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翌日、父にリノとの旅行の話を遠回しにしてみた。
父は心臓を患ってからは、一日の半分は自室の寝室で過ごす事が多く、国の政治、外交などは、よっぽどの事がない限りは口出す事はしなかった。
その仕事の大部分を僕が担っている現在、勝手気ままに旅行に行きたいなどと浮かれた気分で言えるわけがなかった。
それに加え、父は僕の希望を絶対に断らないと分かっている。
案の定、父は快く承諾したが、それを聞いた公妃は父のいない処であからさまに僕に嫌味を言った。
居ない間の仕事はどうするの、とか、魔法使いとしての責任はないのか、とか、終いには旅費は一切出さないとまで言われる始末。
無駄に争いたくない僕は適当にやり過ごした後、主だった高官たちを集めて相談した。
宰相たちは驚くほど寛容に、僕の願いを受け入れてくれた。
「ラファエル様のおかげで、ここ何年もの冬もひもじい思いもせずに暮らせているんですから、どうぞ、お好きな事をなさってください。大体働きすぎなんですよ。こちらからお願いして休暇を取ってもらおうと思っていたぐらいなんですから」
「でも…どれくらいの旅になるかはっきりしないんだ。勿論、春になるまでには帰国するつもりなんだけど」
「はい、それだったら承知いたしました。公王様の容態もここの所、安定されてますし、ご心配なさいますな。ラファエル様が帰ってこられる間は、私どもがしっかりとこの城を守ってまいりますから、存分に旅行を楽しまれて下さい」
「旅費も少しばかりなら、国庫の蓄えから出すこともできますし」
「それはダメだよ。大丈夫。僕にもヘソクリぐらいはあるよ」
「それは…良かった。本音を言えば、最も有難いことです」
滅多に冗談を言わない財務官の言葉に、皆が笑った。
平凡な人々の優しさが、僕をここに居ることを許してくれている。
それには感謝しているけれど…それでも、違う何かを求めてしまう僕を善人と呼べるだろうか。
正直僕は、リノと旅を楽しむ事ばかりを考えてしまう。
残った仕事を終わらす為に、リノには一週間ほど城で待ってもらった。
その間、リノは、使用人たちの仕事を手伝ったり、弟のユークの勉強を見てあげたりしていた。
ユークはすっかりリノがお気に召したらしく、はしゃいでいる。
「他の教師よりリノの方がずっと良い先生だ。なんでも知っているし、教え方がすごく上手なんだよ、兄上。僕、リノ先生って呼んでいるの。ずっとここに居て欲しいよ。ダメかな?」
「ユーク、リノは放浪の旅人なんだ。旅人はね、ひとつの処には居られないものさ」
「そう…残念。じゃあ、僕も兄上と一緒に旅に出ようかな」
「もう少し大きくなったら。そうだな、ユークが大人になったら、色んな国へ行って見聞を広めるといい。きっとユークの為になるからね」
「その時は、兄上と一緒だよね」
「そう…ね」
笑ってはみるが、僕にはユークと一緒に旅をする絵が少しも見えない。
「ユークは良い子だな」
旅立つ前日の夜、残った仕事がないかと確かめる僕を伺いながら、リノは言う。
「変な気を起こさないでくれよ、リノ。ここの人たちの大部分はノーマルな人達だ」
「魔力の無い人間ほど、純粋な者が多い。多くの魔法使いはその純粋さを弱さと評するが、俺は違うと思うね」
「どう違うの?」
僕は昔からこういう問答が好きだった。リノの話に手を止めて応ずる。
「まず魔力を持つという事が偉大な力を持つと勘違いしているアルトが、世界に多すぎる。『天の王』で暮らしていた頃は、アルトもイルトも早々意識の違いを感じることはなかった。アルトは少しばかり得意科目があるぐらいにしか思わなかったさ。でもサマシティを出てみると、アルトの権力志向が鼻に突くのさ。大した能力がない奴ほど、大仰に吠える。気に食わない奴らの鼻を何度へし折ってやったか、おまえが聞いたら驚くぞ」
「…そんな事してるの?トゥエは人に危害を与える魔力は使うなって、散々言ってたじゃないか」
「おいおい、卒業してからも、学園のルールに縛られろってか?ルスラン、おまえって本当に根っからのバカ真面目なんだな。ま、これだけ力の無い善良なイルトに囲まれて暮らしていりゃ、リスキーな事柄も皆無って話なんだろうがな。しかし…宝の持ち腐れ、とも言う」
「…」
「自分の力を人々の為に使うって昔から言ってたおまえだから、間違っているわけじゃないし、俺もそれを責めているんじゃない。ただ、もっと視野を広げてみるのも、おまえの本当に求めるものが見つかるんじゃないかと思っているんだ」
本当に求めるもの…僕もそれを知りたい。
「誘ってくれてありがとう、リノ。感謝しているよ」
翌日、僕とリノはメジェリ国を出た。
港には沢山顔見知りの人々が、僕らを見送ってくれた。
手を振る人々の歓声を受け、船が湾岸を離れ、手に持った沢山の紙テープが切れる時、僕の心が確実に軽くなったのは疑いようがない真実だった。
二日間の船旅を終え、寝台列車でまた二日、そしてやっとたどり着いた賑わしい街のホテルに着いた夜、僕はリノとふたりだけになってしまった事に今更ながら戸惑っていた。
船の中でも列車でも雑魚寝だったり、人目があったりで、二人きりで夜を過ごすという事がなかった。
「言わなかったが、お金の心配はしなくていいよ、ルスラン。旅費はパトロンから頂いている。だがさすがに贅沢は出来ないから、これからも安ホテルの二人部屋で我慢してくれ」
「それは構わないけど…」
コートを脱ぐリノの後ろ並んだベッドを見て、僕は思わず目を逸らした。
「なんだ?照れているのか?まさか、一緒に寝るのが恥ずかしいとか言うんじゃないだろうな」
「そんなんじゃない」
「そういや、昔、おまえは俺に告白したよな。好きです。恋しています、って。今でもっていうのは無いにしても、セックスぐらいは試してみるか?」
「…」
なんとも答えようがなかった。
確かに今でもリノが好きだが、昔みたいな胸がざわつくものでもなく、さりとて欲情が全くないと言えば嘘のような気がして。
「おまえと寝てみるのも悪くない気分だ。大体、『天の王』ではそれなりに遊んでいたんだろう?さすがのおまえでも」
「あなたが思うよりもずっと、遊び人でしたよ…」
コートを脱いだ僕は、リノの目の前に立ち、彼を見つめた。
彼の眼に映る僕を見て、驚いてしまった。
あの頃と違って、僕は彼の身長と同じ位になっていた。
見上げていたあの背の高い大好きなリノと、同じ身長になった自分が、彼の前に立っている事実。
そして、あの頃と心も身体も全く違う自身の感情に当惑した。
僕たちは軽いハグをして、キスを交わした。
「…なんだか変だ」
「何が?」
「性欲を満たすのは賛成だけど、何だかリノと寝るのは…ちょっと気が引ける」
「どうして?」
「あなたが僕をそういう対象として、全く見ていない事がまるわかりですから」
僕の言葉にリノは驚いた顔を見せた後、大いに笑った。
「俺の心を読んだのか?ルスラン。まあ、そうだ。俺にとっておまえは最上の友人と呼べる唯一の人間だ」
「ありがとうございます」
「それに、おまえの方こそ、俺相手じゃ、勃たないって顔をしているじゃないか」
「そうかな」
「初恋の相手は、すでに思い出の一ページになり果ててしまったか。残念だよ」
「美しい思い出を壊したくないだけなのかも…。かっこつけすぎですかね」
「つけすぎだ。だが仕方がない。その気になったら、遠慮なく言ってくれ。俺は今でも、好き嫌いはあまりない。勿論好みのタイプの方が燃えるけどな」
「どういう意味?」
「半分はそれが仕事みたいなものって意味」
リノは気にもしない様子で、ベッドに潜り込むと、直ぐに眠ってしまった。
僕はリノの言葉が気になって仕方なかった。
リノは今までどんな生活をしてきたのだろう。
彼の言っていたパトロンって?
寝るのが仕事だって言うのか?
彼の旅の目的は、一体何なのだろう…。




