エルフの街
「アリカ殿たちは、これからどうするつもりなのだ?」
食堂で食事をしながら、シグルズが問うてきた。
「君は英雄だ。私としては、ここの留まって貰っても有り難いのだが」
「当面の目標は竜退治だったから、その後は特に決めてないんですよ。
でも、ずっとここにいるって訳にも行かないだろうし……」
既にロキには、竜退治の件を伝えている。俺もフニンと会話ができるようになったので、情報伝達自体はスムーズだ。
けれど、ロキは「アリカくんの好きでいいよ」との事だった。現在は、ファヴニールのLVがゲームよりも高すぎる件についてロキに調べてもらっているところだ。
結果が出るまでは、ロキから有効な提案は出せない、ということらしい。
「そういえば」シグルズがポンと手を叩いた。
「記憶を呼び戻す方法の話に少し進展があった」
「本当か!?」
俺は勢いこんで机の上に乗り出した。
「ああ、いや、あまり期待させすぎるのもよくないのだが。
私の義母が『忘れ薬』なんてものを所持しているようなのだ。
そこで薬について聞いてみたのだが、どうも妖精族に作らせたものらしい。
もちろん、逆の『思い出す薬』なんてモノがエルフに作れるかは分からないのだが……」
エルフか……。長身で寿命が長く、頭が賢いと知られている。
耳はなぜかとんがっていて、エルフ耳と呼ばれる。シギュンもエルフ耳だ。
そして、一番重要なのは、エルフの女の子は、……みんな可愛い。
「ありがとう。他にやれることもないですからね。
とりあえず、行ってみますよ」
旅の支度をするほど荷物もない。俺たちはすぐに出発することにした。
こういうのは勢いが大事だ。ぐずぐずしていると、王宮での暮らしを手放せなくなってしまう。
俺たちは、竜を倒した英雄としてシグルズたち王家やファヴニール、ヒーアルプレクの人々に盛大に送られて旅立った。
「何か困ったことがあれば、私たちを頼って欲しい」というシグルズの言葉が嬉しかった。
各地方は非常に離れていて、拠点となる場所を確保することは重要だ。
「次に会う時には竜に変身して、君たちの旅に貢献するよ」とファヴニールが言ってくれた。
自由に変身できて、かつ理性が保てるなら心強い味方になりそうなので期待したい。
***
旅立ってから何日経ったのか。退屈だけれど、飽きはしない。
俺たちはヒーアルプレクから南西に進んでいる。温暖な気候のせいか、木々や花、自然が溢れ返っている。
「旅はいいね。景色を見てるだけで、心が洗われるよ」
「ねー、いいよねー」
馬上で俺の前である指定席に座っているシギュンが言った。投げ出した足をぶらぶらとさせ、楽しそうだ。
「ねー」
スカジも後ろから俺を抱きしめながら同意する。俺の後ろは、スカジとイズンの2交代制。
馬車内に振り返ると、頬杖をついて詰まらなそうにしているイズンが見えた。今日は交代済みなので、イズンが後ろに座ることはない。
イズンはわざと胸を押し付けてくるのでちょっと気が気でなくて、景色を楽しむならスカジのほうがいい。真っ平らなので、押し付けることが不可能なのだ。
ヒルドはいつものように、大人しく座ってにこにこ笑っている。馬車内から見える景色だけで満足なようだ。
シギュンは好奇心が旺盛で「なにあれー」と色々なものを指さして聞いてくる。
何と言われても、俺も木や花の種類なんて分からないので、「なんだろうね?」と聞き返して逃れるくらいしかできない。
「アリカー、次の街はいつ着くのー?」
「どうだろうな。そろそろだと思うんだけど見えてこないね」
マップで確認しても、既についていてもおかしくない。
木々に囲まれているが俺たちの通っている道は開けている。
道から外れている訳でもないはずだけれど。
俺は首を巡らして周囲を見渡す。その時、異様な光景に出くわした。
視線の先、木々の隙間から急に人間が現れたのだ。
「あ、あれ……」俺は驚いて声をあげ、その人間を指さした。
パーティーの視線がそちらに向く。向こうもこちらに気が付いたようだ。目があう。
見まごう事なき人間。耳も普通なのでエルフではないのだろう。中世的な顔立ちで性別は分からない。
身長は低く、緑色の上着に茶色いハーフパンツ。寒くもないのに、こげ茶のローブを羽織っている。髪の毛は白い。セミロングだ。
どう見ても若いのに、手には不釣り合いな杖を持っている。
「あ、やべ」
向こうもこちらに気づいたようだが、それだけ言うと、一目散に森の奥に駆け出して行った。
「ちょ、ちょっと!!」声をかけるが、背中が見えなくなってしまった。
「こんな所に人がいるなんて珍しいですね。
道を聞きければよかったのですけど」
「そんな事より、さっきの子、空間からいきなり出て来たんだよ!!」
冷静なイズンの言葉に反応して俺は言った。しかし、みんなはその瞬間を見ていないようで、首を傾げる。
「見間違いじゃないの?」とスカジに言われてしまって、確かにそんな気がしないでもない。
人がいきなり空間から出てくるなんて、頭がおかしいと思われても仕方がない。
「そういえば、これを使う必要があるのではないですか?」
ヒルドは魔法の袋をごそごそとやった後、1本の杖を取り出した。先ほどの急に現れた子が持っていたのと似た杖だ。
魔法が込められている杖で、一度振りかざすとエルフに、もう一度ふりかざすと元の姿に戻れる。
他種族同士では警戒心を露わにするのでこれを使うように、とシグルズから譲り受けたアイテムだ。
「街の手前で使うつもりだったけど、使うことで何かあるのかな?」
物は試しなので、俺は馬から降りてヒルドから杖を受け取った。自分に向かって、杖を振ってみる。
突然、白い煙に包まれて驚くが、別段煙たくもない。
煙が晴れて、自分の姿を見下ろしてみると、着ている服が変わっていた。なんだこの杖、すげぇ!!
ん、……この服装、さっきの人間の子と似ているな。
体格はあまり変わっていない。むき出しになっている手がやけに白い。服に覆われていて見えないが、肌が白くなっているようだ。
スカジが音もなくすっと近寄ったかと思うと、何も言わずに俺の腕をすがるように取って、ぎゅっと胸に抱き寄せた。
口をあんぐりを開けて、俺の顔を見つめてくる。
かと思ったら、もう片方の腕をイズンが同じように抱きしめてくる。
「どうした?」
二人とも、俺がそちらを向くとさっと視線を逸らす。別の方を向くと、おずおずと横顔を見てくる。両方とも頬が真っ赤だった。
はてな? を浮かべる俺に「顔が多少変化していますね」とヒルドが教えてくれた。
「なに、見栄えでもよくなってるの? 人間の時より」俺は少し憮然とした声になる。
「そ、そんなことないわよ!」「ど、どっちも素敵ですよ。ただ……」
「ただ?」イズンに顔を向けると、視線を逸らされる。変身前も後も俺には違いないが、多少納得がいかない。
「趣が違いますね。新鮮味があります。
2人とも今のアリカの顔に慣れてなくて照れているんだと思いますよ」
こくんっ、と2人はしおらしく頷いた。
「すげー」
馬から飛び降りたシギュンが俺の手から杖を奪って、スカジとイズンに向けて振るった。
白煙が晴れると、俺と同じように服装が変わっている。肌は白くなり、耳がとがり、顔が……心なしか彫りが深くなっている。
確かにこれはこれで可愛いかも。東洋と西洋の違いのような。優劣はないんだけど、見慣れていない分、じっと見つめたくなる。
妖精族の名にふさわしい、妖精さんっぷりだ。
それからシギュンは自分にも杖を振った。どんなかなーと、覗く前にヒルドに駆け寄ってヒルドにも振るう。
スカジとイズンの変化が面白かったので、期待して見てみるが……。
ヒルドは耳が少しとがったくらいだった。確かに元々肌が白くてちょっと彫りが深くて西洋人っぽい雰囲気があった。だから、ほとんど変わらないのだろうか?
シギュンに至っては、まったく変わってない。少なくとも違いが分からない。元々エルフ耳だったし。
シギュンは肌は健康的に日に焼けているのだが、肌の色素すら変わっていない。元々エルフ族の血が流れているからか?
シギュンはヒルドを見て「あれー?」と首を傾げた。容姿があまり変わっていないからだろう。
それから「わたしはどおー?」と聞かれる。だが、反応を期待しているだろうシギュンに対して、俺たち3人は何も言えなかった。
可愛くなったとか言えばいいのか? と俺は考えを巡らせるが、頭の回転が遅かった。
「シギュンは何も変わっていませんね」空気を読まずにヒルドがそう言ってしまう。
シギュンは口を尖らせて顔をゆがめた。「つまんねー」と杖を馬車の中に放り投げてしまう。
「アリカさん……あれ、なんですかね」
イズンが指さす先を見ると、木の根元付近が光輝いていた。昼間だと言うのに、まるで蛍の光のように淡く輝いている。
さっきまではそんな光はなかった。ちょうど、さっきの突然現れた子がいた付近だ。光は転々と木々の合間を縫って続いている。
来た道を振り返ってみると、ずっと前から光は続いていたようだ。
「さっきまでなかったよな?」
俺が尋ねると、イズンは頷いた。
「どれー?」とシギュンが聞くので、俺は木の根元まで近づいて「これこれ」と光を指さす。
「ずーっとあったじゃん」
「え? シギュンには見えてたのか?」
「アリカに言ったじゃんー。なにあれーって、聞いてなかったのー?」
再び怒り始めたシギュンをあやしながら、その光を追うことにする。
少し行った先で光が左に折れた。ちょうど俺たちの馬車が通れそうなけもの道だ。
その道はあまりにも木々に溶け込み過ぎていて、光が見えていなければ気づかないような道だった。
これは何かあるだろうという期待を胸に、俺たちはけもの道を進む。
しばらく馬を進めた後、突然視界が開け、妖精族たちの街――アールヴヘイムにたどり着いた。街の人が全員エルフだ。耳が尖り、変身した俺たちと同じような服装を身に着けている。
男はイケメンばかりだし、女の子がみんな可愛い。ただ、エルフ化した嫁たちを見ているので、見惚れることはあまりなかった。
宿屋に馬車を預けて一休み。それから、宿の主人に忘れ薬のことを聞いた。
曰く、「私には分かりませんね。スキールニル様なら知っているかも」とのこと。
スキールニルとは、アールヴヘイムの王であるフレイの従者。困った時に相談すると何でも解決してくれると評判がいいらしい。
「旅の人は珍しいから、会ってくれるかもしれませんね」という言葉に押されて、俺たちは王宮へと向かった。
王宮の門番は、スキールニルに会いたいと要件を伝えると快く迎え入れてくれた。傍らに控えていた小さなエルフに何か耳打ちすると、小エルフはどこかに駆け出した。
門番と言う割には非常に軽装で、腰に短剣、背中に弓を携えているだけだった。鎧などの防具の類は装備していない。
武器も装飾が美しく、ただのファッションだ、と言っても通じそうだ。
街でもそうだったが、エルフたちの身長の差が激しい。大きいエルフはゆうに180cmを超え、小さいエルフは130くらいしかない。
小さいエルフは、判で押したようにゴーグルをつけていた。流行っているのだろうか?
俺たちは応接間に通された。しばらくして、気品の漂う男が入ってきた。
身長が俺よりも高く、服装は他のエルフとあまり変わらないが、多少装飾の入ったものを着ている。肌が異様に白く、服との対比でまるで光輝いているかのようだった。男の俺でも見惚れてしまうくらい格好いい。
心配になって、俺は嫁たちを見回すが、別段特別な感情は抱いていないように見えた。よかった……。
「旅のお方、我がアールヴヘイムへようこそ。僕の名前はフレイだ。
すまないが、スキールニルは今席を外しているんだ。すぐに戻ってくると思うんだが……。
それまで、旅の話を聞かせてくれないか?」




