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妖精王の実情

 実践訓練を終えて、3人で城に帰った。

 風呂が男女で分かれている(かつフレイヤ専用もある)ので、フノスと別れてシャワーを浴びる。

「脇腹大丈夫か?」スキールニルの火傷になっている部分を眺めた。

「こんなの何でもないさ。まぁ、燃やされている時は焦りもするがな」

 スキールニルは口角を釣り上げて笑った。ただの強がりではないのだろう。その火傷跡だけでなく、スキールニルの身体は傷だらけだった。

 今まで何をしてきたのか分からないが、至る所に傷が点在している。

 スキールニルはフレイの幼馴染ではあるが、その前に従者でもある。幼馴染の為に、あらゆることを行ってきた。

 そして、今は街のエルフのためにあらゆる問題を解決している。この国の誰も、スキールニルには頭が上がらない。

「恩を売りつけるのが仕事」などといつもふざけているが、その本心は分からない。少なくとも、誰もがスキールニルを頼りにしているようだ。


「アリカの方はまだ滞在していて大丈夫なのか?」

「まぁ、ヒルドの心配はあるけど薬に頼る必要があるかも分からないしね。

 時間が経ったら治るかもしれないし、だったら薬に頼るよりそっちの方がいい。

 色々過去のことを話して聞かせたり、できることをやるだけだよ」

「目覚めたばっかりって言ったけど、思いだしてることもあるんだろ?」

「ああ。俺たちと一緒に旅していたこと以外は、だけどね。

 自分の役目とか、戦乙女としての仕事とか。お世話になった世話役の話とか。

 まぁ、初めて聞く話が多いから内容が合ってるのか判断できないけど」

「記憶を失った、か。難儀なもんだな。呪いとかでありそうだけど」


 ヒルドは神に呪われた、と言っていた。が、その事はスキールニルたちには伝えていない。

 あまり人に話せるような内容でもない。話すことで、俺たちが敬遠される可能性だってある。

 ロキにもシギュンが魔王だとバレる可能性があることは話すな、と言われている。

 (俺たちも正確な所は分かっていないが)神に呪われた理由を聞かれるのはまずい。


 シャワーを浴び終えたら、フノスの部屋に戻る。王族が済む部屋だけあって、非常に広い。

 パーティーのみんなは、ここで各々の修行をしている。

 イズンは古文書を読みふけり、シギュンも同じように本を読んでいる。傍らにはヒルドがいて、シギュンを見守っている。ヒルドはシギュンの世話役になりつつあった。

 スカジはベッドの上で座禅を組んで目をつむっている。精神統一の修行だ。

 部屋に入った時に「ただいまー」と声をかけたが、眉をぴくりと動かしただけで、スカジは集中を切らさない。


「おかえりなさい」3人の嫁たちに出迎えられる。シギュンは俺にタックルと呼ぶべき抱きつき攻撃をしてくるので抱き上げる。

「わーい」と喜んでいるシギュンを尻目に、イズンが腕を組んで胸を俺に押し付けてくる。

「どうでした? フノスの成果は?」

 真面目な話をできるのはヒルドだけだ。

「だいぶいいよ。戦いの迷いとかも消えて来たし。自分の身も自分で守れるようになってきたと思う」

「大変なようですが、頑張ってくださいね」

「フノスの成長が早くて、見ていて楽しいくらいだよ」


 俺はスカジが座禅を組んでいる横に座る。また、眉がぴくりと動くが体勢は崩さない。

「スカジ、ただいま」声をかけてみるが、『心を無にしている』はずのスカジからは反応がない。

「凄い修行の成果だな。スカジ、頑張ってるね」頬がぴくりと動いたが、すぐ澄ました顔に戻る。

 完全に声が聞こえてるやんけ。不謹慎だがちょっと面白い。

 といって、いじめている訳じゃなくてスカジに頼まれてやっているのだ。これも武闘家の修行の内である。

 肩に手を置いてみる。目に見えてビクついた。頬を触ると、顔が徐々に赤く染まっていく。

 首の裏、髪の毛を掻き分けて脊椎に触れる。ドクドクと流れる血液の感触があり、予想通り血圧が高い。

 それでもスカジは耐えた。もう精神統一も何もないのだろうが、知らん顔をして(るつもりなのだろうが)姿勢を崩さない。

 頭を撫でてみると、表情が緩んでくる。本人は気づいていないのだろう。緩んだ表情は戻らない。

 撫でるのをやめると、一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに表情が引き締まった。


「全然動かないんだよー」

 俺に抱かれながらスカジを眺めていたシギュンが、俺から降りて今度はスカジの膝の上に移る。

 一瞬、スカジは怪訝な顔をしたがすぐに表情を戻した。

「すごいでしょー」

 シギュンは、まるで自分のことのように誇らしげに胸を張った。

 なごみ。やっぱり純粋さってのはいいなぁ。

 だが、そんな時間も我がパーティーの性の権化に阻まれる。

「アリカさん、そんな修行中の人なんか放っておきましょうよ。

 私にも構ってくださいよ」

 イズンが俺のもう片方の隣に座る。スカジは眉根を寄せるが、以前とは違って「ちょっと、抜け駆けしないでよ!!」などと怒り出さない。

 俺たちの邪魔を乗り切って、修行が最後まで終わったらスカジと2人きりのボーナスタイムになるからだ。

 ご褒美、ということで約束させられている。


 当然の事ながら、イズンにとってはご褒美タイムは気に喰わないのであの手この手でスカジの邪魔をする。今日は、お色気攻撃のようだ。

 スカジは胸にコンプレックスを抱いているので胸系の誘惑を俺にすると、次第に我慢できなくなり修行のことを忘れて烈火のごとく怒り出す。


 ついでに言うと、イズンの誘惑のレベルがどんどん上がってきてる。たぶん、フレイヤの性に対する貪欲さに対抗しようとしているのだろう。

 我がパーティー最大の肉体的魅力+エロい聖職者というギャップ性をよく理解しており、スキンシップが過剰かつ露骨になってきた。


「アリカさん、二の腕の柔らかさって、胸と同じくらい柔らかいらしいんですよ。触ってみてください。

 うふふふ、もっとも幾ら二の腕が柔らかくても胸がなかったら、触れないですけどね」

 という言葉にスカジがキレて、修行は台無しとなった。

 ひと段落ついた所に、シャワーから帰ってきたフノスが合流する。俺たちは夕食を取る為に食堂へ向かうことにした。



 フノスが旅立つための準備は、かなり進んできた。

 特にフノスの実践訓練の成果が目覚ましい。元々、旅の為に修行や訓練などは行っていたようだが、旅の前にスキールニルがチェックしているのだ。

 最初は実践経験が少ないこと、相手が身内同士なこともあり戸惑いを見せていたが、最近では甘さがなくなってきた。

 スキールニルに言わせると「俺への尊敬の念が消えた」とのことだが、場合によっては身内にも容赦なく牙を向くのは大きな進歩だ。

 フノスが扱えるのは、弓矢・短剣・多少の魔法だ。

 既に実践で見せて貰っているが、弓矢の先に魔法を込めて放つ、なんて器用なこともできるらしい。

 通常の攻撃魔法よりも、スピードが出るのと、狙った所にピンポイントにあてられるのが利点だ。

 スキールニルとフノスで実践訓練をしたり、あるいは、スキールニルVS俺+フノス戦を行い、フノスを守ることを主体とした訓練を主に行っている。

 別にフノス1人で魔物と退治する訳でもないのだ。重要なのは、フノスが無事に戻ってこられることだ。

 フノスは、妖精(エルフ)族の王であるフレイの姪になる。何か大事があってはいけない。


 王であるフレイ夫妻には子供がおらず、姪にあたるフノスを我が子のように可愛がっている。

 フノスの実父は不在だし、母親のフレイヤは男"で"遊ぶことしか考えてないので余計にだ……。

 でも、皮肉なことにフレイは父親ラバーなフノスを何とかしてここに留めようとしているので、フノスにとっては邪魔者にされることが多いらしい。

 もっと皮肉なことを言えば、フノスが父親を慕っているのは、父親が失踪前からよく旅に出ており父親に会えない時間が多かったからだ。

 父親が帰ってくる=お祝いみたいなところがあって、フノスにとっては大きなイベントだったのである。

 母親には教育をまったく期待できなかったので、フレイ夫妻がその肩代わりをしている。子供が嫌がる勉学などもフレイが中心になって行われているので、なおさらフレイは嫌われていく。

 フノスはフレイのことをフレイにぃと呼び、友達のように慕ってはいるが、うるさいお目付け役とも感じているらしい。


 今となっては、旅に連れ出すきっかけとなった俺の方がフレイより懐かれている。フレイは俺を信頼すると共に憎んでもいるようだ……。


「ねぇねぇ、フレイにぃ聞いてる? アリカにぃったら凄いんだよ」

 食事は、フレイ夫妻、スキールニル、フノス、俺たちパーティー、それから最近ではフレイヤとその愛人が一緒に取っている。

 食事の度に、フノスが俺のどこが凄いかを発表するのが日課だ。

 フノスとしては「アリカにぃがしっかりしてるから、もう旅に出ても大丈夫」ということをアピールしたいのだろうが、その度に俺はフレイに嫌われていく。

 大切な愛娘を父親から引きはがそうとする恋人、とでも思われているのか。恋人の父親に挨拶に行く男の気分になってくる。

 経験がないので、この感想が正しいのかは俺には分からないが……。まぁ、転生してしまった俺にはそういう機会も訪れないだろう。たぶん。というか既に4人も嫁がいるという訳の分からない状況だし。

 フレイは、やかましく俺をほめるフノスを制して、俺を一度睨みつけてから言う。

「お前から十分聞いて分かってるから。

 食事中くらい落ち着いて食べなさい」

「ちゃんと食べてるよ。フレイにぃこそ、ボクの話ちゃんと聞いてるの?」


「フノスちゃん。お食事が終わってから、ゆっくりお話ししましょう?」

 フレイがぞっこんになっている妃のゲルズは、美しく、かつ優雅だ。フレイが熱をあげ過ぎるのも分かる。

 フノスもゲルズに促されて、しぶしぶながら食事を再開する。

「終わったらちゃんと聞いてね?」「はい、楽しみしていますよ」

 嫁に来たゲルズはフノスとの血の繋がりは皆無だが、実の姉妹のように仲がよい。

 それも、口うるさいことは全てフレイ、フノスのおてんばを受けとめるのはゲルズ、という立ち位置のせいもあるだろう。

 全体的にはうまく行っているのだが、フレイがあまりにも哀れだった。

 この中で一番フノスのことを考えてるのはフレイだし、その上、将来的の成長に役立つのもフレイの気遣いだ。

 フレイは「女の子らしくしなさい」とフノスをいさめるが、"女"の(ある意味)極地であるフレイヤという存在が、フノスに嫌悪感を抱かせている。

 フノスはどうやら自分が女であることを恥じているらしい。さらしを巻いているのが良い証拠だ。フレイは色々フノスに思い悩まされている。

 ……といった事情まで理解はしているのだが、美しいゲルズと可愛らしいフノスのやりとりを見ていると心が癒される。

 やっぱり、可愛いは正義だな。

 見ているだけで絵になるってのは卑怯だ。


 左右から脇腹を小突かれた。いや、小突かれたってレベルじゃなく、痛いのだが。

「ちょっと、なに人妻に見とれてんのよ」「私たちの前で、よくそういうことができますね」

「フノスを見ていただけだよ。旅に出たら、俺がフレイの代わりをしなくちゃいけないんだから」

「ほんとかしらね。綺麗な人に弱いんだから」「フレイさんみたいに一途なら人なら、心配がないんですけどね」

 ちらっと見ていただけなのに、スカジとイズンは俺に対してこの扱いである。事あるごとに小声で俺を叱りつける。

 一途も何も、俺には既に4人も嫁がいる訳で。一途に振る舞うということが何を指すのかが、もはや分からない。

 俺としては、パーティーであり、嫁でもある4人のことを中心に考えているつもりなのだけど……。

 例えばフレイヤのアプローチに対して、俺はあたふたしなくなって紳士的にお断りできるようになった。大きな進歩だと思って欲しい。


 もはや嫁というより、姑みたいな感じになりつつある2人だ。まだ新婚のはずなのに。

 フレイがあまりにも純情一途なせいで、同じ男の俺は何かと比較されて俺の生傷が増えていく。

 その癖、客観的に見ると全てが完璧なフレイに恋心が移ったりせず、一貫して俺のことを好いてくれるのは感動で涙が出そうだ。

 ……決して脇腹が痛くて泣きたい訳じゃない。

 とりあえず、束縛的なのは良いのだが、それを暴力に転換するのをやめていただきたい。


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