華麗なる飲み会 編
火曜日、20時。オフィスの2/3は、既に空席になっている。
そんな時でも、千歳の属するチームは大半が残って作業を行っていた。
「荒川さんはさぁ・・・」
隣の席で作業をしていた浅野・・・いつも目が半開きで気だるげに仕事をしている先輩だ・・・が、作業をやめるそぶりも見せず、ボソッとそう話しかけてきた。
「はい?」
同じく作業をしつつ、返事をする千歳。
「この間さ、テレビ見ててふと思ったんだけどさぁ、荒川さんは、自分がヴァンパイアで、なんか困ったこととかあんの?」
「困ったことですか・・・。まあ、強いて言えば、あんまり血にありつけないってところですかね」
千歳の正体がヴァンパイアであることを知っている人間は、意外と少なくない。会社の上層部にお役所の職員、会社の先輩で、千歳の教育係である浅野、ちょくちょく各種料金の振込みに使うコンビニ店員の女子高生などだ。中には、千歳がヴァンパイアだと知ると、嫌そうな顔をする人間もいるが、大半は特に他と変わりなく接してくれる。ありがたい話だ。
「へ~・・・。そんだけ?」
「そんだけ?って・・・。人間で言うと、ハンバーガーに月一回ありつければ幸せ、って感じですよ?」
「うーん・・・。イマイチよくわからんわ。血以外でも一応生命活動は維持できるの?」
「ええ、まあ。最近はまあ血も嗜好品って感じですよね」
「うーん、わからん・・・」
「そうです?・・・あ、あともう一つありました」
「何?」
「ここ最近の歴史を聞かれたとき、ですかね」
「へぇ~」
「や、だって100年前のこととか普通覚えてなくないですか?浅野さん覚えてます?」
「いや、そもそも100年前生まれてねぇよ」
「確かに。じゃあ昨日の晩御飯覚えてますか?」
「昨日の?えっと・・・・。確か、ラー・・・」
「ほらすぐ出てこないでしょう?昨日の晩御飯もさっと出てこないのに、100年前のことがパッと思い出せるわけないですよね?」
「あー・・・まあ、うん、そうかもね」
「なるほどね。そうだ、荒川さん今何の作業してんの?」
「今はえっと・・・。アレです、新人さん向けの作業手順所作成してます」
「ああ、アレね。よし、続きは明日にして、ちょっと一杯飲みにいかない?」
「え、今からですか?」
「そう」
「帰れるんだったら直帰したいんですけど・・・」
「残念、先輩の命令に従うのも仕事の一つです」
「まーじかー・・・。ブラックですね、やっぱ」
「まあまあ許してよ。上からのご指示だからさ・・・」
浅野も本当は帰りたいのだろうが、多分特定動物保護プログラムの一環の聞き取りを言いつけられているのだろう。平たく言えば、人外を雇用している企業は、定期的に人外の社員にカウンセリングを受けさせる、もしくはヒアリングを行う必要があるとのこと。何のカウンセリングとかヒアリングなのかは分からないし、ちなみにやる理由も良く分からない。
「じゃ、あと30分になったら出ようか。店はこっちでちゃちゃっと決めてあるから」
「あ、はい・・・」
八時半出発ということは、だいたい10分後か・・・。まあいいや、とりあえずどこまで作業終わったかだけメモしておこう。
* * * * * *
「じゃ、そろそろ行きますか」
浅野が席から立ち、リュックを左肩に掛けた。
「は~い」
千歳もいじっていたスマホを鞄へ入れた。
「あ、じゃあスンマセン、お先に失礼しまーす」
「失礼します」
浅野と千歳がそう言ってオフィスを後にする。まだ残っているメンバーがいつもどおり『お疲れ様です』と返す中、上司の一人が
「浅野君、頼んだよ!」
と朝野へ声を掛けた。
「は~い」
浅野はそう返し、上司に軽く会釈。
エレベーターに乗り込む二人。1と書かれたボタンを押す。扉が閉まると、一階までの垂直旅行が始まる。所要時間は、約15秒を予定しております。
「今日行くお店、ここね」
浅野がそう言って、地図の表示されたスマホの画面を見せてきた。会社がこのあたりだから・・・。二駅くらいの距離だ。
「ちょっと遠いから、タクシー使っちゃいます」
「えっ?・・・タクシーとか、めっちゃ贅沢ですね」
タクシーに乗りなれていないのがバレた、千歳。
「いやいや、あるんだから使わないと・・・。タクシー運転手さんも困るでしょ。こっちも楽できるし、Win-Winってやつだよ」
「はぁ・・・」
「タクシー使っていいって言われてるし。上から」
「ほう、ならまあいいか・・・」
「そうそう。経費で乗れるときは乗っておかないとね」
「・・・ですね!」
* * * * * *
タクシーに揺られること10分。10分も掛かってないか。古めかしいというか、イギリスに古くからある喫茶店、といったような見た目のお店の前に到着した。浅野の指示で、タクシーから一足先に降りる千歳。店構えを見て、その古めかしさにやや愛着と懐かしみを覚えた。ドアの上部には『三枝珈琲店』と、レトロチックな字体で店名の彫られた看板が飾られている。
「ここ、ネットで評判なんだよね」
支払いを済ませた浅野が、タクシーから出てきた。
「へぇ。何か有名なメニューでもあるんですか?」
「メニューって言うか、店員さんのほうかな?」
「店員・・・。名物おばあちゃんとかですか?」
「まあ、そんな感じかな。とにかく、入ってからのお楽しみってことで」
そう言って、浅野は店のドアを引いた。ドアの上部に取り付けられている、来客を知らせるベルが低い音程で響いた。浅野に続き、千歳も店内に入る。
暖色系の灯りで照らし出されたやや広めの店内に、心を落ち着かせるようなBGM。カフェ・ジャズとか言うのだろうか?店の雰囲気はなかなか良さげだ。アンティーク調の椅子、テーブル、そしてカウンター。ランプの一つから装飾の本棚に至るまで、すべてアンティーク調の家具で揃えられている。店の置くには暖炉もあるようで、きっと冬場はあそこに火が入って、もっといい雰囲気になるのだろう。ちょっと冬にまた来てみようかな。
「二名様ですか。申し訳ありませんが、当店は全席禁煙となっております。構いませんか?」
そう言いながら、メイド服の女性が入り口付近の二人に近づいて来た。昔ながらのスカートの長い、これぞメイドさん、といった具合の格好をしている。変に媚びてこない感じが、更に高得点だ。
女性としては背の高いグループに入るであろうメイドさん・・・少しかかとの高い靴を履いて、浅野と同じくらいの背なので・・・きっと170センチはあるだろう・・・が、ニコリともせず二人を見つめている。顔も整っており、仏頂面でも美人さんだ。またもやポイント高いですよこれは!千歳は勝手に盛り上がっている。
「ええ。大丈夫です」
慣れたそぶりで、浅野はそう返す。
「かしこまりました。お好きな席へどうぞ。メニューをお持ちします。それと、申し訳ありませんが『星と魚介のクリームパスタ』は終了しております。ご容赦くださいませ」
「どーも。あ、じゃあせっかくなんで『裏メニュー』持ってきてもらえます?」
「・・・かしこまりました」
メイドの女性は浅野の言葉に一瞬驚いたように見えたが、すぐにさっきと同じような仏頂面に戻ると、カウンターのほうへ戻っていった。
「じゃあ、あそこの窓際の席でいいか」
浅野はそう言うと、四人がけの席へと向かっていった。通路側に椅子が2脚、壁側はソファタイプだ。
「あ、ハイ」
「いや~。まあ30分くらいでさっと終わらせて帰りたいよねぇ」
そう言うと、二つある椅子の片方に鞄を置き、もう片方の椅子に腰掛けた。千歳もソファのほうへ。
「お待たせしました。お水とメニューです」
メイドさんが水とメニューを持ってくる。黒い表紙のメニューと、赤い表紙のメニューだ。
「どうも。あ、赤いほうは彼女に」
「かしこまりました」
メイドはそう返事をし、黒い表紙のメニューを浅野の前に置く。そして、赤い表紙のメニューを千歳に差し出した。
「ありがとうございます」
メニューを受け取る千歳。軽く会釈をする。
「では、お決まりの頃にまた伺います」
メイドはそう言って、またカウンターのほうへと退散していった。
「なかなか雰囲気のいいお店ですね。ここ」
「そのようだね。でも、多分もっと気に入るんじゃないかな」
「かもしれませんね。どれどれ、何を頼みますかね・・・」
そう言って千歳は赤い表紙のメニューを開く。赤と黒で何が違うのだろうか。若干、赤のほうがメニューに厚みのある気がするが・・・。
「珈琲に紅茶にソフトドリンクに各種フロート・・・。あ、ケーキセットなんてのもありますね。あとは軽食に・・・、パスタもあるんですね。さっきメイドさんが言ってたパスタは載ってないようですが、限定品なんですかね。えっと、あとは・・・・・・・・・・・え?」
メニューの見開きごとに感想を述べていた千歳だったが、最後のページを開いた瞬間、すべての動きが止まった。
「さて・・・そっちは決まった?」
浅野は黒い表紙のメニューを閉じ、千歳のほうを見た。千歳はと言うと、目を丸くしたまま赤い表紙のメニューを見つめているのだった。
「浅野さん・・・こ、これ・・・・」
「なんか、裏メニューらしいよ」
「え、これ・・・・これ、血が飲めるんですか?マジで?」
「いや、知らないけど・・・。メニューに載ってるんならそうなんじゃない?」
「え、でも血が700円で飲めるって・・・やばくないです?」
「血の相場を知らんからなんとも言えませんな」
「え?うそ?他には・・・?えっ、こんなのもあるの?え?うそ?今度皆に教えてあげないと・・・」
テンションがあがる千歳。それを少し離れた場所からじっと見つめているメイド。
「で、決まった?」
「え・・・?あ、あっハイ決まりました!」
入社してからそこそこ経つが、こんなにうれしそうな顔の荒川さんを見るのは初めてだな、浅野はそう思った。
「お決まりでしょうか」
「モカジャバを一つ。荒川さんは?」
「えっと・・・私はじゃあ、血を・・・」
「モカジャバがお一つに、血がお一つですね。かしこまりました。あの、血なんですけど、全血ではありませんがよろしいでしょうか?」
「あ、ハイ、大丈夫です」
「ぜんけつ?」
浅野が不思議そうな顔をする。
「『全血』です。血の成分全部入ってるやつ、簡単に言うと、一番美味しいやつです」
「へ~。なるほどね」
「では、少々お待ちくださいませ。メニューをお下げしても?」
「あ、ハイ」
千歳はそう返事をすると、持っていたメニューをメイドさんへ手渡した。
* * * * * *
「で、どう?仕事のほうは。辞めたいとか思ってない?」
空になったマグカップをゆっくりとテーブルの上に置きながら、浅野がそう質問した。
「ん~・・・」
対する千歳は、ストローでゆっくりとコップに注がれた血を吸いながら、答えを考えているそぶりを見せている。
「正直に言ってもらって大丈夫だから」
「・・・・。うーんと」
千歳も、持っていたコップをいったんテーブルへと戻す。
「正直言うと、まあ辞めたいな~とはちょいちょい思いますね・・・。さすがに毎日帰るの遅いのは何かと不都合ですし・・・。まあ、ここ最近はちょっと早く帰れるようになったんで、マシになったかなと言ったところですけど・・・」
「なるほどね。それに関して、会社へ不満を持ってるとか?」
「会社と言うか、そういう仕組みになってしまった社会全体というか・・・。あの、これ何の聞き取りなんですか?」
「いや、正直俺も良くわかんないんだよね・・・。こっちも、聞いてくる内容のメモ渡されただけでさ・・・」
「あっ・・・そうなんですか・・・」
「そういうこと。と言うわけで、質問の続きしていい?」
「まあ、いいですよ」
「どうも。で、次が・・・。えーっと『友人や知り合いに、世の中をもっと良くしよう、みたいに考えてるやる気のある人はいますか?』だって。弊社はご友人でもスカウトする気なのかな?」
「はは・・・、まあ、うちに誘っても誰も来ないと思いますけど」
「そうだな」
「ですね。で、質問の答えですけど、基本的に私の知り合いにはやる気のある人はいないですね。みんな無気力と言うか、無関心と言うか・・・そんな具合の友人ばかりです」
「本当?俺の友人界隈もそうだわ」
「あ、そうなんですか。皆歳のせいだって言ってましたけど、最近の若い方もおんなじなんですね。今度みんなに伝えておきます」
「うーん・・・、まあ、そこはお任せしますわ。質問は今ので以上。お疲れ様でした~」
「あ、お疲れ様でした・・・。そういえば、特にメモとか取ってませんでしたけど、大丈夫ですか?まあ、メモが必要そうな回答はしてないですけど・・・」
「大丈夫大丈夫。特に何もなかったし、適当にそれっぽく報告しとくよ」
浅野はそう言うとメモをカバンの中へ雑に突っ込むと、水の入ったグラスへ手を伸ばした。
* * * * * *
22時前の電車で帰路に着いている、千歳。今日はなかなかいい日だった気がする。21時台の電車に乗ってこうして帰っているし、何より、外のお店で血にありつけた。お店のも輸血用のようで、おうちでたまに口にしているものと味は大差なかったけれど、それでも大変美味しくいただけたわけだし・・・。しかも平日の業後に。すばらしかった・・・。
次のお休みに、誰か誘ってまた行ってみようかしら。そう思いつつ、ふと、電車の窓に自分の姿が映っていないことに気づく。やっべ・・・。内心どきどきしているものの、それを察せられないよう、自然な様子で周囲の様子を伺う。よし、幸いなことに、他の乗客は皆、手元のスマートフォンに夢中になっており、千歳の姿が窓に映っていないことに、まったく気づいていないようだった。
「ふーっ・・・」
安堵のため息をついてから、再度、目の前の窓を見る。夜景に浮かび上がるビルの明かり、そして電車内の景色に、そして、こちらをじっと見つめている、千歳。・・・大丈夫、ちゃんと映っている。
危ない危ない・・・。一応、公共の場ではなるべく普通の人間として振舞っておかないと。いろいろ問題が起こると面倒だし、ね。
あーあ。明日がお休みだったら、もっと良かったのに!・・・そうだ、今週の金曜日あたり、もし万が一早く帰れそうだったら、ちょっとあの店寄ってみようかしら。多分もうあのメイドさんにはばれている、堂々と血を頼めるだろうし。そう、優美で可憐なヴァンパイアらしく、ね。
いや、まあ、なんでもいいけど!と言うわけで、これからまとめサイトを読むので忙しいから、これくらいでおやすみなさい。
すんません、あわてて書いたので誤字脱字等あるかと思います。その時はまあ適宜補完してお読みいただければ幸いです!
ではまあ、今日普通に仕事なのでひとまずお休みなさい。次回もお楽しみに!お楽しみに待ってていただければ、なんですけども。