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マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~  作者: 振木岳人
◆ 第一部終章 「さようなら」編
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64 三者三様



 大陸の北東に位置する軍事国家ケヴネカイセ公国の首都イリヤチョフグラードの郊外。首都や周辺都市からもうもうと上がる煤煙を押し返す様に、北海から常に運ばれる海風で守られたこの巨大な森の北側にはエルフの集落がある。

 イリヤチョフグラードで働く労働階級のエルフたちの集落なのだが、そのエルフたちとは接触を避ける様に大きな洋館が森の木々を押し退ける様に建てられているのだが、もちろんエルフたちがこの屋敷に近寄る事は出来ない。鉄条網で作られた柵と掘がぐるりと屋敷を大きく取り囲み、外の世界を完全に途絶していたからだ。


 屋敷の持ち主の名はユーリ・ケルゼコフ。ケヴネカイセ公国の指導者エゴール・ケルゼコフの異母弟にあたる若き男爵である。

 ケヴネカイセがケルゼコフの一族独裁となった後、一族の中で有能な者を登用し続けたエゴールは、それまで日陰者の存在であったユーリの才覚に早々と気付き、「先代の愛人の子」だと周囲の者が猛反対するも強引に政治の舞台に引き上げたのだ。


 “銀髪の若獅子”

 周囲からも軍人たちからもそう評される容姿端麗な若者は、その際立った才覚をもってケルゼコフ一族の中枢に到達し、いよいよ頂点に立つエゴールをも喰らおうと画策していると噂され始めていたーー。


 冬の季節がちょっかいを出し始めた北風の強いある日の午後、このユーリの屋敷に客人が訪れた。新たに政務官となった彼に媚びを売る小役人たちではなく、何の手土産も持たない異様な集団がだ。


 二台の馬車から降り立ったのは八人の男。紳士服に帽子を被った七人の男が、汚い身なりの少年を守る様に取り囲んで屋敷の限界に向かっている。

  気味が悪いのは、この七人の男たちが高い身長から服装から同じ無表情な顔付きと……まるで同じ株から別れたクローン人間が揃った様な光景。

同じ足同じ歩幅で歩く彼らの真ん中にいる少年は、そんな異様さなど気にもせずに、穏やかな笑みを浮かべて扉の前に立った。


「お待ちしておりました」


 老いた執事が頃合いを見計らい、自ら扉を開けてうやうやしく頭を下げる。そしてこちらにございますと、一団を応接室へと案内した。


「旦那様、お着きになられました」

(……お通ししろ……)


 応接室からユーリの澄んだ声が聞こえる。執事は扉をゆっくりと開けて来訪者たちを応接室へ招き入れる。


「来たか……」


 屋敷の主人は一人用のソファにゆっくりと腰を落としたまま、左右に別れて広がった黒ずくめの男たちの中央、この屋敷に全くもって似つかわしくない少年を凝視する。


「ふむ、彼がお前たちの言うところの“黙示録にラッパを吹く羊”か。もっと鬼神の様な人間だと思っていたが意外だったな」


 ユーリが値踏みする様に見詰めているのはミーシャ。あの貧民街のゴミの山で謎のカミナリに打たれ、意識を取り戻した途端に謎の男たちに連れられ貧民街を去った少年である。

 そしてミーシャの左右に立つ七人の男たちは、歳の差などほとんど無さそうなこの二人に会話を完全に預け、全くもって沈黙したままであった。


「私はユーリ・ケルゼコフ。貴様の名は何と呼べば良い?」

「……ミーシャです」

「ふ、ふははは! 随分見た目の印象とかけ離れた名前だな、名前が熊とはな」

「貧民街の大人たちが言うには、小さな頃は子熊の様にコロコロ転がり回っていたと」


「ふむ、なるほどな」とにこやかな表情で納得したユーリ、老執事に向き直る。


「彼を風呂に入れてやれ、私と体格は似ているから袖直しは必要無いだろう。上等な服を着せてやってくれ」


 汚い身なりのまま貧民街から出て来たままのミーシャに、これからはそう言う世界が待っているんだと言いながら、ユーリは執事の後に着いて行けとミーシャを促す。

 すると七人の男たちもそれに着いて行こうとするので、ユーリはおいおい代表くらいはせめてここに残れと苦笑した。


 誰が残ってもイマイチ特徴の掴み様の無い中で、申し合わせも何も無く残った一人の男。相変わらず無表情のままピシッと立ち、ユーリの言葉を待つ。


「インフレが激しくてな、馬車の荷台に札束を山ほど積んでも三日もたん。金塊を積ませたから持って行け」

「……了解シタ……」

「物件は今探している。イリヤチョフグラードの街中に何件か見つけたから、近日中には入れるだろう」

「……了解シタ……」


 ……相変わらずそれしか言えないのかと飽きれた表情のユーリなのだが、言ってる意味が通じていない訳ではないので言い続け、事務的な話を滞りなく終えた。


「ところで、獣の数字を持つ者はどうする積りだ?」

「……別動隊ガ襲撃スル、心配ナイ……」

「ふうん、なるほどな。来月から後期の元老院が始まる、私もいよいよ行動を開始するのだ……わかっているな? 」

「……ミーシャ守ル者協力惜シマナイ……」

「私とラッパ吹く羊、どちらかがコケても実現しないのだ。頼むぞ」

「……人間種ノ悲願【ヒューマニア】建設。我々モソレヲ望ンデイル……」


 上昇志向の塊の様なユーリ、羊と呼ばれるミーシャ、そして謎の七人の男たち。三者は決して交わる事無くそれでいてケヴネカイセ公国の未来を劇的に変えてしまう様な、……闇に潜む意志の柱の誕生であった。


 謎の男が言った謎の言葉【ヒューマニア】それは、人間種つまり人類の悲願だと言っていたのだが、歴史に詳しい者ならばこの造語の様な単語にピンと来るはず。

 第二次世界大戦において、世界に悪名を轟かせた独裁者が構想を練った世界首都計画。ゲルマン人によるゲルマン人のための世界首都を独裁者は「ゲルマニア」と命名した。


 その計画は戦争の敗北とともに頓挫してしまったが、この謎の男が口走った人類の悲願【ヒューマニア】も、何か同様のキナ臭さを感じて止まない。

 それが何故キナ臭さを感じるのかは、まだあまりにも情報が乏しいと言うのが正直なところなのだが、それでも肌で感じられる確かな事はあった。


 ーーケヴネカイセ公国に嵐が吹くーー


 その嵐とは、間違い無く血の嵐だと言う悲劇的な未来が垣間見れたのだ。




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