07 アストラル・テレパス (神霊念話)
大陸の中央からやや南東側の温帯湿潤気候エリアに人間種の作った国家「シュラッテンフルー王国」がある。他の地域でも国家とまではいかないものの人間種のコミュニティは無数にあるのだが、様々な種族が人間をイメージすると必ずと言って良いほどシュラッテンフルーの名前が出て来る。
それだけ騎士王ボードワンの名前は大陸中に浸透し、全種族の尊敬を受けていたと言う証でもあった。
そのシュラッテンフルーの王都リースタルでは今、十六年前の悲劇から解放され、束の間の穏やかな平和を噛み締めながら、第二次天使蹂躙に備えようとする機運が高まりつつある。
フェレイオ暦八百十五年の春
王都リースタルから遥かに離れた、地方の中核都市サンクトブリエンツェにある英雄育成の為の学校「王立フェレイオ学園」の新学期が始まり、学園にやって来た一人の少年の破天荒な話題に全校生徒が夢中になっていた頃、王都リースタルの闇の深淵ではただならぬ空気の中で怖ろしい会話が進んでいた。
ーーまた今年もなかなかの人材が揃っているようだなーー
低くドスの効いた声が、王都リースタルの一番の賑わいを誇る、西門市場を電気の様に走り抜ける。
朝採り野菜がズラリと並ぶ朝市は昼間以上に賑わっており、もはや誰と誰が会話しているかなど見極められない程の激しい喧騒なのだが、その声は大きな人混みを走り抜けてそして、別の方角からの別の声との会話を成立させていたのである。
ーー注意しなければならないのは、デモニックではなくサタニックを呼び出す召喚士が入学して来た事だ。あれは我々にはキツイーー
ーー昨年の赤竜の王女はどうした? 深刻だと言いながら結局何も対処していないではないか! ーー
今度はまた別の方角から、女性の金切り声の様な声が響く。
不思議な事に絶え間なく往き来する人々の全てがその声に全く反応しておらず、もしかすると人や生物の可聴範囲を超えた、ここにいるはずの無い、ここにいてはいけない者たちの声なのかも知れない。
ーーそろそろ行動を起こすべきだろうな、これ以上地上人が力をつけて団結する事は好ましくないーー
ーーならばどうする? 我らで彼の地に攻め入るか? ーー
ーーいやちょっと待て。残された我々には後が無い以上、損害を増やせば増やすだけ弱体化に繋がるーー
ーーそうね。どうせならあの地上人たちにやらせましょうよ、殉教だと言えば連中なら喜んでやるはずーー
酷く物騒な会話を重ねる謎の声。
話し合いは決したのか、低い声の主が女性の声の主に向かい、「後は任せた、では解散」と言った途端、謎の会話はその一切が消えてしまった。
第一次天使蹂躙から既に十六年が経過したこの世界。
これがフェレイオ暦八百十五年の夏に大陸を震撼させた【使徒事件】の始まりなのだと、現時点で気付く者など誰一人いなかった。