20 あがいた成功者と孤独な超越者 前編
フェレイオ歴八百十四年の夏も終わろうとしている頃、大陸西岸の北部から驚くべきニュースが発信されて、あっという間に大陸中を席巻した。
【天使の生き残りが再結集して、ノーム族の集落を襲撃した】
第一次天使蹂躙の際、騎士王ボードワンの掲げたマスターズ・リーグの旗の元に地上人全ての戦士が集い、見事天使を撃退した。
大陸西から上陸した天使を再び大陸西側に押し返し、天使軍の全面撤退を目の当たりにしたのだが、逃げ遅れた天使が相当数いたのである。
再び天に帰る事の叶わなかった天使たちはゲリラ化し、大陸中の様々な地域で暴れ回っていたのだが、これに対応したのが新たなマスターズ・リーグ。第一次天使蹂躙の際の英雄の中からその資質がある者を選び、更にフェレイオ学園の卒業生の中から資質がある者を選んだ、合計八名の「英雄の中の英雄」であった。
だが、当たり前の話、たった八名で天使の大群に立ち向かえる訳では無い。要求される資質の中には「カリスマ性」と言う内容もあり、有事の際はこの八名が、地上人の再結集を指揮するのだが……
未だに伝説の騎士王ボードワンを超えるカリスマ性を持つ者は現れてはいなかった。
地上人のそんな懐事情など御構い無しに、もっと言えばこれ幸いと「はぐれ天使」は大陸上で暴れ回っていたのだが、この「ノーム族襲撃事件」はそんな地上人側の防衛体制の脆弱性を表面化させてしまう衝撃的な事件であった。
事態が王国に伝わり英雄連盟八名と、それに指揮された現地猫科獣人軍とアンデット・リッチ連合の大隊規模の混成部隊約千名の兵士が、たった百体の天使に勝てなかったのである。
練度の低さ、そして混成部隊特有の連携ミスなども不運を招いたのであるが、北方の戦闘民族バーサーク隊五百名が遅れて合流するまでの間に、英雄連盟指揮下の損耗率は六割を超える大敗北状態へと陥っており、
結果としては増援部隊のクオリティの高さに助けられ、辛勝にまで持ち直す事が出来たのだが、天使蹂躙後の地上人側がどれだけ弱体化しているのかが表面化してしまった恐るべき事件となったのである。
【だからマスターズ・リーグのメンバーであるコレット・ブーケは、サンクトプリエンツェの市街地に現れたたった一体の天使に戦慄を覚え、背中の可愛い産毛をびっしょりと冷たい汗で濡らしていたのだ。】
【だからマスターズ・リーグのメンバーであるマクス・オルロックは、昨年目の前でバタバタと死んで行く仲間たちの断末魔の姿をフラッシュバックしてしまい、たった一体の天使に対して勝てるイメージを一切持てなかったのだ。】
サンクトプリエンツェの市街地、さっきまで活気に溢れていた市場は、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっている。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々、強烈な衝撃波を受けて吹っ飛びうずくまる男性。何が起きたのかすら理解出来ないまま親とはぐれ右往左往する子供など、その場にいた者全てが戦慄に包まれていた。
「……何ト素晴ラシイ祝福、私ノヨウナ者モ神ハ救ッテクダサル……偉大ナル父ヨ……」
その市場の中心に立つのは異形の者、人でもエルフなどの亜人でもなく、更には獣人でも闇の眷属でも竜族にも当てはまらない存在なのだが、それでも誰もが記憶の片隅に焼き付いている恐怖と絶望と死の象徴だ。
それはまさしく【天使】。目も鼻の穴も見当たらない全身がツルンと輝かせている天使が、額のあたりまで兇悪な口を開けて、何かしら歌っていたのである。
【心霊歌】
大いなる父を讃える詩を歌う事で、天使は様々な奇跡を発現させる事が出来る。
敵の精神をかき乱して集中力を激減させたり、そのハウリングの様な異常な音波で三半規管を破壊したり、時には自分が高揚する代わりに敵を絶望させて戦意を喪失させるなど、その奇跡の種類は多岐に及ぶ。
このアストラル・ソングは今回、天使ののっぺりとした身体をぼんやりと包んでアストラル・アーマーとしての機能を発揮した。
ただでさえ硬い身体に不死者顔負けの再生能力を有していると言うのに、更にアストラル・アーマーで身体を覆うなど反則に等しいのだが、天使側も天使側で「それなりに」備えたのである。
目の前に現れたこの、マスターズ・リーグのメンバー二人の気迫に対して。
「コレット、始めるかい? 」
「ええ、これ以上ヤツの好き勝手にはさせない」
奥歯をギリギリと噛み締めて己の弱さと闘いながら、腰の細身剣に手を伸したコレット。マクスは彼女の背後に位置し、コレットの肩口から鬼の形相で天使を睨みつけている。
「マクス、街の人たちを頼んだ。あなたが攻撃参加するまでは私が持ち堪えるから」
「了解した、ではいつものパターンで……!」
マクス・オルロックの言葉をきっかけに、二人は全く別の方向へと動き出した。
コレットは自分の二倍はありそうな身長の天使にズカズカと向かい始め、「その剣が通用するのか? 」と見ている側が心配してしまいそうな細身剣をスラリと抜く。
一方のマクスは一気に後方へジャンプし、市場の全貌が見渡せる場所に位置どり、何事か小声で呪文を唱え始めた。
「貴様の敵は私だ、私が貴様を屠る! 」
天使が逃げ遅れた一般人に襲いかからない様に、これでもかと大声を張り上げながら近付くコレットだが、ギラリと眼を輝かせた次の瞬間、何事か呪文を唱え始めた。
「……太陽の子ヒヨ、その輝きと栄光をもって地上を照らせ……暗闇を切り裂く一筋の光となって、我れに勝利を示せ……」
その間数秒、彼女の言葉が具現力を刺激し、合わさった言霊と具現力が何と、彼女の周囲にキラキラと輝く小さな無数の光球となって発現した。
「行くよっ、シャイニー・アテンション! 」
コレットが無数の光球に命令した途端、何とその光球一つ一つがギラギラと輝き点滅を始め、レーザーポインターで物を指す様に天使の目(らしき場所に)に対して、それこそランダムに光点を押し付け始めたのだ。
『グ……グワアッ、グワアアッ!』
右腕から「グニグニ」と剣を出し、コレットに打ち下ろそうとしていた天使が悲鳴を上げる。視覚に圧倒的な光線が入って来て、コレットをまともに正視出来なくなったのだ。
■シャイニー・アテンション
五大元素魔法の輪から外れており、魔法学者のアンヌフローリア・ボーマルシェによって近代に確立された魔法分野【光魔法】の一つであり、シャイニー・アテンションは戦闘補助魔法に分類される。
よくあるモンスターとの小規模戦闘において、前衛と後衛とか盾役などと言う言葉を聞く。防御力を重視した重武装の剣士などが敵の前で注意を引き、敵をその場に足止めして後方の軽装備の仲間の被害を肩代わりすると言う仕組みだ。
大抵その様な戦闘概念が存在する場合、盾役の戦士などには「挑発」や「足止め」などの特殊なスキルが存在するのだが、この世界にはそれが存在しない。
相手や敵の注意を引いたり関心を引くのは、闇の眷属デモニック種が持つ「暗示」分野でしか成立していない。ドラキュラ級吸血鬼の持つスキル「チャーム(魅了)」と言うのがそれであり、後はせいぜい異大陸から太古の昔にやって来た【和文化】の中で、闇に忍ぶ者が使用する影縫いと言うスキルしか存在しない。
つまり、この世界において小規模戦闘を行う場合、重武装の前衛役は超重量の鎧を着用しながらも超人の様に軽々動き、敵と後衛の間に立って素早い盾として機能する事を求められるのである。
ーーそんな超人の様な者はそうそういないーー
学園の生徒だったコレット・ブーケも、その華奢な身体で苦悩した一人だった。
当時王立フェレイオ学園二年E組でソードマスター課程を選びながらも、大剣を振り回す体力も無く巨大盾や完全鎧の重量も露骨に負担となってしまう垢抜けないひ弱な少女だったコレット・ブーケは、「その他大勢」になってしまう屈辱からあがき続けていたのだ。
だが彼女は、自分を照らした一筋の光明をがむしゃらに辿り、遂には頂点にたどり着いたのである。
当時学園に赴任して来た魔法博士アンヌフローリア・ボーマルシェの教えを請い、光魔法理論を剣士としての立場から取り込んで、魔法剣士としての地位を確立して劇的な成長を遂げたのだ。
華奢でひ弱な女流剣士は、まず光魔法シャイニー・アテンションを完成させた。
敵の眼球にあらゆる場所からランダムに光を送り込んで網膜を刺激してイライラさせ、敵の集中力を削ぎながら術者自身に敵意を向けさせる。
敵が眼を背けたり網膜が焼けて背中を向けたら容赦無く斬り掛かり、我慢出来なくなって襲い掛かって来たら光量を増やして逆光状態やハウリングを起こして的を絞らせない。
結果として光魔法シャイニー・アテンションは「挑発」や「足止め」など足元にも及ばない、前衛盾役にとって最高の戦闘補助魔法へと昇華したのである。
今、このサンクトプリエンツェの街中で起きた事件。
目も鼻も無いのっぺりとした天使にも、間違いなくシャイニー・アテンションは効果を発揮し、街人たちに二次被害の可能性は激減した。
アンヌフローリアの一番弟子と呼ばれたコレット・ブーケの面目躍如である。
だが、彼女の光魔法はこれだけにとどまる事はなかったのである。
「……太陽の子ヒヨ……我が剣に荒々しいその憤りを発現させよ……フォトン・スポッティング……」




