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ハールートに別れを告げた後、僕は後ろを振り返ることなく、城の屋上から玄関へ急ぎ足で向かった。
これ以上、ハールートの傍に居るのが、怖かったのだ。
玄関の扉を開け、門の外へ出ると、リノが待っていてくれた。
車に乗れと、手で合図をする。
助手席に乗ると、リノはすぐに車を発進させた。
「待っててくれたの?」
「一度ホテルまで戻って、おまえの荷物を持ってきた」
「え?なんで?」
「このままおまえを港まで送ってやるから、行く先はどこでもいい。出港する船に乗って、この街から一刻も早く出るんだな」
「…理由を聞いてもいいかな」
「ハールートの頼みを断ったんだんだろ?だったら、あいつらの下僕共が黙っちゃいないだろうから、逃げるが肝心って事」
「まさか…ハルはそんな事を命じたりする男じゃないよ」
「ボスが命じなくても、ボスの気持ちを汲んで行動するのが、カリスマ上司の下僕の性ってもんなんだよ」
「だからって…」
「おまえは知らんだろうが、あいつら、殺しも平気でやる集団だ。勿論、彼らなりの理由は色々とあるんだろうがね。容赦がない。まあ、金で雇われている身としては、大口叩く権利もないが…」
「…」
猛スピードで坂を下りていく道の脇で、城へ向かう幾人かの人の姿が見えた。
「城へ向かっている連中がいるだろ?あいつらはハールートを頼りに足しげく通うんだ」
「何の為?」
「自分に邪魔なアルトを退治してもらう為だよ」
「え?」
「何をしでかすかわからないアルトの魔力が怖いんだとよ。だからって始末することが解決になるもんか。この地上にどれほどのアルトが存在する。仲良く共存するしかねえだろうに」
「そんな話…聞いたこともない」
「おまえは超絶引きこもりだからな。でもまあ、世の中、アルトを憎む奴も少なくないんだよ、実際」
リノの言う事が、信じられなかった。だって、僕は自分の魔力をもてあましているし、イルトの方がよっぽど楽に生きられるとさえ、感じている。
「ハールートはアルトを憎んでいる。なにがしかの革命でも企てているとしても、俺は全く驚かねえよ」
「…」
僕が見たハールートは、何かを恨んでいるような殺気は見えなかったけれど…。
ただ彼はイルトだ。あれだけ能力あるアルトに囲まれているのなら、複雑な感情も積もり積もっているのかもしれない。
だけど、アルトとイルトの共存は「天の王」で学んでいるはずだ。
今さらアルトを憎んで、どうなるわけでもあるまいに…。
「ハールートの父親は殺されたと言ったね。それはアルトの仕業なのか?」
「まあ、プロの殺し屋だろうけどね。アルトの能力をどう使うかは、そいつ次第だからさ。俺はどんなアルトも否定はしないよ。自分の大事なものを傷つけさえしなければ…」
多分それは誰も同じだ。
ハールートは父親を殺したアルトを許せなかったのだろう。その憎しみがアルトすべてに向けてのものだったとしたら…。
だけど、僕だってアルトだ。
僕を欲しいと言った彼の本意を僕はどう理解すればいい…。
「もうすぐ港に着く。慌ただしい別れだが、またいつか会えると信じているよ、ルスラン」
「リノ、ありがとう。あなたと一緒に旅が出来て、本当に楽しかった。どれだけ感謝してもたりないぐらいだ。元気でいて下さい」
「ああ、おまえもな」
車から降りて、リノと別れの握手をした。
「そういや。おまえ、変わったよな」
「え?」
「サマシティに行ってからこっち、なんかフワフワしてたよ。あそこで懐かしい誰かにでも会ったのか?」
「ええ、片思い人に再会してね。それで…いや、詳しい事は今度会った時に話すよ」
「そうだな、ほら、急ぎな。もうすぐ出港のドラが鳴る」
リノに急がされ、ポートでチケットを買い、僕は急いで今日最後のフェリーに乗り込んだ。
甲板に上り、沢山のフェリーのお客さんと同じように湾岸で見送る人々へ手を振った。
リノの姿はどこにも見つけられなかったけれど…
湾外に出ると、波の音しか聞こえなくなる。
辺りはすでに暮れ落ち、街の灯りも次第に遠く、暗く浮かび上がる高台に城が見えた。
ハールートの居城だ。
泣いていた彼の思いを汲むと、心が痛む。
あのプライドの塊のような男が、本気で力になってくれと頼んだのだ。相当の勇気を振り絞っての事だっただろう。
誰かの為の魔法使いになれと残した母の言葉が、何度も思い浮かぶ。
その誰かが僕にとっては、ハールートではなかった。
もし、ハールートの為に彼の希望を叶えたとしても、これから生きていく道すがらに、僕は己の選択を何度も悔やむ事になるだろう。
僕はただ自分に忠実でありたかった。
結局、人は自分が一番大事なのだ。それは間違ってはいない。
ハールートの欲求も、僕がそれを拒んだのも、間違いではない。
ただ、傷つけた彼への罪悪感は、自分が背負うしかないのだろう。
五日後、僕はメジェリの港へ降り立った。
旅立った時とは空気の色も匂いも違って見えたのは、季節が変わった所為だけだとは思えない。
顔見知りの人々が、僕を見つけては声を上げ、駆け寄ってくる。どの顔も久しぶりに会えた懐かしさと喜びに満ちていて、胸が熱くなる。泣いている人も少なくなかった。
この国の人々が、僕をこんなにも受け入れてくれているとは…思いもよらなかった。
彼らの多くが、魔法使いとしての僕の力を求めているとしても、それは卑しいものではないはずだ。そして僕自身も自分を卑下する必要もない。
魔法使いのラファエルが、メジェリの人々に少しの幸福をもたらしているのなら、それは充分すぎる役目ではないか。
母も喜んでくれている…事にしておこう。
なんだか、アーシュの思考に近づいてはしないか?
思わず苦笑した。
城へ帰る道すがら、道の脇、降り積もった雪の上にキラキラと光る物が見えた。
馬車から降りて、近づくと雪に同化するように白い小さな花びらが見えた。
僕が生み育てた「スノークラウン」の花芽だ。
「君も帰りを待ちわびていたのかい?」
その花弁をそっと摘まむと、辺りに優しい香りが広がった。
この花の香りが、冬の終わりと春の到来を告げるのだ。
「兄さま!」
城門の下で、弟のユークが手を振る。そして、馴染みの多くの使用人たちもまた、「お帰りなさい」と口々に叫んでいる。
僕は天を仰いだ。
この青空の向こうにアーシュもまた天を見つめている気がした。
「シリウス、頑張れよ!」と、声が聞こえた。
「君がそう言うのなら、僕は頑張るしかないよ」と、笑って応えた。
君が僕を信じてくれている。
その真実こそが、僕の生きる力になるのだと知った。
アーシュ、いつか再び君に会うその時、恥じない自分になれるよう、僕は魔法使いとしてここで生きていくよ。
2022.1




