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04 才女撃沈



「ぜえっ! ぜえっ! 」


 荒々しい息を立てながら校舎の廊下をヅカヅカと足音を立て、まるで品の無い姿。

一年の学年主任であるアンヌフローリア女史が血相を変えて必死に歩いている。

肩で風を切り裂きながら向かう先は校舎の一番奥、学園長が控える学園長室だ。


 中核都市サンクトブリエンツェは領主であり公爵のエノキダ・ヒョウマが統べているが、元々フェレイオ学園の土地はエノキダ家の資産であり、学園建設に際してもエノキダ家は多の追随を許さぬほどに莫大な出資をした事から、学園長はエノキダ家の者が就いていた。

 名はエノキダ・ダンジョウ。領主であるヒョウマの弟で多少ひねくれ者の気はあるが、人格者として一定の評価を得ている人物であった。


 アンヌフローリア女史は一分一秒でも早くこの学園長エノキダ・ダンジョウに面会を求めたく、上品さや気品を全て捨てて激歩していたのだ。


「……はあっ、はあっ! ……失礼いたします」


 荒々しいノックに応じる様に、ダンジョウの招き入れる声がする。

 するとアンヌフローリア女史は鬼の形相を変えようともせずに、自らの拳をギュッと握り締めながら学園長室へと入った。


「お忙しいところを失礼致します。学園長……彼はどこの出身なのですか? 」

「うん? どうしたね? アンヌフローリア君」


 もう訪れた理由も質問の意味も意図も知っているのであろう、だがそれでも茶化してとぼけている。アンヌフローリアは学園長の飄々(ひょうひょう)とした姿を見てそう思ったはず。

だからこそ、言葉遊びを重ねて駆け引きや腹の探り合いを行うのでは無く、ズドンと一発核心に触れる事を言ってやろうと決めた。


「あのシリルと言う新入生、どこの出身でどの様な経緯で本校に入学したのですか!? 」

「シリル君、ああ!あの強烈な匂いで笑わせてくれた子だね? 」

「そうです、その子です! 問い詰めても要領の得ない答えばっかり返して来て、わたくしはなはだ頭に来ました! 」


 肩をぷるぷると震わせつつ、顔を真っ赤にしながらダンジョウに訴えるアンヌフローリア。ダンジョウの涼しげな表情にやられて、ますますヒートアップする。


「まあまあ落ち着いて、学年主任。それで彼の身支度は整えてあげたのかね? 」

「しました、しましたとも! 制服は徹底的に洗濯しましたし、身体も洗ってやって髪の毛もバッサリ切りました! 」

「おお、半日で良くそこまでこなしましたね。さすがは王立大学院最年少博士号取得者! アンヌフローリア学年主任、お疲れ様でした」

「いえいえ、職務の範囲だと存じておりますゆえ……」


(……いやいやいやいや! はぐらかされてる、はぐらかされてるわよ私! )


 苦悶するアンヌフローリアがよほど可笑しかったのか、ダンジョウはぷっと吹き出しつつも人をからかった罪悪感に責められぬ程度にと自省し、机の引き出しを開けてファイルを取り出した。

 ファイルに綴じてあるのは今年度新入生のプロフィール、大陸中の様々な国で選抜した若者の履歴書である。


「君の探し物はこれです、部外秘だから見るだけだよ」


 ファイルから書類を一枚取り出してアンヌフローリアに渡した。


「こっ……これは? 」

「彼の正式な名前はシリル・デラヒエ。精霊王エリーゼ・フィオ・デラヒエの息子さんだね」


 ダンジョウの言葉と書類の内容に驚きながらも、アンヌフローリアはその言葉に迎合して話を終わらせる事は無かった。


 今は亡き騎士王ボードワンの親友とされ、第一次英雄連盟による天使迎撃に随行した精霊王エリーゼは謎多き人物である以上に、根本的に精霊の国自体も漠然としており国境どころか場所すら明確にされていない。

 そんな学術的にあやふやな国の出身で更に伝説の精霊王の息子だといきなり言われても、はい分かりましたありがとうございますねと口に出せる訳が無い。


 それにと……心の隅に引っかかっていた何かが先鋭化され、アンヌフローリアはダンジョウに対して質問で逆襲する。


「学園長、私の記憶が確かならば精霊は神の領域に一番近い地上人だと聞きます。つまり死を超越した不死の種族。不死の種族が子孫繁栄のために子を残すなど聞いた事が無いのですが」


 この質問は鋭かった。ダンジョウの瞳が一瞬だけ娯楽色から真剣色に鈍く輝き、慌ててのらりくらりの娯楽色に戻る程に、核心を突いたのである。

 だが彼女のその鋭い質問も、ダンジョウの中では想定内の質問だったのかも知れない。それを承知の上で書類を閲覧しろと渡したのだから。


「……アンヌフローリア君、裏面を見てみなさい」


 表面は本人の概要と、入学にあたっての誓約文と本人のサインを記入する欄だけ。裏は保護者及び種族代表選考委員会の評価が記載されているのだが、今ほどの質問に対して明確な回答が得られないまま、裏面を見ろと指示されたアンヌフローリアは、いぶかしげな目つきで書類を裏返してそこに見入った。


「は、はあっ!? ……魔力ゼロで武器練度もゼロ? オリジナルスキルも習得教科もゼロって、まるで何も技術の無い、おバカで痛い子じゃないですか! 」

「ははは、そうだね。まあそれはそれとして、下段の保護者からのコメントを見てみなさい」


 ダンジョウに促されて視線を下に移すと、何故か今まで顔を真っ赤にしていたアンヌフローリアが、真っ青になって震え出したではないか。


 ーー我が息子を見事卒業させてマスターズの一員とさせるなら、もれなく精霊王の大陸級祝福をプレゼント。これで学園も百年は安泰だね。だけど途中で挫折させたり退学させたら、もれなくシュラッテンフルー王国から精霊は完全撤退します。水がよどんで草木は枯れて、ペンペン草も生えません、嗚呼残念ーー


「あわわわわ。こ、これはもう保護者からの依頼コメントと言うより、王国に対する揺すりタカリ脅迫恫喝」

「上の種族代表選考委員会の評価文と保護者のコメント、筆跡が全く同じだと思わないかい? 」

「確かに……。と言う事は、彼は選考委員会の審査すら経ておらず、精霊王エリーゼの完全なる私的独断で入学して来たと」

「まあ、コランタン国王にはその旨報告して許可は貰ってるから、受け入れるしかないよね」


 一体何が起きているのか全く理解出来ずに蒼ざめたまま唸るアンヌフローリアと、このシチュエーションを楽しんでいるかの様にひどくご機嫌なダンジョウ。

 そしてついにアンヌフローリアは、事の重大さに気付いた。ここまで情報を提供してくれた学園長が、次に口にするであろう業務指示がはっきりと脳裏に浮かんだのだ。


「ま、そう言う事だから彼が無事卒業するまでよろしく頼むよ。ね、アンヌフローリア学年主任兼シリル君教育担当」


 本来なら、アンヌフローリアが「まだ質問に答えられていません」と、本当に精霊王の息子なのかどうかダンジョウに詰め寄らなくてはならない場面なのに、彼の一言でアンヌフローリアは完全に撃沈した。

 まるでコントのオチの様に学園長室から「嫌ああ!」と盛大な悲鳴が上がったのだ。それはまさしく、今の今までトントン拍子にキャリアアップを重ねて来た稀代の才女の情けなくも絶望の悲鳴であった。



 一方、学年主任から身ぐるみ剥がされ洗濯された上で、身体をゴシゴシ洗われ腰まであった髪の毛もバッサリ切られたシリルは、

当座をしのげとランニングシャツと短パンをはかされ、まだ春のうすら寒い午後の教室でクラスの仲間とオリエンテーションを受けながら、顔を真っ赤にモジモジしながらオシッコを我慢していたそうだ。




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