4 冒険者ー(3)
建物の中は外見に沿って教会のような広い空間だったが、俺が元の世界でも通ったことのある教会と違った点があり、ここには白い一人掛けの椅子が二つしか置いてなかった。
「こんばんは」
片方の椅子には一人の女性が座っていた。腰を下ろしている椅子と同じ、白い長髪に、白いドレス。周囲の色に溶けているような希薄な存在感の中、真っ赤な双眸は微笑みとともにこちらを見つめていた。
その現実離れした幻想的な風貌に、俺は挨拶を返すことも出来ず、息を呑んだ。すると女性は微笑みを絶やさず、立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
「この国は朝まで笑い声が絶えない賑やかな所ではありますが、この時間に私の元を訪れるのは結構稀なんです。ふふ、けれどここに訪れた人を導くのが私の役目です。早速、貴方を冒険者として登録しましょう」
「え、あ……いや、すまない……。 その、俺は冒険者とか云々でここに来たわけじゃないんだ」
俺の口からは情けなくも、震えながらそんな言葉が飛び出した。それを聴いた 女性は、小首を傾げ、俺を見つめる。
近づいてわかったことだが、女性の体躯は意外と小柄で幼い顔つきをしており、首を傾げる仕草が妙にマッチしていた。その様子を見て少しだけ気持ちも軽くなり、俺は語り出す。
「その、俺は記憶喪失で、気がついたらこの国の近くの森で倒れてたんだ。それでカインという男に会って、ここでこの世界のことについて教えてくれるというんでついて来たんだ」
「記憶、喪失ですか……。 ふむ、長いことここにいますが、その様な理由で訪れた人は初めてです」
女性は俺の話を聞き、期待に満ちた笑顔を浮かべた。この女性がこの場所で何をしているのかは知らないが、どうやら俺は変わった客人であったらしい。女性は俺の手を取ると椅子へ引いていき、先ほどまで自分が座っていた方の椅子へ俺を座らせると、自分はもう一つの椅子を対面へ移して座った。
「では、この世界ーー、『アスピタズマ』について語る前に、自己紹介といきましょう。私は、『妖精族』と呼ばれる種族の一人で、名をユリアと言います」
ぺこりと頭を下げながら自己紹介をするユリアに、俺も頭を下げながら自己紹介を返した。記憶喪失なのに名前を覚えていたのが不思議なのか、ユリアは首を傾げるが、すぐに話を続ける。
「私たち妖精族はこの世界の始まりから百人存在していました。見た目は私のように人間と同じであったり、あるいはモンスターとそっくりな者もいましたが、皆が同じ、ある一つの目的を持っていました。それは、"いつか生まれる弱き者に力を与えること"でした。悠久の時を過ごしていく中で、貴方たち人間と、モンスターという種族が生まれました。言葉も通じず、姿も違う二つの種族は、争いを始めました。しかし、強大なモンスターに人間は次々に倒れていきました。そこで、私たちは弱き者である人間に力を与えました。その力とは、強靭な肉体と魔法です。重く鋭いモンスターの一撃に耐える肉体と堅い獣毛や鱗を貫く力、大気に漂う魔力を触媒に放つ魔法の力をもって、人間はモンスターと互角に戦うことができるようになりました。その内、ゆっくりと勢力を拡大していく中で、人間は、現在ではダンジョンと呼ばれる遺跡を発見しました。いつ、誰が、どのような目的で造ったのかはわかりませんが、モンスターが蔓延るダンジョンには、莫大な財宝や強大な力を持つ武器が眠っており、人間は犠牲を払いながらも、ダンジョンを探索して踏破しました。そんな勇気を持った人間は、いつしか冒険者と呼ばれるようになったのです」
ユリアはそこまで語ると、一呼吸置いて再び語り出す。
「冒険者はダンジョンを踏破すると、その周囲に国を作りました。国がある程度栄えると、そこで生まれた新たな冒険者が再びダンジョンを求め旅立ち、ダンジョンを見つけたら踏破し、国を作り旅立つ。その繰り返しでこの世界を開拓していきました。私たち妖精族は冒険者と旅をともに旅をして、新たにできた国に一人ずつ残り、その地で冒険者志望の者たちに力を与えてきました。私は、その最後の一人なのです」
話を終えたユリアは此方を伺うように見つめた。この話が本当なら目の前のユリアは相当な長い時間を生きてきているわけで、話すとしたら一昼夜では足りないほどの歴史がこの世界にあるのだろうが、簡単にかいつまんで話してくれたのだろう、数分の説明でも、ある程度この世界のあらましを理解することができた。俺は大きく頷き、ユリアに微笑みを向ける。
「ありがとう、分かりやすかった。少なくとも、俺にとっては」
「ふふ、よかった。普段はこんな話はしないので、少しだけ緊張しました」
ほっ、とため息ついたユリアに俺は話の中で疑問に思ったことを質問した。
「ユリア……さんたち妖精族は、新しい国が栄えてから、新しい冒険者とともに旅立つんだろう? けどユリアさんが最後の一人ってことはここより新しいダンジョンには妖精族がいないのか?」
「ユリアでいいですよ、この街の人にもそう呼ばれてますからーーあ、いえ、ここより新しいダンジョンは無いんです」
「無い?」
「はい、この国の中央にある塔は見たでしょうか? あの《黒の塔》と呼ばれるダンジョンが一番最後に発見されたダンジョンで、これ以上新しいダンジョンを探そうとしても、この世界のどこにも見当たらないんです」
ふむ。つまりこの世界はすでに冒険者に征服され尽くされたということか。
「じゃあ、あれか。今やこの世界で冒険者の役割は国の外にいるモンスターを退治するだけなのか」
「いえ、違いますよ。まあ、確かにその仕事をする冒険者もいますが、ダンジョンを攻略することが、冒険者の主な役割です」
「ん? だって新しいダンジョンはもう無いのだろう? それならーー」
「《黒の塔》は、まだ途中までしか攻略されていません」
ユリアは、俺の言葉を遮るように言った。
「《黒の塔》は、この世界で唯一、踏破されることないダンジョンであり、ガルムスト王国はそれを攻略するために仕方なく建国されたものであり、冒険者の輝かしい歴史の中で唯一の汚点です」