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異世界自分探し録  作者: 灰緑
一章 ウルカラ
2/2

メイとサト

 

一、メイ


 メイは空を飛んでいた。

 愛用の魔法道具の、大きな杖に腰掛けて、足元に広がる広大な森を眺めていた。


 普段であれば、森は歩いて抜けている。木漏れ日の中をゆっくり歩くのは、昔からのメイの趣味であった。

 今回も、できればそうしたかった。太陽がカッと照っていて、暑いほどではないが汗ばむ陽気。ましてやメイは黒髪である。さほど長くはなく、肩口で切りそろえられているものの、光はよく集まる。メイが常日頃手放さない黒く短いローブも然り。白い肌が焼けてしまうのも、彼女にとっては不快であった。

 彼女がそんな中、わざわざ魔法を使っているのには理由がある。


 先程まで滞在していた村での会話だ。


「ドートル鳥が森に逃げたってさ。なんでも、砂漠で騒ぎがあったとかで」


 ドートル鳥は厄介だ。

 比較的おとなしい鳥ではあるが、群れの仲が良いために、うっかりひな鳥に近づくと、襲われる。キレイ好きであるために、一歩でも陣地に入ると、襲われる。雑食であるため、食べ物を持っていると、襲われる。たまに人間も食う。要するに、何をしても、襲われる。

 また、非常に巨大で、足の発達が著しく、走るのがとんでもなく速い。

 それでもおとなしいと言われる所以は、一度撃退してしまえば襲撃者の顔を覚え、二度と襲ってこないからだ。その性質を利用したことわざに『ドートル鳥は二度追わず』がある。


 でも、撃退するのに魔法も使いたくないし、そもそも遭遇したくない。よって、メイは空を飛んでいるのだ。

 そうしてしばらく空を飛んでいると、眼下で砂埃が起こった。

 耳をすますとドッドッドッと、何か非常に巨大なモノが全速力でとんでもない速さで走っているような足音が聞こえた。


 ドートル鳥だ。

 哀れな旅人が追われているのであろう。撃退すれば良いものを、と先を見やると、木々の隙間から倒れている少女が確認できた。

 どうやら転んでしまったらしい。さらによく見ると、少女は、荷物はおろか、何も持っていなかった。


 メイは降下を開始した。


 魔法は、魔法道具の行使によってのみ使うことができる。ということは、肉体では到底敵わないドートル鳥に、少女は対抗するすべを持っていないということだ。

 木々の間をすり抜け、ドートル鳥と少女の真ん中に躍り出たメイは高らかに叫んだ。


「〈光あれ〉!」


 その途端、杖に取り付けられた大きな紫色の玉が輝いてーー辺りは光に包まれた。

 光に怯んで立ち止まったドートル鳥たち。メイは杖にまた腰掛け、少女を杖の上に引き上げた。


「〈飛べ〉!」


 また輝く紫色の玉。数秒後には、少女とメイは上空にいた。

 杖に並んで座っている少女をメイが振り返ると、少女もまた、真っ青な顔でこちらを見つめていた。ドートル鳥がそこまで怖かったのだろう。少しでも少女が安心できるよう、メイは話しかけた。


「怖かったね、もう大丈夫」


 すると少女は首をかしげてーー


「〇▽♯%□?」


 あ、これ、言葉通じないやつだ、と思って、メイは村まで十分、どうこの気まずさを乗り越えようかと考えた。



 ようやく、村が見えてきた。

 ウルカラと呼ばれるこの村は、周辺の村々の中では大きな村だ。村の喧騒が聞こえてきて、ほうとメイは息をついた。

 気まずさはおそらく変わりはしないが、地に足付けば、落ち着くことくらいはできるだろう。


 ふわりと地面に着地して、メイはふりかえった。


「……」


 そして、尻餅をついている少女と目が合った。

 かなりふわっと着地したはずなのに、バランスを崩してしまったのか、少女は顔を赤らめて立ち上がった。


 もう一度、目が合う。

 変わった格好をした少女だ。白い紙でできたようなパリッとしたシャツ。青い強そうな生地のズボン。どちらも見たことがない。言語も通じないし、遠いところから来たのだろうか。


 メイは、どうにかしてコミュニケーションをとろうと、自分を指さした。


「私は、メイ。あなたは?」


 そして、少女を指さす。

 少女はさされた指をしばらく見つめ、意を汲み取って口を開いた。


「…………サト」

「……よし、サトね。ついてきて」


 メイは歩き出す。少女がついてこないから、しばらくして振り返ると、少女ははっと顔を上げた。


 珍しくもなんともない黒めの茶髪。長いのが鬱陶しいのか、耳もとで切り揃えられている。それでも、ひと目で少女と分かるのは、女らしい整った顔と、体の線が細いからだろう。


「それとも、ここで泊まるあてがあるの?」


 通じない、と分かっていても、メイはできる限り優しく問うた。

 澄んだ少女の瞳の奥には、確かな不安があったからだ。

 見る限り十二、三歳の少女だ。知らぬ土地で不安なのも仕方が無い。

 とりあえず今日は一緒に泊まろう、そう声をかけて、またメイは歩き出した。


 しばらくすると、とととと少女のかけてくる音が聞こえた。

 まるで妹が新しくできたみたい、とメイはくすりと笑った。


二、サト


 メイに連れられて、サトは宿屋っぽいところに着いた。

 さっき、自分で名乗ってたからメイって名前なんだろうが、実際のところがわからないから辛い。

 宿屋のおばさんが帳簿をつけるのを見ながら、異世界に来たんだなとサトは改めて実感した。


 サトは訳あって、この異世界へやって来た。ここに故郷はないし、仲間もいない。

 半ば予想はしていたが、言葉は通じないらしい。

 でも、本当にメイに助けてもらえてよかったと、サトは思った。異世界に来て不慣れなのはもちろん、ダチョウみたいなでっかい鳥に追いかけられたときは死ぬかと思ったし。

 そういえば、あのときメイがなんか叫びながら杖を振ったらピカーって光ったが、あれは魔法なんだろうか?魔法がある異世界に来れたのか?わくわく。いや、空飛んでたわ、その後。魔法あるわ、絶対。


 それにしても、言葉が通じないのは痛い。これから勉強しなければ。メイは教えてくれるだろうか?そこまでやってもらうのは申し訳ない。今晩も、なんだかこの宿屋に止めてもらえそうだし。


 サトはもんもんと考え続けた。これは彼女のくせである。

 もんもんと考え続けたせいで、サトはメイがこちらをじっと見つめていることに気がつくのが遅れた。おばさんもこっちを食い入るように見ている。どうやら受付は終わったらしい。


 歩き出したメイにまたついて行きながら、サトはこんなにメイに世話になって良いものかと考えた。

 怪物みたいな鳥から助けてもらったところから始まり、この村に連れてきてもらって、泊めさせてもらう。なんとも、メイに迷惑をかけている。どうすれば、ありがとうが通じるだろうか。


 少し先を歩く黒髪のおかっぱ。サトより少し背が高いものの、ほぼほぼ年は変わらないだろう。少し上くらいか。

 そこでサトは気がついた。

 この人、私のこと、随分幼いと思ってる?

 サトは昔も今も、幼く周りから見られていた。背の低さと、顔の丸さ、それから胸……は、まあ、いいだろう。十六歳になっても、いまだによく十二、三歳に間違われる。きっとメイも、サトを幼く思って、擁護しなくてはと思っているのではなかろうか。

 そこまで考えて、サトは部屋に着いた。


 でももし。サトは部屋を見渡しながら思う。

 もしも、そう思っているのならば、好都合だ。自分はこの世界を知らないし、どう生きれば良いかも分からない。ならば、メイについて行き、擁護されながら暮らし、歳がバレたらうち開ければ良いだけだ。


 ほっと息を吐くと、にこやかにこちらを見ていたメイと目が合った。確信する。これは絶対にすごい年下と思われていると。まな板だからか?やっぱりそうなのか?ま、違うと言う術も無いしなあ、と、サトは窓の外を見た。


 いつの間にか、暗い空に丸い月が登っていた。


三、クライト


 商人の朝は早い。

 クライトは店先にぱっぱと商品を並べ、店構えの準備をした。以前は父親がやっていたが、彼も隠居した今、店はすべてクライトのものだ。

 父親が隠居してから何度も味わう高揚感と、そこに隠れた不安感を押し隠して、今日も店を開く。


「いらっしゃいいらっしゃい!」


 店前で待っていた客たちが、わっと入ってきた。相変わらずその量に驚いてしまう。

 この村、ウルカラは、主に行商人からの品物で生活している村だ。周りを森に囲まれ、市街地までもかなり歩く村であるため、仕方ないっちゃ仕方ない。だからこそ、クライトら行商人は儲かっているし。


 しばらくすると、開店後の賑わいは遠ざかっていった。客もまばらになってきたところで、その客の中に見知った顔を見つけた。


「おう、メイ」

「おはよう、クライト」


 メイとは家族ぐるみの付き合いである。メイの一家が人里離れたところに住んでいるため、よく品物を届けに行ったのだ。


「親父さんはどうしたの、いないみたいだけど」

「親父は隠居だよ。腰痛めたらしくってな、そろそろ年だろ」


 がははと笑うクライトに、メイは心配そうな顔をした。


「大丈夫だって。昔からだかんな、親父の腰は。ところで、お前まだ修行の旅ってやつか?そろそろ成人の儀だろ?」


 すると、メイは唐突に真剣な顔になった。


「今家に向かってるところ。それはいいんだけどね。……ね、クライト、この子知ってる?」


 メイが示した少女は、まだ年端もいかない、短髪の子どもだった。


「知らないな。オレは全知全能じゃないんだぞ?」


 メイはあからさまに落胆した。


「この子ね、私がドートル鳥に襲われてるところを助けたんだけど、どうやら、言葉が通じないみたいなんだよね。名前はサトで、どこから来たかって言うのも聞き出したんだけど……」


 クライトは合点がいった。要するにこの子を親の元に返したいんだろう。


「んで?どっから来たんだ?オレの知ってる場所なら、連れてってやるよ」

「それがね……」


 メイは少し言葉を止めた。が、また口を開く。


「ニホン……っていうところ」

「……」

「……」

「………………知らねえ」

「だよね?!私もわかんないの!」


 メイは興奮してクライトに詰め寄った。自分が無知なのかと思っていただけに、この国の地名を網羅したクライトが知らなかったのは安心したらしい。


「どうやって返してあげたらいいか分かんないし……こうなったら」

「メイ」


 クライトは少し眉をひそめて言った。


「まさか、引き取るつもりか?」

「………………うん」


 今度はクライトがあからさまに落胆する番だった。


「お前なあ、昔っから変わんないよな、お人好しなところ」

「でも……」


 頬をふくらませたメイの目線の先に、先程の少女がいる。確か名前は、サトといったか。


「サト」


 クライトは少女に話しかけた。サトは肩をビクッと震わせたが、クライトを正面から見つめ返した。


「このどうしようもない姉ちゃんを、よろしくな」

「だから、言葉は通じないんだって……」


 メイは言ったが、クライトの、そんなもん心よ心、という理論には適わない。サトは分かってか分からずか頷いた。


「メイ、なんかあったら言うんだぞ。オレはどこにでも行くし、また会えるだろうし。巷じゃ物騒な話もよく聞く。気をつけろよ」


 クライトの忠告に、メイはニッコリと笑った。


「やっぱり、昔っから変わんないね、優しいところ」


  意趣返しだとばかりにメイは微笑む。


「っ…………ったく」


 顔を背けたクライトの頬が赤く染まっていることに、メイは気が付かなかった。


四、サト


 言葉は通じずとも、分かることがあることをサトは知った。


 例えば先程、クライトに頼まれたこと。

 恐らくあの大柄のお兄さんは、メイのことをよろしくと頼んだんだろう。そしてその口ぶりと表情から、メイとクライトは旧知の仲で、クライトは恐らくメイが好きなんだろうなあとまで分かった。


 しかし、もちろん、分からないこともある。

 例えば、今、何をさせられているのか。

 クライトの店の奥、サトの前には、沢山の宝石の玉が詰められた大きな箱があった。メイにそれを触れと伝えられたサトは、おっかなびっくり、かれこれ五分ほど触っている。

 要するに、色とりどりの宝石の玉を、大柄のお兄さんと綺麗なお姉さんに見つめられながら撫でているのである。


 何をさせられているんだろう。


 背後のふたりは何かを話し合っているようだが、もちろんこちらには通じない。そろそろやめてメイに物申そうかとしたとき、その現象は起きた。

 箱に詰められた、大小様々、色も様々な玉。そのうちの、小ぶりで紫色の玉が、サトの手に触れた途端、輝いたのである。


「うわっ」


 サトは咄嗟にその玉を手放した。後ろから手が伸びてきて、かろうじて床に落ちるところをクライトが掴む。

 そしてメイとクライトは顔を合わせて笑った。

 何もわからずサトは目を白黒させていたが、しばらくして理解した。


 一つ、その玉が、メイの持つ杖の先に付いているものと同じこと。二つ、一端店の奥に戻ったクライトが、短い片手杖の先に玉を付けて持ってきたこと。

 それらの結論から、この玉は魔法を使う触媒で、サトはそれをメイに買ってもらったと分かった。


(めちゃくちゃ……世話されてる)


 どれだけお人好しなんだ。サトは逆に感心した。とりあえずお辞儀はしたが、通じていないようである。お辞儀の方法も別にあるのだろうか。

 クライトから魔法の杖?を受け取って、服やらなんやらをまたメイに買ってもらってから、メイとサトは店を出た。


五、メイ


 もう昼時。

 メイは、まずお昼を食べるべきと判断し、近所の食堂に入った。

 女給にカウンターに案内され、サトと隣合わせで座る。

 サトは相変わらず、杖と自分の格好をしげしげと見ていた。


 服は、一般的な旅人の格好だ。麻のシャツにベスト。下はプリーツスカートで、レギンス。革靴に、革の鞄。普通の服装だが、すっきりとした顔立ちと相まってなかなか似合っている。いい買い物をした。

 そして、肘から指先までほどの長さの杖。短めではあるが、サトぐらいの年の子が振るのにはもってこいだろう。メイは、杖が長すぎるゆえに、幼い頃は振るのにだいぶ苦労した。


 幼き日を思い出しながらも、メイは女給を呼び、料理を注文する。サトの好みはわからないので、とりあえず野菜たっぷりのシチューだ。


 サトについて、たくさんのことが分かった。

 まず、メイを信頼してくれていること。これは実際、凄く嬉しい。信頼されて落ち込む人などいないだろうが、メイにとってこれは非常に大きなことだった。

 次に、本当にこの国、いや、世界について知らないこと。基本の言葉から、魔法、生活様式、一般常識まで、すべて知らないようだ。かといって、記憶をなくしたのかと思えば流暢に違う言葉を話したりする。


 サトについて色々と分かってきたし、お人好しとは言われながらも、せめて、親元に帰るまでくらいは、世話してあげたいと思った。だが、如何せん謎が多い。なぜ森の真ん中でドートル鳥に襲われていたのか。なぜ、国の外縁から程遠い所にいるのか。なぜ、この国に来たのか。


 まあ、それでも。

 それでも、守ってあげたい。


 メイが長女だからそう思うのかもしれないが、世話するとか、そういうこと以前に、守ってあげたいと思う。

 ほう、と息を吐いて、横に座った少女の頭を撫でた。

 少女は撫でられるままに、目を細める。

 ドートル鳥から助けてあげたからか、サトはメイに対して警戒心が無い。それを嬉しく感じつつ、時折サトが見せる、今のような、さみしげな瞳が気になった。それと同時に、この少女がかなり無口であることも。実際サトは、対面したときと、名乗ったとき、昨日出自について聞いたときなど、必要な場合しか喋らない。


 それらについてメイが口を開こうとしたそのとき、また先程の女給が注文した料理を持ってきた。メイは食事に手をつける前に、


「天に地におはしまします神よ、我らに生命の施しを」


 手を額まで持ち上げ、一礼する。食前の、もはや日常である儀式だが、顔を上げると、不思議そうにこちらを見ているサトと目が合った。


 祈りの作法も知らないのか!


 メイは驚いたが、これはこの国でかなり重要な作法だ。生命をいただき、我らは生きているのだから。

 この国のことを教えてあげるのも自分の務め、と思い始めていたメイは、ゆっくり、大きな声でサトに言い聞かせた。


「食べる前に、こうするの」


 できる限り、身振り手振りをつけながら。


「天に地に、おはしまします神よ」


 サトは訳が分からず目をくるくると回した。

 それもそのはず。言葉はひとつも通じないのだから。


「……ま、後ででいっか」


 メイは嘆息し、手を振ってサトに食べろと促した。

 サトは安心した顔で、なぜか、料理に向かって手を合わせた。


「〇□▽×」


 …………どうやら、同じような儀式はサトの故郷にもあったらしい。これは教えるのが楽だなと思いつつ、この儀式は他国にも見られない稀有な文化だったような、とも思った。


 サトが料理に手をつけたのを見て、メイも安心して眼前のパスタを食べ始めた。

 なかなか美味しかった。


体調が悪いので、しばらくは掃きだ……書きだめを投稿していきます。

読んで下さり、ありがとうございました。

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