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マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~  作者: 振木岳人
◆ 「母上」そして「おかあちゃん」編
31/85

31 深夜の初顔合わせ



 サンクトプリエンツェに静かな夜がやって来た。

 いよいよ夏も本格的に訪れる時期ではあるのだが、内陸の乾いた風が涼やかに街を流れ、心地良く眠りに誘われる文句無しの晩の事。


 夕食が終わった後に、人々が優しい睡魔の誘いにあくびで抵抗する時間帯、、、シリルの保護者役を務めるアンヌフローリア女史は、自宅リビングでワイングラスを片手に魔法の専門書に目を通しているのだが、その表情は専門書の難しさに反比例してひどくご機嫌である。

 真剣に読んでいる風でも無く、何かを思い出してニコニコしている事から、どうやらそれは、今入浴中であるシリルに原因があるようだった。


「いやあ〜、男の子男の子。あのシリル君がねえ……」


 ニンマリと笑いながらワインを一口。酒のアテなのだろうか、程よく乾燥させたガーリックトーストのかけらをバリバリと口にほうばり、再びワインで口と喉を潤す。そしてその手でお尻と背中をぽりぽりとかきながら、彼女は再びニンマリする。


「明るさだけが取り柄の少年かと思ってたら、ムキになってケンカして来るなんて……ふふっ」


 放課後の課外授業の時間帯に、どうやら殴り合いの喧嘩をしてボロボロになって帰宅したシリル。アンヌフローリアの心配に対して多くを語ってくれる事は無いが、悩み事が解消したかの様な彼のサバサバした表情からは、後味の悪い怨恨に彩られたトラブルではなかった事が伺える。

 故郷にいる弟とシリルが重なって見えたのか、アンヌフローリアはたくましく成長しているシリルに喜びを抱いていたのだ。


「はああ……。お先にごくらくでしたあ」


 独り身の寂しさを紛らわす晩酌が、今日はヤケに楽しく感じる……。そのアンヌフローリアの背後を、風呂場から台所に向かってシリルが通って行く。


「こらあ! シリル君、風呂上がりだからって部屋の中をふるちんで歩かない! 」


 氷の魔道士エルヴァイラ工業社製、「最低一年はもつ魔法の氷(生鮮食品保存用)」を詰めた箱……つまりは魔法を使った冷蔵庫から、キンキンに冷えた牛乳を取り出して「ごぱっ! ごぱっ! 」っと一気飲みするシリルに対し、アンヌフローリアのカミナリが落ちた。

 ぷはあと叫ぶ至福の瞬間を邪魔されてしまったシリルは、口の周りを真っ白に濡らしつつ低い声ですんましぇんと返事をしながら、自分の部屋に着替えを取りに行く。


「まったく……こういうところはまだガキなんだから」


 それでも自分の弟の様に可愛いのであろう。

 口を尖らせて怒っているフリはしているのだが、その瞳には怒りや憎しみなど微塵も浮かんではおらず、シリルの部屋を優しげに見詰めている。

 いきなりいわく付きの野生児の保護者になるよう学園長に命令された時はどうなるかと思ったが、卒業する頃にはどうなっているのかと、彼の成長が自分の楽しみになって来たようでもある。


 あと一杯で今日はやめておこうかと、ワインの瓶に手を伸ばした時、コンコンコン……と家の扉を叩く音がする。はて? こんな夜更けに一体誰だろうと、アンヌフローリアは立ち上がり扉に向かう。扉を叩く音からして慌てて助けを求めているようには感じられず、拳に怒りを込めて力一杯叩いているようにも感じられない、ごく普通の軽やかなノックだ。


「どちら様……ですか……? 」


 アンヌフローリアが扉を開けると、そこには古びたマントとフードで全身を覆った、幼い少女が立っているではないか。

 いくら「怪しい」装備で身を固めて、その道の人間を気取っていたとしても幼女は幼女。夜更けに出歩く様な年齢ではないし、逆に大丈夫かと心配してしまうほどだ。


「あ、あの……こんな時間にあなたはどうしたの? ウチに何の用かな? 」

「アレがお世話になってると聞いて訪ねて来た。……いるかね?」

「アレ? アレって何の事? 」

「シリルに決まっているじゃないか」


 ……ははん。もしかしたら、学園だけじゃなくてお肉屋さんや八百屋さんみたいに街のあちらこちらにも仲間や知り合いが増えつつある彼の事だから、新しく出来た友達又はガールフレンド!? ……


 邪推に脳裏を占領されて頬を紅潮させるアンヌフローリアだが、さすがに時間が時間。子供はもう眠りにつく時間であり、今引き合わせるのもあまり健全ではないと判断する。


「せっかく寄ってくれたのは嬉しいけど、もうこんな夜更けだから、遊びに来るなら明日の明るい時間帯じゃダメかな? 」

「コランタンに呼ばれて明日には王都に入らねばならぬ、今宵しかないのだ」


 コランタン? 王都?……コランタンと言えばシュラッテンフルーの王様だけど、王様に呼ばれてるって事? まさかね……。

 眉間にしわを寄せて怪しむアンヌフローリアに焦れて来たのか、幼女はアンヌフローリアの背後に広がる屋内に向かい、大きな声をかけた。


「これシリル、ここにいるんだろ? おかあちゃんが来たよ! 」


 お、おかあちゃんてまさか!? えっ、ええっ!?

 シリルの母エリーセ・フィオ・デラヒエとアンヌフローリア女史、血の繋がらない保護者同士が初めて顔を合わせたのであった。




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