森の中の狩人
放たれた弓矢を盾で弾く。
「フノス! 大丈夫か!?」
傍らで膝をついているフノスに声をかける。
「大丈夫。ボクは何ともないよ」
フノスの頬から一筋の汗が流れた。頬を伝って顎に渡り、地面に落ちる。
疲労の為か、あるいは、悔しさが滲んでいるのか。口調は強がっているが、疲弊しているのは間違いない。
「無理をするな。フノスは自分の身を守ることを最優先に考えておけばいい」
「でも、それじゃボクが……!」
何か言いかけたのを遮るように、矢3本が横一列になって飛んできた。フノスは対応しきれず、目を見開いて矢を見ていることしかできない。
俺は盾を横に振るって矢を叩き落とす。すぐ後ろから飛来してきたもう1本の矢を剣で弾く。
「クソッ……」
眼前まで迫った矢に反応すらできなかったことを悔しがっているのだろう。
フノスが弱いのではなく、相手が強すぎる。が、戦闘中に励ましている時間の余裕などない。
「フノス、早く俺の後ろに隠れろ。そうじゃないと、2人ともやられることになる」
よろよろと立ち上がり、フノスは俺の背後に位置取りした。
「怪我はないか?」「大丈夫」
「走れそうか?」「大丈夫だよ」
木の陰に隠れる為に移動しようとして、フノスのうめき声が聞こえて止まる。額に汗が浮いている。
俺は周囲を警戒しながら、木陰にフノスを押しやった。
「フノス、正確に状況を伝えてくれないと」
「作戦の支障をきたす、だね。足が痛い。走るのはちょっと無理そう。
ごめん、アリカにぃ」
「謝らなくていい。俺の判断ミスだってある」
「でも、この怪我はボクが……」
「今はそんな事言ってる状況じゃない。切り抜けた後で、2人で反省しよう。いいな?」
フノスは口を開きかけたが、すぐに閉じた。そして、頷く。
俺はフノスに回復魔法をかけた。
「大分よくなった」とフノスは足を踏みしめてみせる。
「周囲の敵に増減は?」「なし、1人だけだよ」
フノスは驚くほど耳がいい。遠くで葉を踏みしめる音や、人間の息遣いまで分かるらしい。耳だけで周囲の状況を正確に把握できる。
エルフ族自体が五感に優れているが、フノスの場合は、群を抜いている。
といって、戦闘に有利になるばかりじゃない。情報量が多すぎて、注意力が散漫になったりすることもある。また、相手が格上の場合には精神状態を保てないこともある。今の状況がそれだ。
俺とフノスの今の状況は悲観するものではない。相手がやり手なため、防戦一方だが一度もダメージは受けていない。
先ほどのフノスの怪我は、単に逃げる際に足を捻っただけに過ぎない。にも関わらず、フノスは緊張し過ぎている。
戦闘そのものに慣れていないし、相手の状態が聞こえてしまうからこそ不安がぬぐいきれないのだ。
「方向は?」「7時。左から周り込もうとしてる」
「分かった。俺が向かっていって攻めるから、弓で援護してくれ」
「でも、当てられるかな……。アリカにぃも近接してるんでしょ?」
「大丈夫だ。フノスは弓の名手だろ?
それに手元が狂って俺に向かってきても防げるよ。安心していい」
フノスの返事を聞かずに、俺は飛びだす。
フノスは弓や魔法の訓練を長年積んでいたようだが、実戦経験がほとんどない。
あれこれと頭で考えさせて下手に消耗するよりも、ぶっつけ本番で学んでもらったほうが早そうだ。
わざと大きな足音を立てて動くことで、相手の注意を誘う。
敵の大まかな方向が分かっているからこそできる芸当だ。相手もフノスと同様に弓と魔法の名手であり、おまけに近接武器まで扱える。
飛来する弓矢を障害物や盾を使って防ぎながら、速度を緩めずに近づいていく。
恐らく相手は、俺の急激な接近にかまけてフノスに意識を割く余裕はない。
何度目かの弓矢の迎撃に対処した時、視界の端で動くものを捉える。
相手は俺を認めると槍を投げてきた。体重を乗せて投擲した槍を盾で防ぐ。金属同士がこすれる音がなり、槍は地面に突き刺さった。
敵が逃げる素振りを見せたので、俺は全速力で相手の背中を追う。
背中への一閃は、振り向きざまに長剣で防御された。
俺は空いた足で、相手の胴体を蹴りつける。衝撃によって、相手は後退するが体勢を崩すには至らない。
相手は長剣を背に戻し、槍を手繰り寄せた。普通の槍よりもやけに長い。リーチの差からいって俺が圧倒的に不利だ。
かといって、ここで攻めきれずに間を開けてしまうと、また弓矢の独壇場になってしまう。
俺は相手の槍に注視しながら、剣と盾を握り直す。
敵は左右にステップを繰り返し、一度飛んで俺に槍を叩き付けてきた。
盾を合わせるが、体重を乗せた一撃に俺はよろめく。横なぎにされた槍を何とか屈んで避ける。
斜めに振り下ろされる攻撃は剣で受け止める。相手の槍は柄の部分まで金属で出来ていた。
金属同士が弾かれる。
重い武器のはずなのに、それを感じさせないくらい余裕を持って操ってくる。
振り下ろされる槍を俺は盾を使って防ぐ。体重も入った重撃は、俺の左腕を痺れさせ、支える肩と腕にダメージを与える。
俺は痛みを無視して、剣を突き出した。間一髪、相手は後方にステップして避ける。だが、飛びのいた瞬間に槍に思いきり剣をぶつけた。
体勢の悪い相手は、たまらず槍を手から落とす。手首が痺れたのか、相手はもう片方の手で腕を撫でた。
俺は自分の剣を背中に仕舞い、落ちた槍を拾う。敵は背中から、先ほどの長剣を取り出して装備した。
相手には、もうそれと弓以外の攻撃手段はない。また、これほど近接していては矢など飾りでしかない。
長剣VS槍+盾。圧倒的にこちらが有利だ。
「形勢逆転だな」
「槍よりも剣の方が得意でな。そう易々とはいか」
不敵な笑みを浮かべる敵が言葉を切った。その胴体に弓矢が刺さったのだ。
装備のおかげで大して痛みを感じないのか、敵は呻くこともなく、単にその矢を見つめていた。
突然、矢の先端が炎に包まれボッ、と燃え上がる。
「やばい」相手が緊張感のない声を発した。「アリカ、消すのを手伝ってくれ」
矢を引き抜いた相手は、「熱っ!」などと言いながら、手で燃えている箇所を叩きまくる。
俺も慌てて、消火作業に参加する。
「そんなやり方で消える訳ないだろ、早く装備を脱げよ!!」
「んなこと言ったって、熱くて仕方ねぇよ。脱がしてくれ」
俺は背中に回って、鎧を脱がそうとする。が、相手が暴れるのもあって全然脱がせられない。
「早くしろ間抜け!!」
罵倒されながら、俺は胸ポケットに装備した短剣を引き抜いた。首に向かって、短剣を振り下ろす。
硬い音が鳴り、鎧の留め金が外れた。上から順に留め金を壊していく。
ようやく全部が外れた頃、相手は鎧を脱いだ。下に着ていた洋服にまで着火していたようで、地面を転げまわって消火に没頭する。
何度か地べたを這いつくばった後、その男――スキールニルが仰向けになった。
俺は回復魔法をかけてやる。時間がかかったせいで、腹部は火傷をしていた。
完全には治らないが、痛みはだいぶマシになるだろう。
「ありがとう」とおよそ彼に相応しくない、素直な感謝をされた。
余程焦ったのだろう。ぜぇぜぇと息を吐きながら、いつもの悪態がつけなくなっているようだ。
まだ燃え盛っている鎧を横目に「あーあ、これ高いんだけどな。台無しだ」と強がる。
「身体が無事で良かったじゃないか。フレイに新しいのを用意して貰えよ。王族だろ?」
「そういう訳にも行くかよ。それにガチ過ぎるこの訓練の内容がバレたら、俺が怒られるんだぞ」
「フノスに危険はなかった、ってちゃんと言ってやるよ」
「他人事だと思いやがって……」
気だるそうにスキールニルが起き上ると、ちょうどフノスが駆け寄ってきた。
「スキにぃ大丈夫だった?」
「ああ、おかげさまでな」ほとほと疲れ果てた様子で答える。
「フノスさっきの良かったよ。タイミングとしてもばっちりだ」
まぁ隙が出来るように、わざわざスキールニルの注意を引いた部分はあるけど。
でもまぁ、ちょっと前まで躊躇してタイミングがズレていたので今回は上出来ではある。
「フノスは俺の妹みたいなもんなんだぞ。育てあげた俺に矢をぶっ刺すなんてな……」
「お前がそうさせてるんだろ……。訓練なんだから、我慢しろよ」
「ごめんね、スキにぃ」
「いいんだよ。戦闘中に迷いとかがあったら駄目だ。決められる時に決めないと」
「アリカ厳しすぎねぇ?」
「んな事言ったって、仕留め損なって仲間が傷つく可能性だってあるんだぞ?
やれる時にやっとかないと。反省とか後悔とかは、戦闘が終わった後でいいよ」
「だそうだ。勇者さまはご立派なことで」
「本当に良かった?」フノスが上目づかいに俺に問う。自信の無さが表情に出ている。
「うーん。できれば、もっと早いタイミングで迎撃が欲しかったかな。
仮に当たらなくてもさ。あの場合、フノスが遠くから狙ってることを意識させることで、スキールニルの攻撃に迷いが生じるはず」
「まさか、妹分に弓で狙われるなんて思わないもんなぁ」
何を言っても、このひねくれ者は軽口を叩き続ける。俺は無視をすることにした。
っていうか、お前だってフノスのことをばりばり攻撃してたじゃないか。むしろ、俺よりもフノスを狙って俺が消耗させようとしてくる。
俺がフノスを見捨てることがない、という事を前提にして攻撃をしかけるのだ。本当に捻くれたやつ。
「ターゲットが複数いれば、その分、意識を割かなくちゃならない。
それで敵に隙を生じさせれば、それだけ戦闘が有利になるんだ。言ってる意味は分かる?」
「うん、何回も聞いてるし。でも、やっぱり放つ瞬間に考えちゃうことがあるんだよね……」
「まぁ難しいよね。俺も最初は無我夢中だったし。その辺りは、実戦経験と積んで慣れるしかないかな」
「はー末恐ろしいやつに、可愛いフノスを預けちゃったよ。まったく」
「大切なことだから何度も言うけど。判断をミスったことで、仲間がピンチになることもあるんだ」
「うん、わかった。次は迷わずに打つね」
「もう俺にはどうにもならなくなってきてるし、次辺りで俺は死ぬかもな」
スキールニルがへらへら笑い、フノスが困った顔になった。




