竜退治の依頼
わーわーわーと、騒ぎながらスカジとイズンが駆け寄ってきた。
「あ、あの。この人、異世界から来たばっかりの勇者なんで何にも知らないんです」
スカジが言った。助けてくれているのは分かってるけど、スカジに言われるとちょっとムッとする。
「なに? それは本当なのか?」
シグルズが確かめるように俺に向かって聞いた。俺は頷く。
「では、貴殿はアースガルドのヴィズル国王の……」
シグルズが何か言いかけたが、ヘグニが大声で怒鳴る。
「そんなことは関係ないなかろう!!
決闘で魔法を使うなど、恥を知れッ」
すかさず従者の男は言う。恥を知れもなにも、知らなかったのだから、恥ずかしいとも思えない。
どうにもこの世界に来てから「そんなことは常識」(あるいは非常識)と言われる機会が多いが、俺にとっては常識でもなんでもない。
ゲームとして、『円環の最終戦争』をやっている時も、こんなイベントは存在しなかった。
「いえ、ですから。アリカさんは、魔法を使ってはいけない、という決まりを知らなかっんですよ。すみません」
イズンが謝るが、従者の男は折れる気配がない。
「よいではないか、ヘグニ。魔法を受ける前から私は押されていた。
アリカ殿の方が力量は上だ」
シグルズのその言葉に、ヘグニと呼ばれた従者の男はぎょっとした顔を浮かべた。
「そ、そのような事はございませぬ!!
あなたは我が国の国王なのですぞ。
それなのに、このような卑劣な行為……。
我が国、始まって以来の不敬罪だ!!
これでシグルズ様が負けたなど認められる訳がない!!」
「私が負けを認めているのだ。それでよいではないか。アリカ殿の方が」
「それ以上おっしゃってはいけません、シグルズ様。
お立場をお考えください」
「あの、すいません。仕切り直しはできませんか?」
「仕切り直しぃ?」
喚いていたヘグニが俺の言葉に反応した。
「はい、知らなかったとはいえ、魔法を使ったことは謝ります。
すいませんでした。
誰かハイフレイムを使える方はいませんか?
出来れば、それを俺が喰らった上で、再度勝負をしたいのですが」
「いや、そのような事は無用だ。そもそもこの決闘の目的は……」
何かを言いかけたシルグズの言葉をヘグニが遮る。
「そこまで言うなら仕方がない。姉上、火魔法をお願いいたします」
「分かりました」
そこまで言うならも何も、引き下がらないから提案しただけなんだけど……とは思ったが、問答無用で捕まるよりはマシだ。
面倒だけど、火魔法を受けた後で、もう一度シグルズと戦うしかない。
女の従者に指示されて、俺は集団から少し離れる。
「すべてを生み出した最古の力よ、暗闇を照らし、我が敵を消滅せよ」
女がよく通る声で、詠唱を始めた。
俺は嫌な予感がした。詠唱がおかしくないか?
「死ねッ!! エクスフレイムッ!!」
おい! いま死ねっつったぞ!!
っていうか、中級じゃなく上級魔法じゃねーか!!
おまけに、詠唱付き(威力アップ)。
その上、俺が使うようなエクスフレイムよりも、火の玉が大きい。
彼女は魔法使いの専門職だったのか? 勇者である俺の中級魔法なんかとは比較にならない高威力だろう。
え、やば、これまともに喰らったら……。死……。
盾、は使っていいんだよな? シグルズだって盾で防いでたし。
オーディンの加護(盾一時強化)は使っていいのか? いや、だめか。
いやいや、使わないと、どれだけの。……もう詠唱する時間が足りない。
俺を助けてくれ!! メタキンの盾!!
迫りくる炎に対して、俺は剣を投げ捨てて両手で盾を構える。
直後、オークのタックルを喰らったような衝撃が俺の両手にかかった。
こらえきれず、足を引きずりながら後ろに押されていく。
炎を大幅に軽減するはずのメタキンの盾越しから、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。
2mほど押し出されたところで、エクスフレイムは四散した。
方々に散った炎が俺の髪の毛と防具に火をつけた。
熱っ!!!!
俺は盾を放り投げて、必死で消火作業に入る。
髪の毛の火は、叩いたらすぐ消えた。
膝当て、レーザー製のズボンを脱ぐ。
上を脱ぐ時間がない。俺はやたらめったらに服を叩くが、炎は消えない。
まずいまずいまずい!!
俺は地面に転がって、火元を地面に押し付ける。両手で砂を掴んで、燃えている箇所に砂をかけた。
仲間4人が駆け寄る頃には、無様ながらも何とか火を消すことができた。
多くの人が見ている中なので、俺は気疲れしながらも、先ほど脱ぎ捨てたズボンをはいた。
所々焼け焦げているが、パンチ一丁でいるよりはマシだろう……。
イズンがエクスヒールを唱えようとしたのを必死になって止めた。
今の無様なやりとりを無しにされたら困る。
仲間たちが俺の身体をぱんぱんと叩いてくれる。砂埃が舞い、俺たちは咳き込んだ。
「なにをしているんだ!! グズルーン!!」
シグルズが先ほど魔法を放った女の従者――グズルーンを怒鳴りつけていた。
「やり過ぎだ! アリカ殿が死んでしまったらどうする!!」
やり過ぎとかそういう次元じゃない。あの人、俺に死ねって言ってた。
俺は仲間たちに叩かれ過ぎて、身体が痛い。
でも、小っちゃい身長でジャンプしながら、楽しそうに俺を叩くシギュンが可愛い。
「アリカ殿、すまない。アリカ殿のダメージ量の方が大きい。
もう一度、私にハイフレイムを撃ってくれ」
「し、シグルズ様、いけません!!」
グズルーンと呼ばれた女が血相変えてシグルズの肩を掴む。
「そうです。向こうがそもそも約束を破ったのが悪いのですから」
ヘグニがグズルーンの言葉に続く。
しかし、シグルズは頑として譲らない。「ハイフレムをかけてほしい」と繰り返した。
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
「今取り込み中だ! 黙っていろ!」
ヘグニが言うが、イズンは気にせずに続けた。
「仕切り直しということであれば、お二方をヒールで回復すればいいのではないでしょうか?」
全員がイズンに向き直った。確かにその通りだ。
少なくとも、これ以上不毛な魔法合戦によるHP調整をするよりは、随分気が楽だろう。
イズンによって、エクスヒールを何度か貰って双方全回復した。
俺としては、ダメージがどうのこうのという問題じゃなくて、気力が萎えてしまっている。
「では、仕切り直りだ。シグルズ様、お手数ですがもう一度お願いします」
ヘグニが言うが、シグルズは俯いたまま反応しない。
誰が何と言おうとも、この中で発言権が一番あるのはシグルズだ。全員がシグルズを見る。
ややあって、シグルズは顔をあげて言った。
「やはり、この決闘はもうお仕舞にしよう。私の負けだ」
「しかし、シグルズさま」
「黙っておれ!!」
シグルズがヘグニを大声で一喝すると、流石のヘグニも食い下がらずに黙った。
「アリカ殿、見事としか言いようがない。
決闘で力の程は見せていただいた。アリカ殿の腕を見込んで、是非とも頼みたいことがあるのだ。
私に出来うる限りの報酬をご用意する。どうか、話しだけでも聞いてはくれぬか?」
「ええ、別に話を聞くくらいならいいですけど」
「なんだと貴様! シグルズ様に向かって、なんたる無礼な言葉遣いを」
「もうよい、ヘグニ、お前は会話に入ってくるな!!」
「し、しかし……」
「二度は言わぬぞ」シグルズがヘグニを睨みつけると、ヘグニは唇をかみしめながら顔を真っ赤にした。
しかし、シグルズの言う通り、押し黙る。
「ここで立ち話もないだろう。我が王家にご招待する。ご足労願う」
アースガルドや魔王城に比べて、シグルズの城は質素なものだった。
無駄な調度品の類が存在しない。
シグルズについていくと、長テーブルと椅子だけがしつらえた食堂に通された。食事を楽しむ食堂にも、調度品や絵画の類はあまり置かれていない。
全員が席につくと、シグルズが口を開いた。
「ぶしつけな決闘の上に、ここまでご足労いただいて感謝する」
ヘグニが「たかだか旅の者にここまでの歓待を」と何か言いかけるが、シグルズが「これ以上狼藉を続けると追い出すぞ」と言葉を封じた。
「決闘の目的は他でもない、アリカ殿、貴殿の力を見る為だったのだ。
貴殿の力、私を容易に超える腕前だ。それに剣だけではなく、魔術も使えるとは恐れ入る。
回りくどいのは嫌いだ。結論から話そう。
アリカ殿の力を見込んで、竜退治を頼みたいのだ」
「竜退治?」
まさかいきなり竜退治の依頼が来るとは思わなかった。
『円環の最終戦争』(ゲーム)では、何度も「あれしろ」「これしろ」という依頼が続いた後、ようやく竜退治にありつけるからだ。
逆に、先ほどのような決闘イベントはなかった。あのイベントのおかげで、面倒な手順を飛ばせたのか?
俺は適当にゲームをしただけなのに、もしかしたら、そういうルートがあったのかもしれない。が、今となっては確かめる術がない。
「大変な依頼をしていることは分かっている。元々は、私が倒そうと考えていたのだ」
確かに、北欧神話ではシグルズという人間の英雄は、竜殺しの英雄と呼ばれている。
「しかし、その結果に悪い予言が出ておる。私は、竜を屠ることができると予言されている。
だが、その後で、我が王家はそれがゆえに滅びる……と。
私ただ一人が死ぬのであれば、この命、惜しくはない。名誉として、喜んで捧げよう。
しかし、我が王家が滅びるとなると話は別だ。それだけは避けたいのだ」
おおむね予想通りの言葉だった。
ゲームでも、シグルズが倒すはずの竜退治の依頼を受ける。
すると、聖剣グラムを貸してもらえ、倒すと武器と報酬を貰える。
はいはい、そういう展開ね。
俺は黙って相槌を打っていたが、ゲームの時では絶対に有り得なかった言葉をシグルズが言った。
「私は、アースガルドの国王――ヴィズル国王が許せない。
我が王家を戦場に駆り立て、我が父と兄の命を奪った罪、絶対に償わさせてやりたいのだ。
だから、竜退治で我が王家の運命を捧げる訳にはいかない。
アリカ殿、どうか協力してほしい」




