魔王の捕虜
目を覚ますと俺は薄暗い牢屋に入れられていた。
身体を起こすと、俺を覆っていた布が滑り落ちた。
首と手足が鎖で繋がれている。
俺は死んで、戦死者としてヴィズル国王の奴隷になったのか?
でも、妙だった。俺の記憶はどこも欠けていないように思える。
「よかった。目を覚ましたんですね」
耳元でイズンの声が聞こえた。
俺はイズンに抱きかかえられているらしい。
イズンは涙を流し始めた。
様々な記憶が思い出される。戦闘以外の大切な記憶だって、覚えている。
死んでないのか? それとも、これから大切な記憶を奪われるのか?
鎖のこすれる音が聞こえて、スカジが俺の視界に入ってきた。
「ぜんぜん目を覚まさないから、心配してたのよ!」
スカジは言ってから、俺の胸に抱きついて泣きはじめる。
イズンは俺の頬を撫でながら「本当によかったです」と涙ぐんだ。
「どうなってるんだ」
俺は2人に尋ねるが、2人とも「よかった」と泣きじゃくるだけで応えてくれない。
俺は身体の痛みに耐えながら、自分の縛っている鎖を覗き込む。
鎖には、ぼんやりと俺の顔がうつっていた。
「アナライズ」
【アリカ】
『
LV11
称号:魔王の捕虜
その他:死人憑の騎士に破れ、魔王の捕虜となった
』
魔王の捕虜? すると、ここは魔王の城の中なのか?
ゲームの魔王を思い出す。精霊族耳で巨人族のように大きく、元人間族。
俺の今のレベルでは、かすり傷ひとつ与えられないだろう。
かなり状況は悪い。なぜ生かされているんだ? これから拷問でもかけられるのか?
死んでいたほうがマシだったのかもしれない。
ゲームの中の魔王城に牢屋があったかどうか思い出せない。
「俺たちは魔王に捕まっているのか?」
「はい、そうです。私たちは、あの後抵抗もできずに
魔物たちに魔王の城まで連れてこられたんです」
どうしてわざわざ連れてこられたんだろう。
腕を動かすと痛みが生じるが、我慢してスカジとイズンを抱き寄せた。
「ヒルドはどうしたんだ!?」
どこにも見当たらない。他の場所で捕まっているのか?
「ヒルドさんは、血相を変えて王都に帰りました。
『この事態を国王軍に伝えてくる』と。
この場所が、伝わっていればいいのですが……」
「そうか……」
俺たちが連れて行かれたのがこの魔王城が分かったとして、簡単に迎えには来れないだろう。
絶望的な状況には変わりがないようだ。
鎖は太く、壊せそうにない。牢の鉄格子も同じだ。
鉄格子の向こうに、死人憑の騎士がいた。
鎧の胴体部分がへこんでいるから、あの時の騎士なのだろう。
一緒にいた僧侶もどこかにいるんだろうか、と首をめぐらしていると、パタパタパタ、カツカツカツと何かが近寄ってくる音が聞こえてきた。
俺はスカジとイズンを力強く抱いた。音のするほうを睨み付ける。
「あーほんとだ。おきたんだねー」
現れた幼女が言った。あまりの場違い感に、俺は毒気を抜かれる。
「ロキー、早く出してあげようよー」
幼女が傍らにいる青年を見上げる。
青年は、ゆうに180cmはありそうだ。
長い茶色の毛を無造作にたらしている。服装は俺とほとんど変わりがない。
両肩にはカラスが1羽ずつ止まっている。
ロキと呼ばれた痩身の青年が答える。
「魔王さま、彼らが危害を加えないと約束するまではいけませんよ」
魔王? この幼女が!?
改めて幼女を見る。耳はとがっており、精霊族のようだ。
髪は淡い赤色でウェーブがかかった毛先が肩口まで届いている。
銀色のティアラを頭に乗せ、左右はまとめあげて、ツインテール。
背丈は現在中学生体系の俺の腰くらいまでしかない。
精霊族は長身な種族のはずだが、この子は小人族のように小さい。
服装は、白いブラウスの上にゴシック風の黒のドレス。
下は基調の赤に格子柄が入ったミニスカート姿だった。
いわゆる、パンクゴシック。
つーか、俺がキャラメイクで作った魔法使いちゃんまんまやんけ。
「えー、かわいそうだよー。はやくしてよー」
違うのは性格で、ロリばばあだったはずなのに、完全にロリ……というよりはペドになっていた。
分かりました、と言ってロキは膝をついた。
縛り付けられて座っている俺と目線の高さが同じくらいになる。
「君は勇者で間違いないよね? つい先日召還されたという」
俺は警戒しながら頷く。
「聖なる儀式はやった? ヴィズル国王と」
俺がまた頷くと「そいつはすごいや」とロキは笑顔を見せた。
「ヴァルキリーも付いてるんだったよね。厚い待遇だなぁ」
目が笑っていない。なんだこいつ。気味が悪い。
「実はさ。僕は君と同じ勇者なんだ。僕の場合は、元勇者、だけど」
「え?」思わずもれた呟きは、俺だけじゃなく、仲間もだ。
「優秀な勇者が来たって聞いたからさ。
彼らに頼んで連れてきてもらったんだ」
死人憑の騎士と、いつの間にか横に佇んでいる僧侶を指す。
「彼らは僕の元仲間でね。
僕は魔王さまに命を助けられたんだけど、魔王さまに協力すると約束した時に彼らは自害してしまったんだな。
僕は聖なる儀式をやってもらえなかったからね。
ヴィズル国王からの呪縛に、彼らは抗えなかったんだよ」
「国王さまは、そんなことなさいませんよ。
世迷言ごとです。アリカさん、聞いてはいけません」イズンが言った。
「まぁまぁ、聞くだけは聞いてよ。
ここにずっと繋がれてるってわけにもいかないだろ?
戦って死んでくれないと、アリカくんは王の奴隷になれないよ。
君たちアースガルドの人間の狙いはそれだろ?」
「違います!
アリカさんは、きっと戦死なんてせずに魔王を討ちます!!」
「えー、わたし殺されちゃうのー?」
魔王(幼♀)は心細そうにロキの服の袖を引っ張った。
「この魔王さまを、アリカくんは傷つけられるかい?」
俺は答えられない。
ゲームは予言だと言われてた。
だから俺は、ゲームの時の体格のでかい魔族然とした魔王を相手にしてるんだと思ってた。
それがどうだ。こんな小さい幼女を俺は相手にしなければならなかったのか?
「君はゲームで魔王を倒すところまで行ったかい?」
「ええ、まぁ」
「じゃぁ、魔王と話はしたよな?
そして、聞いたはずだ。見たはずだ。魔王の言葉と本当の姿を」
ゲームの時の魔王は、元々人間族の勇者で魔王を倒したと言っていた。
一度は英雄と崇められたが、国王にとっては邪魔になり、魔界に追放された。
そして、魔族の王となった。
「思い出したかい?」
「でも、魔王は最後に……」「最後に?」
ロキに続きを遮られる。ロキはニヤりと笑った。
「君もそっちの選択肢を選んだんだね。言わないほうがいいんじゃないかな。
みんながびっくりするかも知れないし」
……それもそうだ。俺は仲間の制止を振り切って、魔王に加担したんだ。
ただの興味本位で。
「少しは冷静に考えられたかな? 僕らはこの世界の人間じゃない。
色々な考えを巡らせることができるはずだ。魔王を倒した君なら特にね。
ゲームの難易度があがっていることには気づいてるよね?
ゲームと違うことも沢山ある。それはなぜだと思う?」
分からない。俺は首を横に振った。
「国王だよ。 神の街のヴィズル国王があの地域を支配してるんだ。
僕は"生き残ってる勇者たち"に話を聞いて回ったことがあるんだけどね。
昔はもっとあのテレビゲームに近かったらしい。なのに、年を経るに連れて、勇者に不利なスタートになっていくようなんだよ」
「そんなことはありません。
アリカさんはヴァルキリーが呼んだんですよ!!」
「それは民衆が望んだからだろう?
君は前にヴァルキリーが勇者を転生召還をしたのがいつか知っているかい?
その前は? どっちもそれぞれきっかり20年ずつ前だ。
これが5回も連続で続いている」
イズンが押し黙った。ということは、本当のことなのだろう。
「アリカくん、ここは『円環の最終戦争』の世界なんだ。
円環が意味するのは繰り返しだよ。ここでは最終戦争を繰り返す。
ここの固有NPCたちは死後数年経つと再生成されるんだ。
国王は実は隠れて軍備を増強している。勇者の報酬が少ないのはそのせいだ。
にも関わらず、増強するだけで魔王軍に攻めてくる素振りがない。
なぜか? 死んで欲しくないんだよ。この魔王さまに。
ずっと生きていて欲しいんだ。次の魔王が再生成されないように」
なんでか分かるかい? ロキは問うてくるが俺は分からない。
「今回の魔王さまは優しすぎる。冒険者をまったく殺さない。
だからレベルが低いんだ。すごくね。魔王さまをアナライズしてごらん」
言われた通りアナライズをしてみる。
【???】
『
LV???
種族:???
職業:魔王
称号:???
ステータス:???
その他:???
』
「どれも???で、これで何を見ろっていうんだ」
「え? ああ、ごめん。そうか。
魔王さま、すみませんけど彼に血を飲ませてあげてください」
「はーい」
魔王(幼♀)は、自分の人差し指で親指を弾いた。親指から血が流れ出す。
俺はイズンを見た。「血を飲むくらいなら、問題はない……と思います」
俺は手を伸ばして、魔王の血で指先を濡らし、舐めてみた。
「アナライズ」もう一度唱える。
【シギュン】
『
LV135
種族:魔族
職業:魔王
称号:魔王失格
ステータス:???
その他:不殺の王
』
俺は仲間にも分かるように、見たままを読み上げた。
ロキは満足そうに頷く。
「レベルが高いじゃないか」俺は指摘した。
「アリカくん、このゲームのMAXレベルは255だよ。
魔の王は、最低レベルが半分の127なんだ。そこから修行だけして9レベルあげた。
君が今言った通り、その他で不殺の王と出てるだろ?」
確かに魔王としてはレベルが低すぎる。ゲームでは魔王のレベルはMAXの255だった。
135レベル如きじゃ、他の地方のボスの方が強いことになる。
「……確かにね。とりあえずは、信じるよ」
「助かるよ。本題に移るけどね。
今、魔族の王である魔王さまの影響力がなくなってるんだ。
各種族の王や各地のボスが言うことを聞かずいて、暴走しているやつすらもいる状態だ。
僕らはね、こいつらをどうにかして、大人しくさせたいんだよ。
人間族にも被害が出ることだからね。協力してくれると嬉しいんだけど。
各地のボスを倒すのは、当初の君たちの予定通りだろ?
それを僕たちと一緒に協力して欲しいんだよ」
「なぜ、自分たち魔族の連中で行かないんだ?」
「戦力が足りないからさ。
数が多いから魔王城で構えている分には安泰だけどね。
遠征に行くほど余裕がない。魔王の座を狙っているやつもいる。
だから、無闇に動けないんだ」
ロキの言葉は筋が通っている……と思う。
「でも、無理強いはしない。魔王さまに危害を加えないことだけ
約束してくれれば、君たちを自由にしよう。
レベル上げも手伝えるよ。それもチート級のね。
それをやれば、君たちは一気に200ちょっと手前くらいまで簡単にあがるはずだ」
「レベル200!?」
「うん。我が魔王軍も多少の痛手を伴うけどね」
「話がうま過ぎないか? なぜ、あんたらがそこまでしてくれる」
ロキは口角をあげて、心底嬉しそうに笑った。
およそ人間には似つかわしくない、例えるなら、悪魔の笑みだ。
「君に"戦死"されちゃ困るんだよ。戦死者になれると厄介だ。
君ほどの才能を持つ人間が、戦闘に特化した神々の下僕になったら、恐らく我が魔王軍は壊滅的な痛手を受ける。
もし協力してくれないのなら、ここで"藁の死"(戦死以外の死)をしてくれて、死人憑になってくれるのが、僕としては一番ありがたい」
「ロキー、だめだよ!」
「魔王さま、大丈夫ですよ。
僕だって、仲間を死人憑にしてしまって、心を痛めてるです。
藁の死は本意じゃないですよ。
どちらにせよ、君たちに死んでもらっては困るんだ。
ただし、もっと困るのは魔王さまに危害を加えることだ。
既に壊れている世界の均衡が修復できないところまで行ってしまう。
最後は人間族が9つの世界を支配することになるだろう。ヴィズル国王は力をため過ぎている」
「俺は、どうすればいいんだ?」
「魔王さまと血の誓いをしてくれ」