68 There's a starman waiting in the sky
古い時代に人間種が集まって建国した国、シュラッテンフルー。
その王都リースタルから西に三日ほど馬を走らせると、なだらかな草原地帯は急に丘陵地帯へと姿を変え、そのまま真っ直ぐ足を進めると山岳地帯と盆地が数多く点在する高原、キャスカフ高原がある。
大陸を南北に縦断する山脈や断層のポイントの一つであり、このキャスカフ高原をひたすら南に向かうと、大陸最南端の赤竜の聖山が終着点として控えていた。
うっそうと木々のしげる森と、緑に囲まれながらも起伏の激しい小高い丘が点在するこの高原は、四季によってその表情を変える風光明媚な土地として人々に知られていたのだが、実はもう一つ別の顔を持っていた。
むしろキャスカフ高原の名前を出すと、地上人が一番真っ先にイメージするのは温泉。大陸随一の良泉が沸き上がる巨大湯治場だったのである。
湯量を誇る地域には宿が密集し、こじんまりした場所や人を容易に近付けない場所に沸く湯は秘湯と呼ばれ、大陸中の様々な人々が古くから湯を求めてこの地を訪れていたのだが、
今……マスターズ・リーグのトップチームに所属するタヌキ耳の獣人ロロットは、見つけるのさえひと苦労すると言われている秘湯のひとつ「ぽんぽこの湯」の傍らにキャンプを張り、木の幹に妖しげな道具を広げながら、それを食い入る様に見詰めていた。
「なるほどなるほど、害意持つ者はサンクトプリエンツェに。害意持たぬ者はケヴネカイセに……か」
焚き火の灯りに照らされたその木の幹の上には、動物の皮で作られたシャフベラルク大陸の地図が描かれており、更にその地図の上には、小動物の牙や鳥の羽や鮮やかに輝く鉱物のカケラが無造作に置かれていた。
「うむ、彼奴らがサンクトプリエンツェに赴く理由は分かる、狙いはフェレイオ学園だ。だがケヴネカイセにいる奴らが動かないとなると……案外そうかもね」
ロロットは傍らに置いていた大きな背負い袋から紙片とペンを取り出し、なにやら書き物を始めた。
「文字苦手なのよねえ。……えっと、獣の数字持つ者はサンクトプリエンツェに。黙示録の羊はケヴネカイセにいる可能性が高いですよう……」
慣れない文章を書き終えると、何か足りない事に気付いたのか、ロロットは慌ててもう一文付け加える。
「追伸……サンクトプリエンツェに向かう天使の動きが速過ぎます。対応をお願いします」
眉間にシワを寄せて書いていたのだが、完成と同時に良しと叫び、ロロットはその紙片を小さく巻いて紐で縛り、口笛をぴうっ! と吹く。
すると何処からともなく現れた三本足のカラスがロロットの肩に舞い降り、彼女の頬を愛しそうに顔で撫でる。
「良い子良い子。この書状をね、リースタルにいる副長に届けて欲しいの。良いわね? 」
差し出した紙片の巻き紙をくわえ、お安い御用でさあとでも叫んだかの様に、三本足のカラスは見事な急上昇を魅せながら空の彼方へと消えて行った。
いやあ、さすがこの湯は霊験あらたかだねえ。仕事があっという間に終わったよう! と、ロロットは立ち上がりゴツゴツとした岩で囲まれた場所へ歩き出す。そう、それは今も穏やかな湯気を昇らせている露天風呂。
修験者や魔導の者の霊力を飛躍的に高めて、従来以上に感覚を研ぎ澄ます事が出来る天然露天風呂、それが「ぽんぽこの湯」だったのだ(獣人限定)
自分の責務を果たしたロロットの顔から険しい空気が消えて行く。
ーー占いによる敵捜索ーー
つまりは大いなる父の使徒である天使が、真の天使蹂躙を引き起こす為に必要な存在と、そして天使たちが排除すべき絶対敵の存在。
ロロットは得意分野の占いによって、数字持つ獣と黙示録の羊、そして大陸で今現在動きのある天使たちを地図の上に炙り出していたのである。
【妖術士】
元素魔法を学術として極めようとする魔導士や、自然の力に魔力を見い出すウォーロックとは違う存在で、強いて言えば魔女に近い力を発揮するのだが悪魔契約もしていない。
つまりは西洋系ファンタジーのジョブには当てはまらない「占者」「道士」「修験者」「陰陽師」などを総じて妖術士として分類する。
その名前からして妖しげな存在だとイメージしてしまうが、文化人類学的には「意図して人を傷つける術」を邪術・魔術・ソーサリーと表現するのに対して、意図して人を傷つける術以外の範疇が大きい妖術士は、ウィッチ・クラフトとして表現される。
つまりは悪魔と契約せず、悪意を持って術を行使する魔女とは全く違う存在であり、それぞれ土着の秘術を使って祭り事や占い事を行なったり、式神を使役したりするのがホワイトウィッチ・クラフト……妖術士なのだ。
タヌキの獣人であるロロットは、彼女の故郷で長年培われた占星術や呪術、そして式神使役を完璧に自分のものとした妖術士……【陰陽師】としてマスターズ・リーグの列に並ぶ事を認められた存在だったのである。
そんな彼女ももちろん乙女
ちょいふくよかで、どことなくお腹回りが幼児のようにふっくらしているが、そろそろ人生の伴侶を見つけても良いお年頃。
仕事上がりにもうひと風呂と思い立ったのか、ぽんぽこの湯の前まで来ると、周囲に人の気配が無い事をピンととんがったタヌキ耳で確認し、それえ!とばかりに乱雑に服を脱ぎ散らかしたまま、水着を着ない水泳選手さながら、大胆なポーズでザップンと湯船に飛び込んだ。
いつの時代に誰が作ったのかも分からない、脱衣用に古びたスノコが一枚置いてあるだけで、周囲は大自然そのもの。
大きな月と小さな月、そして満天の星空がこのキャスカフの大地を照らす様と、肌寒くなった秋本場の高地の空気は、まさに露天風呂を更に楽しむ為の素晴らしい演出であり、誰はばかる事無く全裸でそれを楽しめるのは、露天風呂の醍醐味と言っても過言では無かった。
「イーヤッハーッ! ごくらくですねえ」
顔を上気させるロロットは手でバシャバシャ湯を叩いてしぶきを飛ばしてみたり、潜ってみたり、可愛いお尻を出しながら泳いでみたりと、キャッキャキャッキャとやりたい放題。
だがひと通り暴れるだけ暴れて遊び疲れると、やっと静かに湯に浸かって星空を眺め始めた。
「……うむ、最近空の様子がおかしい。あの大いなる父の影響とはまた違った【うねり】を感じるのよね。何かの予兆かな? 」
そう呟いたロロットだが、そう危惧した予兆が目の前で起ころうとは思ってもいない。
「動くなっ! 」
怒声と共にいきなり森の中から二人の人間が現れてロロットを威嚇する。この大陸では見た事の無い、緑色の珍しい鎧兜をまとった男女のペアだ。
そして一般的に言うならば、魔力を秘めた杖などは高々と掲げたりして威力を発揮させるのだが、この男女は先の尖った杖をロロットに突き出す様に「動くな」と迫って来たのである。
思わずロロットが湯船で立ち上がり、この異様な姿の人間二人に対して、乙女の裸を晒したまま両手を上げて硬直してしまっても、それはしょうのない話ではあった。
そしてロロットを見て驚いていたのは、無事大気圏再突入を果たした後にこの地へ不時着した、航宙自衛隊 第一亜宇宙戦術空母打撃群 旗艦イザナミ所属、連絡運搬艇りゅうせい2の艇長と副艇長を務める、末永三等宙佐と、光塚一等宙尉。
つまりうねりの予兆そのものであったのだ。
「な、何だ!? ケモミミ? つるペタケモミミの少女だと!? 」
頭の中だけでその混乱を処理しておけば波風は立たなかったのに、そう口走ってしまった末永三等宙佐は、しばらくの間光塚一等宙尉からロリオタと認識され、軽蔑の眼差しを徹底的に浴びる事となった。




