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06 到達者の息子



 フェレイオ学園の新学期二日目の一年B組は、朝から「ロミルダさんありがとうございました! ロミルダさんの毛布って甘くて良い香りがしました」事件で一時クラスは騒然となったのだが、やがて宿無しシリルがロミルダの毛布を貰っただけと言う事実が浸透し、騒動は午前中に収まった。

 かたや王国有数の騎士団団長を輩する名家のご令嬢で貴族、かたや異臭騒ぎの犯人で出身も分からない野宿の金無し。言われてみればおかしいと思ったんだよなあと、皆が納得してしまえば話が盛り上がる訳が無い。

 結局のところ、シリルが下宿も寄宿もするだけの財力が無い貧乏人と言う事実が明かされただけの事となった。


 ただ、その騒動の中で「学年一の美女で高貴なロミルダと、謎の異臭少年シリルが同じ屋根の下ロマンス」を払拭しようと、顔を真っ赤にしながらロミルダはクラスメイトたちに弁明したのだが、彼女が立派だったのは事実だけを説明して誇大な表現でシリルを貶めなかった事。

騎士たる者の矜持として弱き者を救うのは当たり前なのだが、寒空の下のシリルを救えなかったと言う罪悪感が、彼女の胸の奥で未だくすぶっていたのかも知れない。


 とにかく、これから本格的に始まる学業よりも、思春期の少年少女が食いつきやすくて黄色い悲鳴を上げて喜ぶ様な下世話な噂話は終わり、やっと普通の日々が始まる。

 しかし午前中の授業が終わって担当の講師が「午後は体育で体力測定をやるので、昼休みが終わったら運動場に集合するように」と説明し、いよいよ昼食の時間がやって来たなと言う時に、事件は再び起きてしまった。


 自炊したり下宿先で用意して貰った弁当を教室で食べる者、弁当の用意出来ない学園生用に学食があったりと、それぞれがそれぞれに昼食を楽しんでいる最中、一年B組の教室に学年主任のアンヌフローリア女史が現れた事で事件は始まる。


「シリル君、シリル・デラヒエ君はいるか? 」


 学年主任の問い掛けに、クラスで弁当を食べていた生徒たちが色めき立つ。【シリル君】の苗字を始めて聞いたからだ。


「アンヌフローリア先生、デラヒエってその……シリル君のファミリーネームですか?」

「そうよ。あら、皆さん自己紹介をお互いやったでしょうに」

「いえ、シリル君は自分の事をただのシリルとだけ……」

「あらそう、変ね」


 学園長に見せて貰った彼の書類にも、しっかりとデラヒエの名が……と、ぶつぶつ呟いていると、

「そう言えば中庭で姿を見ましたよ」と、購買帰りの生徒がパンをかじりながらアンヌフローリアに申告した。


「中庭ね、どうもありがとう」


 そう言いながら女史は教室を後に、中庭へと向かったのだが、教室は彼女の残した言葉で騒然となる。

 「デラヒエ」と言う言葉を名前に冠した人物はこの大陸に一人しかいないはずだと騒ぎ出したのだ。


「デラヒエってあれだろ? 確か精霊の言葉で……到達者って意味だろ? 」

「おいおい! って事はシリルって……」

「いや、でも息子がいるなんて聞いた事ないぞ!? 」


 ……ごくり。


 騒いで良いのか黙って沈黙した方が良い話題なのか。

 “本人を問い詰めて真相を明らかにしたい! “

 そんな好奇心と自重のせめぎ合う重い空気が一年B組の教室に漂っていた。


 一方、その出自が注目されている当の本人は、学園創設時に魔術師団体から寄贈されて、校舎の中庭に鎮座する見事な太陽反射炉を利用して砂色トビトカゲの丸焼きを二人前作っていた。

 人の二倍もある巨大パラボラアンテナの様な太陽反射炉、自然の力を結集させて物理変化を起こすと言う、化学や魔術の基本概念を体現するシンボルとしてオブジェに据えられていたのだが、シリルはそれを無理やり動かして太陽光コンロとして利用していたのだ。


「こら、ちょっとシリル君!? あなた何やってんの? 」


 太陽反射炉に彼の姿を見つけたアンヌフローリア女史が遠くから叫ぶ。


「あっ、アンヌフローリア先生。先生もお一ついかがですか?」


 近付いて来たアンヌフローリアに向かい、焼き上がって真っ黒になった砂色トビトカゲを串ごと一本差し出した。


「ひいいっ! 」

「僕は後で構いませんから、アンヌフローリア先生とあそこのお爺さんが先に食べてください」


 アンヌフローリアは手をパタパタと振って受け取るのを拒否しながら、シリルの口から出たお爺さんと言う単語に引きずられて、彼の視線の先を辿る。

 そこにはローブをまとう老人がベンチに腰掛け、にこやかにこちらを見ているではないか。


「ひ……ひいっ! 導師、導師様ではありませんか!? 」


 アンヌフローリアが畏れを抱き腰砕けになるのも仕方ない。

 ベンチに座っている背の曲がったしょぼくれた老人こそ、今は亡き騎士王ボードワンの側近中の側近で、このフェレイオ学園創設にも尽力した太陽反射炉の贈り主。大魔導士のギュスタン・バルドロメルスその人であったのだ。


「ほっほっほっ、久しぶりだねアンヌフローリア君」

「導師様におかれましては御壮健で何よりにございます。おいでになられていると気付かず申し訳ございません」

「ほっほっほっ、こんな老いぼれなど気にせんで良いわい。それより……」


 老いた大魔導士は挨拶もそこそこに視線をシリルに移す。正確には彼の手に握られている砂色トビトカゲの串焼きだ。


「あっ、お爺さん出来ましたよ。食べてください」


 王国の魔導、人間が扱う魔導の分野を切り開いた大家中の大家。そして勉学の為にと太陽炉を寄付してくれたそんな人物に差し出した昼食がトカゲの丸焼きで許される訳が無い。


「シリル君、失礼な事をしてはいけません!」

「失礼じゃないですよ。砂色トビトカゲは生が美味いんですが、皮と身の間に寄生虫がいるから、火を通して皮だけ焼くのが安全なんです」


 (……いや、そう言う事言ってんじゃねえよ。おまけにそんな事誇らしげに言うなよ……)


 だが意外にも、半狂乱になりそうなアンヌフローリアを落ち着かせたのは当の本人のギュスタン。

 滋養強壮に良いと聞いたから、ワシが頼んだんじゃよと、シワシワだらけの顔でニッコリと微笑んだのだ。


「ほっほっほっ、坊やありがとうな。これは先生とワシで食べるから、お主は自分の分を焼いて来なさい」

「はい、わかりました! 」


 元気な返事で再び太陽反射炉へ向かって行くシリル。

 強引に渡されたトカゲの丸焼きをどうしようかと、引きつりそうな顔で見詰めるアンヌフローリアに、老いた魔導士は優しくも小さな声で指示を出した。


「あの子がダンジョウから聞いていた精霊王の息子かな。まるで太陽の様な、明るくて良い子じゃないか」

「そうなんですが、自由すぎて我々の常識が通用しません」

「ふぉふぉふぉ、こりゃ破天荒な。大事に育ててあげなさい、あの子は化けるよ」

「はい」


 学年主任と騎士王の元側近の眼差しがシリルの小さな背中に注がれる。

 アンヌフローリア女史はもちろん、シリルの素性を知っているが、ギュスタンは今ほど彼と出会ったばかり。

 しかし老いたその瞳から注がれる熱量は、何か懐かしものを感じている様にも見える。


 シリル・デラヒエの学園生活は始まったばかり。

 午後の体力測定ではやがて全てにおいて平均よりちょっと下と言う結果が出る事となり、クラス内では彼を「どん底シリル」とからかう者も出て来るのだが、

 何故、社会的常識に乏しく文字も読めない野宿の野生児がこの学園に入って来たのか。

 何故本人は苗字を名乗らないのに、正式な書類には伝説の姓名が記入されているのか。

 彼の学園生活を通して徐々に明かされていくのだが、これだけは分かっていると言う事実がある。



 第一次天使蹂躙によって恐怖のどん底に叩き落とされたシャフベラルク大陸。騎士王ボードワンはその大陸に住まう様々な人種を団結させた【英雄連盟(マスターズ・リーグ)】によって反攻し、見事天使軍を撃退したのだが、ボードワンはその輝かしき栄光に触れる事無く志し半ばでこの世を去った。


 ーーそう。ボードワンほどカリスマを持った大陸級の英雄はもういないのであるーー


 エルフ対ドワーフの積年のいがみ合いや、トロールとロックドラゴンの縄張り争い。獣人同士の餌場争いなど大陸のどこに行っても見かける当たり前の光景である。

 いくらマスターの称号を得た者が年を追うごとに増えて行っても、それをまとめ上げるカリスマを持った英雄の中の英雄が不在では、第二次天使蹂躙がやって来る以前の話として、内輪もめで地上人は自滅の道を辿るしかない。

 ならば来たるべき第二次天使蹂躙に備えるべく、一体誰がこの大陸をまとめ上げるのか。一体誰が騎士王ボードワンに並ぶカリスマ性を持って旗を掲げるのか。

 その答えはシリル・デラヒエの成長と共に、必ず見えて来るはずである。



◆ どん底シリル登場


  終わり




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