60 ミーシャの目覚め
大陸の北東方面に「にゅっ」と突き出したニェベク半島。その巨大な半島に眠る様々な資源を活用し、大陸随一の近代化を果たした軍事国家、【ケヴネカイセ公国】。
その工業生産力や近代鉄鋼技術と引き換えに、大自然の恵みやおおらかな時間の流れを失ったケヴネカイセ公国の貧民街の中、貧民の中でも更に貧しくて親も家族もいない、今日生き延びる為に必死に生きる子供たち……ストリートチルドレンの集団がいた。
隙間無いほどびっちりと建てられたバラック小屋が所狭しと並び地平線すら見えない地区の隅っこ。鼻腔を刺激する不快でおぞましい下水が、近くの川に合流しようとする腐臭の溜まり場に、バラック小屋では無く木の枝と「むしろ」で作ったテント村があるのだが、天涯孤独の子供たちは年中寒空の下、このテント村で身を寄せ合って生活していたのである。
そのテント村の中の一つが何故か騒がしい。本来ならこのボロボロのテントの使用者は、子供たちから“ミーシャ”と呼ばれる一番の年長者なのだが、ミーシャ自身はテントの外に姿を現さないまま、子供たちはそのテントをぐるりと取り囲み、心配そうな面持ちでミーシャのテントを見詰めている。
実は先日、「希望の丘」と皮肉めいた名称で呼ばれる巨大なゴミの山において、ミーシャは謎の落雷を受けて気絶してしまったのだ。
それに気付いた子供たちがみんなでミーシャを担ぎ、このテントまで運んで来たのだが、外傷こそ無いものの意識が全く戻らずに今日に至るのだが、当たり前の話この場にいる子供たちはミーシャを医者に診せるだけの金など持っておらず、ただただ横になっているミーシャが早く目を覚ます事を願うだけの日々が続いていだのであった。
「ミーシャ、ミーシャ……」
「ミーシャ起きてよ」
ミーシャよりも年下だが、子供たちの中ではミーシャに次いで発言権を持つ少女、ラビと呼ばれる女の子がミーシャの傍に座り、貯めた雨水で絞ったボロ切れでミーシャの顔を拭いている。
テントは小さいのでミーシャとラビの二人で空間は占領されてしまうため、彼の心配をする子供たちはテントをぐるりと取り囲んでいたのだ。
これだけ見ても、この貧民街の最下層に位置する天涯孤独の子供たちのコミュニティの中で、どれだけミーシャと言う存在が皆にとって貴重で信頼されているのかが垣間見れた。ーーその日生き延びるための努力を放棄してでも、ミーシャの容態が心配だったのである。
煤煙に煙る空の隙間から太陽の陽射しがチラチラとテント村を照らす、陽射しの角度からしてちょうど正午あたりの事。
突如テントを取り囲んでいた子供たちの間に大歓声が沸き起こった。ようやくミーシャの意識が戻ったのだ。
「ミーシャ、良かった……どうなるかと思ったのよ」
ボロ切れと言っても過言ではない毛布をどかしてミーシャが上半身を起こす。傍のラビは今にも泣き出しそうなクシャクシャの表情を隠しもせず、頬を紅潮させる事でミーシャの帰還を安堵していた。
「僕は……気を失っていたのかい? 」
「そうよ、何日も何日も……死んじゃうかと思ったんだから! 」
ラビに手を借りて起き上がりテントの外に出る。すると子供たちが一斉にミーシャの元へと駆け寄って無事を祝う。それはもう大騒ぎ、歓喜の瞬間だ。
「うん?……あの人たちは? 」
子供たちに抱きつかれ揉みくちゃにされながらも、ミーシャの視線はテント村の外れに。
そこには……テント村に足を踏み込まず、道に七人の男性が均等に並びながら、無言のままミーシャを凝視しているではないか。
「朝からずっとあんな感じなんだ」
「じっと見てるだけなの、気持ち悪いよ」
身なりを見れば、そこそこに値段の張る様な服装である事から、私服の警官かはたまた役人、貴族の遣いではないかと言う予想も立てられるのだが、子供たちは怯えたまま彼ら七人の大人たちが何故そこに立ち尽くしているのか聞き出そうとする者はいなかったのだ。
「なるほど、あの人たちか」
ミーシャは自分の独り言に勝手に納得し、何かに取り憑かれたかの様に男たちが並ぶ道路に向かって歩き出す。
「どこ行くのミーシャ!? 」
「まだ具合悪いんでしょ?」
「どうしたの? あの大人たちは知り合い? 」
いきなりの異変。歩き出したミーシャを引き止めようと、子供たちが必死に立ち塞がるのだが、ミーシャはそれを強引に振り払うのではなく、穏やかな笑みを顔に浮かべながら優しく諭す。
「大丈夫、心配しないで。近いうちに必ず帰って来るから」
一人一人子供たちの頭を撫でながら前に進むミーシャ
「大いなる父が君たちをちゃんと幸せにしてくれるから、もうちょっとだけここで我慢してるんだ」
そう言いながら呆気に取られた子供たちを後にした。
七人の男たちの前に立ったミーシャ。
あらためて男たちを見渡して感じたのだが、無表情を通り過ぎたと言うかまるで能面の様な「固い」顔付きの男たちで、着る物や髪型こそ違えど、顔自体は大量生産された面の様に全て同じ顔をしているではないか。
だが、彼らが敵ではない事を本能的に理解しているのか、ミーシャはニコリと口元に笑みを浮かべながら「では案内してください」とだけ話し、無言で翻り歩き出した七人の後ろについた。
……ミーシャは一体何処へ連れて行かれるのか……
貧民街の子供たちの不安な顔をよそに、ミーシャの顔は晴れ晴れとしていた。ーーその表情はまるで、人間社会全体に訪れる幸せの予感のように。




