13 少女の夢 前編
一年B組の朝のオリエンテーションから午前中の講義、そして昼休みが終わるまでずっと、カティア・オーランシェは浮かない顔で言葉数も少なく、酷く憂鬱そうな表情をしていた。
いや、ちょっと待て。
もともとカティアは口数が少なく抑揚の無い少女だったのでは? と思うかも知れないが、シリル・デラヒエとエステバン・カミネーロには何となく分かった。カティアの気持ちが沈んでいる事が、理屈では無く肌で感じていたのだ。
ただ、シリルやエステバンは彼女に対して「どうしたの? 」とは問い詰める事はしていない。何故ならカティア本人が誰かに心情を聞いて欲しくてワザと気を引く様な人物だとは思っていなかったからだ。
話したく無い事は話さなければ良い、話したくなったら話せば良い。ーーそのスタンスは彼らが成長した後も続く事となる。
そして昼休みが終わり、午後の講義は先日行われた武道と同じく特別講習の時間、今日はいよいよ【魔術】の実習である。元々通常教科として魔術は進められているのだが、それを実践してみる時間なのだ。
「やっと自分の時間が来たって感じでホッとするよ」
氷結の魔術が得意だと自己紹介していた極寒の貴公子(自称) ジャンカルロ・バイロンは安堵のため息をつきながらご機嫌である。
「騎士剣と魔法による多彩な攻撃……。私も騎士の範疇を超えた特別な戦士になれると言う事か」
名門デーレンダール家の長女で聖天近衛騎士団の団長を目指すロミルダ・デーレンダールは、自分の戦士としての幅が広がる事を喜び、瞳を爛々と輝かせている。
「……シリル、カティア、エステバン。気に入らん、気に入らないね」
王都の貴族のボンボン、エルヴィン・イロンゾは初めての実習などそっちのけで、恥をかかされた相手にどうやって復讐するかで頭が一杯。……それもまたお門違いなのだが。
「さて、実習を始める前に、魔術体系についてのおさらいをするよ! 」
トラブルが起きても周囲に被害が及ばない様にと、広い運動場に集められた一年B組の生徒たちは、魔術の担当講師であるメルローシュ先生は、先日ふらりと学園に現れた大魔導士のギュスタン・バルドロメルスの弟子でもある。
「全能神フェレイオの子供たち、土俗神話に登場する四人の子供たちが五大元素魔法の基礎となっているのは説明したよね」
ーーこの世界に生きるもの全てに、大なり小なり魔力と言う力が存在する。それは生命力とは違い、知能の高さに伴って個人の体内に滞在するエネルギー【具現力】である。よって単純な構造の生物よりも知的生命体の方が、より強い具現力を持っていると言えよう。
そこで前述の全能神フェレイオの登場である。一部の人々に信仰されている新興の教え「大いなる父」とは違い、一切のモラルや知恵を地上の生物に教えなかったフェレイオは、その代わりに具現力の体系化を教えた。つまり「必要ならば自ら備えよ」と言う事だ。
そう。先人の偉大なる努力によってある程度の体系は明確化されたのだ。我々はその教えに従って各分野の神々に……フェレイオの子供たちに祈り、自分の具現力を捧げれば良い。これが魔法なのだ。
自らの脳裏に湧いたイメージを事象として具現化させる超能力の様なものだが、この世界ではこれがまた、剣や肉体による物理攻撃を凌駕する力たりえたのである。
「と言う事で今日は初歩の初歩、発火の魔法の発現を体験してもらいます! 」
『全能神フェレイオの子供にて、炎を司る神イグスに命じる。創生と終焉のともし火を前に、東の門をくぐれ……イグニション』
文明の始まりは炎によってもたらされ、そして終わりも炎によって幕を閉じる。東の門とは日の出の場所を意味し、神々と地上人との交流の始まりを意味する。
この呪文を詠唱する事で目の前に火球が出現するのだが、一番重要なのはあくまでも本人の【具現力】。呪文の文言にある言霊をどれだけ事象化出来るかに全てがかかっている。
横一列に並んだ生徒は、それぞれのタイミングで呪文の詠唱を始め、そして火の球の具現化を始めた。
各地域各種族から選抜されて来た少年少女はさすがと言ったところ、得手不得手や自分のジョブスタイルに関係無く、大なり小なり目の前に火球を発現させる事に成功するのだが、歓喜の声があちこちから上がる中で一人だけが焦りの色を濃くしていた。
「イグニション! ……むむむ、イグニション! 」
だが、まだシリルだけが火球を発現させていないのだ。
「おや、シリル君はまだ上手くいかないのかね?」
生徒たちを見回っていたメルローシュ先生が、心配そうに声を掛ける。
「呪文に言霊が乗っている事を意識して詠唱する、そして魔法が発現するイメージを浮かべる。これだけの話で難しい事じゃないんだが」
「すみません、言われた通り何度も頑張ってるんですが……」
ほとほと困り果ててがっくりと肩を落とすシリル、遠くの方でエルヴィンは声を出さずにほくそ笑んでいるのだが、メルローシュ先生は彼の隣でやはり心配そうに彼を見詰める少女に気付いた。
「あ、カティア君がいるじゃないか! 」
「……えっ?……えっ?……」
「シリル君、カティア君は召喚士なんだよ。彼女に見本を見せて貰えば良いじゃないか」
メルローシュ先生はノリノリでシリルに説明しながらカティアの背中を軽く叩く。
この世界の召喚士は、五大元素魔法を駆使する魔術士よりもその能力値は高い。魔術士がクラスチェンジを目指す様な高位職の一つである。
何故なら召喚士は、四大元素魔法を全て網羅した上で、その能力値をもって召喚世界の魔物たちを調伏するのだから。
つまりカティア・オーランシェは五大元素魔法を網羅しているほどの猛者なのだから、魔法がなかなか発現しないシリルにコツを見せてやってくれないかと言う事なのだ。
「……あ、あの私……」
「頼むよカティア君。僕が理屈で教えるよりも、君がデモンストレーションをやってくれれば、シリル君もイメージの具現化がやりやすいと思うんだ」
執拗に迫られるカティア。
彼女のその臆し方は、ただ単に人みしりで奥手の人間が弱って程度のものでは無く、本当に何かの理由があって後ずさりしている様に見える。
そんな理由など知るよしも無く、シリルの為に頼むとせがみ続けるメルローシュ先生にも、もちろん罪は無い。
「……わかり……ました……」
目をキラキラと輝かせながら見詰めて来るシリルに意を決したのか、カティアは皆に下がっていろと指示を出した。
『全能神フェレイオの子供にて……炎を司る神イグスに……命じる。創生と終焉のともし火を前に……東の門をくぐれ……イグニション……』
彼女が呪文の詠唱を終えて点火を命じた瞬間、バチンと言う乾いた炸裂音と共に家一軒ほどの大きさの巨大な火球が出現した。
生徒たちは腰を抜かさんばかりに驚いたのだが、魔術に秀でた生徒たちやメルローシュ先生は、火球の大きさで驚いたのでは無い。その火球の質に驚き、そして恐れおののいたのだ。
「……この火球、毒々しいほどに赤くて黒い炎は……」
「これはイグスの魔法であってイグスじゃない! 」
「……サタニック・スペル、悪魔の炎……魔女の力だ……」
本来なら、周りの生徒の「しょぼい」火の玉と違い、これだけの巨大な火球を出現させれば本人だってまんざらでもないはずなのだが
何故かカティアは今にも泣き出しそうな顔で、シリルと目を合わせない様にうつむいていた。




