ドワーフの街
ドワーフに連れられていったのは、彼――シンドリの住居だった。
俺がロボットを持って帰ることになったが、表面の硬さの割にやけに重さが軽かった。一体どんな素材で出来てるんだろう。
ドワーフは太陽の光を苦手とする者が多く、大抵の者は地下に住んでいる。シンドリも他のドワーフと同じように地下に家を構えている。
街のドワーフは一様に背丈が小さく、シンドリのように髭を生やしたドワーフが多い。そんな中、すっきりとした美青年ちっくなドワーフもいるようだ。女の子たちも低身長で体系が少しずんぐりむっくりしているが、可愛い子もちらほらいる。
シンドリの家の中は、研究室や工房と言った方がより近い表現だろう。
所狭しと、工具やら実験材料やらが散らばっている。床は雑多なもので埋まっており、足の踏み場が少ない。
一般的な家具の類は邪魔になるだけで不要だ、というシンドリは、俺たちをもてなす為に、コップの代わりに三角フラスコにお茶を入れてくれた。椅子はその辺の何がなんだか分からない機材だ。
お茶そのものは美味しかったと思うが、見た目のインパクトもあって、不健康そうな実験の味がしたように感じた……。
小休止の後に連れて行かれたのは、シンドリの実験室だった。先ほどの散らかった部屋に比べたら、多少は整然と物が並んでいる。驚いたのは、俺たちが破壊したロボットと同型のものが繋がって壁一面に所狭しと並べられていることだ。
「すげー」「すごい!」と目を輝かせながら、シギュンとフノスはロボットを見て回る。どのロボットも外見が少しずつ異なっていた。
普段は冷静で大人しいヒルドも、光景に圧倒されているようで、2人と一緒に驚きながらロボットを眺めている。
「こんなにも沢山作ってあるんですか」
俺の言葉に、自慢そうな表情を浮かべながらシンドリは笑う。
「ワシは天才じゃからな。とはいっても、お前らに壊されたものほどの性能を持つロボはまだ量産できていないがの」
「量産するつもりなんですか?」
「もちろんじゃ。一度作っただけでは、面白くないじゃろ。素晴らしいものを安定して作ることこそ職人の腕じゃて」
「それで、あたしたちは何をすれば良い訳?」
スカジが会話の合間をぬって聞いた。イズンもこくこくと頷いている。2人とも緊張した面持ちで、シンドリを睨み付けている。
「まさか、あたしたちのか、身体を差し出せってんじゃないでしょうね?」
スカジの言葉を聞いて、イズンがすがるようにスカジの腕に触れる。その手にスカジは優しく手を重ねた。何が起こっても私が守ってあげる、とでも言うように。
しかし、スカジ本人の顔も弱々しさが滲み出ている。
見知らぬ男の家に連れてこられて、警戒しているようだ。
「もちろん、そうじゃ」
少女たちの弱々しい視線を叩き付けるようにシンドリは言う。
「な……。ふざけないでよ!! 誰があんたなんかと!!」
「そうです! ふざけないでくださいよ!!」
2人がいっぺんに反応した。シンドリは2人の気迫に圧倒されて、一歩引き下がる。自分が女性に圧倒されたことに気付いたシンドリは、羞恥からか顔を真っ赤にさせた。
「お前らワシの大切なモンを壊しておいて、償いもしないつもりか! やはりエルフは卑怯じゃ。ふざけるんじゃないぞ」
「それとこれとは話が別でしょう。なんで私たちがあなたに身を捧げなければならないんですか!」
「ワシが求めておるからだ。お前らはワシに償う必要があり、ワシの力を欲している。ギブアンドテイクじゃろう」
「ですから、それとこれとは話が別でしょう。ロボットを壊したからと言って、なんで私たちがあなたなんかに……私たちはもうアリカさんと結婚しているんですよ!」
「それがどうした。まったく訳の分からんやつじゃ」
「わ、訳が分からないですって!」
俺はヒートアップしようとするイズンを手で制する。どうも話が食い違っているような気がしてならない。俺は2人の目線の間に立って、イズンからシンドリが見えないようにする。
「イズン落ち着いて。
シンドリさん、あなたが俺たちにやって欲しいことって何ですか?」
「戦闘のデータを集めたいんじゃ。強いロボットを作る為にな」
「え?」という素っ頓狂な声が後ろであがる。どうせ「身を捧げる」という言葉から「貞操を捧げる」みたいにぶっ飛んだ発想をして、それで怒っていたのだろう。
俺は最近2人の思考に慣れてきたので、大体想像がつく。スカジとイズンもよくそれで喧嘩しているが、勘違いしたまま言い争いを続けるのは不毛だ。まずは、冷静になってお互いの認識がズレてないか確認したほうがいい。
「俺たちに危険はあるんですか?」
「ないわい。安全装置なども設定できるのでな。むしろ、ワシのロボットの方が危険じゃ。どんどん壊されるかもしれんが、強いロボットを作る為に試行錯誤が必要じゃて」
「分かりました。じゃぁ、こちらのお願いの話も聞いて欲しいんですが」
「んなの後じゃろ。お前たちが役に立つかどうかも分からんのだ。
まずやって貰わねばの。
あまり体たらくだとしたら、こっちからお断りだ」
……それはあんまりな話じゃないか?
まぁいい。戦闘の情報を取るってことなら役立たずだと言われることもないだろう。
もう夜も遅くなりかけていたので、その日はすぐに解散になった。明日の朝から、シンドリの家に集まって戦闘データの収集をすることになる。
ドワーフばかりいる村では、俺たちは彼らにとっては巨人みたいなものだ。どこを歩いていても注目の的になる。引き連れている女の子たちが可愛いのもその要因の一つだろう。
いつものように一部屋借りて寝るのはいいのだが、宿ではドワーフ用のベッドが多く、キングサイズ用の部屋と呼ばれる部屋に泊まることになった。通常の部屋の3倍もの宿賃になる。
今まで行く先々で援助を頂いてきたので金銭的な蓄えはかなりあるが、余り無駄遣いしていいものでもない。
「まったく、シンドリとかいうあのドワーフ、失礼しちゃわね」
部屋に入ると閉口一番にスカジが大声をあげた。
「ほんとですよ。自分の都合ばっかりこちらに押し付けてきて」
イズンもそれに続く。
俺も思うところはあるが、2人をヒートアップさせてはまずいので黙っていることにする。
シギュンは長旅で疲れてしまったのか、俺の腕の中で既に寝ている。お風呂に入れてあげたいので起こす必要はあるが、もうしばらく気持ちよく寝かせてあげたい。
「ボクは楽しかったけどなぁ。
他の街に来るのって面白いね。色んな人がいて、建物もあって。
見てよ、このベッド。キングサイズなんて言いながら、ボクの部屋のベッドの方が大きいね」
ベッドの大きさに関しては、お前が王族だからだろう……。
「そうだな。フノスが喜んでくれて俺も嬉しいよ。
今まで旅をしたことはないんだっけ?」
「ううん。アースガルドなら何回か行ったことがあるよ。
フレイにぃが呼ばれて出かけるのについてったりとか。
あーでも、ああいうのは旅っていうのかな。連れて行かれただけ、って感じ。アリカにぃとの旅の方が凄く面白いよ。
そう言えば、アリカにぃは、元々アースガルドにいたんだよね?」
「アースガルドか……」
こちらの世界に来てまだ半年すら経ってないが、もう初期の街での事が遠い昔のように感じる。
アースガルドで俺を何度も導いてくれたヒルドの記憶は欠落している。
目をやると視線に気づいたヒルドがにっこりと笑いかけてくれる。あの時も、何かある度にヒルドは俺に笑いかけてくれていた。
けれど、その時の笑みは俺を受け止めてくれるような笑みだったのに、今のヒルドの笑顔はどちらかと言えばただの愛想笑いだ。
「こうやって一緒に旅をして、何か思い出せそうなことはある?」
聞いてみるが、「いいえ、ごめんなさい」とヒルドは謝る。
「いいんだ。ここで、何か解決の糸口がつかめるかもしれない。
ちょっと時間がかかっちゃってすまないけど、もう少し我慢してね」
「ええ、いえ……。私はあまり気にしていませんよ。
アリカに仕えていられれば何ともありません。
むしろ、私などの為に尽力していただき申し訳ないくらいです」
「いいんだよ。仲間じゃないか。当たり前のことをしているだけだ」
「アリカは優しいですね。ありがとうございます」
ヒルドの本質の部分は恐らく変わっていない。
記憶がなくなったというだけで、物腰の柔らかさや言葉遣い、勇者に仕える意思はそのままだ。
けれど。
何もヒルドだけの為にやっているというわけでもなかった。俺自身があの頃のヒルドに戻ってきてほしいのだ。
この世界に急に投げ出された原因を作ったヒルド。彼女は、この世界に俺を召喚したことを恨んでいないか? と時折不安を見せたり、俺のことをずっと第一に気にかけてくれていた。あの頃の彼女は、今はいない。




