プロローグ
自分とは、一体何か。
それは、人類に「自我」が芽生えた瞬間から存在する、永遠に解けない問いかけの一つである。
例えば、人間種などという生物としての種が確立されたとして、その種の中の自分とは何か。
隣を歩く他人との違い。極めて似通った血を持つ家族との違い。父親とも、母親とも違うこの外見は、どこから来たのか。
自分が存在し、他が存在する以上、違いは明確であるのに、どうしても、答えに辿り着かない。
そうして問いを重ねるうちに、また一つの問いに辿り着く。
自分は、これからどうすれば良いのか。
その問いの答えは、自分しか知らない。しかし、どうしようもなく、他者に委ねてしまいたくもなる。
選んだ道、選んだ方法が、他者から批判されはしまいか。
自分の首をのちのち締める結果になりはしまいか。
不安は、募るばかりである。
それらの問いかけの答えを見つけられず、目を背けようとした姉妹があった。彼女らに、母はこう説いた。
自分とは、実体のないもやのようなもので、まだ若いあなたたちには掴むどころか、見ることさえ叶わないでしょう。
ですが、それはこの母も同じ。
それでもこの母は、生きています。
あなたたちも、自分など探さずに、ただ一生懸命に生きなさい。
答えは、自ずと見えてきますよ。あなたたちなら、きっと見つけられるーー
長女は、今日もまっすぐ生きている。あの日の母の悲しみに満ちた顔を忘れないように。
次女は、他者を求めず受け入れない。優しすぎる家族と、甘えてしまう自分を守るために。
三女は、心から家族を愛す。それが半ば狂っていたとしても、もう誰にも牙を剥きたくないから。
四女は、ふざけながらも飄々としている。常に笑っていて欲しい人たちと、明日も一緒にいるために。
五女は、話さず、そして笑わない。大切な人たちの中の、自分の居場所を信じているから。
たとえどんなに離れていても、心の距離は決して離れない彼女らに、確かに「自分」は必要なかった。
そこに、異界からやって来た「自分」を探す少女が現れたとき、物語は少しずつ、しかし確かに、動き始める。