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絶体絶命

 どうにも眠れないので、今日1日のことを考えてみることにした。


 この世界で生きていくのは大変だ。金がない。魔物がいる。

 コントローラーで操作していたゲームと違い、ここでの戦いには痛みがある。

 ゲームでたくさんの魔物や人を殺してきたけれど、この世界で、俺にそんなことができるんだろうか。

 ……必死で生きるしかないんだろう。


 昼間のヒルドの言葉を思い出す。

『うらんでいませんか? この世界に呼び寄せた私のことを』

 うらんでなんかいない。けど、本当に良かったことと言えるだろうか。

 この世界は、元の世界のようにただ普通に生活するだけできついんじゃないだろうか。


 でも、と思う。


 俺は元の世界に戻りたいという欲求がなかった。

 元に戻ってどうするっていうんだ? 何が待っているっていうんだ?

 俺はサラリーマンで、ただ生きるというだけの為に漫然と働いていた。

 休日にゲームをするのだけが生きがいで、平日遅くまで仕事をしながら、さっさと週末が来ないかな、なんてずっと考えながら生きてきた。


 会社では、仕事をそつなくこなしていたつもりだけど、俺の代わりなんて用意しようと思えば幾らでもいるだろう。

 少なくとも、この世界ではこのパーティの中では、俺は求められている。

 俺はまだレベル2の新米勇者だ。もっとレベルをあげて、よよ、よ、嫁であるこの子たちを守ってあげられるようになりたい。


 ヒルドのほうに頭を向けると、「眠れないのですか?」とヒルドが小さく呟いた。他の2人を起こさないように「うん」と小さく返す。

 ヒルドが布団から腕を出し、掌で俺の頭を撫でてくれる。

 ゆっくりと優しく撫でられているうちに、俺はまた睡魔に襲われていった。



***



『おはようございます。ゆうべは お楽しみでしたね』

 目を覚まして階下に下りると、管理人さんがふざけた口調で出迎えた。


「な、何をいってるんですか。べ、別に変なことなんてしてませんよ!」

「私が覗いた時は、ふとんの中でも何かもぞもぞしてたような気がするんだけどなー」

「そ、それはスカジの寝相が悪いから!!」

「あらあら、女の子のせいにするなんて、本当に男の子なのかしら」

 ぐぬぬ……。

 言い返せなくなった俺を見て、アラサーお姉さんは大爆笑。

「あんたからかい甲斐のある子ねー」


 俺は憮然とした面持ちでトイレに向かう。漏れそうだ。トイレで邪まな行為をするためじゃない。断じてない。

 3人にがっちりロックされると、みんなが起きるまでトイレに行けない。

 寝る前には必ずトイレに行かなければならない、と俺は心に誓った。


「いってらっしゃーい。また夜に帰っておいでねー」

 管理人さんに見送られて、城門の外へ向かう。


 俺たちパーティーは、レベル上げ兼お金稼ぎのために城門の外へ。戦闘に慣れてきたためか、あるいは盾を買ったのがよかったのか。2日目は、昨日のような危うさはなく、俺はほとんどダメージも受けずに終わった。

 レベルがあがって最大HPが増えたのも影響しているのかも知れない。5/14と41/50では、同じダメージを受けている状態でも、全然違う。

 後者は余裕があって、なんてことない。


 俺は、1日でレベル9まで一気に駆け上がった。といっても、このゲームは最大レベルが255なのでまだまだだ。

「成長が早いね!」とみんなに褒めてもらった。

 どうも、俺はレベルが上がりやすいらしい。レベルがあがる度にみんなに「早い!」と驚かれる。


 スカジもレベルが2あがった。初めての特技だという、波動掌を覚えて喜んでいる。波動掌は、体内の"気"を掌から飛ばして、敵にダメージを与える技だ。

 近接戦闘が得意な敵に対して、遠隔からダメージを与えられる点が優れている。でも、スカジはそんなことはお構いなしで覚えたての技が嬉しいのか使いまくり、最後には身体の気を放出しすぎてぐったりしていた。


 俺は火魔法フレイムと、白魔法ヒールを使えるようになった。

 フレイムはその名の通り、火の玉がほとばしる。

 俺自身のレベルの低さもあり、火の玉が小さいし射程が短い。

 けれど、火を見るだけでビクつく魔物も多く、外したとしてもその隙を狙うことができた。


 何日もそんな生活をしていると、すぐに金はたまってくれる。

 俺はアースガルドの武器屋で一番強い銅の剣を買った。当初は重くて使いづらかったが、レベルがあがって力のパラメータがあがるごとに使いこなすことが容易になっていく。

 この世界では筋トレなども有効だが、レベルをあげてパラメータを上げたほうが強くなる近道らしい。


 それから一番重要なのは精神力と心構えだ。

 ゲームと違って、ただコントローラーで操作すればいいだけじゃない。どんな時でも冷静に対処することが大切だ。

 いくら武器や防具がよくても、それを振るう腕と、冷静な頭がなければ意味がない。痛みへの耐性も必要だ。


「そろそろレベルも上がりにくくなってきたね。次の街を目指してみようか」

 4人の間で、そんな話もちらほら出てきた。


 色々調べた結果、ゲームと違って死んだ人間を生き返らせることは出来ないらしい。

 戦死した人間の魂は、国王の下に集まって戦死者(エインヘリアル)として管理されることになる。戦死者は戦いに関する記憶以外を剥奪され、国王のために死力を尽くして戦うとのことだった。

 それはこの世界の人にとっては、名誉なことだと信じられているようだ。けれど、異世界から来た俺には、そうは思えなかった。

 命を賭して戦った後、記憶をなくしてさらに戦う。その価値観は、俺にはどうも受け入れがたい。


 街で暮らしている元勇者(勇者の職をはく奪された)の何人かに話してみたら、やっぱり俺の意見に賛同してくれた。

「勝手に連れてこられて、その上死んだら奴隷みたいなもんだろ?

 ふざけんなって感じだ。でも、文句を言っても仕方ねぇ。俺は俺なりに安全に生きるさ。

 オマエも勇者なんて酔狂なことやめた方がいいんじゃないのか」

 などとアドバイスを貰った。


 俺は自分に出来ることをやりたい。けれど、石橋を叩き過ぎるくらい慎重でいいと思った。



***



「アリカ、ここはあたしたちが食い止めるから貴方は逃げて!!」

「そうです。このことをどうか国王軍に伝えてください」

 傍らにいるイズンに中級回復魔法――ハイヒールをしてもらって、俺のHPはおそらく満タンになった。

 だが、体内に蓄積したダメージ量が多く、俺の足は痛みでガクガクと小刻みに震える。


 眼前には、青銅の鎧をまとった騎士と、ローブに包まれた僧侶が立っている。

 姿形は人間と同じだが、そいつらは武器防具だけが空間に浮かんでおり、本来あるべき肉体がなく、身体の部分は漆黒に染まっている。

 人間の死後の姿、死人憑グールと呼ばれる魔物だ。


 戦死した人間は国王の下へ行く。しかし、戦以外の理由で死んだ人間は辺りをさ迷い、魔族と結びつきを持って、目の前の敵のように人を襲うようになることがある。

 レベルや強さは元の人間の能力を引き継ぐため、場合によっては大変危険な存在だ。


 噂には聞いていたが、アースガルド地域で高レベルの死人憑グールは出たことはなく、最近は行方不明の冒険者もいない。だから、この辺りは安全だと安心しきっていた。

 遠出したせいで、アースガルドは遥か遠くだ。


 妙なのは、相手の僧侶がまったく戦闘に参加してこない点だ。

 騎士の背後に隠れ、何事かぶつぶつと詠唱しているようだが、こちらに攻撃魔法の類は飛んでこない。

 騎士の強化魔法かと思ったが、騎士は魔法の加護をまとってはない。

 不気味ではあるが、俺ら3人で騎士単体にすら太刀打ちできないので、助かっている。


「アリカ、2人の言うとおりです。ここは2人に任せて撤退しましょう。

 貴方はまだこんなところで死ぬ運命ではありません」

 ヒルドの言葉に俺は首を振る。

「スカジ、イズン、君たち2人が逃げろ!! 俺は足をやられて逃げ切れない」


「こんな時に馬鹿なことを言わないでください。

 私たちたかだか冒険者2人と勇者の命。比べ物になりません」

「そんな不名誉なこと、出来るわけないでしょ!!

 冒険者が勇者を見捨てて逃げるなんて、聞いたことないわ」

「仲間を見捨てて逃げる勇者なんているもんか。

 君たち二人を守りたい。早く逃げてくれ!!」


 敵に相対している限り、俺はヒルドによって戦乙女の加護を受けることができる。

 あの騎士には適わないが、足止めに徹すれば加護のおかげで時間稼ぎくらいはできるかもしれない。

 敵から逃げ出せそうとすれば、戦乙女の加護はなくなってしまう。どうせ痛みで震える足でどうにか逃げれるものでもない。


 いや、怪我なんてどうでもいい。どうしても2人には生き残ってほしい。

 元の世界でただ惰性で生きるだけだった俺に、沢山のものをくれた2人を守りたい。

 ヒルドに関しては問題ない。敵にダメージを与えられない代わりにダメージを受けない、というの戦乙女の特性が活きてくれる。

 俺が死んだら、また別の勇者の戦乙女になればいい。


 俺はイズンに防御力アップのウォールをかけて貰う。

 ヒルドは俺への補助が一つも切れないように、ずっと戦乙女の加護を詠唱し続けている。

 俺は足の痛みを我慢して、スカジの隣に並んだ。


「早く逃げてくれ」

 スカジは俺のほうをちらっと見て、いきなり騎士に突っ込んだ。

「なにやってんだよ!!」

 スカジは武闘家だから、騎士の剣を受けることができない。剣を持っていないし、木製のなべのふたで如きで防げる攻撃じゃないからだ。

 足の痛みなんて気にしている暇はない。俺はスカジの後ろに続く。


 スカジは剣の振り下ろし攻撃を避け、騎士の鎧に掌底を打ち込んだ。

 騎士はよろめくが、斜めに振り上げる剣は体勢が悪くとも力がこもっている。

 スカジは屈むことでなんとか避けた。それがまずかった。


 騎士は足を踏ん張ることで体勢をすぐに立て直し、屈んだ状態のスカジに剣を振り下ろす。

 剣同士がぶつかる音が鳴り響き、鼓膜を揺らした。

 俺は、とっさに持っていた皮の盾を捨て、両手で剣を持ち直したおかげで何とか騎士の剣戟を止める。

 相手の方が力が強い。俺の両手はびりびり震えるが、弱音を吐いている場合じゃない。


「早く逃げろ」

「どっちも逃げる気がないなら、協力して倒すしかないでしょ!!」

 剣の下からくぐり抜けたスカジが跳び上がり、騎士の兜を蹴りをいれる。

「我が内なる力よ、咆哮となりて敵を打ち砕け。波動掌!!」

 宙に浮いた状態で、遠隔攻撃を叩き込んだ。

 体勢の崩れた騎士に対して、俺は前蹴り放つ。騎士は衝撃に耐え切れずに後ろに倒れこんだ。

 スカジの踵落としが騎士の鎧に食い込むが、鎧はビクともしない。


「古より生きる火の守り手よ、今その力の片鱗を我が前に示せ。フレイム」

 俺の放った火の玉が騎士に届く前にスカジ飛びのき、再度波動掌を打つ。

 俺は銅の剣を仰向け状態の騎士の鎧に振り下ろした。重い手ごたえが腕越しに伝わってくる。騎士の胴体部分がへこんだ。

 もう一度だ! 俺は剣を振り上げて、叩き付ける。


 衝撃によって、痺れて手の感触がなくなった、と思った。

 目の端に映った影へ反射的に両腕を掲げる。

 避けるか!? いや、俺が避けたらスカジにあたる……。

 すぐに俺の身体に衝撃が走った。

 騎士は俺の剣の切っ先を片腕で受け止め、俺から取り上げた銅の剣を振ったのだ。

 剣の柄部分が俺の腕を粉々にしながら胸を強打し、俺は吹っ飛ばされる。


 背中から倒れこんで、頭を打つ。

 肺の空気が口腔から漏れでた。酸素を求めて喘ぐ。

 戦闘中に隙は見せられない。身体に鞭をうって上半身を起こす。

 手をついて起き上がろうとして、……俺は無様に倒れ込んだ。

 何かが喉の奥から湧き上がってきて、咳き込む。


 ……立ち上がれない。腕が動かなかった。恐らく折れている。

 両腕とも。


 首を動かして、周囲を確認する。3人の戦友が駆け寄ってきた。

 イズンは、回復魔法のハイヒールを唱える。スカジが背に手を回して俺の上体を起き上がらせてくれた。


「アリカ、早く起きないと……」

 スカジが俺の腕を持ち上げた。離すと、腕はすとんと落ちる。身体は自分のものじゃないように動かない。

 回復魔法ではもう俺は治らないだろう。

 俺の胸は血で染まっていた。さっき咳き込んだ時に血を吐いたらしい。内臓がやられているのだ。


「アリカ、お願い。立ち上がって!! 一緒に逃げましょ」

 スカジとイズンは俺の散々な状況を見て、涙を流し始める。

 ヒルドは、あらゆる戦いの神の名前を唱えて祈りを捧げていた。無駄でしかない。

 もし俺たちに勝利を司る神オーディンの加護があるなら、そもそもこんな状況にはなっているはずがない。

 死人憑グールに遭遇した時点で、最初から結果なんて見えていたんだ。


「はやくにげろ」


 声を出すのも苦しい。そんな俺の言葉も今となっては無駄だった。

 もう誰も逃げられない。さっさと俺を捨て置けばよかったんだ。

 そうすれば、全滅することなんてなかっただろう。


 気づくと、すぐ近くに僧侶の死人憑(グール)が佇んでいる。

 僧侶の声が聞こえた。過去形だ。何かを唱え終わったらしい。

 そいつは杖をかかげた。

 そして、その隣にいる死者の騎士が、2本の剣を俺たちに振り下ろした。


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