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マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~  作者: 振木岳人
◆ ダンまち(ダンジョンで待ち伏せされた)編
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41 恐慌への序曲



「うひゃあ、立ち食い蕎麦屋まで出来ちまったかい!? 」


 王立フェレイオ学園主催のダンジョン祭りが行われている丘陵地帯、学園所有の土地をぐるりと取り囲む露店街の一角から、喜びの悲鳴が聞こえて来る。

 どちらかと言えば、ホットドックやフライドチキン、シシカバブやドネルケバブ、ピロシキやタコスやフィッシュ・アンド・チップスなどのファストフードを扱う屋台がずらりと並ぶ飲食店街の一角に、和大陸文化の飲食グループが屋台を並べて来たのだ。


「串カツに焼きそばお好み焼き……馬鹿野郎、麦酒ぐらい提供しろってんだ。あっ! 立ち食い寿司とかお前……贅沢だねえ」


 和大陸飲食エリアに並ぶ屋台を一軒一軒眺めながら、その店の主力商品を叫んでは誘惑を断とうと苦悶しているのは、王立フェレイオ学園の学園長、エノキダ・ダンジョウその人である。前述の立ち食い蕎麦屋の姿に感嘆していたのも、間違い無くテンション激高のダンジョウその人であったのだ。


「ダメだ、さっき昼飯食べたばかりだが、もう我慢出来ん」と呟いたダンジョウは立ち食い蕎麦屋に駆け寄り、店の主人が「ヘイ、いらっしゃい! 」と声を掛ける中、ニッコニコでカウンターに両肘をついた。


「オヤジさん、蕎麦は本物かい? 」

「ハッコー地方産の本物です、二八で打ってますぜ」

「おおハッコーで二八は良いねえ。じゃあ天ぷら蕎麦を貰おうか」


 ーー蕎麦ってのは基本、不味い食べものなんだ。米の獲れない高地で生き抜く為に栽培された米の代用食なんだわな。だから気取って「蕎麦の風味が」とか「香りが」とかいきなり言い出す奴ぁ、ありゃ邪道中の邪道だ。不味くても農家が手をかけて作り職人が打った蕎麦だから、美味そうにがっついてすする……これが粋ってやつなんだよなあ。本来ならザルで冷たいところをズルズルって行きてえんだが、立ち食いには立ち食いのルールがある。やっぱりここは天ぷら蕎麦でなきゃなーー


 蕎麦屋の主人が蕎麦を茹で始める最中、独り呟くダンジョウは含み笑いを隠そうともせず、主人の動きを見詰めている。


「あい、天そばお待ちどう〜っす」


 カウンターにコトンと置かれたどんぶりを手元に引き寄せ、麺が伸びる事を嫌ったのかそわそわ身体を小刻みに揺らしながら、割り箸を急ぎ割って風味を言うならこれだとばかりに七味唐辛子をごっそりと振りかける。そして「いただきます」とおごそかに呟いたダンジョウは、怒涛の勢いで蕎麦をすすり始めた。

 すると至福の時間を邪魔するタイミングで「あっ、学園長。お疲れ様です」と彼の背中に声がかかる。


「もがっ、もがっ! あ、アンヌフローリア先生、こんにちは」


 口内にたっぷりと蕎麦を含み、どんぶりを手にしたままダンジョウが振り返ると、そこには一年の学年主任アンヌフローリア女史の姿が。どうやら彼女はダンジョン祭りの職員詰め所に向かうところ。昼食になるものを探していて偶然ダンジョウの姿を見つけたらしい。


「すぐ終わるから待っててください」


 その一言を言い終わらない内に元の体制に戻ったダンジョウは、蕎麦をすくって口元に運び、ずるずると音を立ててすする間に、早くも箸で次の麺をすくい上げて口元に運ぶポジションを取っている。

 普段は飄々としているダンジョウの変貌ぶりに「あはは……そんなに慌てなくとも」と半ば呆れ顔のアンヌフローリアだが、彼の食べっぷりの練度を見ていると、今に始まった訳ではない事が垣間見れた。


 神速の勢いで食べ終わったダンジョウは、主人に代金を払いながら「ごっさん」と軽やかに礼を言いながらアンヌフローリアの隣へ、二人でダンジョン祭りの職員詰め所テントへと歩き出す。


「あれ? アンヌフローリアさんは、来週が当番じゃなかったかな」

「暑い時期、部屋に籠って専門書を読みふけるのも、なかなかに忍耐力が必要でして」

「なるほど、それはごもっともですね。私もすぐ水浴びに逃げてしまう」

「最近、氷の魔道士エルヴァイラ工業社製の、工業用最低一年はもつ魔法の氷を使った冷風箱を購入したのですが、身体を動かさないと冷え過ぎまして」


 だから当番ではないが、気分転換の散歩がてらダンジョン祭りの様子を見に来たのだと女子は言う。ただ、祭りが始まってから今日まで、職員詰め所にいた学園側の最高責任者からして見れば、自分が保護している少年が無事で頑張っているのか、気になってしょうがないんだろうなあと、彼女の嘘のつけない表情から容易に読み取る事が出来た。


「あ、そういえば……シリル君の事ですが」

「えっ!? えっ!? シリル君が一体どうしました?」


 食い付き良いですねえと、声や表情には出さないものの瞳の奥に穏やかな笑みをたたえるダンジョウ。祭り二日目から彼のチームが劇的に変化して、今日一日頑張れば二階層もクリア出来るのではと、近況を彼女に説明する。

 アンヌフローリアはぴょんぴょんと飛び跳ねながらそれを我が事の様に喜びたいのだが、そこはグッと堪えて顔をしかめ、順調になって緊張感が緩んで来た頃が一番危険な時です、帰って来たらより一層身を引き締めるように指導しますとうそぶく。


 (……シリル君を任せたのは、本当に正解でしたね……)


 ダンジョウが腹の内で彼女を褒め称えていると、ピクリと彼の右の眉が反射的に動く。何かの気配を察知したような電気的な動きでだ。

 ダンジョン祭り職員詰め所のテントは目前なのだが、弓から放たれた矢の様な視線をダンジョウが向けたのは祭りの中心地ではなく今来た露店街。……いつかどこかで感じた【嫌な気配】が肌を針のように刺して来たのだ。


 「アンヌフローリアさん、先に行っていてください。私は用が出来た」と言い終える前に、アンヌフローリアは生徒会執行部が詰める祭り本部のテントを指差して、皆が慌てている! 様子がおかしい! とダンジョウに訴えていた。


「せんせい! 先生は生徒会本部のテントに行って下さい! 」

「あ、はい。……で、でも学園長は? 」

「気になる事があります。私はちょっと露店街に戻ります」

「が、学園長!? 」


 ダンジョウは両手でアンヌフローリアの肩をがっしりと掴み、狼狽えている彼女の瞳と自身の瞳を合わせ、自分の意志を注ぎ込む。ーー「怯えるな! ドンと構えろ!」と。

 そして、「アーロン君に伝えなさい、ダンジョン内は全て君に任せる」……そう言い残し、つむじ風の様にその場から姿を消した。


「な、何? 何が起こったの!? 」

 

 苦みばしった嫌な胸騒ぎで鼓動が早まる。

 はやる鼓動は自然と足の歩幅を伸ばし、どんどんと前のめりになる気持ちは、いつの間にか全力疾走を自分に課していた。


 (……シリル君、シリル君、シリル君!……)


 アンヌフローリアが向かうは、生徒会役員が詰めている祭り本部のテント。そのテントは今、念話連絡用のピクシーを通じて、ダンジョン内にいる学園生がもたらした情報で騒然となっていたのだ。


 【一年B組、ロミルダ・デーレンダールのパーティーから念話入電:我、二階層Cの6区画にて天使一体と遭遇。被魔法攻撃による落盤事故にて逃走及び脱出不可能。反抗作戦を試みるも天使撃退の望み薄し】





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