冥王の買い物
「じゃあ次は八百屋ね」
「最初に食いもん買うとか言ってなかったか」
「よくよく考えたら雑貨屋の方が近かったし、食品系は置き過ぎると痛むのが早くなるのよ」
「ほう」
レギウスと私は話し合いながら歩き続ける。
(こう見てればちょいイケメンの普通の人っぽいんだけどな)
私は心の中で、改めてレギウスの格好良さを認める。まじまじと見つめ過ぎていたのか、気付けばレギウスも私の顔をじーっと見つめていた。
「えっあれ、どうしたの」
「いや、エリアスが俺の顔を見たまま固まっていたから気になった。何かついてるのか?」
「ううん……なんでも」
ここでレギウスが人間っぽいなどと口にすればまた怒りに満ちるのだろうと思い、おもむろにそう答えた――。
「――そういえば、レギウスには好き嫌いとかあるの?」
「なんだそれは」
屋台売りの八百屋でじゃがいもを手に取りながら、横に立つレギウスに聞いてみた。
「だから、食べられない食べ物はあるかってことよ」
「俺は人間の食いもんは口にしたことが無い。冥界では人間だろうが、魂だろうが、何でも食していたがな……味覚というものは持ち合わせていないのだろう。空腹が満たされれば十分だ」
「ふうん」
つまりは何でも食べられると言っているのだろう。私は片手に持つ籠に、もう片方の手でひょいひょいと野菜を入れていく。
「あれ、おじさん!今日はお肉はないの?」
目立つようにお肉用の皿が用意されているが、今日はひとつもそこにお肉はなかった。
「悪いねエリアスちゃん、さっき売り切れちゃったんだ。また今度品出ししておくから宜しく頼むよ」
「そっかー……わかった。また来るね!はい、これ全部お願い」
「はいよ、毎度ありがとな!」
籠に入れた野菜を全て購入し、野菜の入った籠をレギウスに持たせ、家具屋へ向かうことになった。
「はあ……今日は野菜炒めね」
「なんだそれは」
「簡単に言えば、野菜だけを焼いた料理。お肉があればソテーにしようかと思ってたんだけど、無理そうだし」
「なんだ、肉が欲しいのか?なら人間を――」
「はいはいストップ!余計なことを言わない」
「……」
レギウスは不満そうな顔をするが、私は気にせず家具屋を目指した――。
――家具屋の前に到着し、私は店内に入る前に買う物の確認をする。
「さてと。未だにレギウス用のベッドを用意していない問題もあるし、新しいタンスと机と椅子と一緒に買おうか」
「気にはなっていたが、あえて聞かなかったことを聞いていいか」
「ん、なに?」
「親がいた時には家具も揃っていたのだろう?何故全て無くなっていた」
「あー」
レギウスの質問に、私は答えにくくて口ごもってしまう。
「うーんと、ね……もう、誰かと一緒に暮らすだなんて、考えてなかったの。ずっと一人だと思ってきたから、お父さんが亡くなってからすぐに必要なくなったものは捨ててしまったの」
「勿体無いことをする。人間はすぐ捨てる習性があると聞いていたが、まさか家族の品までも消し去ってしまうとは」
私は返す言葉もなく、押し黙ってしまった。レギウスはそんな私の反応を見下しながらも、ため息を吐いて歩を進める。
「まあ、とにかくだ。これからは俺が暮らす場所でもあるのだから、もう二度と勝手に物を捨てることなど許さん。いいな?」
「あ……はい」
レギウスのその言葉に、なんだか救われたような気がした。
(でも、これからっていつまで居候してる気なんだろう)
「ねえ、レギウスはいつまでうちにいる気なの?」
「俺がいつまで何処にいようが勝手だろう。俺がいつかあの場所を離れる日が来るまでに、良い思い出でも残せるよう俺に尽くすんだな」
「だっ誰があんたなんかに尽くすかー!」
私が後ろでギャーギャー言っている間に、レギウスはフフンと先に店内に入っていった。
「まったく……でも思い出か。残せたらいいね」
そう言いながら、私も店内へと入っていった。
「レギウス、自分の好きなベッド決めていいわよ」
「ほう、寝床か。それならこれがいい」
「はっ!?」
なんとレギウスが指をさした物は、真っ黒のソファだった。
「いやいやいや、これベッドじゃないし!座るソファだし!」
私はブンブンと右手を横に振って否定する。だがレギウスは自分の選んだ寝床が気に入ったのか、意見を変えようとはしない。
「だが、俺はこれがいいと言っている。貴様が決めていいと言ったのだろう、約束は守れ」
「約束じゃないし!……まあ、これで寝れるんだったらいいけどさ」
「ではここで寝れるかどうか試してみるか」
「え、ちょっ!」
そういうとレギウスは指差したソファにゴロンと転がりだし、そのまま眠りにつこうとしだした。
「お客様!?商品に無断で寝転がらないで下さい!」
「はいぃぃぃ!!すみません!」
女性の定員さんに睨まれ、私はくつろいでいるレギウスを起こそうと肩をぐらぐらと揺らす。
「ちょっとレギウス!いい加減にしてよ、恥ずかしいじゃないの!」
ところがレギウスは私を無視して寝続けている。
「こーなったら……」
私は容赦なくレギウスに『あの技』を使う。
「――っ!?」
するとレギウスは目をカッと開き、大声で笑い出す。
「や、やめろぉ!――くっくくく……ふはははは!」
――これぞ必殺、こしょこしょの術。脇の下は誰でも弱点とされる場所だ。まさか魔物でも効くとは思わなかったが……。
「お客様!?店内ではお静かになさって下さい!」
「はいーっ!」
「ふははっ!ふぐっ!?」
いつまでも笑い続けるレギウスの口を両手で塞ぎ、一先ず店内から脱出。
「ちょっと!いい加減にしてってば!!」
私はレギウスに怒鳴るが、レギウスはさして何もなかったかのように振舞う。
「フン、俺はただ試しただけだ。そこまで怒りをぶつけられる程の事はしていない」
「あんたねぇ……」
するとレギウスが目を鋭くさせて言う。
「だいたい貴様のあれはなんだ!何も言わずあんなことをされるのは初めてだ。虫唾が走る!」
「それにしては、随分と大声で嬉しそーに笑っていらしたのは、何処のどいつですかー?」
「うっ……」
「……ぷっはは!」
「……フッ」
そうして話していると、いつの間にか私もレギウスも笑い合っていた。こんなにも騒がしい買い物は初めてで、不思議と怒りもなくなっていた。
落ち着きを取り戻した私たちは、再び店内に足を踏み込んだ。
「……さて、気を取り直して買い物の続きね。あのソファは決定として、タンスはこれと、机と椅子はこれとこれ……よし、全部予約しよっか」
「持って帰るのではないのか?」
「まさか!こんな重たいもの何個も持って帰れないわよ。全部家に送り届けてもらうの」
「ほう、そんなことまで出来るのか」
レギウスは関心を持ったように目をキラキラとさせていた。私は横でその顔を見てフフッと笑って、さっきご迷惑をかけた定員さんに予約を頼んだ。
「――はあ、長かったわ」
「やっと帰れるのか」
夕暮れの帰り道、私はレギウスと今日あった出来事を話し合っていた。
「大変な一日だったわね」
「エリアスが変な顔をすることが多かったな」
「レギウスだって、非常識にも程があるわよ!ほんと好き勝手なんだから」
「いいだろう?これまでは、元々敷かれている道しか進めなかったのだからな」
意味深な言葉だけ残して、レギウスは冷淡な笑みを見せた。
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