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挿絵(By みてみん)


ルスラン 2


 母が亡くなった為、僕は父の故郷へ行くことになった。

 十歳になったばかりの僕には、父に付いていく以外の道は知らなかったんだ。

 住み慣れた港町を船が離岸した時、いつか必ず、母と暮らしたこの町へ帰ってくると、誓った。


 船や汽車を乗り継ぎ、父の国へ着くまでの間、父は今まで僕が知らなかった様々な話をしてくれた。



 父、カレルは古い歴史を持つ大国が管理するメジェリ公国の第三公子として生まれた。

 メジェリ公国は険しい山々に囲まれた狭く険しい土地ばかりで、目立った産業も無く、かと言って農業に適してもいない痩せた領地だった。


 父は、早くから国を出て、自由に暮らしたいと願っていた為、進学を理由に好きな絵を学びたいと、パリへ留学した。

 美大時代にカフェで出会った母、ロレーンと恋仲になり、結婚。

 勿論、メジェリ家はこの結婚に反対だった。

 メジェリ公国は貧しく、公家の者達はいくつもの国々との政略結婚で、国の財力をなんとか保ってきたからだ。

 母には何ひとつ後ろ盾は無かった。父は国を捨て、母と駆け落ちをし、そして、僕が生まれたんだ。


 平凡だけれど、決して裕福ではなかったけれど、父と母と僕は幸せだった。

 あの日までは。


 メジェリ公が亡くなり、第一公子のクレキが即位したが、持病の心臓病が悪化。即位二月後に亡くなった。すぐに次兄のトゥルが後を継いだが、即位ひと月も経たないうちに、落馬の事故で、打ちどころが悪く、死亡した。

 そして、第三公子である父が、メジェリ公を継ぐことになった。


 父はとても悩んだと言う。

 長兄のクレキには以前から決められていた婚約者がおり、即位をした折に、すぐにでも結婚する予定だった。勿論、これも政略結婚だ。

 婚約者カロリーヌはメジェリ公国を統治する大国の末姫であり、大国の援助が無ければ、公国の統治は難しかった。

クレキが死に、トゥルも無き後、メジェリ公国を継ぐ者がカロリーヌと婚姻する事は必然だった。


 父が母に相談した時、母は少し涙を流し、そして微笑みながら「多くの人々を助ける勤めを任されたのは、あなたにとって素晴らしい使命だと思うの。離れてしまうのは悲しいけれど、この先もあなたを愛し続けてもいい?ラファも立派に育ててみせるから、こちらの事は心配なさらず、懸命に自分の務めを果たして、良い公主さまになって下さい…」と、父を励ました。


 それから父はメジェレ公主になり、カロリーヌと結婚し、一年後に男子が生まれた。僕にとっては母違いの七つ離れた弟となる。


 

「よく聞いて欲しい、ラファ。決して褒められた事ではないが…メジェレはとても貧しい国だ。民は皆、餓えずに食べて行くのがやっとの状況で、それは私達公族であっても同じ。おまえに贅沢な暮らしはさせてやれない。だけど、皆、働くのが大好きな良き者たちばかりなのだ。慣れない事もあるだろうけれど、国の人々と仲よくやって欲しいんだ」

「わかった」

「それから、妻の…公妃の事だが…、悪い性質ではないのだけれど、気が強くてね。きっとおまえにも厳しいだろうけれど…我慢しておくれ」

「…わかった」


 僕は母と約束した「天の王」寄宿学校の事は父には話せなかった。

 元々僕が行きたいわけでもなかったし、父の国が貧乏なら、僕の為に税金を使わせるわけもいかないだろう。(母が僕の為に貯めたであろう貯蓄があってもだ)


 

 メジェリ公国は険しい山に囲まれて、他国との行き来は山間を馬車で抜けるか、船で港へ着くかしか手立てはない。

 三日間かけて、僕は初めて父の祖国へ足を踏み入れた。

 過ごしてきた町では当たり前の自動車もあまり見当たらず、港から馬車で一時間ほどかけて城へ向かった。

 途中、馬車から覗く風景は、遠くに雪が残った峰々、段々と森の木立が並び、少しだけ開けた牧草に放牧された牛や羊がちらほらと。その合間にファームハウスが見える。

 城近くの城下町はそれなりに賑わいを見せていたが、道を歩く人々の恰好も、今まで居た町とは違い、お洒落とは程遠い質素なものだ。

 父の言う通り、華やかさなど微塵もない。


 だが、メジェリの城は、こちらが想像するよりは充分立派だと感じた。お城と言うよりも、住み心地の良いマナーハウスに近い構造だ。外敵と抗争する必要もない為だろう。

 待ち受けた執事や使用人たちに挨拶し、僕は城に隣接する使用人が使うコテージに連れて行かれ、その中にある、一人用の小さな個室を与えられた。

 父からは前もって、言われていたことなので、驚きはしなかった。野宿よりはマシだし、何よりお城の使用人達は、僕をメジェリ公の息子と言う事で、可愛がってくれたのだ。それは父が公主として、愛されている証拠のような気がして、嬉しかった。


 新しい生活は最初戸惑いもあった。

 なにしろ陽が昇ると同時に起き、陽が沈むまで、使用人だけじゃなく、見る限りの人々が全員ずっと働いているんだ。

 僕は子供だったから、難しい仕事や力仕事をする事はなかったけれど、町に住む僕と同じような子供たちも親の仕事を手伝っていたから、それが当たり前の国なのだろう。


 僕は一日を草原で過ごすヤギ飼いや、庭の花の手入れや温室の世話をするのが好きだった。勉強は城にある図書館で、その都度知りたい事を、城に勤めるチューターに教えてもらっていた。


 父は時折「寂しくはないかい?」と、僕の様子をこっそりと伺う。

 夜遅く部屋に来て、そのまま僕のベッドで一緒に眠ったり。

 父は母と僕を捨てた事を、ずっと気に病んでいるのだ。

 小さな僕は謝りながら泣く父を、どんな風に慰めて良いのかわからず、母と暮らした日々を語る事が多かった。

 僕は母とふたりの暮らしが決して不幸ではなかったと伝えたかった。

 母が占いとしていたと言うと、父は「ロレーンは良い魔女だったからね」と、嬉しそうに微笑んだ。

「知ってたの?」

「夫婦なんだから当然さ。彼女はあまり僕の前でそれを使うことはしなかったけれど、困った人を見ると、なんとか助けてやりたいと、力を使っていたんだ。僕はね、ロレーンのような魔法使いがこの世界に沢山いてくれれば…力を持たない人々が少しは幸せになれるんじゃないかと、近頃よく思うんだ。まあ、魔法にばかり頼るのは良くないけれど、この国のように痩せた土地に住む人々が、少しでも暮らしが良くなる方法…それを教えてくれたら、どんなにかねえ…。ラファはロレーンに良く似ているから、魔力も強いのだろう?君がこの国の魔法使いになってくれれば、嬉しいんだけどさ。でも君を縛りつけるのも、なんだかね…」

「…」


 父は良い人だった。傍らに眠る父の頭の中を覗いても、純粋に生真面目で、この国の事ばかりを考えていた。

しかし領主としては、気が弱く、周りに気を使い過ぎで、頼り甲斐がなさ過ぎた。

 母はそんな父を愛していたのだろうけれど。


 父は亡くなったふたりの兄についても、僕に話してくれた。

 三人は仲の良い兄弟で、国を出ていく時も、母と駆け落ちする時も、皆が反対する中、父を応援し続けてくれたと言う。

 「その恩返しが僕にできるといいんだけどね…」と、自信なさ気に言う。

 十歳の僕は、ただ「お父さん、頑張ろう。僕も頑張るよ」と、しか返す言葉が無かった。



 公妃のカロリーヌとはあまり顔を合わせる事も無く、会っても会釈ぐらいで話した事はない。

 無理もない。向こうにしてみれば、父の愛情を死んでも受け続ける女の子供だ。憎らしいばかりのガキだったであろう。それに加え、彼女は魔法使い嫌いだった。

 何でも以前にロクでもない魔法使いの口車に乗せられ、国のお金を騙され取られたらしいんだ。

 元よりこれも父のふがいなさや人の好さにも原因があると思うのだけれど。


 義理の弟のユークはまだ幼くて、周りに僕以外の子供が見当たらない所為だろうか、城内で僕の姿を見ると「おにいちゃま~」と、大声で僕を追いかけてくる。その姿が愛らしくて、僕もつい頭を撫でたり、抱っこをしたり…。

 公妃が僕を兄弟だと認めてくれたのは意外だったけれど、やっぱりそれは嬉しくて。

 お母さんとは呼べなくても、義弟のユークを精一杯愛してあげようと思った…けれど。


 母が僕に残したいくつかの言葉の中で、とても気になる教えがあった。

 「むやみに人を愛してはならない」…と。


 魔力を持つ者は、気づかぬ内に、惹かれた相手を自分のものにしたいと念じてしまう。それは純愛ではなく、魔力によって理不尽に歪められた感情であり、相手に忠実ではない。本当の愛は、裸の心で引き寄せられるもの…だと。


 僕は人を愛する事を疑うことにした。

 好きな人、かわいい人、かわいそうな人、愛されたい人、愛したい人…どの者に対しても、魔力を使っていないだろうか…。利用してはいないだろうか…。

 僕の周りがこんなに良い人達ばかりなのは、僕の魔力の所為じゃないのか…。

 時折、僕は怖くなる。


 僕を純粋に愛してくれる人は居るのだろうか。

 僕は心から愛する人に出会えるのだろうか…と。



 メジェリ国での暮らしが二年ほど過ぎようとした春、僕は教えを乞うべき人と出会った。

 「天の王」学園の学長「トゥエ・イェタル」、その人だった。




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