5 冒険者ー(4)
「そんな事態を打破するためにも、あなたも冒険者になってダンジョンを攻略しませんか⁉︎」
ユリアは急に目を輝かせながら俺に顔を近づけた。それを両手で制せば、顔を赤らめながら元の位置に戻る。
「冒険者か……。確かに今の俺は、それになっておいた方がいいのかもしれないな。冒険者になるには、資格とか必要なものはないんだろう?」
「えっと、そうですね。さすがに病気の方や怪我をしている人などにはオススメはしていません。後は年齢ですね。特例を除き、冒険者になるには16歳……この世界でお酒が飲めるようになる年齢になるまでは、禁じられています。ユヅルさんは見たところ20代でしょうか……?」
「ああ、それに持病もない。問題はないな」
「よかった! んふふ、それでは、早速登録の儀式を始めましょう!」
そう言うとユリアは立ち上がり、いつの間にか手のひらに握っていた石を俺に見せた。その石は大きさや形はどこにでもある石ころだったが、色だけは綺麗な白色だった。
「冒険者を登録する為に、まずは得意魔法と職業を決めなくてはなりません。2つが決まれば、私が身体能力向上の魔法をかけ、魔力を与え、ようやく冒険者になることができます。それで、まずは得意魔法なのですが……、その為にこの魔石を使います」
「魔石?」
「はい。この石は何もしなければ本当に普通の石で建材にも使われています。ですが、人の手に触れれば色を変えるのです。その色により、得意魔法を知ることができます。変化する色は6色で、赤、青、黄、緑、茶色、そして黒色です」
ユリアは俺に魔石を手渡すと、さらに説明を続ける。
「赤は火属性、青は水属性、黄は雷属性、緑は風属性、茶色は土属性、黒は、それら全部の属性です。では魔石を思い切り握ってみてください。ぎゅっと、ぎゅーっと、です。そして、暖かみを感じたら、
手を開いてください」
ふむ……。思い切り……。
俺は掌に魔石を包み込ませ、思い切りぎゅっと握りしめる。ひんやりと冷たい感触が徐々に熱を帯びて来れば、力を抜き、ゆっくりと開く。
「……緑色だ」
魔石は、淡い翡翠色の光を放っていた。数瞬、チカチカと眩しく点滅すると、徐々に光を失い、やがて白い石に戻っていった。
「ふふ、ユヅルさんは風属性のようですね。でも、こんなに綺麗な色の風属性は初めて見ましたよ。他の方々は色濃く、真緑の光を放っていましたからね」
「それって、他の人より色が薄めだから魔法が弱いってことにならないか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ! それにもし今は弱くても、練習すればより上手に魔法を扱えますから!」
「ふうむ、まあいいか。それで、次は職業だったか?これはどうやって決めればいいんだろうか」
「あ、はい! とは言っても、得意魔法が決まれば職業も決まったようなものなんですよ」
「ん? つまり、どういうことだ?」
「えっとですね……。 火、水、雷、風、土、この5つの魔法には2種類の効果があるんです。一つは魔力を属性に変質させ放出する効果、単純に火や水を放って攻撃する方法があります。そしてもう一つは、火なら攻撃力、風なら素早さ、土は防御力、雷は魔力回復、水は体力回復、といったような自分や仲間へのサポートをすることができるのです。そしてこの後者の効果により適した職業を選ぶのが、一般的なのです」
「ん、んー…。うん、なんとなくわかるぞ。例えば雷や水といったサポートタイプは前でガンガン戦うより、後ろでサポートできる職業がいいってことか」
「そういうことです。もちろん、魔法に合わせず職業を選んでもいいのですが、多くの人は魔法に合った職業を選んでいます」
「なるほど。 それじゃあ、風属性の魔法はどんな職業に合っているんだ? ああ、後他の魔法に合った職業も聞いておきたいな」
「はい! もちろん説明いたします! では、まずはユヅルさんの風属性に合った職業ですが…、これはハンターです! 素早さを上げナイフで接近戦を挑んだり、遠距離から速度を上昇させた矢でダメージを与えるなど、トリッキーにモンスターを掻き回す職業です!」
ハンター。ナイフで戦うというのは俺に合っている。これはいい職業を引けたような気がするな。
「次は火属性に適した職業、戦士です!戦士は自分の攻撃力を上げ磨き上げた剣技で敵を一刀両断する、力の職業です! 続けて土属性、魔獣遣い!身体を堅め、槍とともに敵に突撃したり、土から自然の声を聞き、モンスターと心を通わせることで、共に戦う共生の職業!水属性はヒーラー!生命の源である水の力を用い傷を癒したり状態異常を回復する、慈愛の職業!雷属性は錬金術士!電気信号の力で頭脳を活性化させ魔力を回復させたり、様々な薬品を用い敵に状態異常を起こす聡明な職業!以上です!」
「お、おお……怒涛の説明ありがとう。よくわかったよ……。あれ、黒色の属性、えっと全部が使えるだっけか?それはどんな職業なんだ?」
「あ、忘れてました! えっと、全部の魔法属性を扱える人は魔法遣いという職業です。この状態は攻撃とサポートを同時に行える職業でなのですが…あまり数はいないんです」
「数がいない?」
「ええ。というのもですね、全部の属性を持つ人はとても希少なんです。一応、練習すれば得意魔法以外の属性を習得することはできるので、5つの属性を使うことは誰にでもできるのですが……、やはり、威力や効果はその属性が得意な人には敵わなくて、それなら別の属性を持った5人がパーティを組むのが1番なんですよ。後5つの属性全部手に入れるのは時間もかかりますしね」
そう言って肩をすくめる仕草をするユリア。まあ確かに希少な人材を探すより役割分担した方が楽だし効率も良いだろう。
「では、どうしましょう? ユヅルさんは風属性ですが……職業はハンターにしますか? それとも、他の職業に?」
「ここは例に漏れずハンターにするよ。……記憶にはないが、ナイフを所持していたくらいだし、それが一番合っているだろう」
「わかりました。では、風属性のハンターとしてユヅルさんを冒険者として登録します!」
ユリアは澄んだ声で高らかに宣言すると両手を天に向け掲げた。すると、掌から虹色の輝きが溢れゆっくりと綺麗な球体に形を変えていく。
「ふぅ……、痛くないので、動かないでくださいね……!」
ユリアは額に汗を垂らしながら俺を一瞥すると、その虹色の球体を俺の頭に向かって振り下ろした。思わず避けてしまいそうになるのをぐっと堪え、真正面から球体を受けると、ふんわりとした感触の後、ポワンっという音の後弾け、四肢から痛みもなく体内に入っていった。
「これで……登録は終了です!右手の甲を見てください!」
一仕事終えたユリアは額の汗を拭いながら俺の右手を指差した。目の前まで手を持ち上げて見てみると、緑色の丸い痣が浮かんでいた。
「その痣は冒険者の証です。その痣を見せれば武具屋では武器や防具を買えますし、酒場では仲間を集めたり、お仕事を受けることができます。また、先ほど言った通り魔法も使えますし、身体能力もとても上がっているはずですよ!」
確かに、いつもとは違う力のようなものが体内で蠢いているのが分かる。魔法に身体能力の上昇。まるで御伽噺のような話だが、異世界に来てしまったのだ、それくらい手に入れても悪いことではないだろう。
異世界に来て十数時間、俺は殺し屋から冒険者へと転職した。はてさて、どんな冒険が待っているのだろうか。
長くなったのでいずれ分けるかもしれません。