雷神、撃退
トールは俺を睨み付けていたが、急に視線を切った。
「がっはっはっはっは。雷神のワシに雷を放つとはな。
このワシがまさか雷で痛みを感じるとは思わなんだ。
ちっぽけな輩共にここまでやられるとはの。面白いやつらじゃ」
興味深そうに俺や俺の後方を眺めて笑うトール。
殺気が失せていた。よく見ると、トールの全身は赤色から元の肌色に戻っている。
トールは俺に近寄ってきた。
俺は武器を構えるが、しかし、先ほどの雷のおかげで手足の反応がにぶい
どうするべきか、と頭をフル回転する俺をしり目に、トールは俺を相手にせずに横を通り過ぎていく。
「驚きじゃて。
ワシもこのまま戦っては、ワシの館に帰る間に死ぬかもしれん」
呆然と見ていると、トールはロキに近づいていく。
トールは隙だらけだった。
俺は自分の身体を叱咤してトールに襲い掛かる。
……はずだったが、肩を叩かれてびくりとする。スカジだった。
「スカ、ジ? だ、大丈夫だったのか!?」
瞬間的にスカジの元居た場所を見るが、地面は血に塗れている。
「ええ、ナリが一撃死回避をくれてたから、なんとか」
「あまりの痛みにショック死しそうでしたがね、私は」
ナリが暗い表情で言う。
「よかった。本当によかった……」
俺はスカジとナリを抱きしめる。
ナリは「私は結構ですから」と俺の腕からくぐり抜けてしまう。
俺は反射的に「ありがとうナリー」とスカジを離してナリを抱きしめる
「あの、ほんとやめてくれますか?
私の骨、ぼきぼきに折れてるんで……」
「そんなに悪いのか!?」
「いや、さすがに大げさですけど。でも、死にかけましたから。マジで」
「スカジは大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。心配かけてごめんね」
「そんなのいいよ。よかった、無事で。よかったよ」
俺は惚けて、その場に座り込んでしまう。本当によかった。
スカジが腕を回して俺のことを後ろから抱きとめてくれる。
「あれ? そういや腕、大丈夫だったの? 折れてなかった?」
「ん? 折れては無いわよ。脱臼してたから、入れ直したけど」
「そっか。どこか悪い所はない?」
「少し身体がだるいけど、ナリの回復のおかげで、大丈夫よ」
「ナリー、ほんとありがとなー」
立ち上がって、ナリに抱きつこうとして、
「いや、ほんとそういうの良いんで。休んでてください」
頭を抑えられて座らされた。
傍らにイズンが駆け寄ってきて、俺に回復魔法をかけてくれる。
ナリは、「あ、回復するの忘れてた」と棒読みで呟いた。
「おい、ロキ。ワシを回復してくれ」
トールの大きな声が響いてきた。
「馬鹿かお前は。そんな敵に塩を送るような真似をできるか」
「ワシはもう帰るんじゃ。身体中が痛むのでな。回復しろ」
「そんな言葉信じられるか。馬鹿なことを言うな。殺されたいのか?」
「ワシはお前と違って、言葉で惑わすようなことはせぬ。
約束を違えるなど、ワシの名誉に関わることだからな。
神々の父――ワシの父であるオーディンの名に懸けて誓おう。さっさとワシの体力を癒せ」
回復しろとせがむ割に、トールは五体満足にしか見えない。
トールの身体中から白煙が上がっているが、血の跡はあれども傷は塞ぎきっている。
体内にダメージが蓄積しているのだろうか?
「ならばさっさとしろ」とロキが言うと、トールは自分の歯で親指の腹ブチッと噛み千切った。
ぼとぼとと流れ出る血が、大地を濡らしていく。
「オーディンに懸けて、今日は退くことを約束しよう。
……さあやったぞ、早く直せ。身体が思うように動かんのだ」
ゴキン、ゴキンと首を回して両手を頭上にかかげて伸びをするトール。
雷神の規格外の強さに、俺は苦笑いすらできない。
ロキの回復呪文によってか、トールの身体から湧き上がっている白煙が少しずつ消えていく。
「助かったぞ。がっはっはっはっは」とトールは大声で笑う。
「ところで、本当にワシの槌――ミョルニルはここにはないんだろうな?」
「最初から無いと言っているだろう。分からん奴だな」
「神の父に懸けて誓えるか?」
「無理だ」ロキは言って、トールを嘲るように笑った。
「俺は神を信仰してないんでな」
「がっはっはっはっは。だろうな。無いならないでまぁよい。
見つけたら教えてくれ。そうしたら、貴様に褒美を取らせてやろう」
「さっさと失せろ」
何が面白いのか、トールは笑いながら向き直って俺に近づいてくる。
「お主、強いのう。名前を教えてくれ」
「アリカだ」
「その姿、ただの人間族であろう。
まさかワシがここまでやられるとはな。
久々に心震える戦いができた。また今度、相まみえようぞ」
トールは大きな手で俺の頭をポンポンと叩いた。
なんだこいつ、さっきまで殺し合いをしてたってのに。アホなのか?
トールは、馬鹿みたいに笑いながら去っていった。
ドシンドシンと地面をならしながら遠ざかっていく。徒歩で帰るつもりらしい。
俺はゲームをやっていた時にみたマップを思い浮かべる。
おいおいおい、こっからどれだけ離れてると思ってるんだよ。
ただのアホ確定。
「アリカー、だいじょうぶー」
シギュンが小さい歩幅でトテトテとこちらに走り寄ってくる。
勢いをつけたまま突っ込んで来たので、俺は胸をしたたかに打ち、後ろに倒れ込んで地面に頭をぶつける。
めのまえがまっくらになった。
「ちょっと、怪我人に何してんのよ」
スカジがシギュンを引きはがして、俺を起き上らせてくれる。
「あんたね。さっきの雷だって、何でアリカにも当ててんのよ!! 馬鹿じゃないの!!」
「だ、だってー、ロキがー」
ロキーと言いながら、シギュンが近寄ってきていたロキの足に抱きついた。
ロキはシギュンを足に巻かせたまま、器用に歩いて近づいてくる。
「ロキ! アリカに何かあったらどうするつもりなのよ!!
雷なんか落として」
「ごめん、ごめん」
開口一番にロキは謝った。
「っていうか、俺ってシギュンからの攻撃受けないんじゃなかったのか!?
血の誓いで。そう言ってだろ、お前」
「ああ、アリカくんを魔法で狙い打つのは無理だよ。
でも、さっきのあれはトールにあたった電撃が間接的にアリカくんに伝染しただけだからね。ああいう場合の攻撃魔法は当たるよ」
「それを早く言えよ!!」
「あれ? 知らなかったの? ごめんごめん。
でも、アリカくんだって悪いぜ?
トールが怒ったのに、なんで離れないのさ」
「殺そうと思ったら、頭に血が昇っちゃって」
「殺すにしてもさ。怒りトールに手出しする必要ないだろ?
一旦回復するのがトール殺しのセオリーでしょ」
セオリー? 俺はロキの言葉を繰り返す。
「そうだよ。え、もしかして知らないの? ゲームでトールは倒した?」
「倒したよ。倒す必要ないけど、あいつの装備奪いたかったからね。
攻略wiki? そこまで見てないよ。つまったら見るくらいで。
だって、トールはレベルあげればゴリおせるでしょ。
いやいや、ちゃんと倒したよ。
そこは、アイテムとか使いまくれば、余裕でしょ」
ゲームでトールを倒した手順を言うと、ロキは「そうかー」と項垂れた。
「アイテムか、そうかー。僕、ラスボスでもアイテムとか使えない人だから。
なんだ、手順踏まなくてもゴリ押せるもんなんだねー。
まぁ、それはそれとして。
トールを殺す場合は、怒ったら一旦回復するんだよ。
そうすると怒りを解除できる。
怒り状態になるのは一度だけだからね。そこを狙うんだ。これがセオリー。
ヒール系でもいいんだけど、上級雷魔法だと小回復するんだけど、一定量を超えた分はダメ―ジになるんだよね。ヒールと違って、回復の後に大ダメージが通るから効率いいんだよね。
雷魔法の場合は射程も広いしね
"怒り"特性を持ってるやつは、各属性の上級魔法ぶつけるのが有効」
それがセオリーってやつらしい。そんなのしらんがな。
「いやいや、倒し方知ってると思ったからさ。
アリカくん、目に剣ぶっ刺した後、一旦引いたじゃん?
知ってて後退したもんだと思ったから、魔王さまに詠唱を頼んじゃって。
そしたら、アリカくんつったたままだからさ。焦ったよー、いやー、死ななくてよかった」
ことも無げにのたまうロキ。
「これで死んじゃったらさ。
ここ1,2週間のことが全部無意味になるよね。
魔法防御、入れておけば良かったかもね。あはは。
いやーよかったよー。無駄足にならなくて」
ロキは、俺の肩をばんばん叩いて言った。言葉の割に態度が軽い。
「あんたね!」と言って、スカジが色々と怒りをロキにぶちまける。
俺は苛立ちよりも、気疲れを感じてその場に座りこんだ。




