにリノの姿を見つけたんだ。

 嬉しくなって駆け寄ろうとしたけれど、邪魔になるのは僕の望むところではない。

 遠巻きに見ていたら、手を招いてくれ、「どうせ料理するんだから、皆で一緒に作ろうぜ」と、周りの生徒達全員を巻き込み、腕を揮う事になった。

 慣れない料理に右往左往しながらも、素人シェフ十二人全員で作ったミートボールシチューは美味しかった。


「あれ?初等科の生徒は見当たらないけど…」

「初等科の奴らは保育院が世話してくれるからな」

「そうなんだ…」

「学園に残ってる奴らは、よっぽどの事情がある奴か、保育院出だぜ」

「リノは?」

「俺も保育院出身。それより、ルスランは何故帰らなかった?」

「う…ん。なんか、ここの方が居心地良いから…かな」

 薄々気づいてはいたけれど、リノの口から保育院出身だと聞いて、可哀想に思ったのは事実だ。リノがそんな同情を望んでいない事も、わかっていたけれど。

 


「聞いちゃいけないかもしれないけど…リノは、どうしてここに来たの?」

 雪が積もった朝、リノに誘われて、僕らは校庭を散歩した。

 林の向こうまで、ただ歩き続ける。

 雪は珍しくなかったけれど、雪を踏み鳴らす音を、こんな風に鮮やかな気分で聞いた事は無かった。

 きっとリノが傍に居るからだろう。


「…あまり人には話さないけど、ルスランは俺の弟子みたいなもんだから、教えてやろう。ルスランみたいに親の愛情を受けた子供に聞かすには、少しハードな話だけどな」

 リノは僕に自分の生い立ちを教えてくれた。


 ここサマシティとは遠く離れた海沿いの町で、リノは生まれた。

 リノの両親は貧しい暮らしに嫌気がさし、何度も職を変え、家を変え…思い通りにならない人生の鬱憤を小さな息子にぶちまけ、虐待し続けた。

 何日も食うものを与えられず、棒で殴られた時も多々あったと言う。普通の子供なら死んでいたかもしれないが、リノは生まれながらに治癒の能力が備わっていた。

 どんなに酷い目に合っても、翌日には痛みが引き、寝込む事も無かった。そんなリノを、両親はバケモノを見る様に気味悪がった。そして、より以上に、彼をいたぶった。

 暴力に打ちのめされた彼は死を覚悟した。

 彼は絶望の意味も、親への憎しみさえわからず、自分の死を願った。

 或る時、リノの前に彼の救世主が現れた。

 「天の王」学園の学長、トゥエ・イェタルだ。

 彼は両親に金を渡し、リノを引き取り「天の王」へ連れ帰った。

 そして、五歳のなったばかりのリノは「天の王」保育院で暮らすようになった。

 この保育院はいわゆる身寄りのないアルトを引き取り、力のある魔法使いとして正しく養育する為にトゥエが特別に創らせたと言う。


「要は、トゥエが自分に都合の良いアルトを増やしたいだけかもしれないな」

「でも、そんな人には見えないよ。学長は立派な御方だと、思う」

「立派さ。立派過ぎて…太刀打ちできねえし…」

「リノは…学長が嫌いなの?」

「嫌いなわけがない。何と言っても命の恩人だ。だけど…それが悔しいって気分にもなる。愛情の欠片すら知らなかった俺に、ここの住人たちは愛を注ぎ続けたんだ。うっとおしくなるぐらいに…心からの愛情を。保育院の先生や小さな仲間たち、トゥエが、今の俺を育ててくれた」

「それって、無償の愛って言うんじゃないかな。親子の情みたいな…あ、ごめん」

「いや、ホントそれだと思う。ルスランが当たり前に感じた愛を、俺は貰わなかった代わりに、トゥエ達はそれと同じ分の愛情をくれたのだと思うよ。俺は…どうやってそれを返していいかわからない…」

「でも、学長は…親の愛は返さなくても良いって言ってた。親は当たり前に子の幸せを祈るものだからって、僕に教えてくれたよ」

「わかっている。でもそれは親の言い草。こちらは恩着せがましく感じてしまう。その上、本当の親でもないんだからさ…」

「でも…」


 でも、きっとトゥエはリノに幸せになってもらいたいって…願っているよ。


「ほら、あっちが保育院の敷地だ」

 こちらとは低い塀と網のフェンスで仕切られている向こう側の景色は、こちらと変わらぬ雪化粧された白い林。

射し込んだ光にキラキラ輝いて、見知らぬ土地へ迷い込んだ様。


「誰もいないね」

「まだ、朝だからな。まあ、ここはこちらとの境目だから、幼い子には近づかない様に先生にきつく言われている。何しろ上級生たちは、飢えた狼だ。可愛い羊を食べられては折角育てた甲斐が無いってもんだ」

「…リノは、天邪鬼?」

「へ?…そうだな、保育院出は、大概天邪鬼になる。なんせ、貧乏で親無し子で、帰る家も無い。自分たち以外の生徒はお金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんで、俺たちが欲しいものを持っている奴らばっかりだ。ひねくれないでどうするよ」

「でも、リノは優しい。口は悪いけど、魂が綺麗なんだ。頭も良いし、人気もあるし…」

 リノはフンと嗤い、フェンスを軽々と登り、向こう側に飛び降りた。

「良いの?勝手に入って」

 俺はここが家みたいなもんだから良いんだよ。さあ、今日は特別だ。おまえもさっさとこっちへ来な」

 僕は急いでフェンスをよじ登り、先を歩くリノを追いかけた。


「保育院で暮らしてる奴らは、総じて能力のあるアルトばかり。それに家庭事情が複雑で、さすがの俺でさえ、ここに居る時には引け目を感じることは少なかったよ。でも、皆一応にクセが強くてね。先生たちも扱いにくかっただろうなあ。今更ながら同情するよ」

 思い出を話すリノの表情は柔らかく、幼い頃の傷は癒されているようで、僕は心から安堵していた。

「今でも保育院には行くの?」

「たまにね。お菓子を持っていったりすると、あいつらめちゃ喜ぶんだ。それに毒があっても可愛い子が多い。なんせトゥエのお気に入りばかりだ」

「リノも…お気に入りの子がいる?」

「え?そうだなあ~。まあ、居てもガキ過ぎて、犯そうとか思わないけど」

「…」

 そういう意味じゃなかった。


「ほら、あの端にあるだろ?あれは俺がここに居た頃に植えた林檎の木。幹ばかり伸びやがって、大した実を付けないが、昼寝には良い塩梅の枝成りだ」

「…」

「卒業する頃には白い花が咲く。秋には小さな実がなる。なかなか美味いぞ。こいつをルスランにやるよ」

 学園を囲う高塀のこちらに、すっくと立つ一本の林檎の木。その幹を叩き、積もった雪が落ちるのを、リノは無邪気に楽しんでいる。

 僕はリノの口から卒業と言う言葉を聞いて、急に寂しくなった。


「リノ…僕…あなたが好きだ」

 そう言うと、リノは驚きもせず、「俺もおまえが好きだよ。友情と信頼の情愛だ」と、応えた。

「僕は…あなたに、恋をしているんだ…」

 そう、僕のこの想いはきっと恋なのだ。


「…前に俺はおまえに言ったね。愛されるのは苦手だと。本当は…苦手と言うより、怖いんだ。人の感情は虚ろうものだろう?本当の恋だと信じても、時が経てば、または別の魅力的な人が現れたら、本当の恋だと信じていた心は、変わっていくだろう。どうする事も出来ない運命だと、自分を納得させるだろう。俺はね、ルスラン。もうずっと…苦しい恋をしている」

「…」

「真実の愛という石を、じっと胸の奥底で温めているんだ」

「相手の人に…告白しないの?」

「叶わぬ恋とわかっている。そして…苦しい恋心が募る程、この石は結晶となり、輝きを増していく。俺はそれをただじっと…見つめているのが、好きなんだ」

「…」

「ルスランも俺への恋が本物なら、もっと苦しんでご覧?でも多分、おまえは俺を思い出に変えるだろう。俺もそれを望んでいる。美しい思い出になる事を…」


 リノはただ一度、僕に口づけをくれた。

 それは僕の涙で、しょっぱかったけれど、悲しくて、悔しかったけれど…確かに美しいと思えたんだ。

 



 リノは卒業した。

 大学に進学して、「天の王」の先生になるのだとばかり思っていたが、彼は大方の予想を裏切って、いつ帰るともわからぬ旅に出たのだった。

「ここで守られたまま大人になるのもどうかと思ってね。色んな世界を見渡してみるよ。狭間から行けるパスポートも特別にトゥエに貰ってしまったからね。こうなりゃ、期待に応えるしかないさ」

「リノ…」

「いつか、また会える時が来るかもしれない。来ないかもしれない。俺の予見でもそれはわからない。ただね、ルスランとの思い出は、俺を温めてくれるものになっているからね。出会えて良かった。ありがとう」


 差し出されたリノの大きな掌を、僕は両手で掴み…離さなかった。

 涙は止まらず、「離れたくない」と、何度も呟き、リノを困らせた。

 

「ねえ、この俺がさ、ひとつだけ予見してやる。おまえは…人を幸せにする魔法使いになれる。だから頑張れ。遠い天の下で、祈ってやるから…」


 僕は、あなたの言葉を、ずっと信じていたかった…




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