メタキン殺し
俺は、強くなる必要がある。
と、意気込んだのはいいのだが……。
「いや、これ重過ぎるでしょ」
間違えて自分たちが下敷きになったら、死ぬことはなくても瀕死の痛みが襲ってくる。
初めての戦闘で受けた耐え難いあの痛み。夜寝た時に、うなされる時さえある。
俺は元より、スカジやイズンに味合わせちゃいけない。
「僕がやった時は」とロキが言った。
「何とか上に持ち上げて、その隙間にメタキンたちに入ってもらった」
ロキはらしくもなく、眉根を寄せて厳しい面持ちになった。
「なるべく早く慣れてくれ。そして、始まったら一気にやってくれ。
どんなことになっても、一度も休まず。彼らの勇気が無くならない内に」
俺はロキのやり方に従うことにした。
トールの鎚は、取っ手となる柄が驚くほど小さい。
俺は何とか両手で柄を握り、スカジとイズンには、その手を下から力を入れて持ち上げてもらうことにした。
力の種で力のパラメータを上昇させたおかげで以前とは、比べ物にならないくらいの力が宿っているのが分かる。
ハンマーは何とか俺の肩まで持ち上がり、メタキンがその隙間に恐る恐る入っていった。
「せーの、って言い終えたらおろすぞ。せーの!」
グガギギィィィィィン、金属同士がこすれる音が大きく鳴った。
ハンマーの重量が乗り、地面から地震が起きたかのような地鳴りが響く。
その音が掻き消える前に、奇声があがった。
「ピギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
つんざくような声に、俺は思わず耳をふさぐ。
瞬間、誰かに殴られた。
「まだ死んでないぞ、早く止めをさしてやれ!!」
ロキが耳元で怒声をあげた。
「いたあああああああああい、いたああああああああああい」
叫び声の合間に、メタキンが苦しむ声が聞こえてくる。
「早くしろ!! 次は確実に殺してやれ。
もっとうまくできるようにしろ!!」
「でも、」「いいから、ハンマーを持て!!」
ロキは俺の手をハンマーの柄の部分に添えさせた。
傍らにはシギュンが立ち、ハンマーに押しつぶされながら暴れるメタキンを撫でる。
「動くのではないぞ。すぐに楽にしてもらえるからな」
再度スカジ、イズンと共にハンマーを持ち上げる。
ロキが暴れまわるメタキンを押さえ、「いいぞ、下ろせ」と言った。
言われた通りにすると、鼓膜を破らんばかりの金属音がなり、叫び声は止んだ。
「次の者前へ! かのものは、立派に勤めを果たし終えたぞ!!」
シギュンが叫ぶと、後ずさりしていた次のメタキンが意を決してハンマーの隣に並んだ。
右隅にレベルがあがったことを告げるメッセージがポップアップし、頭の中に直接、角笛のファンファーレが立て続けに鳴り響く。
頭が痛い。吐きそうだ。
「次が来たぞ!! 彼の勇気を称えろ!! お前の役目をまっとうしろ!!
ロキの叫びで、我に変える。頭に響くファンファーレは止まらない。
俺はウィンドウや音に構わず、ハンマーを持ち上げた。
死んだメタキンをロキが引っ張り出してスペースを空けてくれる。
ハンマーを落とした。
今度は、当たり所がよかった(という言い方をしてよいのか)らしく、一撃で死んでくれた。
「いいぞ、その調子を維持しろ!! みなを苦しませるな!!」
ロキが怒鳴りながら俺たちを褒める。
シギュンが彼らメタキンを叱咤激励する。ロキが俺たちを怒鳴りつける。
俺とスカジとイズンは、ハンマーを持ち上げた。
何度、メタキンを殺したか分からない。
俺たちのパラメータが急上昇し、また、慣れも手伝って確実に一撃で葬れるようになってくる。
シギュンは毅然とした態度で、死に挑む魔物たちを励まし続けた。
ロキは怒鳴りながら、僕ら3人と同じように、泣いていた。
ハンマーを持ち上げ、メタキンがもぐりこみ、ハンマーを下ろす。
突然、メタキンが押しつぶされる寸前、痛みに耐え変えて俺の腹にぶつかってきた。
俺は不意の攻撃に吹き飛ばされ、うつぶせに倒れこむ。
メタキンの苦しむ声と、痛い痛いと喚く声が聞こえてくる。
「大丈夫か!?」
ロキが傍らまで走ってきて、エクスヒールを何度か唱え、俺を全回復してくれる。
肋骨が折れたのかも知れない。ヒールをもらったのに、胸が痛む。呼吸が苦しい。
俺が胸を押さえながら立ち上がると、ロキは肩を貸してくれた。
「大丈夫だ。すぐにやり直す」
「いいぞ。それでこそ勇者だ」
重いハンマーを押しのけられず、ばたばたと暴れるメタキン。
シギュンが厳しい面持ちでメタキンに手を添えた。
「すまんの」と言って、魔法を唱える。
「我が配下の下僕よ、魔族の王の名において命じる。ドンムブ(うごくな)」
メタキンの動きが止まった。動きをとめられた状況で、声帯だけ鳴らして泣き叫ぶ。
俺は胸の痛みを無視して、ハンマーを持ち上げた。
この子たちの痛みに比べれば、俺の怪我なんて痛みの内に入らない。
ハンマーをメタキンの上に落とした。
何度続けたことだろう。
ハンマーを持ち上げたところで、ロキが俺の肩に手を置いた。
「お疲れさま。もう終わったよ。下ろして良い」
肩で息をしながら、ゆっくりとハンマーを下ろした。
「君たち、レベルはいくつになった?」
ロキに問われて、俺はアナライズで情報を確認していく。
俺はLv202、スカジはLv194、イズンはLv181だった。
「やっぱりアリカくん、君は特別なようだ。
180近辺になるはずが、レベル202になったね。成長が早い」
ロキは、頭を垂れて膝に手をつき辛そうにそう言った。
「一番非力なイズンさんでも181か。よかった。
彼らの犠牲は、あまり取りこぼさずに済んだらしい」
ロキは笑うが、その笑みには疲れがにじんでいる。
辺りはもう暗くなり始めていた。
俺たちの周りは、夕日を反射するメタキンの骸が囲んでいる。
視界の済みにウィンドウがポップアップした。
『称号:メタキン殺し』『条件:一定数以上のメタキンを倒す』
「なんだ、これ……?」
俺は自分の身体の異変に気が付いた。身長が高くなっている。いや、それだけじゃない。身体全体が大きくなっていた。
「ああ、アリカくんは知らなかったのか。
トネリコの木から出来た勇者たちは、レベルが上がるにつれて身体が進化していくんだ。LvMAXになれば、理想身長・体格になるよ」
身体の節々が自棄に痛むのは、疲れのせいだけではなく、急成長したからだろうか?
俺はスカジより頭1個分程度高く、見上げていたイズンよりも大きくなっていた。
「本来なら、そろそろ夕飯の時間だが……。
君たちは何か物を食べられそうかい?」
俺は首を左右に振った。スカジやイズンも同じようだった。
「では、風呂に入って今日はもう休んだらいいだろう。
着替えも用意させるよ。案内する」
言って、ロキは城へ向かって歩を進めた。俺たちも後についていく。
シギュンが俺に近寄って、小さな掌で俺の手を握る。
俺もその手を握り返すと、シギュンは急に泣き出した。
俺はシギュンの軽い身体を持ち上げ、抱っこをする。
シギュンの手が俺の首に巻きついた。涙は俺の肩口を濡らしていく。
シギュンが俺たちパーティーと一緒に寝ると言い出しても、誰も反対しなかった。
いつもと違って、ヒルドがいない。
左右にスカジとイズン。シギュンは俺の首に抱きついて、胸の上で寝てもらうことになった。
俺はほとほと疲れ果てていて、すぐに眠りについた。




