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マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~  作者: 振木岳人
◆ ダンまち(ダンジョンで待ち伏せされた)編
35/85

35 前代未聞の記録



 サンクトプリエンツェ郊外、赤茶けた岩と土が広がるなだらかな丘陵地帯。この農地にも転用出来ない痩せた土地の一角に、一般人が間違って迷い込まないよう腰の高さぐらいに積まれた石の壁でぐるりと囲み、警備の為に衛士たちが巡回している場所がある。それこそ王立フェレイオ学園所有の訓練所、ダンジョン祭り用の地下迷宮がある場所。学園生にとっての夏休みとは、ここで始まりここで夏が終わるのだ。


 神殿を模した地下迷宮の入り口の周囲には、夏休みも初日だと言うのに、様子を知っている生徒たちが早くも各々のテントを設営し、林間学校のキャンプ場の様相を呈して来ているのだが、これはこれで良いのである。期間内に何度ダンジョンにアタックしようがダンジョンの内外で野営しようが、基本のルールさえ守れば、全てが許されるのだ。

 そして、色とりどりのテントに囲まれた中央には「いかにも」と言う巨大なテントが二つ設営されている、体育祭などで本部が置かれるアレをもっともっと大きくしたものだ。その一つは祭りを見守る教職員の詰所であり、更にもう一つが祭りの実行委員と救護所を兼ねた【本部】、王立フェレイオ学園生徒会執行部が常駐していた。


「……相変わらずここは砂埃が舞うのですね」


 デッキチェアに座り優雅に紅茶の香りを楽しんでいるのに、渇いた風に邪魔されていると訴えるのは、巨人族代表の女生徒で生徒会副会長のエーデルトルト・バルテン。巨人族でありながら身長二メートルを超える程度なのは、まだ彼女が成長過程であり、一族の中で幼い部類に入っているからなのだが、それでも他の生徒に比べれば抜きん出てその巨躯が目立っている事は確か。しかし王族の血をひく彼女の振る舞いは髪の毛一本からつま先まで高貴な品に包まれており、禍々しい鎧と相まって既に戦女神の貫禄を全身から放っていた。


「確かに吹く風は涼しいのですが、この乾いた空気はお肌に悪いですわ」


 上等な紅茶の香りで鼻腔を満足させながらもエーデルトルトは不満顔なのだが、彼女が本心でこの気候に文句を言っていない事を知っている者がいる。それはテントに一つだけ置かれた執務机を前にする者だ。


「ふっ、今年は僕らが主催側だからね、好き勝手出来ないのはしょうがないよ」


 緑がかったサラサラの金髪を風に揺らしながら、目の前の書類から彼女の顔に視線を移したのはハーフエルフの生徒会長、アーロン・ミレニアム。今年度の祭り実行委員会の最高責任者だ。


「アーロン、今だからあなたに話しますが、私甚だ後悔しておりますのよ」

「生徒会役員になった事だろ? 」

「あら、ご存知でしたの? 」

「あはは、エーデルトルトは可愛いな。僕がそれを知らないとでも思っていたのかい? 」

「その言いよう! さすがの私も傷付きますわ」


 からかわれていると思ったエーデルトルトは荒々しい声で抗議するのだが、彼女は彼女でアーロンの「人となり」を知り尽くしているのかそれ以上剣呑な空気にはならない。むしろ逆にどうやってからかってやろうかと思案を巡らせ始めたのだが、それを遮る様な話題が本部にもたらされた。黒ウサギの獣人で風紀委員会の委員長、ビーティー・ベアトリクスが今年最大の話題を持って来たのである。


「一年B組、シリル・デラヒエのパーティーが来た」


 たったその一言が本部の空気をピリリと変える。精霊王の息子でありながらも戦士として何一つまともにこなせない少年が、この限りなく実戦に近い迷宮探索でどんな活躍を見せるのか学園の生徒全てが注視していたからだ。


 アーロンやエーデルトルトが視線を上げて本部前の受付を注視する。すると受付に並ぶ生徒たちの列最後尾に、ニッコニコで並ぶシリル一行の姿が見えた。


「ふふ、良い笑顔じゃないか」

「ええ、それに、他の生徒の様な気負いを一切感じさせませんわね」

「残念だな、僕も役員になった事を今更後悔している」


 あらあらとエーデルトルトがクスクス笑っているのは、結局アーロンも役員として管理の側に立つよりも、戦士として第一線に立っていたかったのだと言う共感。そして精霊王の息子がどんな奇跡を見せてくれるのかと言う期待を満足させる為に、彼の姿を間近で見てみたいと言う感覚に互いが支配されていた事に気付いたからである。

「ドン底シリル」と陰では公然と囁かれているのだが、あの何物にも変えようが無い天真爛漫さは、見る者を自然と期待させてしまうのだ。


「会長、お願いがあります」


 沈黙していたビーティーがそう口を開くと、そのお願いの内容を確認もせず、口元に笑みを浮かべたアーロンは即答でそれを許可する。まだ何も言っていないと驚くビーティーに対し、今度は横槍ではあるがとエーデルトルトが割って入った。


「私もあの子が大好きですの。出来ればあの子の活躍を逐一報告してくれれば嬉しいわ」

「エーデルトルトの言う通りだ。元々君を巡回班に振り分けていなかったのも、そう言う理由があったからさ」


 アーロンとエーデルトルトの粋な計らいに、ビーティーは鼻で「ふっ」と小さく笑うも、自分のイメージを大切に保っているのか慌てて強張った表情で冷たい瞳を強調し、それではと一礼して姿を消した。


「ふふ、大したもんだね」

「何が大したものですの? 」

「彼だよ、シリル・デラヒエの事さ」


 ーーこの学園は大陸中の強者が集っていて、右も左もそんな連中ばかりだろ? でもね、ドン底って言われてるあの子が実は一番トップに近い資質を持っている。そんな気がするんだーー


 アーロンの独り言に近いその歯切れの悪い言葉、その真意をくみ取る事が出来ずに首をひねるエーデルトルト。ドン底と言われる者が一体、何を持ってトップに近いと言うのか理解出来ないからだ。


「彼はリーダー風を吹かしている訳ではない、円滑な人間関係や社交辞令など意識していないとばかりに、極めて自然体でいるだけだ。だけど彼の周りを見てみなよ、どんどん人が集まってる」


 エーデルトルトはハッとする。「そのつもり」でいたからこそ、重大な事柄を失念している事に気付いたのだ。


「……カリスマ性、そう言う事ですのね、アーロン……」


 マスターズ・リーグのトップチームには未だ八人の戦士しかいない。その八名をもって地上人をまとめたとしても、天使蹂躙に対抗出来るかどうかは疑わしい。何故ならば【騎士王ボードワン・クルゼルに肩を並べるほどのカリスマ性を持った者が未だ現れていない】と言う事実。この事実こそが今の地上人たちにとっての最大の懸念材料であり、王立フェレイオ学園は戦士育成機関ではなく、騎士王の代わりになる存在を育成する施設である事のみがその存在意義として確立されているのである


「今はまあ、いかんせんアレだが……彼が輝く姿を見るのはそれ程遠い将来でもない気がするよ」

「はなはだ期待値が高いのも現実的ではありませんが、楽しみではありますわ」


 ……楽しみだ、非常に楽しみだよ。僕らは彼と肩を並べるのか、それとも僕らは彼にひざまずくのか……


 穏やかな笑みを浮かべ、遠くからシリルを眺める二人。

 だが、生徒会長アーロン・ミレニアムと副会長エーデルトルト・バルテンの優しい笑みはやがて大爆笑へと変わって行く。ダンジョン祭りは初日にも関わらず、前代未聞の記録が誕生してしまったからだ。


 【シリル・デラヒエチーム、午前二回の午後一回、合計三回の救助要請。ダンジョン祭り始まって以来初の救助要請】


 確かに祭りは始まったばかりで、入学から積み重ねた成績がゼロに等しい一年生はどんどん救助要請を出しても成績に影響する事は無い。だからと言って一日で三回も救助されるとは……。

 アーロンやエーデルトルトの期待が現実となって輝くのは、気が遠くなるほど先の話かも知れなかった。


 ちなみにこの日、銅のかけらを手に入れたシリルは、街でそれを換金して三ペタの臨時収入を得て大喜び。落ち込む仲間を激励しつつ二日目のアタックに別の意味で闘志を燃やしていたそうな。




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