33 サイドビジネス
「シリル君……精霊と過ごしてた時間……長いから、精霊魔法なら……発現するんじゃ……?」
五大元素魔法の実習授業中、魔法の発現が思うようにいかず、なかなかにしょんぼりな顔で側からクラスメイトたちを見詰めるシリルとジェイサン。
ジェイサン・ネスは魔法力よりも仮面による「呪力」によって肉体を不死に変える最前線向けの戦士である事から、魔法発現云々などかえって時間の無駄遣いに近い授業なのかもしれないが、剣も魔法もさっぱりで家庭調理用焚き火の着火しか出来ないシリルにとっては、何とかして魔法力を具現化させたい正念場の時間でもある。
火や水などの五大元素魔法、どの元素もシリルの呼ぶ声に応えてくれないのか、教師から教えられたあらゆる呪文を唱えてもからっきし。次第に生徒たちの輪から遠ざかり、ジェイサンの巨躯の隣でしょんぼりしていた時、見かねたカティアが何かに気付き優しく声をかけたのである。
(……精霊魔法!? 確かに精霊さんたちとは長い間一緒に過ごしました。そうか、精霊魔法ならもしかして! ……)
「エステルさん、エステルさんっ! 」
その優秀な成績からエルフ代表団の団長としてこの学園の門をくぐった、エステル・ブロフリーチェに駆け寄る。
「エステルさんは精霊魔法が得意なんですよね。僕に、僕に教えてください! 」
目をキラッキラに輝かせながらエステルに懇願するシリルだが、あまりにもエステルに近過ぎるのか、詰め寄られた側は仰け反って苦笑いを繰り出している。
「シリル君近い、近過ぎる! 」
シリルの肩を力づくで押しのけ距離を取り、一旦ため息を吐いて自らを落ち着かせる。
「……精霊王に育てられた人間、精霊界で育った人間だとすれば、確かに元素魔法よりも精霊魔法の方が、より発現しやすいかも知れないな」
この世界の五大元素とは、仏教における「地水火風空」とは分類されず、「木」「火」「土」「金(金属)」「水」からなる五つの元素によって構成される。道教思想に近いと表現しても良いであろう。そして、この思想に基づき学術として発展したのが五大元素魔法である。
つば広のとんがり帽子を被り、ローブ姿で杖を振りかざす姿……【ウィザード】などと呼ばれる使い手は、方程式、分数式、化学式などあらん限りの数式を駆使したり大量の文献を読みほどいて魔法の道を極めようとして、魔術士としての顔もさることながら学者や研究者としての一面もあった。
しかし精霊魔法はこれら五大元素魔法とは全く趣きを別にする、方程式どころか学術すら存在しない世界の魔法である。
ーー大地の鼓動に母を想い、夜明けの風に森の息吹きを感じるーー
精霊魔法士を表す一般的な言葉ではあるが、日本古来の思想である「八百万の神々」と同じく、草木一本にも神(精霊)が宿っていると言う思想のもと、精霊の力を借りて魔法を発現させるのが精霊魔法なのである。金属を忌み嫌い自然の魔法力を行使するジョブ【ウォーロック】がこれにあたる。
(……相変わらず機嫌が良いな。彼の回りにはいつも無数の精霊たちが機嫌良く踊り回っている。だが何だろう? 精霊に好かれる体質とは何かが違う、彼の本質は別のところにある気がしてしょうがない……)
エステルは根拠も理由もわからないまま、砂一粒ほどの釈然としない気持ちを抱えたまま、それでも目の前にいるこの、頬を紅潮させながら爛々と瞳を輝かせる少年に精霊魔法を教えようと決めた。
「簡単と言うと語弊があるが、多くの者たちが初期に習得する魔法を教えよう。……大地の精霊であり慈愛の女神であるグノームの祝福を具現化させる回復術だ。先ずはこれを覚えよう」
シリルが孤立してしまう事が無いように配慮していた先生もそれを了承。シリルの精霊魔法発現特訓が始まった。
「見えなくても意識しろ、そこにいると思ってその存在を意識するんだ。大地の精霊、慈愛の女神グノームの子供たちが、祝福しようと君の周りを飛び跳ねているぞ」
「ぐぬ、ぐぬぬ……! 」
「感じろ、感じれば精霊たちは応えてくれる」
「な、何か……小さな精霊がわんさかいるような……そんな気になって来ました」
「よし、そのまま集中力を切らすな。切らさないまま、さっき教えた呪文の詠唱を始めるんだ」
「はっ、はい! 」
授業中だと言うのに皆が皆自分の手を止めてシリルを喰らいつく様に見詰める。クラス内だけではなく学園中で話題になっているあの「ドン底シリル」が、精霊魔法を発現させてワンランクアップするかそれともドン底のままでいるのか、見届けようとしているのだ。
……大地の精霊、優しきグノーム子らよ、その祝福の力をもちて、消えゆく命に活力を与えたまえ……
「エレメンタルヒール! 」
目をカッと見開き、目の前のエステルに対してシリルが叫んだ。
とりあえず私にヒールをかけてみろと指示したのだが、ヒールの効果が現れたのか現れていないのかはまだ分からない。
だが、何かを反芻していたエステルが、微妙な表情を浮かべたままシリルに結果を言い渡す。
「……う、うん、そうだな。……肩こりが治ったかな……? 」
おおおっ! と辺りは歓声に包まれる。
結果は物凄く「ショボい」内容ではあったが、確かに……確かに精霊魔法エレメンタルヒールは発現したのだ。
「やった、やったよカティア! 君の助言のおかげだ! 」
思わず感極まってカティアに抱きつくシリル。異性との接触など今まで一度も無いカティアは顔を真っ赤にして頭から湯気を吹き出し、傍らにいたエステバンは自分の事の様に喜びながら二人の背中をバンバン叩き始めた。
(……確かに力は弱いが、精霊と縁があった故の結果……なんだろうな。だが、だが何かが違う。彼は精霊でも人間ですら無い、何だこの違和感は……)
周囲が盛り上がる中、華奢なエルフなのに豊かな胸で年中肩こりに悩まされていたエステル。彼女だけは漠然とした不安を心に秘めながらシリルを見詰めていた。
……後日、よろず屋シリルがリニューアルオープンする事となる。何でも屋を謳っていたのだが、彼にとってイチ押し商品が出来上がったのだ。
【よろず屋シリル 〜肩こりも治すよ〜】
学園の中庭、机と椅子の前に出された新装開店のこの看板。どこか痛々しさが漂う文言へと変わっていた。




