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サマシティにある「天の王」学園は、魔法使いと普通の人間たちが学ぶ寄宿学校。
魔法使いでないハールートと魔法使いのルスランが織りなす、恋愛青春物語です。
一応軽いBLでございますので
母は時折、父の居ないところで、幼い僕に「ラファ、あなたには本当の名前があるの。だけど特別な言の葉だから、粗末に口に出してはいけないわ」と、優しく僕の頭を撫で。
「お父さんにも言っちゃいけない?」
「そう、お父さんにもその名を呼ぶ権利は無いのでしょうね」
「じゃあ、誰が呼んでくれるの?」
「あなたが必要とする誰かが…その名前を呼ぶわ、きっと…」
「だれ?どんな人?」
「それは…お母さんにも視えないけれど、その人は、ラファを導いてくれる…。お母さんの精一杯の未来視よ」
母の祖先は、特別な力を持つ。
直系である母もまた未来を視る事が出来る魔女だった。
彼女は、僕が十歳の時に、死んだ。
死ぬ間際、彼女は僕にこう言い残した。
「ラファ、良い魔法使いになってね。その力は自分の為にあるのではなく、他者を幸せにする為のもの。だから、皆に尊敬される人になりなさい…。それがお母さんの願い」
十七の僕には、未だ、母の望んだ者への道は遠い。
ルスラン 1
小さい頃、僕達家族は大きな街の裏通りにある煉瓦造りの二階に住んでいた。
母は大家さんが営む一階の仕立て屋で、お針子として働いていた。
父は絵描きだったが、自分の作品が売れるわけでもなく、映画館の看板やポスターを描いていた。
慎ましい生活の中で、僕は父と母の愛情に育まれて育った。
僕が六歳の時、父はいなくなった。
それはあまりに突然の事だったから、よく覚えている。
外から帰ってくると、部屋には父と母、そしてスーツを着た男が二人。
泣いていたのか、父は僕の姿を見ると両手で目を拭き、僕を手招き、抱き上げた。
そして、二人だけで小さなバルコニーへ出ると、こう言った。
「お父さんはお仕事で、しばらく遠くに行かなきゃならなくなったんだ」
「…お父さんだけ?」
「そう。だからラファに頼みがある」
「なに?」
「ご飯を一杯食べて、沢山遊んで、勉強して…お母さんを守って欲しいんだ」
「そんなにいっぱい…僕、できるかな…」
「大丈夫。ラファは特別に良い子だから、出来るさ」
「じゃあ、頑張る」
「うん…。ごめんね…ずっと一緒に居たかったのに…ごめん…」
父は顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
僕はその涙を小さな掌で、拭ってやったのだ。
父は二人の男たちに連れ去られるように、家を出た。
バルコニーから見送った母と僕に、父は精一杯の笑顔で手を振っていた。
その夜、寝室でひとり泣いている母を見て、僕はどうしていいかわからなくて、そのままドアの外で蹲り、泣いてしまった。
それに気づいた母は、僕を抱きしめ、そして何度も「ごめんね」と、言った。
「お母さんが泣くと、お父さんが悲しむから、泣かないで。ね、お母さん」
「うん」
「お父さんはお仕事に行ったのでしょ?いつか帰ってくるんでしょ?それまで僕、良い子で待ってるから。お父さんに約束したから…泣かないで」
「そうね…。明日からは、泣かないから…」
母の悲しみと寂しさ、何よりも父を労わる気持ちが、僕の心に流れて、僕は泣くまいとしたけれど、涙が止まらなかった。
しばらくして、母と僕はその街を出た。父との思い出が辛かったのだ。
大家さん夫婦は、本当の孫みたいに僕を可愛がってくれたから、別れは辛かったけれど、母の意志は強かった。
僕らが次に住んだのは、海の見える小さな港町。
そこの裏通りで小さな仕立て直しの店を開いた。
港町の往来は多く、腕の良い母は仕事に困る事は無かった。そして、夜は占いの仕事も。
母の占いは良く当たると評判だった。
天候や漁場の予想はお手の物。恋愛から夫婦の愚痴まで、母は彼らの幸いの為に能力を使った。
時折疲労の為か、食事も取らずにベッドに横になる母を見て、僕は「仕事を減らしたら」と、頼んだが、母は「大丈夫」と、言うばかりだった。
お金に困っているはずは無かった。
ふたりが暮らせるだけの生活費は、父から送られていた。
母は毎月決まった日に届く父からの便りを、何よりも楽しみにしていた。
特に父の手紙は、何度も読み返し、僕にも見せてくれた。
だけど、母は父の手紙を読みながら泣くことがあった。
「どうして?」と、聞くと、「お父さんは文字にはしないけれど、お母さんには見えてしまうのよ。お父さんがどんなに大変な仕事をしているかが…」
僕は母が見ていた手紙を覗いてみた。
父の文章に弱音は無い。だけど、僕にも見えた。
文字の隙間から、頭を抱えた父の姿や泣いてる姿が…。
「そんなに辛いなら、帰ってくればいいのに、ね」
「ラファ、お父さんはお父さんにしか出来ないお仕事を一生懸命続けているのよ。お母さんはね、お父さんの健康と仕事の成功を祈るだけ…」
「でも…」
「ラファが大きくなったら、お父さんの仕事を助けてやって欲しいの。その為にはちゃんとした教育が大切だわ。もう少し大きくなって、もう少しお金が貯まったら、ラファは寄宿学校に行くのよ」
「寄宿…学校」
「そうよ。立派な魔法使いになる為の学校、サマシティにある『天の王』学園にね」
「でも…寄宿学校ってお金がかかるんでしょう?お母さんが苦労して働かなくても、僕、普通の学校でいいや」
「ラファの為に働くのは、お母さんの為でもあるのよ。その白い髪と黄金の瞳…。強い直系だけが持つ魔力があなたには備わっているの。お母さんはあなたの未来が楽しみなのよ。だから、お母さんの楽しみを奪わないでね」
僕は不条理なものを感じていた。
父も母も僕も幸福ではないのに、立派な魔法使いになって、何の意味があると言うのだ。
母は死んだ。
原因は頭の腫瘍だと医者は言ったが、過労が過ぎた所為だろう。
父に電報を打ったが、間に合わなかった。
母は町の人達に愛されていたから、沢山の参列者が葬儀に来てくれたが、父の姿は無かった。
その数日後、母の墓の前で号泣する父を見つけた。
恨み言のひとつも言ってやりたかったが、人の目も気にする事なく、泣きじゃくる父の後姿を見ていたら、可哀想になってしまった。
ふたりは愛し合っていた。
それは僕にもわかる。だけど、そうであるなら、何故もっと良い方法を見つけられなかったのか…
僕には理解できなかった。