1 悲鳴
「おいおい…ここはどこなんだよ…」
とりあえず、森の中でつっ立っていても何も変わらないと思い歩き始めたものの、その歩みはすぐに止まった。
殺し屋と植物は意外と親和性がある。毒物を用いる暗殺のために自分で育てることもあるし、時には花を使ったロマンチックな演出でターゲットに近寄ることにも役立つ。そのため俺自身植物に関する知識は深いものだったが、今現在、身の回りにある植物は図鑑でも1度も見たことがない奇妙で奇抜な姿をしていた。
もしこれが見たことのある植物であれば、爆風で吹っ飛ばされて奇跡的に助かった説も唱えることもできたが、その説は早々に捨てなければならなかった。(まあ、あれだけの爆風に見舞われて無傷な時点でその説は立証できるものではないが)
恐らく、ここは俺が生きていた世界とは別の世界なのだろう。死後の世界なのか、それとも何らかが原因で別世界に転移したかは知らないが、少なくとも、あそこではない。
止めていた歩みを再び動かす。とにかくここがどこであろうと、まずは情報を集めなければならない。
腰に下げたナイフを一本取り、歩行を邪魔する枝木を切り落としながら歩みを続ける。しかしいつまでたっても文明的な気配はなく、もしかしたらこの世界は森だけの自然豊かな素晴らしい世界なのではないかとくだらない考えが浮かんできてしまう。
頬を垂れる汗を拭い、飲まず食わずで歩き続けること数時間。目覚めた時は真上にあった太陽も、既に山の合間に沈み始めていた。今日のところはここで野宿でもしようかと考えた時、それは聞こえた。
少女の悲鳴と、獣の鳴き声。
俺は、弾かれるようにそれが聞こえた方向へと走り出した。決して遠くないところから聞こえた悲鳴は、それからも何度も森に響き、発した者の居場所を知らせ続ける。
悲鳴の方向へ走り出して十数秒。悲鳴の主の元へ到着した俺は目を丸くした。
今もなお悲鳴を発し続けるのは幼い少女だった。彼女は大木に背を預けるように尻餅をつき、今にも自分に襲いかかってきそうなソレに、落ちている石を投げながら叫んでいた。
そう、ソレである。俺が目を丸くしているのはソレなのだ。ソレは一見狼のような獣だった。黒い体毛に落陽に赤白く輝く牙、金色の双眸は、俺も一度は見たことのある狼さんそっくりだったが、ソレは、二足歩行でジリジリと少女に迫っていた。
「いやっ、来ないでっ 来ないでよっ」
少女はソレが近づいて来ないように必死に石を投げて抵抗するも、そんなものは歯牙にかけず、ソレはゆっくりと近づいていく。
そして、少女の周りに投げるものがなくなり、抵抗の手が無くなった瞬間、ソレは少女へと飛び掛った。
ヤバイーー!!
そう思った瞬間、俺は手に持っていたナイフをソレに投擲した。木々の隙間を縫い、まっすぐに投擲されたナイフは、ソレの首に音を立てて突き刺さった。
「ギャウッ!」
ソレは低く唸るような叫びを上げると、ナイフが飛んできた方向ーーつまり、俺を見た。それにつられて少女も俺を見る。1人と一匹の視線が突き刺さり、思わず俺は、一歩後ずさる。
「ウギャウゥッ!!」
一瞬間を置き、ソレはこちらに突っ込んでくる。反射的にナイフを手に取り、ソレに投擲するが、脚に突き刺さろうと胸に突き刺さろうとソレは構わず突っ込んでくる。
俺は、最後に残ったナイフを投げるのでは無く、構えて、そいつを迎え撃とうと、身体を低く落とした。そして、先ほど少女を襲おうとしたように、ソレが飛び掛った瞬間ーー、ソレは2つに裂けた。
ソレの背後には、いつの間にか男が立っていた。男は大きな剣をソレの頭から振り落とし、ソレの生命を終わらせたのだ。
「ふう…っ、アンタ、大丈夫か? 怪我はないか?」
男は剣を鞘に収めながら、こちらへと笑顔を向ける。俺はナイフを構えたまま、ゆっくりと首肯する。
「よかった。オレの名前はカイン。冒険者だ」
カインと名乗った男はこちらへと近づき、手を差し伸べて握手を求めて来た。俺は相手に敵意がないと分かると、ナイフを持った手を下ろしながら、反対の手で握手に応じる。
「俺の名前はユヅル。ありがとう、助かったよ。それで、ここはどこだか教えてくれないか?」
俺の問いかけに、カインは怪訝そうな表情で首を傾げた。