竜の毒、蝕まれる仲間
「ここは……どこだ」
竜だった男――ファヴニールが目を見開いて呟いた。
俺が潰したはずの左目も傷跡はあるが見えてはいるらしい。瞳孔を動かして周りを確認している。
「君が……竜だった君が縄張りにしていた森だ。覚えているか?」
「竜? ……ああ、覚えている。確かに俺は……」
身体が痛むのか、ファヴニールはぎこちなく上体を起こそうとする。俺は彼の背中を支えて起き上らせる。
「そうだ、兜はどこに行った? 俺が付けていた兜は?」
俺は自分が飛ばされた地点を眼で指して「向こうに落ちてる」と答えた。
「あれを……あの呪われた兜を破壊しなくては……。俺みたいな人間をもう出さない為に……」
肩を貸して、歩こうとするのを手伝う。スカジがもう片側の肩を支えた。
身体のそこかしこが異様に堅かった。こちらの同様に気づくと、ファヴニールは服の袖をめくり始めた。
服の下から出てきたファヴニールの肌は、所々竜の鱗が生えていた。
「竜になっていた時間が長すぎたのかも知れない」と鱗の部分を撫でながらファヴニールは言った。
俺の視界の片隅で『称号:【竜殺しの英雄】を取得しました』とウィンドウが出る。
「あの兜や、俺の黄金は呪われているんだ。早く壊さないと……」
身体は回復魔法で癒されているはずなのに、ファヴニールは身体を引きずるようにして歩く。
「竜だった記憶は全部覚えているのか?」
「ああ、意識は兜に支配されていた。けど、全部思い出せるよ」
「俺たちと戦っていたことも?」
問いかけると、ファヴニールは立ち止まってまじまじと俺たちの顔を見た。
「さっきのは君たちか。
すまない、頭がぼんやりしているんだ。働いてくれない。
さっきはすまなかった。俺は君たちを……殺そうとしていた」
「いや、そんな事は良いんだ。俺も君を傷つけ過ぎた。申し訳ない」
「いいんだよ。それにしても驚いたな。竜である俺を圧倒していた。
俺は……過去に何度も人間を殺したんだ。黄金を独り占めする欲求に……兜の呪いに抗えなかった。
殺されてもおかしくなったような人間なんだ……」
ファヴニールは歯を喰いしばった。しかし、耐え切れなかったのか涙が一筋流れる。
気にするな、と声をかけようとしたが、そんな言葉が意味を成すとは思えなかった。
「身体に痛みはないか? 回復は十分したつもりなんだけど」
「大丈夫だ、ありがとう。肩まで借りて無様ですまない。
身体はなんともないんだが、多分、歩き方がよく思い出せないんだ。身体が自由に動いてくれない」
竜になっていた期間が長くて、身体の動かし方を忘れているのだろうか?
ファヴニールはやせ細っていて、大して重くなかった。
そういう事なら、と俺はファヴニールを背に担ぐ。
「俺を止めてくれて、ありがとう。その上、こんな世話までさせて。なんてお礼を言ったらいいか……」
「いいんだ。俺は自分にできることをやってるだけなんだから」
「それは簡単なことじゃないよ。君は立派だ」
地面が抉れた跡が見えて来たのに、肝心の兜が見つからない。
視線の先を見ながらそう思っていたが、見覚えのある黄金の兜が落ちているのが見えた。
しかし、俺が知っていたものに比べて随分小さい。あの大きな竜がかぶっていたものとは違う。まるで人がかぶるくらいの大きさだった。
「おかしいな。この辺りに落ちたはずなんだが……」
俺はその兜から目を離せずに言った。
「いや、これだよ」ファヴニールが俺の背中越しに、目の前にある小さな兜を指差した。
「俺が元に戻ったから、こいつも戻ったんだろう。
元々は人間がかぶるものなんだ。
そして、かぶった人間に呪いをかけて、竜の姿に変身させる」
珍しいアイテムもあったもんだ。いや、RPGの世界に珍しいも何もないか。
竜という存在自体が、元の世界では珍しいどころの話じゃなかった。
「色々迷惑をかけてすまないが、あの兜を壊してくれないか?」
ファヴニールを降ろして、俺は剣を引き抜いた。
竜の時の大きな兜とは違い、このサイズなら簡単に破壊できそうだ。
振り上げて、振り下ろす。2度繰り返したところ、兜は衝撃に耐えきれずに真っ二つに割れた。
「もう少し修理できないように粉々にしてほしい」
言われた通り、原型が無くなるまで何度か剣を叩き付けた。
「次は、俺の住処に行って隠していた黄金を処分したい。
そうじゃないと、また同じ悲劇が起きるかも知れない」
と言うので、ファヴニールに案内を頼んで洞窟に向かうことにした。
「多少、身体のカンを取り戻してきた」とファヴニールが言った。
スカジの片側を頼もうとしたが、疲れているのか足がふらついている。
俺一人で肩を貸すことにして移動することにした。
しばらく歩いた後で、山を切り開いたような洞窟にたどり着いた。
「黄金は、見ない方がいい。見たら取り憑かれるかもしれない。
どうにか、この洞窟の入り口を塞ぐ方法はないだろうか?」
どうだろう。大きな岩を持ってきて、塞ぐとかだろうか?
「あーわたしできるよー」
シギュンが間延びした声で言った。
「そう? 頼めるかな?」
「うんー」
シギュンが前に進み出て、詠唱を始めた。
「母なる大地よ、その大いなる意思を持って、時を刻め。
アースクエイク」
シギュンが地面に手をつくと、眼前の地面が瞬時に盛り上がった。断続的にいくつもの岩の柱が隆起していく。
それらの柱が洞窟の天井まで伸びあがっていった。岩と岩がこすれるくぐもった音がどんどん遠くなっていく。
ようやく音が聞こえなくなった時、洞窟を形成していた山が大きく震え、ゴオォン、と大きな音を立てた。
風圧が俺たちの身体を叩き、辺りに粉塵が舞う。山が多少崩れたようだ。
「はーちょっとやりすぎたー」
えへへ、と笑ってシギュンが俺を見た。苦笑いするしかない。こんな大きな力を持っているのか……。
洞窟があった形跡がなくなった。
ファヴニールもまさかここまで完璧にできると思っていなかったらしく、目を瞬かせて驚いていた。
「じゃぁ、とりあえずヒーアルプレクまで戻ろう」
俺が提案すると、ファヴニールは苦い顔をした。
「いや、俺はあの街には戻れない。俺は黄金を独り占めする為に近隣の住民を襲ったんだ……」
「そんなこと言っても、……じゃぁ、君はこれからどうするんだ?」
「黄金を処分した今となっては、俺に出来ることはもう何もないよ。
どこかでひっそりと、……死ぬ準備をしようと思う」
「俺には君の苦しみは分からない。けど、罪の意識があるなら、何か君にできることをやるべきじゃないか?」
ファヴニールは押し黙った。
彼にどんな想いや葛藤があるのかは分からない。
長い沈黙が続く。
突然、スカジが寄り掛かってきた。
「どうしたスカジ。そんなに疲れたのか?」
しかし、スカジは答えずにそのまま倒れ込んだ。咄嗟に手を伸ばして、地面にぶつかる前にすくい上げる。
「お、おい。大丈夫か!?」
スカジは青白い顔をしていた。
熱にでもうなされているように、呼吸が激しい。
「も、もしかして私がやった毒の処置が悪かったんでしょうか?」
ヒルドがスカジの顔を覗き込みながら叫んだ。
「毒の処置って何をしたんですか?」ファヴニールの問いに「毒消し草を使っただけです」
「俺の毒は毒消し草くらいじゃ、多分治らないぞ」
「イズン!」声をかける前に、イズンは既に詠唱を始めていた。
イズンがステータス異常を回復する白魔法――ハイキュアレイションをスカジにかける。スカジの少しの間の後、スカジの顔色が多少よくなる。
「毒を受けてから時間が経っている。それだけだと厳しいかも知れない」
「どうしましょう? 私はハイキュアまでしか覚えていませんし……」
イズンが取り乱すが、俺にはアイデアがまったくなかった。イズンに治せないとなると、どうしようもない。
ファヴニールは、ちょっと貸してくれ、と俺の剣を引き抜くと、剣先で自分の指を傷つけた。
「効果があると良いんだが……」そう言って、滴り落ちる血をスカジに飲ませた。
「竜だった時の抗体が残っていれば、俺の血を飲めば良くはなると思う」
スカジは呻くだけで、快調とは程遠かった。
「どっちにしろ、すぐにヒーアルプレクまで戻ろう。ファヴニール、とりあえず一緒に来てもらう」
「すまない……俺のせいで」
「君のせいじゃないさ。悪いのは呪いの兜だ」
「しかし、」「言い争ってる場合じゃない。早く戻ろう」
森を抜けて、待たせていた馬車に乗る。
馬車に乗ってからの道中は早かった。馬に急がせたおかげで、ヒーアルプレクにすぐについた。
イズンには、シグルズの元に先行して貰って、俺はスカジを抱きかかえて城に入る。
すぐにシグルズがやってきてくれた。傍らには、王宮お抱えの神官らしき老人が佇んでいる。
「イズン殿から話は聞いた。我が城で出来る限りのことはさせていただく」
「シグルズ王! 私はファヴニールです。私が竜となって、彼女に毒を吐きかけました。
何か出来ることはないでしょうか?」
「そうか君が……」シグルズは呟いてから、神官に振り返った。
「ついて来ていただきましょう」神官はそう言うと、歩き始めた。
スカジを抱いた俺とファヴニールが続く。
ベッドを設えた医務室についたが、神官が弱々しく言った。
「私にもこれだという治療方法は分かりません。私ができる限りのことを試してみるだけだ。
竜の毒、これほど強いものは、自然界には滅多にありませんからな。普通ならもう死んでいてもおかしくない」
神官が香草で薬を作っている間、俺とファヴニールは血を流してスカジに飲ませた。
俺の血は、毒耐性をさらに高める効果を狙って。ファヴニールの血は、抗体になることを願って。
そんな事に効果があるかどうかなんて、誰も分からない。
スカジの額には汗が浮かんでいた。
俺はタオルを借りて、それを拭ってやる。
しかし、拭っても拭ってもスカジは苦しそうに脂汗をかいた。
「大丈夫だからな、スカジ。絶対に治るから」
スカジが弱々しく伸ばした手を握って、俺は何度も声をかけ続けた。




