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※夜に濡れる涙

 スカジによる仮病2人きり作戦がイズンにバレてしまったので、当然イズンが怒っている。

 スカジはみんなと一緒に部屋で休むことになって、俺とイズンが2人きりで寝ることになった。体調が悪いわけではないのに、わざわざ医務室で。

 スカジの時もそうだったが、シギュンが「アリカがいないー」と騒ぐので、寝かしつけてから俺は医務室に向かう。


 いつ頃この城を発とうかを考えてはいるのだけれど、次の目的地がまだ決まっていない。

 スカジの体調が良くなるまでは、留まろうと考えていたのだが、最近の症状は単なる仮病だったという……。

 次の旅の目的としては、ヒルドの記憶をどうにか戻したいのだが、その当てがない。一応、シグルズに情報を集めてもらっているが、ここの神官も分からないらしいので、あまり期待はできない可能性が高い。

 いつまでもこの城で厄介になる訳にもいかないので、そろそろ真面目に考えなければならないかもしれない。

 でも、馬車での旅の不便さ(衣食住など)を考えると、この城の歓待も捨てがたいんだよなー。


「どうしようか?」と一緒に寝ているイズンに聞いてみても、

「いいじゃないですか。ここで、ゆっくりしていきましょうよ」

 と言って、にっこり笑うだけなのだ。

 滞在期間中はずっと2人きりで眠るつもりらしい。

 スカジが怒ったりもするが、仮病事件のせいでスカジには発言権がない。結局はイズンに言いくるめられてしまう。

 俺としては、みんなで仲良く一緒に寝たいが、俺に決定権はないのだ。


「ねぇ、アリカさん。

 本当にスカジさんとはキスまでしかしてないんですか?」

 俺の腕を抱きしめるように胸に押し付けてイズンが聞いてくる。スカジと2人きりの時は、豊満な胸とはご無沙汰だったので正直役得だ。

 バスト91から繰り出される柔らかさは圧巻である。ちょっと触れるだけで、俺の脳はとろとろに溶けて馬鹿になってしまう。

「してないよ。

 具合が悪いって信じきってたんで、身体に障ると思ったから」

「ほんとにほんとですか?」

「本当だよ。何度も言ってるけど。

 それに勝手にそんなことしたらイズンが怒るだろ」

「当たり前じゃないですか!! 抜け駆けなんて許しませんよ。

 でも、アリカさんがどーしてもしたいって言うなら話は別、ですよね?」


 イズンが俺の心臓辺りをさする。俺の心音が早くなっているのを確かめて、イズンがくすりと妖艶に笑う。

 正直な話、スカジは具合が悪いと思っていたのと、胸などのアプローチがないので我慢するのは比較的容易だったのだが……。

 イズンは自分の身体が武器になると分かっていて、わざと欲望アプローチをしかけてくるので、押しに負けてしまいそうです。

 でも、そうしたらしたでスカジがキレて大変なことになるのは目に見えている。

 まさかこんな嬉しい悲鳴が俺の人生に振ってくるなんて考えてもなかったのだが、耐えるというのも簡単ではない。耐性がないのである。


「アリカさん、今日はおトイレに行かなくていいんですか?

 くすくす。我慢できなくなって、何か私にできることがあれば言ってくださいね」

「大丈夫だよ。ここに来る前にトイレは済ませてるから」

「あらあら」楽しそうにイズンは答える。優しく頭を撫でられて、俺は頬が熱くなるのを感じた。

 電気を消してなかったら、真っ赤な顔を見られてイズンはさらに笑みを深めるだろう。

 俺は睡眠時間を確保するために、イズンを寝かしつけてしまうしかない。

 押し付けられた胸から手を引き抜いて(その際「あんっ……」とか言われて俺はどぎまぎする)、頭をと背中に手を回して、イズンを撫でる。

 お姉さんタイプのイズンではあるが、女の子らしく甘えたがる欲求もあるようだ。俺の腕の中で丸くなって、ぎゅーっと抱き着いてくる。

 足同士をからめさせてきて、ま、股の体温が伝わってくる。太ももなんかも柔らかくて、すごく気持ちがいい。

 ……自制が大変だ。俺は賢者だ、俺は賢者だ、俺は賢者だ……。


「ねぇ、アリカさん」

 濡れた声が胸元から聞こえた。また、小悪魔的なことを言い出すのか……と俺は身構える。

「……なに?」

「いつも、守ってくれてありがとうございます」

「え? どうしたのさ、いきなり」

「いきなりじゃないんです。今までずーっと思っていて。

 アリカさんとスカジさんには、すっごく感謝してるんです。私は、後衛で……ひ弱だからいつも守ってもらって。

 その度に、アリカさんもスカジさんも傷ついて。私たち後衛の為に……」

「いいんだよ。それが役割ってもんだろ? 適材適所だよ」

「そんな事ないですよ。例えば、私がオトリになるとか、……怖いけど出来ると思います」

「スカジに負担をかけてるのは俺も思ってる。

 イズンにも心配かけてごめん。俺、もっと強くなるからさ」


「2人とも十分強いですよ。でも、神族とか竜族相手に2人でどうにかしようってのがそもそも無茶なんです。

 私、自分で自分を回復もできますし、2人の盾になりたいんです」

「いやいや、そんなの逆に戦いづらくなっちゃうよ。

 スカジだってそうだと思うよ。後衛の2人には安全なところから離れてサポートしてくれればいい」

「だって、シギュンさんは攻撃魔法があるからまだしも。

 私も簡単な攻撃魔法ならできますけど、使いどころが分からないし、魔法攻撃力もあまりないです。

 ……私なんて何もできずに見ているだけじゃないですか」

「そんなことないよ。イズンがいるからダメージを受けながらも戦えるんじゃないか」

「でも、ヒールならアリカさんも使えますよ」

「質が違うじゃないか。俺は中級までしか覚えられないし、イズンにしか治せない怪我だって沢山ある」

 そうですけど……と言うが、イズンは納得していないらしい。


「スカジさんにだって、本当はあんな言い方したくなかったんです。

 前衛で、いつ死ぬかも分からないから人一倍アリカさんに甘えたいって気持ち、よく分かります。

 それなのに、スカジさんを怒って、私だけ2人きりになるなんて……。甘え過ぎですよね。

 だからせめて、私も少しくらいは役に立ちたいんです。

 私も魔物に立ち向かいたい」

 でも……と、イズンは心情を吐露する。

「私、口ではこんな事言いながら、魔物が怖くてしかたなくて……。

 今回の竜騒ぎだって、目の前に来られた時に怖くて何もできませんでした……。

 でも、そんな自分が嫌なんです。何とか立ち向かって、アリカさんやスカジさんみたいに勇敢に戦いたいんです」

 イズンが顔をあげて俺を見た。暗闇の中だから、ぼんやりとボヤけている。けれど、すすり上げる鼻の音で、泣いているのだと分かった。


「イズン、俺だってそうだよ。

 レベルがいくらあがっても、怖いものは怖い。

 HPは高くなって余裕は出て来たけど、やっぱり痛いものは痛い。

 けどさ、自分が傷つくのなんてどうだって良いんだ。仲間を失うことの方が怖い」

「……だったら、なんで旅を続けようと思うんですか?

 他の勇者の方たちだって、旅なんてやめてこの世界で幸せに暮らしていますよ。

 魔王のシギュンさんだって、私、戦おうなんて思えなくなりました。

 すっごく素直でいい子です。もうアリカさんは勇者としてやる事なんて、無いじゃないですか」

「そう……なんだけどさ。

 でも、この世界っていつ死ぬか分からないじゃないか。

 トールみたいな言葉が通じずに襲ってくるアホだっているわけだし、強くなっておいて損はないと思う。

 仲間を守れるくらい、心配をかけないくらい強くね。

 それに、何も知らずに戦う羽目になったり、死ぬ思いをするなんて真っ平だよ。

 だから、この世界のことをもっとよく知っておきたいんだ」


「シギュンさんを連れて、ヴィズル王と戦うつもりなんですか?」

「分からない。ロキが言ってることだって、どこまで本当か分からないし。

 シグルズもヴィズル王に家族を殺されたって話も、何かの間違いかもしれない」

 本当にそうだろうか? アースガルドに住み、神族を信仰していたイズンの手前だから、言葉を濁しているのだと自分で感じた。

 俺だって、多少なりともアースガルドで元勇者と交流があった。みんながみんな、口を揃えて「あの国王はおかしい。言いなりになるな」と言っていたのを思い出す。

 あそこから出た後も、ロキとシグルズから立て続けにヴィズル王の悪評を聞いている。自分の国の為に、他者を易々と犠牲にする国王にしか思えない。


「この世界はゲームでやって、色々知ってるつもりだった。

 でも、沢山違うことが出てきて、知りたくなったんだな」

「アリカさんは、元の世界ではどんな事をしてたんですか?」

 突然、問われて俺は戸惑った。

「どんなって、ただのサラリーマンだけど」

「サラリーマン?」

 そういえば、サラリーマンなんて言葉はこっちの世界にはないか。この分だと、仕事を説明しても理解してもらえそうにない。

「誰でもできる仕事を、毎日繰り返すだけの仕事だよ」

「でも、魔物もいないし、貴族みたいな生活だったんですよね?」

 俺は元の世界を思い返す。時間で言えば、あちらの世界での時間の方が圧倒的に長い。でも、どちらが充実しているかと言えば、こっちの世界だ。


「生活するには、まぁ困らないよ。家もあるし食べ物もある。ベッドもね。

 けど、まぁ、俺は社畜だったなぁ……」

「社畜とはなんですか?」

「奴隷だよ」

「アリカさんの世界では、貴族でも奴隷なんですか?」

「うーん。俺たちの世界では、そう呼ばれてたね。俺自身も奴隷みたいなもんだと思ってた。

 自分が何をやっていて、どういう役目があるかなんて、さっぱり分からなかったな。

 ただ言われたことを淡々とこなしてただけ」

「この世界とは随分違うんですね」

「うん。元の世界だったら、俺がいなくなっても誰も困らないだろうな。

 この世界だったら、少しくらいは何かの役に立てるかもしれない」

「アリカさんは特別だと思いますよ。素敵だってことを除いても」

「ありがとう。この世界では、何か俺だけにできることをやりたいんだ。

 どうも俺は色々と運が良すぎるみたいだし。俺みたいに恵まれてない人を助けたいんだ」


 立派なんですね、とイズンが呟いた。立派なもんか、と俺は即座に思う。

 俺はRPGみたいなこんな世界が好きだった。ゲームが好きだったのだって、こういう世界に憧れてたからだ。

 唯一無二の勇者になれる。目的が決まっている。ただの単純作業で強くなれる。

 時間さえかければ、俺みたいな人間だって勇者として魔王を倒せるんだ。これ以上の娯楽はなかった。俺にとっては。

 多分、俺が元いた世界だって、RPGと同じ世界だったんだろう。けど、俺はそこでは村人Aに過ぎなかった。

 この世界では、勇者はたった一人ではないけれど、でも他の勇者に比べれば俺は圧倒的に恵まれていた。

 だから、俺は自分の可能性をもっと広げたいし、元世界の俺のような村人Aの人だって救えるなら救いたい。

 俺は村人Aの時の気持ちを忘れてはいけないと思った。だから、俺に出来る限りのことをしたかっただけだ。


「戦って、死ぬかもしれないのに、ですか?」

「ああ」


「アリカさん……」

 イズンはまだ俺を見つめている。

「私たち、いつ死んでしまうか分かりません。だから、私、思い出が欲しいんです。後悔しないように」

 イズンが急に身体を動かして、キスをしてきた。俺は受け入れて、イズンの首に腕を回す。

 すると、イズンは身体を起こして俺の上に馬乗りになった。

「思い出、くれますよね……?」

 イズンの言葉はまだ泣いていた余韻があるのか潤んでいる。こんな形でするのは駄目だ……と思うが、否定の言葉が出てこなかった。

 布がこすれる音が聞こえ、俺の上に何かが落ちてきた。イズンの上着らしい。空間にイズンの匂いが広がる。

 頭がぼーっとする。大量の血が身体の中でざわついて、何も考えられなくなってきた。

「恥ずかしいですから、アリカさんも……ね?」

 カラカラに喉が渇いて、口の中を舌で濡らして唾をのみ込む。ごくり、と喉が大げさな音を立てた。

 俺は上体だけ起こして、自分の上着に手をかけてまくり上げる。


「ちょっと待ちなさいよ!!」

 突然の大声にびくついた瞬間、目の前が真っ白になった。急に明かりに照らされて、目が痛む。

「な、なにをやってくれてんのよ。早く服を着なさいよ!!」

 スカジの声が近くで聞こえた。目を正面に向けると、真っ白な視界の中、イズンの豊満な裸がぼんやりと見えた、気がした。

 罵倒されながら、脱ぎかけの服をスカジに無理やり着させられる。

「あんたたちねえ! こんなハレンチなこと、許されると思ってんの!!」

 目が慣れてきた。スカジを見ると、両手を腰に当てて仁王立ちしている。


 スカジの瞳は潤んでいて、涙の跡があった。

「え、ごめん。泣いてるの?」俺は訳も分からないままに謝る。

「じ、自分が恥ずかしくて泣いてたのよ!!

 イズンの話を聞いて、アリカを独り占めすることばっか考えて、自分が惨めになって泣いてたの!!

 なのに、なによイズンったら。あれこれ言いながら、やることやろうとしてんじゃないのよ」

 イズンを見ると、口を尖らせて拗ねている。

「……今までどこにいたの?」

「隣の部屋に隠れて聞き耳立ててたのよ。

 イズンが間違いを起こさないように」

「もしかして毎日来てたの?」「そうよ!!」


「間違いなんて起こしてないですよ。思い出を作ってただけですもんね?」

 俺に同意を求めてくるイズン。あまり火に油を注がないで欲しい。

「アリカもアリカよ!! なんで、あたしの時は手を出さなかったのに、服なんか脱いで……どうして雰囲気に流されちゃってるの!?」

「いや、スカジは体調が悪そうだったし」

「やっぱり、スカジさんだって、アプローチかけてたんじゃないですか!!

 自分のことを棚にあげて、人のことばっかり怒らないでくださいよ!!」

「だって!!」

 スカジは勢い込んでそう言ったが、反論の言葉が出てこないらしい。

 結局のところ、口喧嘩をしようにもイズンの方が圧倒的に強すぎて勝負にならない。スカジは感情の赴くままに叫ぶだけなので。


 だって!! の続きを俺もイズンも待ってはいたが、スカジの目はみるみる内に涙がたまっていく。

 その涙が堰を切ったように流れると、スカジは俺に飛びついて抱きついてきた。

「うわーん。どうしてなのアリカ。

 あたし、女の子としての魅力がないの?」

「い、いや、だから手を出さなかったのはスカジが……」

 先ほどの言葉を繰り返そうとするが、目と鼻の先でぼろぼろ泣いているスカジが可哀想で言葉がつまってしまった。


「あたしのこと嫌い?」

「嫌いじゃないよ」

「じゃぁ、好き?」

「うん……好きだよ」気恥ずかしさがあったが、何とかそう答えた。イズンが俺を睨み付けてくる。

「女の子として魅力ない?」

「あるに決まってるだろ」

 俺は悟られずに嘘をついた。いや、嘘じゃないか女性性的な魅力はイズンの方が上だ。胸とか胸とか胸とか。

 貧乳も好きだけど、でも、実際に巨乳を押し付けられると男は馬鹿になってしまうのだ。

 まだスカジの貧乳を実際には拝んだことがない。アピールポイントがやや少ないのだ。


「よかったぁ」と言いながら、スカジはイズンを押しのけた。余りにも自然な動作だったので、イズンも俺もポカンとしていた。

 かと思ったら、スカジはイズンの代わりに馬乗りになり、腕は首、足は腰に回して俺をがっちりとホールドしてくる。

 キスされた。

 イズンがブチ切れた。

「ちょ、っとぉ!! 何してるんですか!!」

 俺からスカジを引きはがそうとするが、頭では勝てても腕力ではスカジに到底及ばない。

 俺はデジャブを感じながら、なされるがままになるしかない。

 退けようとしても、スカジが「やだやだやだ」と、まったく離れないので、イズンは隣で寝るしかなくなった。


 次の日から、みんなで一緒に寝ることになった。


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