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メジェリの冬は、色づいた木々の葉が落ちると同時に始まる。

 北風は冷たく、積雪も多いから放牧も春までは行えない。 

 当然、人々は暗い家の内で、暖炉の傍で寄り添いながら、春が来るのを静かに待ちながら暮らす事になる。


 その年の冬、

 いつもより、少しばかり早く始まりを告げる雪が積もった朝だった。

 僕は久しぶりに朝日を観たくて、夜が明ける前に城を出て、森へ向かった。

 森を抜けた先に、切り立った崖がある。

 そこから見る日の出は、言葉に出来ないほどに美しい。

 暗い海の向こう、高く聳え立つ山々の端から、暁闇に染まる一面のバラ色が時間とともに、色を変え、形を変え、闇から光へと移り変わる時、目の前のすべてが生まれ出る気がしてならなかった。

 一日の始まりは、新しい世界を生み出せと僕に告げているんだ、きっと。

 それは、僕にここで生きる勇気をくれる。


 光が僕の身体を覆いつくす時、僕の心の闇が小さくなるのがわかる。

「母さん、僕はまだ良い魔法使いでいられるのかな?」

 自問自答にも似た問いを、僕は何度唱えただろう…


 目を閉じると、懐かしい人の顔が浮かんでは消え、寂しさに胸が痛む。

 いつもの事だ。


 学長はお元気でいられるかな…。ミカは大学を卒業したした後、連絡が来ないけれど、どうしているのだろう。

 そう言えば、ハルもどこかの大学で新しい恋人を作っては捨て、文句を垂れつつも新しい生活を楽しんでいる事だろう。

 アーシュは…あの子は十四、五?中等部の服もきっと似合うだろう。

 僕の事など、微塵たりとも気にかけてはいないだろうけれど…

 

 僕の大事な思い出は、相手にとっては、どうなのかさえわからない。それは当然だと言い聞かせつつも、それを認めてしまうのが辛かった。

 僕はきっと自惚れ屋なのだろう。誰かに必要とされないと、生きる気力が湧いてこないだなんて…。

 でも、自分の為だけに生きていく自信が無いんだ。

 あの子のような強さがあったなら、とっくにこの国を捨てている。


 僕だって知っている。

 僕が居なければ居ないで、このメジェリだって、なんとかなっていく事ぐらい。

 僕が自分の居場所を誇示する為に、皆に認めて欲しいって頑張って見せているだけなんだ。

 それが母の望んだ「魔法使い」の役目だとは、思えないけれど…


「帰ろうかな…」

 目を開け、昇り切った陽光に感謝し、家路に向かおうとすると、思いもかけず森の中から人影が見えた。

 こんな朝早くに誰だろうと思ったが、目が焼けた所為かよく確認できない。 

 立ち止まってると、向こうから僕の名を呼ぶ声が聞こえた。


「ルスラン?…ルスランだろ?」

「誰?」

「ばか!俺だよ。忘れたのか?お前の優秀な家庭教師を。リノ・フォリナだよ」

「え?…リノ?…本当に、リノなのかい?」

「本物だよ。おまえに会いに、こんな田舎まで来てやったんだ!」


 思ってもみない再会だった。

 急いで走り寄り、リノの姿を何度も見直した。

 「天の王」の頃とは違い、大人になっているのは当然だが、伸ばし放題の髪や、浅黒くなった肌が印象を違わせた。何よりあんなに細かった体格が、山男のように逞しい。

 

「変わったか?俺」

「うん、すっかりと…慣れた旅人だね」

「9年?…ぶりか…。随分と経ったものだな」

「うん、何一つ連絡を貰えなくて心配していたんだ。良かった…元気そうで」

「おまえは…元気そうじゃない感じだけどな」

「…」

 危ない、危ない。

 ここでは強い魔力を持った人がいないから、精神の制御も甘くなりがちだ。

 リノは他人の思考を読む能力に長けている。

 充分に気をつけなきゃ。

 弱い自分を知られたくはない。

 少しも成長していないなんて、思われたくない。


「そうでもないよ。豊かじゃないけど、ここは僕の故郷だからね。これでもこの国の魔法使いとして、結構頑張っているんだよ」

「知ってる。西の国の花屋で、スノークラウンを見た。なんだか懐かしい香りがしてさ。おまえの香りだと思い出した。だから久しぶりにおまえの顔を見てみたいってね」

「連絡をくれれば、公式なお客として迎えにも行ったのに…。でもここの冬では、十分なおもてなしは期待できないんだ。それでも良かったら、お城に来てくれない?リノ」

「勿論だよ、ルスラン」


 「ルスラン」と、呼ぶ声が懐かしい。

 当然だが…ここではその名を呼ぶ者はいなかった。

 僕の心を読んだ如く、城に近づくとリノは「ルスランと呼んでいいのか?それとも、この国で呼ばれる名を呼ぼうか?」と、言う。

「いや、ルスランでいいんだ。リノにラファエルと呼ばれても、ピンと来ないや」

「それもそうだ。俺だって、ピンと来ないさ」


 初めての僕の友人の来賓に、城の者たちは戸惑っていたが、父が公式な客として招待する事を許したので、それなりのゲストハウスに案内した。

 暖炉に薪をくべ、やっと部屋が温まる頃、遅い朝食をふたりでふたり向かい合わせのテーブルで取った。

 そして、互いに顔を合わせては、不思議な感覚に笑いあった。


「懐かしいと言うよりも、こうやっておまえと飯を食っていることが不思議でしょうがねえよ」

「僕もだ。…リノはなんだか…雰囲気が変わったね」

「27にもなるんだ。年も取ったし、考えも変わるさ」

 27歳と聞いて、僕は瞬時言葉を失くしてしまった。

 その時の流れが、早いのか遅いのかさえ、理解できなかったからだ。


「旅は…どうだった?色んな世界を見てきたんでしょう?」

「ああ、それこそ、様々にね。…俺たちが『天の王』で過保護過ぎるほどに守られていたって事をまざまざと見せつけられた」

「それは…悪い事?」

「いや、そう一概には言えまいよ。ただ世間知らず、井の中の蛙って事は言えるかな」

「僕には…あの頃のリノは幸せそうに見えたよ」

 「今より」とは言わなかった。それは僕にも当てはまっているからだ。


「何も知らない事が幸せなのか、知る事が不幸なのか…今の俺には幸せの概念がわからなくなってしまったよ」

「…」

 リノの返答に、僕は何も答えられなかった。

 これから生きていく僕たちには、「天の王」を卒業した後の人生がずっと長いはずなのに、今更、どうして「天の王」に縛られる必要がある。

 

「なあ、ルスラン。しばらく俺と一緒に旅に出ないか?」

「え?」

「春が来るまでは、おまえも暇だろ?それに…おまえには本当の自由が必要なんじゃないのか?」

「…」

 とても引力のある誘いだった。断る言葉が出てこない。

 もしかしたら、リノは僕が本当に欲しいものを知っているんじゃないのか?と、疑った。

 一緒にいたら、僕の心の中を見透かされてしまいそうで、怖い…。


「嫌か?」

「嫌じゃないよ。リノと一緒に旅ができるなんて…思いもよらなかったから…戸惑っているだけだよ。それに…僕が勝手に決められないよ。こんな僕でもここでは必要とされているからね」

「じゃあ、俺がおまえの親父に頼んでみるよ」

「リノ!」

 立ち上がってドアに向かおうとするリノを、僕は急いで立ち止まらせた。

「ぼ、僕から父に話すから、今日はここに泊まってゆっくりしててよ。お願いだから」

「わかった」

 リノは慌てる僕を笑いながら、元の椅子に腰かけ、再び可笑しそうに僕を眺めた。

「何?」

「いや、おまえはちっとも心根が病んでいない。それが羨ましいと思っただけ」


 そういうリノの方こそ、僕は羨ましくて仕方がないんだけどね。




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