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03 事件です



 人間種が統べる国シュラッテンフルー王国の王都リースタルより、内陸側に向かって馬車に四日ほど揺られると、中核都市サンクトブリエンツェがある。

 一年を通して穏やかな気候に恵まれた、農業を主力として開発された地域であったのだが、大陸規模での交易や物流が盛んになると、土地柄もあってか一大中継地として爆発的に発展した。


 そのサンクトブリエンツェの郊外に巨大な学園がある。

 この大陸に棲まう様々な種族の中で選抜された優秀な若者たちが、時代の最先端を行く様々な教育を受ける事の出来る、国境や民族や人種の壁を超えた大陸規模の超教育機関、それが【フェレイオ学園】である。


 季節は四季で言うところの春。

 シュラッテンフルー王国の貴族階級で公爵の地位を持つサムライ一族の頂点、サムライ・マスターのエノキダ・ヒョウマ(榎田豹馬)がこの地を統べているのだが、古くからサムライ暦を利用しているこの地では、春が新しい年度のスタートとなっていた。つまり、フェレイオ暦八百十五年の四月三日、今日がこのフェレイオ学園の新学期が始まると共に、新たな新入生がこの学び舎で勉学を開始する輝かしい日なのである。


 学園のランドマークとも言える高くそびえる時計塔の隣に、一度に千人以上の人を収容出来る巨大な講堂がある。

 今まさに学園の生徒と新入生が全てここに集まって、新年度にあたって学園長の有難い講話を頂く事になっているのだが、学園が創設されて十六年目にして初めて、学園生を巻き込んだ大事件が発生したのだ。



 闇の眷属で吸血種の代表、新入生のフォシル・ディートフリート君が、その時の様子を語ってくれた。


「元々明るいところが苦手で、やっと講堂の隅の暗がりにたどり着いたんですが、既に臭ってましたね。俺も嗅覚は敏感な方なんですが、人間たちも眉をひそめてましたよ」


 新入生でエルフ代表団の団長、エステル・ブロフリーチェさんはそやの匂いについて、こう考察する。


「あれは何者かの体臭ではと判断します。草や木が放つ独特の匂いとは全く違い、脂と汗の入り混じった獣のもの。あれだけの空間を埋め尽くす匂いなら、並大抵の臭さでは無いと思いました」


 出身地などは明かしてくれなかったが、人間種とホビットの混血(ハーフ)である召喚士、カティア・オーランシェさんはこう証言してくれた。


「……講堂……入ったら……臭かった……」


新入生の晴れの日、在校生にとっては新たな日々のスタートが、たった一人の生徒の「いでたち」で大パニックになってしまったのである。


【新学期初日の異臭騒ぎ事件】

 生徒がひしめき合う大きな講堂の中で、一箇所だけポカリと空いた空間があり、その中心に事件の犯人はいた。

あまりの強烈なニオイに周囲の生徒たちは()け反る様に離れ、その円の真ん中にポツリと、一人の少年が立っていたのである。


 彼も新入生なのであろう。新しい生活や最先端の学問に触れる喜びで胸がいっぱいなのか、頬を紅潮させて瞳を爛々と輝かせながら、学園長が有難い講話をするであろう講壇を今か今かまと凝視している。そう、ドキドキワクワクが止まらないと言ったやつだ。

 だが悲しいかな、その身なりが凄かった。汚かったのである。


 学園への入学が決まり、地元に送られて来たであろう制服が、新学期を待たずして既に泥だらけで脂まみれでホコリだらけ。さらに本当の肌色すらわからない程に垢まみれで、髪の毛は腰まで届くほどに伸びきってボサボサ。それも昨日今日の汚れではなく、どれだけの年月を掛ければそこまで汚くなるんだと言うレベル。

 開けた窓の外から入って来る麗らかな春のそよ風が変質し、この少年の体臭が講堂を占拠してしまったのである。


「ちょ、ちょっとそこの君!? 」


 新一年生を統括する学年主任、アンヌフローリア女史がこの異臭騒ぎの元凶を把握し、眉間に皺を寄せながら慌てて少年の元に駆け付けた。


「どうしたの? 何なの? 何で君はそんなにばっちいの!?」


 詰め寄りながらも強烈なニオイに顔を背けるアンヌフローリア女史。

 大人の女性がヒステリックに責め立てているにもかかわらず、その少年は畏れるどころか多少の照れをまじえたこれ以上無い笑顔で元気に答えた。


「学園に行くのが待ちきれなくて、つい家でも着てました。てへへ、すみません」


 (……いや、問題はそこじゃねえだろ……)


 口にはしないものの、その場にいる誰もが心の中でそう突っ込みを入れた。


「君、クラスと名前を名乗りなさい! 」

「あっ、僕は一年B組に入ります、シリルと申します」


 この期に及んでもまだアンヌフローリア女史のイライラに気付いていない少年は、自分の事をシリルと名乗り、ニッコニコの笑顔のまま極めて丁寧なお辞儀をした。


「もうダメ我慢出来ない! 君、こっちに来なさい! 」


 意を決したアンヌフローリア女史は彼の耳を掴み、強引に講堂の外へと連れて行く。


「……あうっ……あうっ……! 」


 誰一人口を開かず、呆然とその姿を見守る生徒たち。

 講堂には耳に激痛の走るシリルの悲鳴だけが……静かに響いていた。


 ーー学園生は普段からしっかりお風呂に入り、正しい身なりで清潔である事ーー


 次代の英雄を輩出すべく創設されたフェレイオ学園に、この年新たにこの校則が追加された。





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