2 冒険者ー(1)
「おに、おにいちゃっ、こ、怖かったよぉっ!」
怪我そうな表情をしていたカインの顔が苦しそうなものに変わり、どうしたのかと思えば、後ろから少女に思い切り抱きつかれたかららしく、小さく咳き込むと苦笑して少女の頭を撫でた。
「こいつはカヤ、オレの妹だ。いやー、助かったよ。アンタがいなければ多分ウルフマンに食われてたろうからさ」
「ウルフマン?」
「あ? さっきオレが倒したやつだよ、ほらあいつ」
そう言うとカインは2つに裂けたソレーーウルフマンを指差す。なるほど、こいつの名前はウルフマンというのか。やはりそんな名前の生物は俺の世界にはいなかったので、この世界が別世界だという確証がより強くなった。
などと考えていたら、ウルフマンはポンッと可愛らしい音と同時に消え去り、その場にはコインのようなものが、現れた。
「なっ、お、おいっ ウルフマンがコインになったぞ⁉︎」
「そりゃ…、冒険者がモンスターを倒したんだから金になるだろ…」
カヤの頭を撫でて宥めながら、またもやカインは俺に怪訝そうな表情を向ける。
「なあ……アンタ、さっきここはどこかとか聞いてたけど……、もしかして、記憶喪失、ってやつか?」
記憶喪失
いや、実際に俺は記憶喪失ではない。前世(こう表現して正しいかは知らん)の記憶はあり、しっかりと覚えていることは覚えている。ただ、ここではないどこかの世界から来たというより、記憶喪失という設定の方が、現実めいている。俺はその設定をありがたく使うことにした。
「そ、そう。実はなんでこんなところにいるのか記憶が無くてな、名前しか覚えてないんだよ。さっきのナイフ投げも、身体が勝手に動いたって感じでな……。全然わけがわからなくて困ってたんだよ」
「なるほど……。通りでウルフマンのことや、冒険者がモンスターを倒せば金が生まれることを知らないと思ったぜ」
カインは得心いったように、大きく頷く。そんなカインに俺は先ほどから気になっていることを問いかける。
「なあ、さっきから言ってる冒険者ってなんなんだ……?」
「あー……、そっか、それからか……。その説明はめんどいな……うーむ……。あそこに、案内すればいいかな……」
俺の問いかけに、カインは暫く考え事をするが、何かを思いついたのか、笑顔を浮かべた。
「よしっ、カヤを助けてくれたお礼ってわけじゃないけど、多分、この世界に1番詳しい人のところに案内してやるよ」
そう言うとカインは、ついてきな、と歩き出す。しかし、数歩歩いて立ち止まると、自分の腰にしがみついて歩くカヤの頭を軽く、叩いた。するとカヤは小さく頷いて、振り返り俺を見上げた。
「さ、さっきは……助けてくれて、ありがとう……、お兄さん……」
顔を真っ赤にして、消え入りそうな小さな声で、カヤはお礼を告げると、恥ずかしそうに、再びカインへと抱きつく。カインは、優しく微笑みながらカヤの頭を撫でて、行こうぜ、と俺に声をかけながら歩き出した。
俺は、人殺しのために培った技術で、生まれて初めて人を助けたことに気がついた。