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14 ルスラン


 倒れ込んだ僕に覆いかぶさったアーシュの身体は、相変わらず細くて、でもちゃんと骨格もしっかりと少年らしく育っていて、少しだけ躊躇しながらも、僕は背中に腕を回して、ゆっくりと抱きしめた。

 叱られるかも、と思ったが、アーシュは嫌がりもせずに僕の胸に顔を埋めたまま…

 昔と違って、大胆だね、と言おうと思ったが、きっと気分を損ねてしまうだろう。


 髪を撫でようとすると、アーシュは身体を起こし、僕の身体に馬乗りになったまま、僕を正面から見下ろした。

 その煌めきは少しも変わらない…どころか、こちらがたじろぐ程の艶めかしさと際どい影がある。


「おい、シリウス、なんでここに居るんだ?」

「なんでって…。君こそアーシュ…。どうしてこんなところに?」

「質問を質問で返すな。大体誰の許可を得て、ここに居る」

 声変わりの声も、僕の期待を裏切らない良く通るテノールだったから、怒られていても、妙に浮かれて仕方がない。だが彼の不機嫌は、僕の求めるものではなかったら、必死に弁明する必要があった。

「いや…あの、塔の門が開いてて、リフトがあったから乗ったらここに来たんだ。高い場所なら『天の王』を一望できるんじゃないかって…」

「なんだよ、俺に会いに来たわけじゃねえの?」

「い、いや…。それも少しはあった…!少しじゃなくて大いにだ」

「そんならいいけどさ。まあ、ここに入れたって事は、塔があんたを認めたってことだろうな」

「そう、なのかい?」

「フツーの奴は入れない。俺がここの主になってから、特別の魔術で俺が認めた奴だけ入れるようにした」

彼はニヤリと笑い、すぐに嬉しそうな顔を僕にくれた。

 認められた事を、僕は素直に喜びたい気持ちだ。

 それにしても…

「…」

「なに?」

「なんだか、君は…益々…その…なんというか魔王っぽくなってしまったね…。褒めているんだよ」

「いや、ぜってー褒めてない。でも、まあ、シリウスだから許してやる」

 そう言って、アーシュはやっと僕の身体から降り、隣に座った。

 許してもらった事と、身体のプレッシャーから解放され、僕一度大きく息を吐く。しかし、安心した僕を弄ぶように、アーシュはまた仕掛けてくる。


「あんた、卒業して毎年俺の誕生日に、カードを送りつけるだろ。あれって何さ。俺の誕生日は、誰から聞いた。トゥエのじいさんからか?」

「あ、…うん。卒業して直ぐに、世話になったお礼の手紙を出したら返事が来て、君の事が書いてあった」

「なんで、宛名を書かない」

「それは…」

 いい歳して、八つも年下の子にカードを送るなんて、恥ずかしかった、とも言い難い。しかもただの自己満足に過ぎない行為なのだから、言い訳ができるはずもない。


「俺に黙って個人情報をバラすトゥエも大概だが、宛名も書かずにラブレターを送るあんたもあんただ」

「…ゴメン」

 自信満々にラブレターと断定されても、翻す気にもならない。


「そんなに俺の事が好きなのか?欲しい?抱きたい?永遠の恋人にでもなりたいのか?」

 顔を覗き込まれて、言葉に詰まる。

 アーシュは、僕を侮っているのだろうか。それともふざけているだけ…?

 いや、多分、彼が欲しいのは、真実の言葉だ。

 誠実な答えなくしては、それこそ、僕は永遠に彼の信頼を失う事になる。


 アーシュへの想い…

 好きなのは間違いない。

 だがこの感情は、恋と呼ぶべきものなのだろうか。

 キスも交わしたこともない関係。 

 友情と呼ぶには、お互いを知らなすぎる。

 ただ一方的な感情に過ぎない。

 アーシュが欲しいと思う夜も何度もあった。肉欲が無いと言えるほどの、紳士面する気も毛頭ない。

 彼が欲しいとは思うけれど、彼には…


「恋人は…アーシュは居ただろう?確か運命の番いの相手って言ってたよね」

「セキレイ…ね。あいつとは別れた」

「え?別れ…た?」

 あまりに思いがけない返答に、僕は思わず彼の顔を見つめた。アーシュは横を向いたまま、遠い目をする。

「あいつの故郷へ還してやった。この魔法陣を使って、俺の魔力で還したんだ」

「…」

「セキレイは…この星の生まれじゃなかったんだ。俺が欲しがって…四つだったからさ。俺も小さかったからさ。それでどうも無理矢理こちら側に連れてきたみたいなんだ。要は親元から勝手に誘拐してきたって話で…。それで還してやった…。だから、今、俺はフリーなのさ。でもね、なんだかね…、人を愛するって事が怖くなってしまうね。力を使ったら、相手の意思に関係なく、俺のものにしてしまうかもしれないってさ、めちゃくちゃつまらねえじゃん。そう思わない?シリウス」

「…正直驚いてるよ。僕も同じように悩んでいる。死んだ母がよく言っていた。魔力を持つ者は、欲しい相手を無意識に操ってしまう。それは本当の愛ではない、ってね。だから人を好きになるにも、どうにもためらってしまってね」

「へえ~、賢明な母親だね。でもさ、魔法じゃない恋ってあるものだろうか。お互いの心に魔法を掛け合って愛し合うのなら、それは純粋な恋愛だ」

「そうね。…じゃあ、片思いの場合は?一方的に、君に惹かれる場合は?これは純粋な感情?それとも君の持つ魔力の所為なのかな」

「アホか!それは俺のこの特別に選ばれた類い稀な魅力の所為だろうが!いちいち魔力を使ってたら、こっちの身がもたねえつうの!聞いてくれよ、シリウス!俺がどんだけ大変な目に合ってるかって。この容姿に騙されて、誰も彼もセックスしてくれって、迫ってくるんだぜ?本当の俺を全然知ろうともしねえくせに。そりゃ、俺好みなら、同衾もかまわねえけど、無理矢理暴力振るう奴らは、徹底的に魔法を使って痛い目に合わせているんだ。それがまた素敵~って、寄ってくる奴が多くってさ、困っている。モテない方法を本気で教えろ!」

「それ、は、よく………わから、ない…」

 しばらくの沈黙の後、ふたり、顔を見合わせて大笑い。そのまま並んで寝転がった。


「大変だね」

「そっちこそ。聞かせろよ。シリウスの国の話、聞きたい」

「僕の話?聞きたいの?」

「聞きたいよ。知らない世界の事を知る楽しみは、冒険小説を読むより面白い」

「期待するほどのものじゃないだろうけれど…」

 と、僕はメジェリでの暮らしぶりを、アーシュに話聞かせた。

 目立った事件もない日常の生活話がほとんどだから、すぐに飽きるかと思ったが、アーシュは何が面白いのか、興味津々で、肘を立て目を輝かせながら、僕の話を聞く。

 特に弟の話は、詳しく聞きたがった。


「兄弟ってすごく興味あるんだ。ここの生徒は兄弟が少ないからね。なんつうか兄弟愛ってエロっぽくていいよね」

「ユークとはそんな関係じゃないよ。大体、僕とユークは母親違いで、あまり似てないんだ。彼は魔力もないし、とても子供だし、彼の母は僕に冷たい…」

「お、僻んでるの?聖人のシリウスが僻んでる~」

「茶化すな。僕は聖人でもないし、別に僻んでもないよ。継母を思うと、僕に辛く当たるのは当然だと思うから…」

「僻むのはこちらの方だ。なんだい!家族が一杯居て、愛されて、羨ましいったらねえよ。嫌われてもいいから、母親のひとりぐらい持ってみたいね。シリウスは贅沢だ!両親に可愛がられた思い出がある。可愛い弟がいる。あんたを慕う沢山の人々が居る。贅沢過ぎて憎たらしいね」

「…」

 アーシュが学園に捨てられた孤児なのは知っているが、彼の性格の為か、すっかりその事実を忘れてしまう。

 元より、同情なんかアーシュは欲しがらないだろうけれど。


「別に今更、親の愛に飢えてるわけじゃねえよ。羨ましいとは思うけどね。俺だって、時期大人になるし、そしたら、俺も誰かの親になるかもしれない。その時、どうやって、子供を愛してやればいいのかってさ。シリウスの話を聞いて、想像してみただけ。それはきっと、多くの人々が幸福と呼ぶものなんだ」

「…アーシュ」


 この子に出会った時、その比類なき容姿や純粋な強さに惹かれた。

 でも、今、僕はアーシュの繊細な豊かな心を愛してしまった。

 この「愛」を超える感情は、これから先、出会えるだろうか…

 それほどに、この「心」が愛おしい…


「君を、守りたい…と言ったら、君は怒るんだろうね」

 自分でも予期しない言葉。だがそれは本物だった。

 その告白に戸惑う自分が居る。

「ご、めん。突然変な事を言った…」


 アーシュはただじっと僕を見つめ…

「シリウスは俺が守る。あんたが好きだから、俺が守ってやるよ。だからずっと俺を好きでいろ」

 

 笑わずに答えてくれた君が、愛おしい。

 目を閉じ、僕は僕の心に耳を澄ました。


 荒れ果てた心に、清らかな水が湧き出でる音が、聴こえた…



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