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ドラゴン萌えな日常

作者: 紫空一

 双子の兄妹には、幼い頃に二人で交わした取り決めの様な物があった。


 一、”チケットを使う”と宣言した際、兄妹が口にした頼みや願いを聞き入れること。

 一、頼みや願いは必ず聞き入れなければならないが、実行可能な内容であること。

 一、チケットによる願い事は人生において三回までとする。


 なんでこんな約束してしまったんだろう。

 兄も妹も今やそう思わずにはいられなかったが、こうして高校一年生に上がるまで継続してきた取り決めを、今更撤回するのもなんだか負けた気がするのである。


「ねぇねぇ、アキさんや」

 妹は、自分の隣で自分と同じ様な顔をし、かつて教室として使われていた部室の一角へと自分と同じ様に視線を向けている兄をちらと見た。

 アキと呼ばれた兄・英田良明は、至極冷静な風を装って妹にこう返す。

「うーん、どうしたもんだろうねぇ、陽さんや」

 兄の表情からその心内を読み取り、妹・陽は確信する。

(ああ、間違いない。アキもチケットを使うかやめるか迷ってる……)

 市立大虎高校竜術部の部室の中で濃紺のジャージ姿を並べる兄と妹は、眼前の禍々しい光景を前にどうしても嫌な予感を拭い去れずにいた。


 事の発端は、ニ時間程前まで遡る。



「レイン! そのまま上昇!!」

 そう叫んだ良明は、所謂ドラゴンと呼ばれる生き物に跨っていた。

 頭から雄々しい二本の角が生えていて、全身をプラモデルの様に洗練されたフォルムの鱗に覆われていて、飛膜と筋で構成された羽根でバサバサと羽ばたく、あのドラゴンである。


 ドラゴンに乗って部活に取り組む高校一年生。

 その存在は、この現代においては何か特別なリアクションをするべき対象とはみなされない。

 人間の言葉を解し、人間の想いに応えるドラゴン。彼等彼女等が、時に政治的なレベルにまで介入する様になってもう随分になる。国とドラゴンの邂逅は三百年ほど前の外来船との接触の時が初だと歴史書は伝えるが、当時はドラゴンを単なる動物だとみなす向きも大いにあったという。


「ぐぅあー」

 今しがた良明にレインと呼ばれたドラゴンは、”まかせてー”とでも言わんばかりに自信たっぷりな表情を浮かべた。

 羽ばたき続け、一気に加速しながら良明の身体を地上七メートル程の所まで運んだレインは、その金色の眼で眼前に滞空しているもう一頭のドラゴンを見た。


 その両手にがっちりと白いボールを固定したまま、良明は妹の顔を見て再確認する。

「陽、俺がこのボール守り切ったら、その時は夕飯のコロッケ――」

 陽は、良明を手で制して一言。その後すぐさま意識を試合へと向けなおす。

「私がボール奪えたら、良明のコロッケを私が一個貰うからね?」

 色気より食い気などと言ってはいけない。彼女等の母が作るコロッケが、毎度毎度やたらと美味いのが悪いのである。


 英田陽十五歳。長めの鬢が特徴的な黒髪の向こうには、良明と瓜二つなくりっとした眼が覗いている。

 兄だからと言ってあえて手を抜いて負けてやったりしないのが彼女の信条である。まして今は一対一――もとい二対二――で繰り広げられている、ミニ練習試合の真っ最中。今現在、妹は兄からボールを奪い取る事に全神経を集中させつつあった。


 当然、彼女もドラゴンに乗っているのであるが、そのドラゴンというのが随分と綺麗な青い眼をしていた。サファイアの様に深みのある青が、背中の上の騎手を気遣う様にきらりと陽光を反射した。

「がぁう」

 陽は優しく鳴いた彼女に応える様にその手の中の手綱を握りなおすと、意を決してその名を呼んだ。

「ショウさん、お願いします!」


 ショウと呼ばれたそのドラゴンは、ついに眼前の相手へ向かって羽ばたいた。

 レインとショウ。二頭による羽ばたきが砂嵐となって眼下に広がる競技用コートを包み込む。

 急接近してくる陽とショウを目前に、良明はその身体の動きを凝視する事で見極めようとした。

 ついに、陽の右の掌が良明の持つボールへと延びてくる。

 咄嗟に左方へと腕をかわして陽からボールを遠ざけた良明に対し、構わず距離を詰め続けるショウ。その背の上の陽はいよいよついに良明の懐へと到達し、彼の両手に固定されているボールをがしりと掴んだ。


 瞬間、本気の力と力で引っ張りあう兄と妹。決着は、ドラゴンの羽ばたき二回のうちに決した。

 ショウとレインがすれ違う勢いが作用し、ボールはあえなく陽の手からすり抜ける。

「あーもう!」

「あっぶね!」

 悔しがる陽と気を引き締めなおす良明。二人を乗せたドラゴンは、風塵の如く中空を舞って攻防を繰り返した。


 五分はそうして戯れて(・・・)いただろうか?

 彼等は、突如として叫ばれた聞き覚えのある声により、その動きをたちまちのうちに停止させた。

「うにゃぁああああああ!? なにやってんのあんたら!!」

 直後に、今度は冷静な色をした声が聞こえてくる。

「自主練……していたんだな……」

 冷静でありながらも、その声は何やらとても残念そうで、悲しげで、責めるに責められないと言った趣を包含していた。


 良明と陽が状況を飲み込むよりも先に、彼等を支えているドラゴン達が事の重大さに気が付いた。見れば、窓を開け放った部室の前で、彼等四名の攻防によって舞い上がった砂塵が濃霧の様に辺りを埋め尽くしていた。

 今現在、教室の中がどうなっているのかは言うまでもない。



「ね、ねえねえ。ショウさん、ショウさんって暗いところ平気だったりしない?」

 誤魔化す様に、いたって自然な流れでそう質問したかのように、陽は彼女の背後に立っているショウへと振り返ってからそう尋ねた。

 ショウは首を横に振り、そそくさと踵を返して庭の方へとのっしのっしと歩いていく。


「レインレイン、お前が見てきてくれたらあとでジュース奢――」

「ぐーあっ」

 レインは拒否の意思がはっきりと伝わってくる鳴き声をあげて、ショウの後へと続いて行った。まるで、兄貴分を慕う舎弟の様な足取りである。


 良明と陽の視線の先にある天井には、大きな大きな穴が開いていた。

 勿論、今回彼等がしでかした事により開いた穴と言うわけではない。

 かねてよりこの教室は老朽化が進んでおり、床は万年埃まみれ、机はいつ廃棄されてもおかしくない錆び具合、蛍光灯は二本が切れたままだし、出入口の木製のドアは冗談の様に立て付けが悪い。

 きわめつけが、この天井である。


「観念しなってー、部長様直々の指示だよー? ほら、水汲んできたげたから行っといでっ!」

 豪放磊落。先程真っ先に”うにゃぁああ”と驚きの叫び声をあげていた女子は、双子の肩を背後から両手でばんばんと叩いて快活な笑顔を浮かべた。赤いフレームの伊達眼鏡とウエーブがかった長い髪が、どことなく彼女の性格を表している様にも見えてくる。


「石崎副部長。ここは副部長自ら――」

 良明が食い下がろうとしたところで、部室の出入り口から先程冷静な声を上げた方の女子生徒が入ってきてこう言った。

「脚立を借りて来た。戻すときは私が持っていくから早めに終わらせてくれ」

 石崎とは対照的なまでにその切れ目は物静かで、彼女の聡明さを眼差しとして端的に表していた。背首から伸びる髪は足元に引き摺りそうな程長いが、束としては直径三センチ程とかなり細く、百八十センチ以上ある彼女にはやたらと上手いこと似合っている。


「ほぅら部長がわざわざここまでしてくれたよー?」

 からかう様な口調の石崎をよそに、陽は懇願する様に樫屋部長の方を見た。

「樫屋先輩……これ、やっぱりどうしても行かないとダメですか?」

 部長・樫屋けやき三年生は少しだけ申し訳なさそうな間をおいて、英田兄妹にトドメを刺した。


「あれだけ砂が舞っていたからな……あと、天井裏の掃除などは年に一度もしていない。いい機会だ、綺麗にしてしまおう。なんなら私も手伝――」

 陽と良明は、そこまで言われたところでいよいよ腹を決めた。

「あああ、ごめんなさい、行きます! ちゃっちゃと終わらせてきます!!」

「あああ、ごめんなさい、行きます! ちゃっちゃと終わらせてきます!!」

 水と雑巾を準備され、さらに脚立を持ってきた本人に手伝うとまで言い出されては、もう兄妹に粘る余地などあるはずが無かった。



「アキ―、どうー? 何かいるー?」

 脚立を支えながら、陽は天井裏へと首を突っ込む兄に尋ねた。

「何かいたら大事件だっての……」

 良明は真っ暗な天井裏を見回してみるが、殆ど何も見えなかった。


 帰宅時用のペンライトをジャージのポケットに突っ込んで、兄に続いて陽も脚立を登り始める。ちなみに、良明が先行したのはお兄ちゃんだからとかそういう男気ある理由ではなく、陽とじゃんけんをして十一回のあいこの末に負けたからである。

 良明に差し伸べられた手を取り、陽は天井裏の暗黒空間へとその身体を浸した。


「うわっ、怖っ! そして埃くさい!」

「うん……」

「え、アキなんでそんなリアクション薄いの? 取り憑かれたの?」

「何か……感じない?」

「…………え?」

 良明は、きょろきょろと辺りを見回して何かしらの気配を探っている。


(何を言っているんだこの兄貴は。私をからかって遊ぼうとしているのかね)

 脳裏にて、よくわからない口調でそう呟いた陽だったが、おやと思った。

 成程確かに、なんだか妙な雰囲気だ。

 天井裏というものなんて、殆ど足を踏み入れる機会のない場所だ。だから気持ちが高ぶっているという事はあるだろう。だが、それにしたって何かこう、激しく主張してくる様な、”気配”としか表現しようが無いものを彼女にも確かに感じ取る事ができた。


「ライトライト……」

 ポケットからペンライトを引っ張り出し、カチっとスイッチを入れる陽。

 壁面を照らす様に、三百六十度視線を廻らしていく。

 と、その時だった。


「グァアアア!!」


「どぅぉえああ!?」

「うわぁあああ!!」

 突然の奇声に、陽と良明は同時に変な声を出して仰け反った。反射的にお互いの肩を抱き合って、奇声の方からその身を遠ざける。


「……って」

「……って」

 双子は、きょとんと同じ様な表情を浮かべてその声の主を見る。

 レインだった。

 天井に開いた穴から頭を出し、ペンライトの光に驚いた表情をしているレインが、申し訳なさそうに二人を見つめていたのである。


「手伝いに来てくれたのか?」

 良明に訊かれたレインは、「ぐぁっ!」と元気よく答えて雑巾を掲げて見せた。

「まぁ、さっさと終わらせて降りよう? 私マジでここ長居したくない……」

「そうするか……」

 兄妹が漸く作業に取り掛かろうとした時だった。


「ぐぃ?」

 完全に天井裏へと上ってきたレインは、何やら疑問の声をあげた。

「レイン?」

「どうしたの?」

 二人に構わず、レインは姿勢を低くしてある方向へと進み始めた。


 良明と陽は顔を見合わせ、それに続く様に這って移動を開始する。

「あ()ッ」

「あ()ッ」

 同時に同じ梁で額を強打した。

 特に彼等に対してリアクションする者も居ないので、二人はさっさと移動を再開してずいずいとレインが居る方へと距離を詰めていった。


 そして、彼等は予想だにしないものをそこに見た。


「これって……」

「これって……」

 謎の気配の根源がそれである事に、疑いの余地は無かった。

 天井裏などというふざけた場所にあったそれは、いわばこの部活動のカラーを鮮やかに映し出す、遺産とでも表現するのがぴったりな宝物だったのだ。

 英田兄妹は、そしてレインは、しばしの間それを感慨深げに見つめていた。



「おっつかれー。さすがに結構時間かかったね」

 石崎は、兄妹に紙パックのジュースを差し出そうとしておやと表情を変えた。

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 そう言ってジュースを受け取った二人の顔が、何故だろう、どこか大人びて見えたのだ。


 不思議に思った石崎だが、気のせいと言う事もありえる。わざわざ問いただす程の事でもないと思い、「お、おう」と言ってごくごくと喉を潤す二人を見比べた。

(ほんと、こいつらそっくりだな……)

 石崎の興味は、何事も無かった様に別の所へと移るのだった。


 市立大虎高校竜術部。

 その部室は、今や使われなくなって久しい”旧校舎2”の一階に存在している。

 竜術部の部員以外殆ど誰も訪れない、かつて教室として使われていたその部屋の天井裏では、かつての部員達がでかでかと書き残した寄せ書きが今日も後輩達の活躍を願っている。

あらすじにもありますが、連載作品<大虎高龍球部のカナタ>の番外編です。

短文感想大歓迎。

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