VS最強神
「物理防御魔法は切らさないでくれ。
ヤツは魔法を使ってくることはない。魔法防御はいらないぞ」
ロキがそう指示すると、イズンとナリが物理防御魔法を一人一人にかけていく。
「母なる大地よ、汝らの敵を防ぐ鎧となれ。ハイウォール」
身軽で素早いスカジが、まず突進していった。手には、禍々しい鉤爪がついたドラゴンクローを装備している。
トールが振り下ろした左腕を軽いバックステップで避けて、その腕に乗ったスカジは、トールの肩に向かって駆け抜ける。
掴もうとする右腕をこれまた避け、腕にクローの一撃をお見舞いした。
メタキンの次に硬い竜の装甲を傷つけるための武器は、トールの腕を切り刻む。
スカジはさらに肩口を切りつけて進み、トール後頭部を蹴った勢いで、ヤツの背後に降り立った。
トールがそちらに向き直るのを俺は許さない。
「すべてを生み出した最古の力よ、暗闇を照らし、我が敵を消滅せよ。エクスフレイム」
俺の手から大きな炎が迸る。迫りくる大きな炎を見て、しかしトールはにやりと笑った。
トールは大きく腕を振りかぶり、その"炎ごと"地面をなぐりつける。
地響きが鳴り、衝撃が風を呼ぶ。俺の繰り出した炎は掻き消えた。
……魔法専門職じゃない俺ごときの魔法じゃビクともしないか。
トールの傍らには、既にロキとヴァーリが左右から駆け寄っている。
銀の残影が二度続き、トールの左肩と右腕から血しぶきがあがる。
「うおおおおおおおおおおおおお」
俺は注意をひきつけるために叫び、正面から突っ込んでいく。
トールからすれば前衛の敵は4人。誰を攻撃するか、とトールが迷っている間にも、トールは傷ついていく。
標的にされた人間は防御に徹し、その他の人間がその隙を見計らって追撃する。
何度も行った訓練の成果だ。
ボスは、すべてのパラメータが高く、個人で相手にできる存在じゃない。
その圧倒的な差を、仲間と連携をすることで埋めていく。
ロキとヴァーリの左右、そしてスカジの後ろからの攻撃。
それらに気を取られたトールの両足を俺は八の字にきりつけた。
最硬度のドラグスレイブは、最強神の足を易々と切り刻み、トールの膝を地につかせる。
「こざかしいクソどもめ!!」
トールは両手を振り上げると、地面に思い切り叩き付けた。
タイミングを合わせて後方に跳んだのは問題がなかったが、その後に巻き起こったの爆風で後ろに投げ出される。
背中から落ちたが、腕で何とか頭を守った。衝撃を殺さずに、そのまま後転してトールに向き直る。
両足を切り裂いたはずなのに、トールの足は既に回復したのか、立ち上がっていた。
所々にある傷口から白煙があがっている。凄まじいスピードで回復しているのだ。
トールは、体勢の悪い俺に向かって大またで駆け寄ってくる。
「アリカさん、大丈夫ですか?」「アリカーだいじょうぶー」
イズンとシギュン、後衛の二人が近づいて声をかけてきた。
「いいから逃げろ、左右にばらけて!!」
イズンが左、シギュンが右に逃げたのを目の端に捉えながら、トールのターゲットがそちらに移らないように俺は雄たけびを上げながら、トールに突っ込んでいく。
トールがなぎ払うようにした左腕を跳躍して避ける。叩きつけられる右腕を、トールに近づくことで下からすり抜けたた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
トールが突然叫んだ。近づきすぎたせいだろうか、声は俺の鼓膜をたたき、あまりの痛みに俺は咄嗟に腕で耳をかばってしまう。
雷神は両腕を高く振り上げた。瞬間、左手側からロキががら空きになった胴体を切りつける。
右手からヴァーリがその攻撃に続く。
後ろからスカジが頭を蹴り、トールは前のめりになった。しかし、雷神の攻撃は止まらない。
避けっ、いや、間に合わない。受けきるッ!!
「混沌たる戦場を見守る神よ、悪しき力から我を守りたまえ。
オーディンの加護!」
盾が、青々と光輝いた。
両手で盾を握り締め、頭上に掲げた。衝撃に備える。
トールの手が盾に触れた瞬間、青々を輝く紋様が盾を支点としてに浮かびあがった。
一瞬の停滞。
しかし、その紋様は音も鳴く割れ、衝撃が盾を通じて俺を貫く。
足元の地面に亀裂が走って砕けた。
俺は何とか体勢を崩さずに持ちこたえる。
仲間がトールの身体を切りつけているのだろう。トールの血がどばどばと俺に降り注ぐ。
トールは再度腕を叩きつけようとしたのか、力を緩めて腕を引き上げようとする。
俺は隙を逃さず、メタキンの盾に空いている溝を通して、トールの腕に剣を突き立てた。
痛みに呻いたトールは、腕を引き寄せる。
その咄嗟の行動が、予想外だったのだろう。
スカジがその腕にぶつかって、血をまき散らしながら飛ばされ、地面に叩き付けられた。
「スカジ!!」
思わず叫んだところ、動揺のせいでトールの蹴りを喰らってしまう。
盾で防いだおかげで、ダメージは少ないが、スカジとの距離がさらに開いてしまった。
スカジが飛ばされた位置が良くない。
僧侶のイズンとは反対側にいるし、駆け寄ろうとしたナリを牽制するようにトールが立ちふさがった。
スカジは当たり所が悪かったのか、地面でもがいているが立ち上がれていない。
「がはははは。やはり人間は脆いのお。
ワシの腕にただぶつかっただけで、立てなくなるなど。
こすい手を使われると面倒だ。一人一人、順番に殺してやろう」
トールは、スカジに向き直る。
「あああああああああああ」
ヴァーリは焦ったのか、仲間との連携もせずに横手から突撃する。
振り下ろされるトールの腕をバックステップで交わすが、抉れて飛び散った岩がヴァーリを叩き付ける。
横滑りに地面を転がったヴァーリは、地面に剣を立てて素早く立ち上がった。
しかし、トールの標的は既にヴァーリではなく、隙を見てスカジに近づこうとしているナリに移っていた。
地面を踏み鳴らしながら、殴りつけようとナリの後ろ姿に迫る。
既に先行してスカジに駆け寄っていたロキが、方向を切り替えて、ナリに駆け寄った。
ナリに注がれるトールの剛腕を、ロキが盾で受け止める。
――いや、受け切れずに地面を滑って後退する。
倒れ込まないように、とロキが左手を地面についたところを、トールはすくいあげるように側面から大きな腕でビンタをかました。
常人の2倍もあるトールのビンタは、さして力をこめたように見えなかったが、易々とロキの身体を吹き飛ばした。
ナリに視線を戻すと、既にスカジに到達し、回復を終えたらしい。
だが、スカジが利き腕の骨が折れているのか、だらんと下げたままだ。
左腕を前に突出し、迫りくるトールを待ち構えている。
あまりにも無謀だ。
俺は当然スカジたちに駆け寄っているが、体格が2倍もあるトールの大股での走りには追い付けない。
トールが大きな腕を振りかぶり、スカジとナリの上に振り下ろした。
地面をうがつ大きな音が響き、トールの拳の下では、血だまりが広がっていく。
俺は目の前が真っ赤になる錯覚を受けた。
「トーーーーーーーーーール!!」
叫んで、持っているメタキンの盾を投げた。盾はトールの首筋に向かって回転しながら飛んでいく。
声か、あるいは空気を切り裂いて迫る盾の音に気付いたのか、トールはこちらに向き直った。
トールは、眼前に迫った盾から顔を守るように腕を掲げる。
メタキンの盾はトールの右腕にぶつかり、盾にしつらえていた装飾の剣が突き刺さった。
回転している盾は、それだけでは止まらず、円を描きながらトールの右腕から鎖骨、そして、左肩を切り裂く。
「グオオオオオ」
盾は、トールの身体を傷つけながら、ブーメランのように俺の方に戻ってきた。
俺は跳びすさび、盾を踏み台にして蹴りあげ、トールの眼前に肉薄する。
「きさまを、ころす!!」
驚きの表情を浮かべるトール。
俺は、その目に魔剣ドラグスレイブを突き刺した。
会心の一撃を加えた達成感は、俺にはない。
全身を悪寒が駆け巡った。俺はトールの額を蹴って後方に逃げる。
正面のトールは、無事な方の眼を見開き、痛みに耐えているのか歯を喰いしばっている。
ゴゴギギギッ、と歯と歯が鳴らす音がこちらまで届いてきた。
まずは顔が、そして次第にトールの全身が真っ赤に染まっていく。
……そうだ、思い出した。
トールはHPを半分以上削られると、身体が赤く染まって、さらに強くなるのだ。
特に恐ろしいのが攻撃力で、1.5倍に膨れ上がる。
「ギザマラゴオジテヤル」
トールが何が呻いたが、よく聞き取れなかった。
狂気状態でまともに口が回ってないらしい。
眼前のトールは、雷神としての威厳を無くし、ただ殺戮を求めている。
身体は、みるみる内に傷口が塞がり、さっき潰した目は、ぎょろりと俺を見据えた。
「早く遠くに逃げてください、アリカさん!!」イズンが叫んだ。
トールは激情に駆られて俺以外は見えていないらしい。ゆっくりと俺の方に歩を進めてくる。
俺を掴まえようと、両腕を掲げる。
先ほどトールから一時でも逃げ飛んだ自分に腹が立つ。
逃げている場合なんかじゃない。
俺は、こいつを殺してスカジの仇を取るんだ!
足を一歩踏み出して、――頭上で何かが光るのが見えた。
反射的に目をやると、トールを中心とした頭上に灰色の雲が集まっている。
これは、雷上級魔法エクスライトニングだ。
「あ」と声を出す間もなく、雲から幾筋もの雷が落ちてきた。
トールと、それから俺に向かって。
目の瞳孔が俺の意思に反して激しくブレて、視界が真っ白に染まった。
身体の中を稲妻が駆け巡り、全身がガクガクと震える。
気づくと、俺はうつぶせに倒れていた。
視界と思考が戻ってきたが、身体の感覚がなく動かせない。
大きな手に首根っこを掴まれたのが分かった。
そのままトールの眼の高さまで引き上げられる。
俺を見てにやりを笑った。
殺される。
俺は死に者狂いで身体を捻り、俺を捉えているトールの腕を蹴りつけた。
ダメージはないだろうが、服が千切れて俺は地上に降り立つ。
すぐ足元にあった剣と盾を手にとり、トールと正面から対峙する。
「許さねぇぞ。貴様は絶対に殺す」
俺の言葉に雷神トールは、鋭い視線で対抗してきた。




