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マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~  作者: 振木岳人
◆ よろずやシリル開店
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14 少女の夢 後編



 魔術に秀でた生徒が思わず呟いてしまった「サタニック・スペル」とは、文字通り悪魔の魔法を意味する。そしてそれが通常の五大元素魔法とどう違って、そして何故人々から恐れられるのかは、いささかの説明が必要となって来る。


 シャフベラルク大陸はそれこそ多岐に渡る雑多な種族で構成された混沌世界である。

 地上の知的生命体はもちろん人間種だけにとどまらずに妖精から鬼から闇の民までと、土俗の全能神フェレイオが進めた無数の進化の枝の結果がこれである。


 しかし、その輪に入らない生物が二種類存在する。

 悠久の歴史の中で突如現れた人間だけに教えを与える人間だけの神「大いなる父」。その大いなる父の教えを実行する者として現れた【天使】がそれで、混沌を嫌い人間だけの世界に作り変えようとする神は天使を殺戮の軍団として地上に送り込んだのであった。それが「天使蹂躙」である。


 そしてもう一種類は父に背いて天界を追放された堕天使、【悪魔】である。

 悪魔とは天使の成れの果てであり、いずれにしても大いなる父の産物である事から、地上人は天使(エンジェル)とともに悪魔(サタニック)をも忌み嫌っていた。

 ここでサタニックと闇の眷属(デモニック)は同じなのではと言う疑問に突き当たるのだが、出自からして全く違うと言っておきたい。


 真祖(はじまりの人)が地上人であり、闇に同化して闇に生きて来た者デモニックはあくまでも地上人として分類され、他の種族からも敵対しない限りはその生存権を認められている。

 デモニックの中には神話レベルにまで昇華した存在もあるのだが、人々は決してそれを悪魔とは呼ばずに古来から魔神や亜神と呼んでいる。

 一方のサタニックはベースが殺戮天使であり、地上人では無い以上、どんなに友好的で知恵や力を分けてくれたとしても、地上人にとっては禁忌以外のなにものでも無いのである。


 カティア・オーランシェは五大元素魔法、炎の神イグスの呪文を詠唱し、魔術を行使した。

 だが実際には、彼女又は彼女の先祖・一族がサタニックと契約を交わした結果、サタニックの力を経由して巨大な火球を出現させたのである。

 他人のワイファイ回線に便乗してゲームで遊んでいると考えれば簡単だが、つまりはサタニックとの契約さえあれば、自分の能力値だけで何でも出来てしまうのである。まさに魔女、魔術師では無く魔に魅入られた魔女の所業だったのだ。


 【魔女】

 ロールプレイングゲームなどでは定番のキャラクターではあるが、そもそもまともな存在では無く、ファンタジー世界での確立された魔法行使ジョブでも無い。

 魔男が存在せず、魔導の世界で活躍する女性もまた魔術士や魔導士として畏敬の念を持って呼ばれるのに対し、魔女ウィッチは蔑称と呼んでも良い存在であったのだ。

 何故なのかと言えば、純粋な探究心に突き動かされた学術的な魔道と違い、愛欲や愛憎に溺れた女性が更にそれを満たす為に、悪魔の力をやすやすと受け入れてそれを行使してしまう。悪魔の力をもって私利私欲を満足させる……それが魔女なのだ。


 魔術の実習でサタニック・スペルを行使したカティア。運動場は完全に静まり返っており、その場でうつむいているカティアも、言い訳の一言も漏らさずにこの結果を受け入れている。


 ……魔女だと怒って良い、消え失せろと罵ってくれて良い。何なら石つぶてを投げつけてくれても構わない……


 そう言う星の下で人生を歩み、悲しくなる様な経験をたくさんして来たのかも知れない。魔女とバレてしまったと言う全てに対しての諦めが、無言の彼女から溢れていたのだ。


 だが、カティア・オーランシェに罪は無い。

 彼女が魔女となったのは先天的な理由であり、そのきっかけを作ったご先祖様にも実は、罪は無いのだ。

 カティアから遡る事十三代、ホビットを源流とする彼女の先祖が魔女と闘った結果なのである。


 当時カティアの故郷は魔女の集団に襲われた、いわゆる魔女禍と言うやつだ。北方ののどかな田園地帯に魔女が放った様々な災厄で、カティアの先祖を含む村の人々は苦しんだのだ。

 何故魔女の集団が太陽を雲で塞ぎ、空を覆い尽くすイナゴの群を田畑に放ったのか、その理由は「享楽(きょうらく)」。堕落した魔女たちは悪魔に求めた力の対価として、悪魔からあらゆるモラルの破壊を求められたのである。


 だが、村人も黙ってはいなかった。魔女に対して反撃に出たのである。

 魔術の素養も無く五大元素魔法の何たるかも分からない田舎の農民が「魔女に打ち勝つ力が欲しい」と悪魔を呼び出したのだ。村を代表して悪魔と契約したのが、カティアの先祖である。


 力を引き換えに悪魔は対価を求めて来たのだが、先祖は力によるモラル破壊を良しとせず、そして村の人々を巻き込む事も良しとせず、苦渋の決断として悪魔の提案を飲み込んだ。


 【自分の子々孫々、十三代先に渡り、自動的に悪魔契約を続ける】


 この結果、先祖は魔女以上の力を与えられ、そして魔女禍に打ち勝ち村人を救ったのである。

 結果としは「毒をもって毒を制する」であろう、これをもってカティアや彼女の先祖を卑下するいわれなど、何処にも無いのである。


 十三代目、最後の悪魔契約者カティア・オーランシェ。

 下宿先のパン屋の老夫婦の様に、昔の事を知っている者たちからは、尊敬の眼差しを向けられている彼女も、時代と共に過去を忘れた者たちからは魔女と罵られ蔑まされる。

 だから彼女は人知れず努力して来た。並外れた具現力を活かしてサタニック・スペルを次々とマスターし、契約した悪魔すら力でねじ伏せ調伏したのである。


 【いつの日か来るであろう第二次天使蹂躙に対し、我は英雄連盟の一員となって、それを撃滅せんとす。我は悪魔召喚術をもってそれにあたる。汝契約者は我が命に従い、あらん限りの悪魔力を発現せよ】


 確かにカティアは召喚士である、学園入学時の身上書にもそう記載されていたのだが、彼女は霊獣キリンや四神獣やコカトリスを呼び出す魔獣召喚士では無い。

 契約した悪魔から悪魔図鑑【ゴエティア】の献上を受け、俗に言うソロモン七十二柱の悪魔軍団を呼び出す事の出来る、悪魔召喚士となったのだ。

 全ては天使蹂躙を阻止するため、ささやかな身の回りの幸せのため、そしてマスターズ・リーグの一員となって世界の先頭に立ちたいと言う夢のために。


 そんな彼女が今、肩をすくめている。今にも泣き出しそうに、小さな両の拳を震わせている。


 “……ここも同じ……また繰り返される……“


 覚悟はしていたのだが、それでもたかだか十六歳の女の子。世間や周囲の冷たい目が身体に突き刺さって平気な訳が無い。


 だが、同じではなかった。


「すごい! すごいよカティア! めちゃめちゃカッコイイよ! 」


 頬を紅潮させ、目をキラッキラに輝かせたシリルがカティアの両手を取る。そのはじゃぎ様はまるで、喜びに我を失う子犬の様だ。


「こんな巨大な火の球出せるなんて、僕めちゃくちゃ尊敬するよ! 」

「……いや……あの……実は私……」

「僕も出来るかな? 頑張ればカティアみたいに魔法出せるかな? 」

「……私……魔女……なのよ?……」

「魔女だから? って、なんだか良くわからないしそんなのどうでも良いよ。でもカティアが本当に凄いのは僕にも分かったよ! 」


 シリルの嘘偽りの無いところを言葉にしただけなのだろうが、この言葉に感じ入った生徒たちはいた。確実にいた。


「魔女の入校禁止などとは、校則には記されていない。天使蹂躙の阻止を望む者は全て! ……英雄連盟の旗の下に。そう言う事なんだろうな」

「うむ、彼女は我々と戦友となるべくここにいる。ならば我々とて彼女に相応しい力を備え鍛えなければな」


 ロミルダとゴディンガの会話が耳に入ったエステバンは、険しい顔がちょっと緩み、慌てて誰にも見えない様にシリルたちの方に顔を向ける。


 ……なるほど、カティアの憂鬱はそれだったんだ。だけどシリルが軽く吹き飛ばしちまったな……


「見ろよあの顔、呪いが解けたようにニッコニコじゃねえか」


 はしゃぎまくるシリル、顔を真っ赤に染めながら泣きそうなのか喜んでいるのかわからないクシャクシャな顔でシリルを見詰めるカティア。

 エステバンが思わずぽつりと呟いた言葉は、カティアの感情を正確に表現していた。



 一件落着の様に見えるが、実はこの魔女事件は根深い問題となる。

 何故なら、まだ彼女を認めようとしない一部の生徒がいるからだ。

 認めようとしないのか、認めたくないのかは本人にしか分からない。だからこそ根が深く闇は濃い。


 だが今は、ほとんどの生徒がカティアの魔法力・具現力に驚きつつも、目の前の奇跡に喜ぶシリルに対して「お前何喜んでんだよ、何はしゃいでんだよ。魔法出せるかな? じぇねえんだよ、出すんだよ」と、ちょっとだけ痛々しい目で見つめていた。



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