初めての戦闘
「あれ、血の誓いってことは……ヒルドは違うのか」
ヒルドのその他の欄には、嫁とかそういうことは書いてなかった。
ちらっとヒルドの顔を伺うと、小悪魔的な感じにニヤッと笑った。
「私とも結婚しますか?」
な、なんと!
この世界の貞操観念はどうなっているんだ!?
既に結婚してる(らしい)スカジとイズンを見る。
2人に嫉妬されて怒られたりしないだろうか。
「したらいいんじゃない?」
……実にあっけらかんとしていた。
まじか、まじなのか。
俺が思ってた結婚と何かが違う。なんかこんなのやだ。
俺は美少女ゲームとかも好きなので、恋愛要素がないとつまんない。
もっと恥らったりとか、嫉妬したりとかしてほしい。
はぁ……。
にはははは。
ヒルドのその他の欄に『勇者アリカの嫁』という項目が一行追加されているのを見て、俺はほくそ笑む。
俺の恋愛観なんてこの際どうでもいいので、ヒルドとも結婚した。
「ちょっと略式ですけど」といいながら、ヒルドが取り出した聖なるナイフ(攻撃力14。俺にその武器をくれよ)を使って、血の誓いを行った。
どうも血の誓いなんかより、戦乙女の誓いのほうが重要度が高いらしい。
血の誓いをしても、結婚したことになるだけで、何か特別なことは発生しないとのこと。
(血の誓いは、同性同士の場合は義兄弟になり、異性の場合は結婚になる。
つまり、どちらも家族になるってことだ)
ヒルドと結婚したら、視界の右下からウィンドウがぴょこんと飛び出した。『称号獲得:ハーレム勇者』と書いてある。
さらに詳細を見ると『条件:3人の異性と結婚を行う』とのこと。
気を取り直して、自然豊かなフィールドを歩く。
街を出るときに大げさな高さの城門をくぐったので、どれほど危険なのかと正直ちょっとびびっていた。
けど、どうにも大したことがない。ただのピクニックみたいなもんだ。
薬草を探しに行きましょう、と言うイズンの提案にOKを出して、薬草が生えているという木々が密集した場所まで歩いてみた。
どれも同じ草にしか見えないが、僧侶のイズンには区別できるようだ。
摘んだ薬草を受け取って、重量ほぼ無制限の旅人の袋に入れ込む。
薬草に熱中していて、気づいたら近くに魔物がいた。
「うお! なんだあれ」
なんだも何も知識としては、よく知っている。
緑色のゲル状に目が2つあり、液体がうごめいてるようなスライム3匹。
鋭利な大きい角を持つウサギーホーンラビット2匹。
普通のウサギはそこらにもいるが、ホーンラビットとは角が違っていた。
どの魔物も目が爛々と輝いて、縄張りを侵されたカラスのように敵意をむき出しにしている。
「目つきが悪いのは、魔族に落ちた証です。
人に危害を加えないように、倒せねばなりません」
ヒルドはそう言い「我が勇者に英雄たる勇気と力を与えたまえ」と呟いた。
視界の右下からぴょこん! とウィンドウが出てくる。
『【勇者アリカ】のステータスが微小強化されました。一定時間で効力が消えます』
俺は心なしか自分の力がみなぎってくるのを感じた。
スカジは拳を、イズンは杖を構えて臨戦態勢をとる。
「数が多いわね。ウサギはあたしがやるから、アリカはスライムをお願い。
倒さなくても大丈夫。絶対に無理しないで。
ひきつけておいてくれるだけでいいから」
「あいにくと、私は非力なので戦えません。回復魔法で援護します」
急な戦闘開始でどうしたら良いか分からない。
スカジの言うとおり、スライムに向き直るが、どう戦えばいいんだろう。
突然、1匹のスライムが地面から跳ねて、俺に向かってきた。
「うわッ!」
俺は反射的に持っていたこんぼうを振り下ろす。
慌てていたが、なんとかあたってくれた。
スライムが地面にべちゃっと、たたきつけられる。
ピギーッ! と、叩きつけられたスライムが声を発した。
追い払うように蹴りをいれる。スライムは吹っ飛んだ。
ダメージを受けて弱ったのか、目の鋭さが幾分かなくなっている。
俺の中でちょっと余裕ができてくる。
スライムはこのゲームで最弱のモンスターだ。びびる必要なんてなかった。
ゆっくりこちらに飛び掛ろうとしているスライムに近寄って、蹴飛ばす。
スライムが痛そうに目をつぶっている間に、こんぼうを叩きつける。
今度のスライムは叫び声すらあげなかった。
こんぼうの一撃で動かなくなる。
最初に攻撃して形が崩れたスライムが、ずるずると後退していた。
逃がすかよ!
スライムは背を向けていたが、足音をききつけてか、こちらに向き直る。
一瞬のことだったが、その目には恐怖が浮かんでいるように見えた。
こんぼうを叩きつける。べちゃりと潰れたまま動かなくなった。
スカジを見ると、ホーンラビットを蹴飛ばしている所だった。
角が怖くないんだろうか。スライムと違って、分かりやすい凶器がある。
スカジは物怖じしていない。
もう1匹は、既に地面に倒れてぐったりしていた。
「アリカ、危ない!」
ヒルドの声に反応してヒルドの方に身体を向けると、後腰の辺りに重い衝撃が走った。
押し出されて、その場に倒れこむ。
瞬間的に振り向いて、すぐ目先にいるスライムが目に入った。
今の攻撃はこいつか……!
無我夢中で持っているこんぼうを振り回して、スライムを追い払う。
「このッ!」
スカジが駆け寄ってきて、スライムを蹴り上げ、空中に浮かんだそれを思いきり殴った。
べちゃり、と地面に落ちたスライムはそのままの状態で動かなくなる。
「大丈夫?」と手を差し伸べくれたスカジの手を握る。
立ち上がろうとして……痛みで目の前が真っ白になって、俺はその場にまた倒れこんだ。
なんだこれ。痛ぇ!! 腰がシャレにならないくらい痛い。
骨でも折れたのか!? 痛過ぎて、息すらしづらくなってきた。
なんでこんなに痛いんだ。たかだかスライムだろ?
「メニュー」
勇者専用の魔法を唱えて、俺は自分の状況を確認する。
【アリカ】『HP:5/14』
残りHP5!?
たった1回の攻撃で9ダメージも受けたっていうのか!?
スライムごときに2回攻撃されたら、俺は死ぬのか!?
これはゲームであって、ゲームじゃない。
ゲームだったら、パーティーが全滅しても教会に運ばれるだけだ。
はした金で生き返らせてもらえる。
でも、ゲームの中の世界で死んだら……。
俺は……死んだら、……どうなるんだ?
「だ、大丈夫ですか!?」
近寄ってきたイズンが白魔法の回復魔法ヒールを唱えてくれる。
「生命を司る女神の息吹よ、失いし力を与えよ。ヒール」
腰の辺りの圧迫感が徐々に薄れていった。
「大丈夫? 立てる」
再度、スカジが差し伸べてくれた手をとって、立ち上がる。
腰の辺りに違和感を感じるが、痛みはもう引いてくれた。
「アリカ、大丈夫ですか?
もっと早く私がお伝えできていれば……」
ヒルドが今にも泣き出しそうな顔で言った。
「大丈夫だよ。ごめん、心配させちゃって。ふがいなくて申し訳ない」
「ううん。初めての戦闘だったんだもん。むしろ、凄かったわよ。
あたしなんて、最初はちょっと怖くて何もできなかったから。
ごめんね、すぐにかけつけてあげられなくて」
「スカジさん、おしっこちびってませんでしたっけ」とイズンが言った。
「そ、そんなことあるわけないでしょ!!」
スカジの顔が真っ赤だ。
あまり必死に否定するので、もしかして本当だったのだろうか?
スカジのおしっこか。ごくりっ。
喉が鳴った。いやいや、いまのごくりに変な意味はない。
ちょっと一安心したら、喉がカラカラなのに今さら気づいただけだ。
テレレレレレレーン!
突然、大きな音がなった。俺はびびって、「うわっ!」と声をあげる。
傍らにいる、3人の女の子たちは俺の声に驚く。
「ど、どうしたんですか? まだ痛いんですか?」
視界に黒いウィンドウが現れ、『【アリカ】のレベルがあがった』と表示された。
「レベルがあがったみたい」
「え!? ほんと、すごいね!」
「アリカさんは、飲み込みが早いみたいですね」
ヒルドは心配そうな顔のままだ。
俺はもう一度メニューで状況を確認する。
【アリカ】『HP:14/19』
よかった。さっきのダメージを2回まで受けられる。
でも、残りHP5であれだけ痛かったんだ。
ダメージを受けた後は、まともに戦闘に参加できるか分からない……。
「レベルがあがったのなら、もう一度ヒールをしておきましょう」
イズンはヒールを詠唱して、俺のHPを回復してくれた。
目の前のHP欄が19/19になる。
幾分か、力がみなぎってきたように感じた。
「ありがとう。助かったよ」
「そろそろ、戻りましょうか。じきに日が暮れてくるし。
そうなると、厄介なモンスターとかも出てくるから」
言ってから、スカジは倒したホーンラビットの角を掴んで持ってくる。
「倒したモンスター、街に持っていくと魔物討伐料をもらえるのよ。
モンスターによっては、素材になるからそれも高く売れるの」
俺はスライム2体を拾い、スカジが拾ってくれたもう1体を受け取って袋に押し込む。
ホーンラビットは「街につくまで筋トレに使うから」と、スカジが持って帰るらしい。ウサギの鋭い角を持ちながら、ダンベルのように持ち上げたり下げたりし始めた。
今日の旅はこれで終わりだ。みんなで帰路につく。
「スライムって案外強いんだね。死ぬかと思ったよ」
「レベルが低いうちは体力が低いので仕方ありませんよ。
それにアリカさんは、後ろから攻撃されたので余計にダメージを受けたんだと思います」
「スライムの攻撃は2,3回は耐えられるはずだから、攻撃がクリティカルになったのかもね」
そうか、そのシステムを忘れてた。
バックアタックは1.5倍、クリティカルは2倍のダメージ計算になる。
通常の3倍のダメージを受けたのであれば、あのダメージ量も頷ける。
「売れるものもたくさん採取できたわね。
アリカの防具を調えたほうがよさそう」
「うん。でも、君たちの防具も買わないとね。
あんな痛い思いはさせられないよ」
二人は顔を見合わせてから、俺の顔を見た。
スカジが持っていたウサギを地面にボトンッ、と落とす。
それから、二人は俺の右手と左手をそれぞれ握った。
「アリカ、貴方って本当に素晴らしい勇者なのね」
「普通は、私たちにまで気を使う方なんていませんよ」
二人の尊敬の眼差しに、俺はたじろぐ。
仲間にも防具を配るなんて、当たり前の思考だと思うけど。
「結構ね、初めての戦闘の後で、心変わりしちゃう勇者が多いんだって」
俺が黙っているとスカジは言った。
「自分の装備かき集めたり、ってこれは当たり前なんだけど。勇者に比べたら、あたしたち専門職なんて価値がないもの。
酷いのだと冒険者に狩りに行かせて、自分は酒場で飲んだくれたり。勇者の職を剥奪された人もいるわ。
今では、門の中のアースガルド内で働いてたりするけど」
「でも、それが普通だと思いますよ。
勇者さんたちの世界は魔物なんてまったくいないって話でしたから。
いきなり呼び出されて、魔王を倒せなんて……気持ちは分かります」
どうも俺は色々と楽観的に考え過ぎていたらしい。
俺はまだ一般的なPRGなどの"ゲーム"と、この世界に俺が引き込まれてしまった"現実"の区別がついてないように思う。
可愛い女の子とファンタジー世界の旅をするってのは、俺にとって理想の世界だった。けど、実際に魔物に攻撃されるとシャレにならないくらい痛い。
でも、……それでも、俺は。
「女の子に痛い思いなんて、やっぱり出来るだけさせたくないよ」
スカジはちょっともの悲しそうに笑った。
「変えてもいいのよ」
「え?」
「冒険者が役に立たなかったら、チェンジできるのよ。
男を雇ったほうが、あたしたちより役に立つんじゃないかな」
「だって、血の誓いとかは?」
「簡単な略式の儀式で、違う冒険者に引き継げるわ。
すぐ終わるから気にしなくても大丈夫」
「……もしかして、あんまり俺と組みたくない? 俺、……弱いし」
「あたしたちが役立たずだったら、変えていいって話だよ?
女冒険者は修行はしてるけど、あんまり門の外に出させて貰えないの。
だから、男冒険者を雇ったほうが、アリカとしても楽だと思うの。
あたしたちは冒険したくて、ずっと修行してるのよ? 何年間もね。
だから、嬉しくて仕方ないの。けど、アリカにはそんなの関係ないもん」
「俺なんかでいいの?」
「なに言ってんのよ。やっぱりアリカは変わってるね。
勇者と一緒に旅が出来るのは名誉なことなのよ?
これ以上の名誉はないの。ねぇ?」
「ええ。アリカさんは他の勇者さんの中でも強いですよ。
それにその、……素敵ですし」
「そっか、よかった」
「よかったのはあたしたちよ。これからもよろしくね! えへへ」
「ええ、私たちは幸運の女神に愛されているのかもしれませんね」