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惑星探求シリーズ

地震の恋

作者: 尚文産商堂

第1章 塾仲間


西暦2468年、つまり新暦453年、12月3日火曜日午後6時15分。旧日本国領特別行政区東京。わずかに雪がちらつく寒さの中、二人の少年と、二人の少女が、東京塾へと集まってきた。


この東京塾は、ここ、東京の中でも、トップの進学率を誇っている進学塾の一つであり、その塾が入っているビルは、高さが5階あった。しかし、塾は一番下の1階にあった。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは。今日は寒いね〜」

話しかけてきたのは、川内杏。基本的にあまり話しかけないが、親しい子には、よく話す比較的静かな女の子。答えたのは、上木愛。今年、中学3年生になっている。もうすぐ高校受験が控えている快活な女の子。二人は、ほぼ同時に塾の扉をくぐった。


この塾では、先生1人に対して、生徒二人という制度になっている。そして、彼女達は、それぞれ別の人と同じ先生に教えてもらっていた。

「まだ、来てないんだね」

「当たり前でしょう?ただ、私の仲間はいるけどね」

席の空くのを待っているように、壁にもたれかかっているのは、上木愛と同じ先生に教えてもらっている、奥内寛治だった。高校1年生になり、頭脳明晰だが、頂点志向が非常に強く、学校で一番になりたいという理由で、ここに来ていた。

「ああ、待っていたよ、二人とも。席があくまで、少し待ってくれ。それにまだ授業の時間でもないからな」

ここのチーフである、池上小石先生が言った。

「へーい」

寛治は今まで結構待っているようだった。しかし、一言だけ言って、さらに待つ事にしたようだ。

「寛治君、上着も脱がずに暑くないかい?」

オーバーコートを羽織っていた。

「大丈夫ですよ。自分、寒がりですから」

そう言いながら額にはうっすら汗が浮かんでいる。

「すみませーん。遅れましたー」

ドアが勢いよく開き、反動で、開けた本人の手に当たった。

「毎度毎度、よくそんなに力がいれられるね。宇野君は」

宇野は、すごく痛がっていた。小石先生がそれを見て言う。

「それにまだ授業は始まっていないし」

愛が、その人を見て言う。宇野薫は、愛を見て言った。

「え?まだ?だって、もう、6時半だけど?」

「それはきっと、君の時計がおかしいんだと思うな。いまは、まだ6時18分だ」

「ああ、だから、バス来るのが遅かったんだ」

「それよりも、玄関先で話すのも疲れるだろう?どこか座ったらどう?」

「そんな、寛治先輩が、まだ座ってないんですよ?そんな事出来るわけないじゃないですか」

そういいながらも、彼は、靴を脱いでいた。

「まあ、ね。それもそうだけども、時には、自分のことをみるのも必要だよ。それはそうと、ここ最近、地震が増えているからみんな、気をつけるようにと言う事を、頼まれているんだ」

「え?だれから?」

「この塾長からさ。まあ、ここ最近頻発していると言え、当分の間は大きい地震は来ないだろうけどな」

そして、乾いた声で笑った。塾の中が、少しざわついてきた。

「お、終わったようだな。さあ、皆も、それぞれの先生の所へ行き」

「はーい」

そして、6時半。授業が始まった。


第2章 突然の鳴動


「こんにちは。大川先生」

「ああ、こんにちは。奥内寛治君に、川内杏さんだね。今日は、いつもの先生がお休みでね。今日だけ、自分が授業をするから」

「はーい」

「まず、授業は、どこまで進んでいる?」

「えっと、ちょうど、虚数の分野をしているところ」

「虚数か。もうそこまでやっているんだね。ふたりとも、その分野でいいんだね。じゃあ、コピーとってくるから、それまでゆっくりしといて」

おもむろに席から立ち上がり、出入り口の近くのコピー機の所へ歩いていった。その頃、ちょうど背中合わせになるような形で、上木愛と宇野薫は館山先生の授業を受けていた。

「よし。じゃあ、まず宿題からみようかな?ちゃんとやって来たか?」

「もちろんやってきたよ」

愛は、ノートを机の上に出していた。しかし、薫は出さなかった。

「薫君。どうしたんだい?ノートは?」

「実は、急いで準備していたから、忘れちゃって…」

「え〜。これで、3回連続だね。じゃあ、そこをしといて。自分は、答えを持ってくるから」

一番隅っこの机から、対角線上にある参考書が置いてある棚まで歩いていった。二人の先生が、それぞれのことをしているとき、遠くの方から、飛行機が離陸するような音が聞こえてきた。しかし、その場合は、音が小さくなるのに対し、今度の場合は、どんどん大きくなってきた。そして、最高潮になったとき、揺れがこのビルを襲った。


第3章 揺れの衝撃


揺れが一段落した時、天井が抜けた。

「どうやら、手抜き工事らしいな」

しかし、天井が抜けるのは衰える事なく、激しくなっていった。そして、完全に抜け落ちた。

「おい。向こうには、奥内君達がまだ残っているはずだが…」

答えを持ち、呆然と立ちつくす先生達。ただ、コピー機の音だけが、頭の中を響いていた。

「みんな、とりあえず避難だ。そして、その時いなかった人達が、この中にいるのだろう。まずは、自分の命だ」

チーフの一言で、皆は、外に出た。全員でたところで、改めて人員の確認がされた。

「やっぱりだ。一番出口から遠かった、生徒、上木愛、奥内寛治、川内杏、宇野薫、計4名と、教師、池田勇雄、一名、計5名が、いません」

その事実は、皆を固まらせるには十二分だった。

「池田先生は、どこにいるんだ?」

「おそらく、トイレにいっていたのではないかと思われます」


そして、それは正しかった。地震が起こった時、池田勇雄は、ちょうど、トイレに入っていた。そして、トイレは、いなくなった4人の席の横にある。そして、上からビルが崩れてきたのだ。

「おい。みんな大丈夫か」

勇雄先生は、トイレから飛び出し、崩れ落ちて通行が出来なくなっていた塾内を見た。

「先生!」

横から声が聞こえる。振り向くと、生徒4人が、一ヶ所に固まっていた。

「どうした、いったい。これは、どういう事だ?」

「僕達にも分かりません。ただ、地震が来て、そのあとに、崩れ落ちたんです」

事実を正確に寛治が言った。他の人達は、ただ、縮こまっている事しか出来なかった。

「とりあえずは、ここから出るための方法を考えよう。偶然にも、電気は来ているらしい。だが、水道、ガスは駄目だな。携帯を持っていないか?」

「私、持っています」

杏が、ポケットから携帯電話を取り出した。

「それを使って、110に連絡してみてくれ。もしかしたら、つながるかもしれない」

杏は、震える指で、電話をかけた。そして、

「駄目です。何も聞こえません」

「という事は、ここは、携帯も使えないと言う事だ」

「それはどういう事?」

薫が、先生に聞いた。

「それは、自分達が外に連絡する手段が完全にないと言う事だ。そして、救助隊が来るまで、自分達は、ここにいる必要がある。それどころか、外にすら出られない」

「だれか、魔法とか使えないの?」

「ああ、あのイフニ・スタディンみたいにか?だがな、あの人は特別だ。そんな風に練習もせずに使える人は、とても少ない」

「それよりも、誰か来るまで、どうやって過ごそう。まず、着る物は、このままでいいとして、食べ物は?寝るところは?」

愛と薫が言った。

「とりあえず、今持っていて、非常時に使えそうなものは?それぞれ出してみて。それと、この限られた空間をより大きく使うために、多少動かす事にしよう」

まずは、机とかを動かすことにした。そして、この瓦礫によって埋められた空間に、少しばかり大きな隙間が出来た。5人が入れてまだ少し隙間があった。

「これで、とりあえずは、生活できる空間が出来た。あとは、それぞれ、今もっている物を真ん中に出してくれ」

かばんから、いろんな物が出てきた。

「これで全部だな」

「先生は何か持ってないの?」

「自分が持っているものはな…」

ポケットを探って見た。そして、出てきた物を、つみあがっている上に置いた。

「これで全部だな。とりあえず集計してみよう」

そして、ノートにそれを書いていった。

「じゃあ、読み上げるよ」

杏がノートを愛から借り、読み上げていった。

「ティッシュが20個。新品の単一乾電池が5本。単一2本で動く懐中電灯が1個。カイロが3個。それと、クッキーが12枚入りの袋が2つ。使い捨てライターが1つ。単三8本で動くラジオが一つ、電池は一応入っています。これで、以上です」

「よし。で、これと、あと水なんだが、そこに、トイレがある。それから分かるように、トイレのタンクの水を使うしかないと思う」

「まあ、それしかないですね」

「自分もそう思うよ」

「まあ、皆が言うのなら、安全なんだろうね」

「でも、どれだけあるの?」

順繰りに意見を言っていき、最後に言った寛治がいった。

「だいたい、3〜5ℓだろうな。さて、ここで一つ問題だ。人間は、一日に約何ℓの水を消費するでしょうか」

「え〜。こんなときに問題出す〜?」

「約3ℓ」

答えた寛治ははっとした顔になった。

「それって、先生、1人分の水しかありませんが」

「そう。それだけしかトイレの水というのはない」

「だったらどうしろというのですか?」

再び寛治が聞いた。

「単純な話だ。水を取らなければいい」

「どうやって?」

杏が聞いた。

「人間というのはな、運動をしなければ、ほとんど熱が出ないんだ。それに、こんな閉鎖空間、熱はほとんど外にでない。という事は、熱がないと汗もかかない。そして、その分、水が体の中に残るんだ」

「でも、その分トイレに行きたくなりますよ」

薫が言った。

「まあな、でも、それは結果論だ。いまは、それが最善な策だと思って、行くしかない」

そして、5人で、このような空間において、彼らはひたすら、救助隊が来るのを待っていた。


一方政府関係に顔を向けると、地震の一報を聞きつけ、大統領は臨時閣議を招集し、直後に、軍を出動させると言った。そして、その隊長として抜擢されたのは、イフニ・リード大佐だった。

「いいか、リード大佐。これは、重大事件だ。なにせ、世界10大都市のひとつである、東京を襲った地震だ。それに、君には、人命救助という任務を与える。そして、いま、ひとつのビルが倒壊したと言う情報が入っている。いや、正確には倒壊ではなく、ただ、中身が抜け落ちたらしいんだが、その中に、逃げそびれた人達がいるらしい。それと、あちこちで、断層やひび割れを起こして、通れなくなっている道路が多数あると言う情報もある。君は、第6師団臨時災害隊と第2師団海上揚陸隊を指揮するのだ。旧日本領特別行政区東京及び周囲は災害地域指定になっている。そこに向かってもらいたい」

「大丈夫なんでしょうか」

「地震か?まあ、そういう気持ちになるのも分かる。だがな、君の曽祖父である、故イフニ・スタディン元幕僚長も、地震にあった経験があったという事を昔聴いた事がある。だが、生き延びた。だから、君も大丈夫だ」

「そんなものなんでしょうか…」

「そんなものなんだよ。さあ、これが、指令書だ。では、幸運を祈っているよ」

「分かりました。では、いってまいります」

部屋から出て行く大佐の背中を、じっと、大統領は見つめていた。


一方で、日本の株価は、相当下がった。このときの、東京株式市場は、第三次世界大戦以来、初めて1日に、1000円単位での下げとなった。それに呼応するように、各地の株式市場も順次下がっていった。上海、シンガポール、ニューデリー、ロンドン、ニューヨークなど、各証券取引所で、開始すると同時に、日本社関連の株が、一気に売られていった。しかし、為替はあまり変わらなかった。ただ、10円ほど下がったが。新聞各社は、こぞって、この謎の事を書きたてた。


「これ以上、買い支えるのは、あまりにも無謀な事だと思います」

財務省大臣小椋経蔵が言った。

「しかし、円の急落は、世界経済にも大打撃を与えかねない。そういう事を憂慮しての買い支えではなかったのか?」

鋭い眼光を飛ばす総合関係省大臣磯柿阿智。

「しかし、今はそれが一番良いかと思います」

「私もそう思う。だから、当分はこのまま進もうと考えている」

少しざわめきが起こった。

「しかし、大統領。このような事は、本連邦国始まって以来の事」

磯柿大臣は言った。

「いや、そうでもない」

「それはいつあったのですか?大統領」

「それは、第三次世界大戦だ。それに、第一次宇宙戦争時もこれほどの下げを記録している。ただ、ほとんど伝わっていないだけだ」

「それで、今回の地震はどうしますか?」

今回の閣議は、地震関係という事だったので、特別自治省/特別災害省/気象庁の、長官である渡瀬善子も参加していた。彼女が発言した。

「そうですね。この地震は、日本海溝付近の深い場所で起りましたが、M8.7という非常に大きかったので、このような被害が出たと推測されています。そして、ひとつのビルが倒壊しかけているらしく、いま、軍を出動させました。被害家屋300棟。火災件数は今の所、491箇所。負傷者、5万1千人。死亡者、0人。今まで、いろいろと法律改正を繰り返したせいで、被害家屋は、非常に少なく済みました。その影響で、今の所、死亡したと言う報告は入ってきていません。ただ、あちこちで、火災が発生しているらしいです」

「そうか。では、後は現場がどうにかしないといけないな」


第4章 閉じられた空間


「で、あれから何時間たったの?」

「そうだね…大体3時間かな?」

「普通だったら、もう家に帰って、ゆったりしているところだね」

「ははは。先生は、別の生徒を見ているな」

先生と生徒4人は、しょうがないので、真ん中にノートを持ってきて、勉強会を開いていた。

「ちょうど、先生もいるし、いいんじゃないかな?」という、寛治と薫の提案だった。

「さっきから、何回も余震が来ているね」

「ああ」

そこで、ラジオをつけた。雑音の中から、アジア大陸/東アジア地域/北地方の国営放送局を、探すのは苦労があった。

「………現在、日本近海の地震から、3時間が経過しようとしています。日本社の株価は暴落していましたが、今の所、安定して来たようです。しかし、下落幅は、最大で3万円に達しており、株式業界始まって以来の大暴落となりました。次に、地震についての、気象庁の会見です」

しかし、音声はそこで途切れた。

「あり?どうした?」

先生がラジオをあちこちいじくっていたら、

「現在、発令されている、東京及び周辺の被害区域に対する避難命令は解除されました」

と言う放送が入っていた。しかし、すぐにチューナーをさわり、別の所に落ち着いた。

「今、東京は、市政が復活して以来の大地震により、壊滅状態にあります。しかも、ある塾において、塾講師と塾に来ていた生徒が、生き埋めになり安否は不明となっています。敬称略で、上木愛、12歳、東京第1小学校6年生。宇野薫、12歳、関東学園付属小学校6年生。奥内寛治、13歳、日本学校中等部特進科1年生。川内杏、13歳、関東学園付属中等科1年生。池田勇雄、21歳、関東学園大学3回生。塾には、アルバイト講師として在籍。以上の方々の安否が気遣われます」

「おい。自分達有名人なんだな」

ラジオを聴いていた、薫が言った。

「でもな、これは、自分達がまだ見つかっていませんと言う事だからな。おいそれと喜んでもいられないぞ。なにせ、このままじゃ、自分達、死んだ事になるからな」

先生がさらにラジオを変えながらいった。

「今回の地震は、日本海溝付近に断層が発生し、それが原因で起こった地震だと推測されています。そして、私達気象庁は、今回の地震に、「日本海溝地震」と言う名称にする事に決定しました。なお、各地の震度も続々と、入手してあります。震度7、栃木県、千葉県、東京都東部、神奈川県東部、埼玉県東部、福島県東部。震度6強、………………」

「なんかとっても大きかったんだね」

杏が、ノートから顔をあげていった。

「そうらしいな。しかし、それ以後の余震については、あまり大きくないな…」

先生がいった。

「ねえ、先生。地震って、どうやって起こるの?」

愛が聞いた。

「え?地震か?そうだな…」

そう言って、下敷きを2枚両手に持ち、それを合わせるように近づけていった。

「いいかい?この下敷きがプレートと呼ばれるものだ。プレートというのは、今いろいろと建物が建っているこの固い岩盤の事だ。だいたい、海溝の底とかから見たら、ほんの数kmしかないほど薄いものだ。それが、こんなふうに、合わさっていく。そして」

突然下敷きは、片方が上に、片方が下になった。

「こんなときに地震が起こるんだ。まあ、本当はもっと種類があるんだけどね。一番やりやすい実験は、こんなものなんだ」

「プレートかぁ、なんか聞いた事があるな」

「あるはずだよ、薫君。なにせ、これは中学校で習う範囲だからね」

「あと、3ヶ月あります」

「それよりも、なんか眠くなってきたな…」

杏が、少しうつらうつらし始めた。それにつられるように、みんな眠くなってきた。

「よし。みんな、寝るか」

先生が生徒に対して確認を取った。

「うん。そうだね。寝る事も重要だからね」

薫は言った。

「でも、どうやって?寝転がる空間は、ぎりぎりしかないし、そうすると、このティッシュとかがおけなくなるよ」

寛治が言った。

「じゃあ、壁にもたれて寝ればいい。そこなら、ちょうど5人ぐらい入るだろう」

「布団とかは?」

愛が聞いた。

「とりあえず、みんなの、上着のチャック同士をつないだらいいだろう。それぞれの上着を貸して」

先生が、上着のチャック同士をつないだ。

「それで、それぞれの上着に手を入れる。普段と逆向きに。そうすると、暖かいだろう?」

「先生はどうするの」

「ああ、君達と一緒に寝るよ。だから、自分の分も付けているだろう?」

「ああ、なるほど」


それから、10分後、彼らは、上着に腕を通した。


いつしか、時も過ぎていき、先生が寝たと思われるとき、子供達は、起きていた。

「ねえ、そういえばさ、私、こんなに男の人と近くにいるのって、初めてなんだ…」

突然、杏が、右横にいた寛治に言った。

「どうしたんだ?突然」

「私ね、いま、ね…」

二人は胸の鼓動が激しくなってきたのを感じた。その後、彼らは顔を近づけていった。時間を忘れるほどに…


一方、ほぼ同時刻、先生に近い、二人にもその振動は伝わっていた。

「ねえ、よこで、何かやってるよ…」

「いいんじゃないか?それはそれで」

「ねえ、薫って、誰か好きな人とかいないの?」

突然の質問に、顔を赤らめた。

「なっ、何を言っているんだ?こんなときに」

愛は、笑いながら、

「こんなときだからこそ、こんな事がいえるんだよ」

そして、耳元で、

「私ね、あなたに恋をしちゃったの」

と、いった。再び、顔を元の位置に戻した。薫は、呆然とするばかりだった。


先生は、それが起こって、起きた。しかし、先生は、それを片目で確認しながらも、(ま、いいか。どうせ一生に一度しかない青春だ。今を、謳歌したいよな)と考え、そのまま眠った。


その頃、外には、黄色いテープが張られていた。

「警察関係者以外は、入らないで下さい」

と、呼びかけていた。しかし、それでも、報道陣は、数を増していた。その中には、彼らの親も含まれていた。


地震が起こったとき、彼らの両親は、家にいた。そして、突然の地震、携帯はつながらない。安否は不明。そして、1時間前、家から出てきたのだった。そして、その後、警察のテントの下にいた。


「すいませんが、あなた達は、いま、この建物の中にいる人達の、ご両親なんですね」

「そうです。娘は、愛は無事なんでしょうか?」

身を乗り出して聞くお母さん。

「今の所、何も言えません。しかし、同時に、塾講師も閉じ込められているらしいので、安心できるのではないでしょうか。それに、いま、こちらに向かって、軍が来ているらしいですし」

「そうですか」

どうやらホッとしたようだった。そのとき、テントのまくが上がった。

「本部長、軍関係者から電話です」

「おお、そうか。では、皆さん。少しお待ちください」

椅子から立ち上がり、そのまま、外へと歩いていった。中に残された人達は、押し黙っていた。なにやら、不安な雰囲気が出ていた。


第5章 救出


次の日の朝。軍が到着した。


「すいません。陸軍第6師団臨時災害隊です。私は、隊長の、イフニ・リード大佐です。よろしくお願いします」

「ああ、私は、警察現地対策本部、本部長の河名芳養だ」

「では、早速なんですが、現場を見せてもらいたいのですが」

「ああ、いいとも」

彼らは、現場を見るために、倒れ掛かったビルを見に行った。


「これが、そのビルですか」

「そうだ。そして、この1階の一番奥に、取り残された人達がいる」

「そうか…図面を見せてもらえますか?」

「これだよ。ちょうど、この赤丸がしてある付近にいるものと思われている」

図を大佐に見せた。

「なるほど。で、いつごろ突入していいですかな?」

「いつでも」

二人は、そのまま、対策本部へと戻った。


30分後、建物の周りには、軍がいた。

「これから、この建物の中にいる人達を救出する。なお、場所は、既に伝えた通りだ。各隊、全力を尽くせ。解散!」

すぐに、あちこちに散っていった。そして、残った部隊を引き連れ、中へと入った。


中は、瓦礫が散乱していた。

「これは、作業が大変だな」

防塵マスクを付けた、大佐が言った。他の隊員も付けていた。

「あの奥にいるんだな」

隊員に向かっていった。

「はい。確かに中から生命反応があります」

「よし。では、ロボットを放せ。一番小さいのでいい」

「了解」

隊員の1人は、背中に背負っていたリュックから、蜘蛛形のロボットを取り出し、それをそっと地面に置いた。

「準備完了です」

すぐにロボットは歩き出した。そして、熱を探知して、瓦礫の中を這っていった。


中では、朝ご飯を食べていた。

「これで、クッキー最後だよ」

杏がいった。

「最後か…あれ?」

ふと、瓦礫の所を目にすると、銀色に光る蜘蛛がいた。

「あ、これって、陸軍が所有している、災害用ロボットの、蜘蛛八だ」

「蜘蛛八?」

寛治が興味津々で見に来た。

「そう。見たままだよ。蜘蛛のように見えるからのと、八というのは、これを作ったチームが8人だったからと言う理由らしい。まあ、実際は違うんだろうけどね」

「そんな、適当な」

「向こう側は、音までは聞こえないが、映像が届いているはずだ。これで、自分達は、助かるんだ!」

ハハハッと、先生は笑った。皆も、笑った。


「おい、向こう側、こっちに気づいたらしいな。どうやらみんな生きているようだ」

「そうか。では、全隊に連絡、これより、作戦Aを発動する。これより、作戦Aを発動する。以上だ」

「了解」

「了解」

……各隊、順繰りに、隊長の方に報告していった。

「全隊了解しました」

「よろしい。では、秒読み、5、4、3、2、1、開始!」

周りから、軍のショベルカーなどがこの建物を囲うように、ユックリと近づいてくる。中では、大佐が率いる隊が、瓦礫を除去し始める。


かれこれ、6時間が経っただろうか。上の方が、隙間が出来てきた。

「よし、あと一息だ。これで、次の隊に交代だ」

こうして、何隊もの間を経て、ようやく、救出された。地震が起こってから、20時間弱かかった。

「よーし。ゆっくり出てくるんだ」

陸軍の隊員の人に、支えられながら、外へと歩いていった。


第6章 地震のあと、彼らの恋路


あの地震から、何年が経った。塾は、新たなる場所に出来ていた。あのビルはその後、取り壊されたらしい。


「ね、これ買ってよ〜」

「いや、駄目だ。いま、きついんだから。ただ、円が一気に買われた事が気になるけどね」

「だから、仕事の話はよそうっていったじゃない〜〜」

高校に入学とほぼ同時に、その頭脳を買われ、軍関連の企業に就職した杏と寛治が、二人で、新宿の街を歩いていた。この町も、ジッとはしていない。常に時が流れるのと同様に、必ず、待ちも変わってゆくのだ。そして、青年は、大人になる。


あの日以来、いろいろと変わってしまった。

(もう、あの地震から結構経つんだな…)

あの時以来、愛とは会っていない。地震の影響で、どこかと奥に引っ越したと言う話だけしか聞いていなかった。薫は、寒い冬の東京をただ1人、家へ歩いていた。辻を曲がったとき、誰かとぶつかった。

「きゃっ」

「ああ、すみません」

下を見ると、その人が持っていたと思われる、本やカバンが落ちた。

「いえ、いいんですよ。…あれ?あなたは…」

スッと二人が顔をあげる。目と目が合う。

「う、上木愛さんですか?」

「宇野、薫君?」

二人で拾った本を愛に渡し、薫は立ち去ろうとした。

「ね、ちょっと待ってよ」

薫は立ち止まり、再び愛に近づいた。そして…。


上から雪がちらちらと降り始めた巨大都市東京。その中では、必ず、男と女が行き交う。そして、その中には、偶然の出会いを果たし、その後、結ばれるという人も少なくない。なにせ、彼らがそうだったから…


第7章 その後のふたりぐみ


「もうあれから、そんなに経つのか」

新聞を読んでいた寛治は、顔をあげた。前には既に起きてきた長男と長女が座っている。

「そうよ。あれから、30年。月日が流れるのは速いけど、私達はどうなのかしらね」

杏は、大きくなったお腹をさすりながら、ゆったりと椅子に座っている。寛治がふと、目をあげると、テレビニュースで、東京地震から30年の祭典をしていた。寛治は、テレビを消した。そして、深いため息をつき、言った。

「世界は変わった。自分達は、変われるか」

杏は、ただにこやかに笑うだけだった。そして、一言だけ言った。

「ええ、変われるわ」


その横の家では、偶然、薫と愛が住んでいた。

「そうか、あの地震から、30年か」

薫がぽつりと言った。

「…月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」

「奥の細道?また古いね」

「でも、この状況を示すにはとてもあってると思うけど」

「まあね」

ニュースを見ると、東京地震から30年の祭典をしていた。愛は、テレビを消し、2階へと上がっていった。子供達が寝ているからである。

「とりあえず、あの自身が自分達を変えたのかな?」

愛に聞こえたかどうかは自信がなかった。しかし、上から降りてきた愛は、にこやかに笑いながら、

「ええ、変わったのよ。私達が気づかない間に」

と、言った。


小学生である子供達を、登校班の場所まで連れていき、家に戻ってきた。そのとき、男達は、庭に出ていた。

「ちょうど、会社休みなんだよな」

と寛治は言った。

「偶然だな。自分の所もだ」

と、薫は言った。そこへ、女性陣が帰ってきた。

「じゃあ、どこかへ行きますか?」

愛が提案した。

「でも、どこに行くの?」

杏が言った。

「それに、私は、結構疲れるのよ」

「まあね、私も経験者ですから」

「男には分からない、女の気持ち」

寛治があごに手をやりながら言った。すかさず、

「何言ってるのよ」

と杏が突っ込んだ。

「じゃあ、池田先生の所に行く?たしか、近くだったわよね」

愛が再び提案した。

「賛成だな」

「ここ最近行ってないしね」

「じゃあ、早速行きましょうか」

4人は、車に乗り込み、先生の所へ行った。


「せんせー」

「あれ?久しぶりだな。みんな、元気にしていたか?」

「うん。先生こそ、元気そうで何より」

「ハハハ、まあ、中に入りなよ」

「お邪魔しまーす」


家の居間には、赤ちゃんがハイハイをしていた。

「あれ?先生、赤ちゃんが生まれたんですか?いつのまに」

「いや、まだ半年だよ。これからが大変なんだ」

ハイハイする先には、先生の奥さんがいた。

「どうも皆さんこんにちは」

「こんにちは。加寿子さん」

「お茶でも出しましょうか?」

「いえいえ、お気使いなく」

「それよりどうした?なんか、気になる問題でもあるのか?」

「もう、先生。自分達は、もう学生じゃありませんよ」

「そうだったな。あの地震のあと、君達は、揃って塾を辞めた。でも、自分の所へは来てくれたな。そういえば、どうしてなんだ?塾を辞めたのに、どうして自分の所へ来るんだ?」

「それは、多分、同じ経験をしたと言う連帯感があったからだと思います」

「連帯感、か」

「そう言えば、先生。今、何の研究をしているんですか?」

「今か?今は、素粒子についてしているな」

「昔から相当分野が変わっていますが?」

「いや、あまり変わっていないぞ。最初は天文学だった。だけど、そのうちに、原子の分野にも興味がわいてな。知ってるか?最初の宇宙は、原子よりも小さかったんだぞ」

「はあ、ただ、今全く関係ないですけどね」

「そんなもんだよ。高校や、中学で学んだものなんて、あまり使う機会がないんだ。ただ、それがきっかけになって、いろいろと研究し始めるんだ」

「へぇ〜。ほんとにそんな人達っているんですか?」

「ああ、いるとも。例えば、初代連邦大統領は、さいしょは、原子とか素粒子の分野が気になったらしい。だが、そのうちに、天文学にも興味がわいてきて、そして、最後は、政治分野に落ち着いた」

「ばらばらですね。なんか関連性があるんでしょうか」

「さあな、だが、なんらかの、関連性を見つけたんだろうな」

すっと、先生は、立ち上がり、窓を開けた。眩しい風が部屋を満たす。

「そんなもんさ。人生なんてな。良く分からない。だからこそ面白いんだ」

その日の先生は、一番、彼らの心に強く残った。


「失礼しました」

「ああ、またいつでもおいで」

彼らは、先生と分かれて、車に乗り込んだ。そして、家に帰る途中の道で、

「ねえ、人生って何だと思う?」

という突然の質問が飛び出てきた。

「なんだ、杏。突然さ」

「いや、一体なんだろうかなって思って。先生の話を聞くと、人生と言うのは分からないと言う。でも、別の人は、人生は決まりきっていると言う。どっちが正しいんだろうかなって思って」

「結局、どっちも正しいんだと思うよ」

運転していない、薫が言った。

「え?どうして?」

「だって、そうじゃないか。その人が正しいと感じているんだから、その人にとっては、それが真理。ただ、それは別の人と違うだけ。でも、別の人は別の人なりの考えがあるはず。だから、正しい、正しくないと言うのは、どうだって良いんだよ。ただ、良くないのは、それを決め付ける人達。他の人達が気に入らないからって、そんな事で人の善悪とか、人生は語れないと思うよ」

「そうか…そうよね」

「ああ、そうだとも」

そして、みんな、家へ帰って行った。


仲間がいる事はいい事だ。そして、さらにいいのは、それが、何でも語り合える仲間であると言う事だ。そう、まるで、彼らのように、ずっと、ずっと語り合える仲間。それが、一番だ。争わず、戦わず、そして、語り合う。私は、そのような世の中を願ってる。

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