ハーレム勇者にご用心
「なんか呼ばれてるって言われて来たんだけど」
「ああ、スキールニル、結構早かったね」
程なくして、スキールニルが現れた。身長は高くもなく低くもなく。170cmくらいで、深い帽子をかぶって耳まで覆っている。
続いて、中世的な美しい子が入ってきた。いかにもしょんぼりしています、という風勢で頭を垂れている。
「フノスちゃん見つけたよ。まったく、外にまで出てて探すの大変だった」
「スキにぃ言わないでって、ボク、お願いしたじゃん!」
フノスと呼ばれた女の子がスキールニルの腕を軽く叩いた。フレイの目が険のあるものに変わる。
それに気づいたフノスは、申し訳なさそうに上目遣いにフレイを見返した。
「フノス、何度も外に出ちゃいけないって言っているだろ?」
「だってフレイにぃ、ボクは……」
「お前の『だって』は聞き飽きた。外に出る時は誰か護衛をつけなさい」
「それじゃ冒険になんないもん」
「あのなぁ、フレイヤ……お前の母さんのことを好色で落ち着きがないなんて言うが、お前だって似たようなことを」
「ママと一緒にしないでよ!!」
強い語調でフノスがフレイの言葉を遮る。
「まぁまぁ」ニヤニヤと意地悪そうに笑いながら、スキールニルがフレイを宥める。
「すぐに見つかったんだからいいじゃないか、フレイ」
「そもそもスキにぃが外に出たことを喋るからいけないんでしょ」
フノスは小声でスキールニルに抗議するが、こちらにまで聞こえているのでフレイがまた怒ろうとする。
「はいはい、二人ともそこまで。
俺は役目を終えた。そして、次の役目が待っている。
客人を待たせてるんだろ? フレイ。そっちを片付けよう」
「ああ、そうだった。すまない、アリカ殿……身内の恥を晒してしまって」
「ええ、いえ……」
急に話を振られて俺は戸惑う。
「あ!」フノスが突然、声をあげた。「この人たち妖精族じゃないよ? フレイにぃ」
やばい、バレた。なんでだ? と思ったのも束の間「そんなことは分かっている」とフレイ。
俺はさらに驚きを隠せない。エルフは用心深いと聞いている。おまけにここは王宮の中だ。追い出されるんじゃないか?
自分がどんな表情をしたのか分からないが、フレイは俺の顔を見て笑った。
「な、なんでわかったんですか?」
言ってから、自分でエルフじゃないと自分でバラしているようなもんだ、と気づいた。動転し過ぎだ。俺は馬鹿か。
「耳だよ。君たち、エルフの耳の動かしかたを知らないだろ?」
言って、フレイは自分の長く鋭い耳を上下左右にぱたぱたと動かした。
「君たちは感情がこもっても耳が動かない。よっぽど感情表現が苦手か、エルフじゃないか、のどちらかだね。
そっちの子だけは、エルフなんだろうけど」
フレイがシギュンを指す。シギュンは自分を話題に出されて嬉しいのか、耳を上下に動かした。
「あの、騙すつもりはなかったんです。これには訳が……」
「騙すなんてとんでもない。街の人たちだって気づいていると思うよ。騙せてない」
フレイの言葉に唖然とする。もしかして、変身の杖って意味がないのか?
スキールニルが小馬鹿にしたように笑う。
「おいおい、そんなに驚かなくてもいい。
俺たち3人もエルフじゃないんだ」
「え、だってさっき耳を」
「騙されやすいやつだな。これは訓練でなんとでもなる。
まぁただエルフに変身したのは正解だ。郷に入りては郷に従えってな。
つーか、この街見つけられないだろ。エルフになっとかないと」
スキールニルにあれこれ話を振られて、頭が回らない。結局、問題はないってことか?
「僕は神族だ。このアールヴヘルム一帯を統治している。この地域に居る時は、エルフたちに合わせて姿を変えているんだ。
フノスは、僕の妹の子供で同じ神族だ。それからこっちのスキールニルは幼馴染でね、種族は……」
「俺はエルフでも神族でもない」
スキールニルがフレイの言葉を遮った。
「どうしてそんなに種族を言われるのを嫌がるんだ?」
「謎が多いほうが面白いだろ?」ニヤリと笑うスキールニル。
「そんなことはどうでも良い。
旅の人――アリカって言ったっけ? 俺に用があるんだろ?
恩を売るのが俺の仕事だ。何か仕事をくれ」
言って、スキールニルはフレイの隣に座った。フノスが回り込んでフレイの隣に座る。
「ええと、……エルフが『忘れ薬』を作れるって聞いてきまして」
「そんなもんは作れないぞ。作れるとしたら、小人族だな」
「小人族って言うと、この宮殿に居る人たちは作れないんですか?」
「おいおい、彼らを小人族って呼ぶと怒り狂うぞ。大方のやつはコンプレックスだからな。
聞いてみないと分からんけど、多分無理じゃないか?
ここにいるのは大体ハーフ。純正で職人気質な小人族はここにはいない」
「どこに行けば会えますか?」
「このアーヴルヘイム地域をさらに進んだ森の奥だな。
彼らは弱視だから、日に当たらない奥地か地下に住んでいる」
俺はスキールニルに詳しい場所を聞き、地図に印までつけて貰った。
「ありがとうございます。この地図を頼りに行ってみます」
「いや、行っても無駄だと思うぞ。
彼ら小人族は見知ったヤツにしか心を開かない。話もできないだろうさ。
それか、なぁ?」
スキールニルは、俺の嫁たちを見回してから、フレイの腹を小突いた。
ふーっ、とため息をつき、フレイが口を開く。
「美しい女性が夜を共にすれば、欲しい物を作ってくれるかもね。
……妹がね。昔、どうしても黄金の首飾りが欲しいって、小人族と寝たことがあるんだよ」
「さいてーよね」フノスが吐き捨てるように言った。母親のことを相当嫌っているらしい。
「仲間にそんなことはさせられない。何か他に方法はないんですか?」
「そこで俺の出番だ。俺は奴らに顔が利く。ギブアンドテイクと行こうぜ?
俺の言うことを一つ聞く。そしたら、アリカの為に俺がひと肌脱ごうじゃないか」
机の上に身を乗り出してスキールニルが言う。その顔はニヤついていて、あまり良い感じを受けない。
「何をすればいいでしょう?」
笑みを崩さずに、うーん、と言いながら顎を撫でた。フレイと、それからフノスを見る。
「フノスちゃんを、その旅に連れて行ってくれないか?」
「え? ボク!?」
フレイも何か言いかけたが、フノスの言葉にかき消されて黙った。
「旅はしたい。けど、王宮の奴とじゃ『おままごと』になるから嫌だ。
となると、もうこういう機会しかないんじゃないのか?」
「うーん」
値踏みするようにフノスが俺たちを見る。フレイが俺たちを見る視線も同様に真剣さが増している。
「どうだい、アリカ? そもそも提案を受け入れる気はあるか?」
「ええ、俺は構いませんけど。でも、今日会ったばかりの俺たちに預けるなんて良いんですか? 王のフレイ様の姪なんでしょう?」
「ああ、だって君はアリカなんだろ?」
「え? はい、そうですけど」
「英雄王シグルズと義兄弟。
竜殺しの英雄アリカ。っていうのは、君のことじゃないのか?」
話したっけ? と隣に座ってるイズンとスカジに確認するが、二人とも首を振った。
フレイも言葉に驚いたのか、スキールニルに向き直っている。
「なんで知っているんですか?」
「俺は何でも知っている。それに何でも解決できる。
と言って、君が本当にあのアリカなら、有名な噂だよ。
ついこの間の話だしな。
竜を殺すほどの英雄で、英雄王と義兄弟。これ以上の物件はないだろ?」
後半の台詞は、フレイに対して言っているようだ。
確かにそうだが、とフレイは言って俺たちパーティを丹念に見つめる。
スキールニルが来るまで柔和だったフレイに、険のある視線を投げかけられる。
「その、君たちは……、結婚でもしているのか?」
長い沈黙の後にフレイが問うた。
「ん? ええ、はい。全員嫁です」
記憶を失っているヒルドの立ち位置が微妙だけど、簡潔にそう伝えた。
「ハッハッハ! 英雄色を好むってやつだなぁ!!」
スキールニルが嬉しそうに笑い、フレイが彼を睨み付けた。
「笑いごとじゃないだろ! フノスが手を出されたらどうする!!」
フレイはいきなり立ち上がり、語調も荒く怒鳴った。
その声を聞いて、スキールニルが腹を抱えてさらに笑う。
当のフノスは、「まーた始まった」とあくびをした。
「分かった分かった。笑って悪かったよ。
それにしても本人を前にして失礼な物言いじゃないのか?」
ハッ、と我に返ったフレイが「す、すまない」と言って謝った。椅子に座り直す。
「まぁまぁ。許してやってくれ。
フレイはさ、純情一途なんだ。その癖、妹のフレイヤがとんでもない好色だからな。ノイローゼなんだよ。
フレイヤは『男はみんな私の恋人』なんてほざいてる阿呆なんだ。んで、フノスはその娘だからさ。何かと気にしているんだ」
「ボクはママとは違うって言ってるだろ!!」
今度はフノスが立ち上がって、スキールニルを糾弾する。
「ほら見ろ。ご覧の通り、似たもの親子なんだ。
まぁ、この場合は叔父と姪だけどな。ハッハッハ」
フレイとまったく同じ行動を取ったのが恥ずかしいのか、フノスは黙りこくって席に着いた。
顔が真っ赤になっている。それもフレイと同じだ。
スキールニルは自分の遣える王族に対して、酷い態度だな。
幼馴染だからと言って、許されるものなんだろうか。どっちが主従か分からないくらいだ。
「姪に絶対に手を出さない、というなら許可しよう」
真剣すぎる瞳でフレイは問う。気圧されて俺は頷く。
「絶対に、はおかしいだろう。
フノスが惚れたらその限りじゃない。ハッハッハ」
「ボクをママと一緒にするなって言ってるだろ!!
好きな人なんて出来たこともない。ボクは惚れっぽくないんだから」
「そんなことはどうでもいい。
多分、ここまで頼れる旅人が訪れることはほとんどないぞ。機会を逃すと次はいつ訪れるか分からん。
冒険に行きたいのか? 行きたくないのか?」
「絶対、行きたい」フノスは即答した。
「これも遺伝ってやつか? 旅がしたくて仕方がないんだもんな!! ハッハッハ」
心底楽しそうにスキールニルがフレイの肩をばしばしと叩く。
何の事か分からずに戸惑っていると、フレイが教えてくれた。
「フノスの父親もね、旅が好きでよく旅をするんだ。
だが、今となってはフレイヤの浮気癖に呆れて失踪中……」
「ママがどうしようもないから、パパが出て行っちゃったんだ」
フノスは父親には懐いていたようで、見ているこちらまで悲しくなるほどしょげている。
「もう何年も探しているんだが、どこにいるのかまるで分からない」
言葉を聞いて、スキールニルは笑いに耐え切れなくなったのか身体を折って、腹を抱えた。クックック、という哄笑だけが漏れ聞こえる。
フノスがスキールニルの傍らに駆け寄り、「笑うな!」と殴りつける。
だが、力は強くないようで、むしろスキールニルの笑いを増長させた。
「はぁ……、交渉は成立かな。
フノスには絶対に手を出さないでくれよ」
「ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、った、い」
笑いながら、スキールニルが言葉を繰り返す。フレイが肘で腹を殴るが、笑い声は止まらない。
「大丈夫ですよ。手なんて出させません」
話を聞いていたイズンがそう言った。「絶対出させない」とスカジが言葉を続ける。
俺は二人から腕を引っ張られた。警察に連行される犯人みたいに。
スキールニルが顔だけ挙げて、俺たちを眺める。笑い過ぎて苦しいのか、表情が少し苦しそうだ。それでも笑みは止まらない。
フレイはスカジとイズンを見て、自分と同じもの(純粋さ?)を感じたのか頷いた。
「しっかりと、監視しててくれ」
フレイの言葉にスカジとイズンは固く頷いた。3人で握手なんぞまでしやがった。
いや、俺って別に好色って程じゃないと思うんだが……。そもそも、結婚したのだって王に言われて、知らずに血の誓いをやっただけだし。まぁ、可愛い女の子と重婚できて嬉しい気持ちはあるけど。
「妹のことをあまり悪く言いたくないが、フレイヤをアリカ殿に近づけない方がいい。
とんでもない奴なんだ、本当に。気を付けるんだよ」
「分かりました」「絶対近づけません」
「フノス、アリカ殿たちと一緒なら旅に出ていいよ」
「本当! やったー!!」
「よ、よ、よ、よかった、な」スキールニルはまだ腹を抱えている。
なにぶん賑やか過ぎて俺も気疲れしたが、ここまで来た旅が無駄にならなくて良かった。
俺たちパーティは、フノスの旅の準備が終わるまでは城内で滞在することになった。
「アリカ殿、ちょっと」
応接間から出る時、フレイに呼ばれた。
「絶対に、僕の妻には手を出すなよ?
そんな事をしたら、この地域から生きて帰れると思うな?」
真剣過ぎる声と表情に、俺は「は、はい」と上ずった返事をした。




