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05 ロミルダの憂鬱




 ロミルダ・デーレンダールは、シュラッテンフルー王国に古くから支える名門、デーレンダール家の長女である。

 【聖天近衛騎士団】を創設し、代々の当主たちは騎士団の団長としてその名前を輝かせて今に至るのだが、彼女ロミルダはその自分の家業の事で深い憂いを抱えていた。


 ここ数代のデーレンダール当主は生まれつき身体が弱く、聖天近衛騎士団の団長を受け継いでも早逝してしまったり、体力的に鎧すら着用出来ないほど弱かったりと、悲運が重なって来ていた。

そしてロミルダの父も昨年重い病で床に伏せてしまった事で、次代の騎士団長としてロミルダが脚光を浴びる事になったのである。


 これだけなら、単なる世代交代と言う事で話は終わったのかも知れないが、今回に限ってはそうではなかった。

一人っ子であるロミルダが団長職に就くと言う事は女性初の騎士団長が誕生してしまうと言う事。まだ男系社会の思想が根深い王国は、それを忌避して思いがけない提案をデーレンダール家に持ちかけたのだ。


 ーー聖天近衛騎士団は煌光近衛騎士団に並ぶ王国の由緒ある騎士団。ロミルダを名誉団長と位置付けて、実質的な団長は他の武門の諸侯から選んだらどうか? ーー


 ロミルダが一人っ子である事、ロミルダの父が病床にいて新たな子供も設けられずに養子すら取らない事で、デーレンダール家の男系が潰えてしまう事は確実。

 女性が由緒ある団体の頂点に立つ事を避ける風潮と、それに便乗して高みを目指そうと企らむ者たち、つまり王国の闇の部分が【政治】を始めてしまったのである。


 元々自分が女性である事は、周囲の余計な気遣いで痛いほど感じていた。それも幼少期からだ。

 男系一族の終点とも言うべき最初で最期の長女として生まれ、常に男と比べられる人生を歩んで来たロミルダは、淑女としての教育を受けながらも、家業を受け継ぐ事を己の義務として受け止めて、周囲の反対を押し切って武芸の修練にも力を入れていた。

その結果、馬上操槍術と騎士剣術で一定の評価を得て王立フェレイオ学園入学の道を切り開いたのだが、このサンクトブリエンツェ市街地から少し離れたデーレンダール家別邸の二階自室であらためて彼女は、窓の外で穏やかに輝く二つの月に、誰にも見せない少女の顔を見せていたのだ。


 ……扉の外で聞いてしまった、聞きたくないのに聞こえてしまった……


 王都リースタルから学園があるサンクトブリエンツェに出立する当日、病床にある父と看病に明け暮れる母に挨拶したのだが、ロミルダが挨拶を終えて部屋を退出した際に父の独り言が聞こえてしまったのである。


 (……ロミルダが男だったら……)


 ショックだった、まさか父親までそう思っているとは思わなかった。

 だからと言って自分が愛されていないとは思っていない、むしろ溢れるほどの愛を貰って生きて来たと実感している。父がそれを呟いてしまう程に自分の存在は父を追い詰めていたのだと、その事を知ってしまったショックだったのである。


 ランタンの灯りを消してベッドに潜り込もうとしたのだが、カーテンを閉めていない事に気付いて窓に近寄った際に、ロミルダの眼に二つの月が入って来た。


 ~大きな月は夫、小さな月は妻~

 ~互いに引っ張り合いながら支えながら、いつも寄り添って輝いている~


 古くから子守唄にある二つの月の一節を思い出し、ロミルダは今にも泣き出しそうな顔でその月たちに魅入っている。


「……女の何がいけないと言うのだ。立派な女とゲスな男を並べても、それでも女は(けが)れているとでも言うのか」


 亜人も獣人も闇の眷属すら人間と肩を並べてこの学園に集っているのに、なぜ人間はこの期に及んで女を蔑むのか。女である事は罪なのか?


 ロミルダが悲しいため息をついた時だった。

 何故か窓の外から「くちん! 」と、くしゃみの音が聞こえたではないか。


「誰か!? 」


 慌てて窓を開け、月明かりに照らされる庭を睨む。すると庭に立つ大きな樫の木の根元で誰かが横になっているではないか。


「そこにいるのは誰か!? ここはデーレンダール家の所有地にて、当家に用の無い者は早々に立ち去られよ! 」


 ロミルダの声に気付いたのか、その人物は起き上がり月明かりの下にその姿を晒した。


「……起こしてしまってすみません。昼間身体洗われちゃったから寒くて寒くて」


 いやいや、それについて責めてるんじゃねえよと、ロミルダがもう一度敷地内から出て行く様に忠告しようとすると、その月明かりの人物に何故か見覚えがある事に気付く。

 それも今日の昼間、王立フェレイオ学園入学初日の一年B組のクラス内でだ。


「あら? 君はもしかしてフェレイオ学園の一年B組の生徒ではないか? 」

「むむむ? 良くご存知ですね。僕はフェレイオ学園の一年B組、シリルと申します」


 ーーやっぱり! ーー


 講堂での異臭騒ぎの張本人で、学年主任に連行された後にツルツルピカピカになって午後の授業に現れた、あのちょっと痛い子だ。

 ロミルダは不審者としての警戒を解き放つも、その彼が何故に我が屋敷の敷地内で寝ているのかと言う新たな疑問にたどり着く。


「私は君と同じフェレイオ学園の一年B組に在籍しているロミルダ・デーレンダールだ」

「あっあっ、そう言えば昼間教室でお会いしましたね、僕今気が付きました」

「まあ、そう言う事なんだが、その話は別として何で君は私の屋敷の庭で寝ているんだい? 」


 ロミルダの叫びに気付いて現れた衛士をジェスチャーで退かせて、窓の下に彼を手招きしたのだが、シリルは彼女の想像を遥か斜め上に超える様な内容の答えを発して愕然とさせた。


「昨日の夜は街の南の木の下で寝てたんです。そしたらここはエノキダ家の土地だから出てけって兵隊さんに怒られて追い出されました。だから今日は立派な樫の木を見つけたもので、ここで寝ようかなと」


 ええっ!? この子土地の所有権とか理解出来てないの?

 何でそんな事をニッコニコの笑顔で堂々と答えられるの?


 開いた口の塞がらないロミルダは、シリルに所有権や財産について教えるのだが当の本人は笑顔のまま全く理解していない。


「それにシリル君、この屋敷の外に警告の案内看板が据えてあっただろ? これよりデーレンダール家の私有地につき立ち入り禁止って」

「むむむ?……あっ! 確かに何か呪文的なものが書かれた看板がありましたね」


 ーー呪文的なヤツじゃねえよ、警告文だよ……ええっ! この子もしかして字も読めないの!?


「どうやら昨日と同じで、僕迷惑かけちゃったみたいですね」


 主張は主張として、どうやら自分はいけない事をやっているのだと気付いたシリルは、それでも笑顔でロミルダにそう告げ、丁寧なお辞儀をした後に大きなずだ袋に手を伸ばして立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待てシリル! これを持って行くんだ!」


 もはや君付けも忘れて呼び捨てにしている事に気付かない彼女は、彼の去り際に声をかけ、慌てて取って返してベッドから自分の毛布を引き抜いて下に投げる。

 くしゃみをしていたシリルに気遣った彼女であるのだが、さすがに屋敷に泊まって行けとは口に出来なかった。


【ただでさえ女である事をバカにされ、失点のチャンスを狙われているのに、夜に男を屋敷に招き入れたとあっては、家の名誉に傷がつく】


 この夜、シリルが去った後のロミルダはなかなか寝付けなかったのだが、それは毛布が一枚減って寒かったからと言うのが理由ではない。

 異臭で周囲がパニックを起こすほどに汚らしく、寄宿舎や下宿にすら入らずに野宿を繰り返す少年。下手をしたら文字すら読めないその少年が、何故王立フェレイオ学園に入学出来たのか不思議で不思議でしょうがなかったのだ。考えれば考えるほど眠れなくなってしまったのである。


 だが、当たり前の話結論など出る訳が無く、頭の中でぐるぐると巡る疑問に解答を見つけるのが馬鹿馬鹿しくなったのかやがて、一言呟いて自ら終止符を打った。


「……良いさ、また明日学園で会える……」


 穏やかな微笑みを口元に浮かべて、ロミルダは眠りの淵の深淵へと落ちていった。

 「ロミルダさんありがとうございました! ロミルダさんの毛布って甘くて良い香りがしました」事件で明日の教室が騒然となる事など、まるで知らない天使の様な寝顔であった。




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