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マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~  作者: 振木岳人
◆ ダンまち(ダンジョンで待ち伏せされた)編
44/85

44 シリルの危機



 【一年B組、ロミルダ・デーレンダールのパーティーから念話入電:我、二階層Cの6区画にて天使一体と遭遇。被魔法攻撃による落盤事故にて逃走及び脱出不可能。反抗作戦を試みるも天使撃退の望み薄し】


 ダンジョン祭りの運営本部、生徒会執行部が詰めるこのテントは今、ロミルダ・デーレンダールから送信された念話通信の内容に驚愕し、完全なパニックに陥っていた。


「学園の生徒が襲われている!? 」「何故実習用ダンジョンに敵対生物が潜入出来たのか!? 」「そもそも敵が魔獣では無く天使とはどう言う事か!? 」

 本部テントに常駐していた総務委員会、図書委員会、保険委員会、監査委員会、運動部代表や魔術部代表の生徒たちは、ロミルダのこの断末魔の言葉に等しい……いや、もはや絶望に彩られた別れの言葉の激しさに当惑し、誰もが眉をひそめて顔を見合わせ、具体案を出せずにけんけん轟々と議論だけが空回りしていた。

 だが、そんな淀んだ本部の空気を一瞬にして新鮮かつ尖鋭化させた怒号がテント内に轟く。風紀委員会委員長、ビーティー・ベアトリクスの一声だ。


「天使と聞いて臆したか! 我ら学園生は一体何を目指してここにいる? マスターズ・リーグの一員となって地上世界の平和の守り人になる事ではなかったのか!? 天使は殺せ!それが出来ないならば貴様らが死ね! 」


 この言葉は効いた。浮き足立った生徒たちの踊る目がみるみるうちに座り、誰もが雛鳥ではあるが立派な戦士の顔を取り戻したのだ。


「ビーティーひどいなあ、それは僕のセリフだよ」


 苦笑する生徒会長のアーロン・ミレニアムは、既に白金に輝く完全鎧で全身を包み、左手には乙女の横顔をあしらったヒーターシールドを、そして腰には愛用の精霊感応型片手剣「ヴィルシーナ(ロシア語:頂上・頂点)」を吊るして臨戦態勢に入っている。


「はやる気持ちは私も共感出来ますの。ビーティーさん、お先にお行きあそばせ」


 アーロンの隣に立つ副会長のエーデルトルト・バルテンは、スパイク(棘)だらけの禍々しい完全鎧をまとい、並みの人間なら数人で力を合わせなければ持ち上げる事すら出来ない巨大なハンマー「戦神の槌」を一人で軽々と持ち上げて肩に担ぐ。既に生徒会長も副会長も、天使の元に赴いて粉砕する気満々なのだ。


「みんな、良いね? マニュアル通りに各部で動くんだ! 救助班も戦闘補助班も、決して僕とエーデルトルトより前に出ちゃダメだからね! 危なくないようにね! 」


 気合いだの根性だの乾坤一擲などと言う精神論が霞むぐらいにユルいアーロンの一声。だがこの落ち着きと性別を超えた彼の優雅な美しさ、そして何より今まで積み上げて来た彼の実績が、その場にいた生徒全ての信用を勝ち取った。これもまた、アーロン・ミレニアムがマスターズ・リーグに一番近い者と言われる由縁であった。


「アーロン君! 」


 許可を貰ったビーティーが砂煙だけをそこに残して姿を消し、さあ本隊も行きましょうとアーロンがテントから出ようと動き出した時、彼の背中にアンヌフローリア女史の声がかかる。


「先生安心してください。学園長に任された以上、私の名誉にかけて彼らを救い出します」

「もちろん、【無事に】救出致しますわ。シリル君たちを狙うなんて、私はなはだ頭に来ておりますの」


 そう、アンヌフローリアは学園長のエノキダ・ダンジョウの伝言を持って、生徒会のテントに飛び込んで来ていたのだ。

 最初は私も随行すると言って聞かなかったが、ここ生徒会と教職員そして街に独りでいるダンジョウの中継役になってくれと、アーロンとエーデルトルトに諌められ、彼女はしぶしぶそれを承知したのであった。


「くれぐれも……くれぐれもみんなの事、よろしくね」


 ダンジョンにアタックを始める生徒会長アーロン以下の救出部隊。アンヌフローリアは心はあなたたちと共に行くとばかりに、祈るような神妙な顔つきで、いつまでも彼らの背中を見詰めていた。



 一方、救出部隊が動き始めた事を知らない、救出される側の者たちは、未だ二階層の閉じ込められた空間で生きるか死ぬかの死線を彷徨っている。

 天使の待ち伏せに気付かず、いきなり戦闘不能状態まで引きずり落とされたジェイサン・ネス。脳震盪により意識が飛んでボロボロの身体は再生すら始めなかったのだが、意識が戻った途端に驚くべき速さで身体が回復。そして痛みと血に反応した呪いは彼を瞬く間に仮面の戦士へと変貌を遂げさせた。


 人の身長の半分もある凶悪なナタを持って天使に挑み始めたジェイサン、時に片手、時に両手でナタを振り下ろし、天使の身体はみるみるうちに傷だらけになりドス黒い血を滴らせ始める。元々この天使は格闘系ではなく魔術師系なのか、ジェイサンとの近接格闘では後手後手に回っており、神聖魔法を駆使した逆襲が無い限りは、ジェイサンが勝利するのではと思えるほどだった。ーーあくまで気の遠くなる時間を経ての結果だが。


 殴り付ける、叩きつける、斬り付ける……天使に向かってあらゆる方法でナタを振り下ろすジェイサン、方や魔法を放つ射程距離では無いため、殴る蹴るで応戦する天使。ジェイサンの仮面や顔が半分吹っ飛びそれが再生しても、手足が千切れてそれがすぐ再生したとしても、天使は天使で決して諦める事無く死にものぐるいでジェイサンを力で圧し切ろうと足掻いている。

 その凄惨な光景を目の当たりにしながら、エステバンはジェイサンに加勢するどころか身構えたまま一歩も足が踏み出せないままでいる。本来ならエステバンが最前衛としてジェイサンからスイッチし、天使の攻撃を受け止めつつ、ロミルダの多彩且つ火力の高い攻撃を放つチャンスを作らなければならないのだが、ガクガクと震える身体がどうにも本人の意志とはかけ離れ、危険回避を主張する本能が動きを止めてしまっているのだ。


「くそっ、くそっ! 動け……動けよ! こんな情け無かったのか俺は!? ちくしょう、ちくしょう! 」


 まるで根が生えてしまったかの様にビクともしない自分の両足を、バンバンと無闇に叩いて鼓舞するのだが、怖気付いてしまった本能は叩かれた痛み程度では全く反応しない。

 だが、理想の自分を体現するには程遠い状態の中、自分の情け無い姿に涙をこぼしそうになっていたエステバンに救いの手がかかる。後方にいたロミルダが司令塔として新たな指示を出したのだ。


「もういい! エステバンそこはもういいからジェイサンに任せろ! こっちに来て退路を作ってくれ! シリルが心配だ! 」


 彼女の叫びにも死の恐怖が過分に含まれており、決して先を見据えた余裕のある決断とは言い難かったのだが、シリルが心配だと言う彼女の言葉にエステバンは動いた。それまではまるで身体が鉄の様に重かったのだが、身体をくるりと翻し脱兎のごとくロミルダの元に駆け付けたのだ。


「どうすれば、どうすれば良い!? 」

「道を塞いでいる岩をどかしてくれ、この二人を安全圏に……」


 横たわるシリルとカティアを覗き込む。二人とも気を失っているのだが、カティアは無傷に近く逆にシリルは額がざっくりと裂けて血が溢れている。ロミルダが手を当てて止血しているがそれでも止まらず、回復魔法をかけようにも、この状況下では精神集中がままならないのだそうだ。


「シリル……バカ野郎! 手前ぇカッコつけやがって! 」


 カティアを守った結果なんだろうが、自分の身体も大事にしろと……憎まれ口を叩くエステバンであったが、悲しげな表情がそれを如実に語っていた。


 ーーあの瓦礫を片付けて逃げ道を作る。二人を安全圏に運んで、今度こそ俺は……ジェイサンの応援にーー


 エステバンが道を塞ぐ瓦礫の山に駆け寄った時だ。背後から聞いた事の無い異様な声が、ロミルダの悲鳴と鼓膜を走り抜けた。


「エステバン! シリルが……シリルが!? 」


 何かしらの異変に動揺しているかの様なロミルダの叫び、それに重なって聴こえて来たのは何と、大量出血を伴い気を失っていたはずのシリルの歌声ではないか。

 振り返ったエステバンは、眼をまん丸にひん剥いてその光景に硬直する。シリルはまるで、どこぞの国立少年合唱団の様に直立不動の姿勢になり、怯えて後ずさりするロミルダなど一切無視しながら、「あー、あー、あー」と……何かしらの曲のメロディラインを歌っていたのである。




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