冥王の非常識
「もうお昼前だけど買い物行こっか!レギウス、とりあえずこれ被っといて」
「は?」
玄関のドアノブを掴んだままの行く気満々のレギウスの頭に、後ろから茶色い布を被せた。
「なんだこれは?」
レギウスはドアノブから手を離して、自分の頭に乗せられた布を触る。
「レギウスの角は目立ちすぎるの。ここに魔物がいますって言ってるようなものよ?それを隠す為に、さっき大急ぎで作った即席お手製の被り物よ」
これまで白菜と言っていたのは、レギウスの二本の大きな角のことだ。緑のモジャモジャ頭に白い角なんて、白菜の逆さから見た感じにしか例えようがない。
「邪魔だ」
「我慢しなさい」
たかが布一枚で暫く睨み合い、レギウスが諦めてドアノブに手を置いた。
「まったく、人間は面倒だ」
そう言うと、レギウスは扉を開けた。そこから陽の光と、美しい青空が広がっていく。
「んー、気持ちいいねー!」
レギウスに続き、私も青い空の下に出た。レギウスは眩しそうに右手で顔を覆い、私に話しかける。
「さて……どこへ行くんだ?」
「まずは食品系を買わなくちゃね。商店街に行きましょうか」
レギウスを連れて、私は近くの商店街へと出掛けた――。
――商店街は休日ということもあり、沢山の人で賑わっていた。
「最初は雑貨屋さんね。それから八百屋さん、家具屋さん」
私はふんふんと鼻歌をうたいながら歩く。その後ろからついてくるレギウスが、私の上機嫌に疑問を持った。
「何故そんなに嬉しそうなんだ?」
「久々に一緒にお出かけする人がいるんだもの。嬉しいに決まってるわ」
「……?これまで一人で買い物とやらに行っていたのか」
「そりゃそうよ。一緒に住んでるのなんてレギウスくらいのもの――」
そこで私はぴたっと歩みを止めた。レギウスは私が急に止まったことに気付き、同じように歩みを止める。
「どうした」
「――よ」
「……?」
レギウスは首を傾げた。私はプルプルと身体を震わせて言う。
「そうよ……今まで気にしてなかったけど、男性とひとつ屋根の下で……」
その言葉を聞いたレギウスは呆れ顔で言う。
「おいおい、今更だぞ?」
「私はね……愛する人としか夜を共に過ごさないと思ってきたのよ」
「別に夜を共に過ごしたわけではないだろう」
レギウスの苦笑いで答えた言葉に、私はカッと目を見開いて反論する。
「夜でなくても異性と家で過ごすっていうのは大事な問題なのよ!」
するとレギウスまでも声を大にして言い放つ。
「俺はそんなのどうでもいい!これから好いた人間と過ごせば良かろう!」
「私にはまだ好きな人なんかいないんですー!」
「そんなもの知るか!たかが人間の問題ごときで俺に当たるな!」
そんなこんなでガーガー言っているうちに、私たちの周りにギャラリーが増えていく。
「まあ、痴話喧嘩?」
「仲が良いこと」
ご婦人方は微笑みながらそれを見守り、
「ねえお母さん、けんかしてるよー?」
「しっ見てはいけません!」
子供の興味津々なのを母親が止める。他にも沢山の老若男女が集まっていた。
そんな周りのざわつきに二人は気付き、急に恥ずかしくなった私はレギウスの腕を引っ張って先に進む。
「もうっ!目立ちたくないのにー!」
「おい!腕を引っ張るな!」
私はレギウスの声を右から左に聞き流しながらズンズン歩く。そのうちに周りにいたギャラリーも散っていった。
「……おい、いい加減に――」
「あーごめんごめん!」
騒ぎになった場所から少し離れたところで、レギウスが怒りに満ちた声で話しかけてきた。私は慌てて掴んでいた手を放す。
「まったく……で?雑貨屋というのは何処にあるんだ?」
「……ずっと思ってたんだけど、その『というのは』って口癖なの?」
「人間界には知り得ていないものが多すぎてな。俺には雑貨もや――なんとかもわからん」
「あー……八百屋ね。や・お・や」
「知らん」
そんなこんな話しているうちに、私たちは雑貨屋さんに着いた。
「まずは鉛筆とー……」
メモをちらちらと見ながら欲しい物を探す。レギウスは横できょろきょろと商品を見渡して、ひとつひとつを手にとって観察していた。
「なんだこれは」
レギウスは気になる物を手にすれば、全て私に質問してくる。
「それははんこ。印を付けたり、自分の名前を彫って契約書に押したりするの」
「ではこれは?」
「それは笛ね。口から吹くと音が出て、合図を出したり音楽に使われることもあるわ」
「……これは俺も知っている。魔境だな、だが小さい」
「手鏡よ。冥界では魔境なんていうの?」
「……だがこれはなんだ?俺が映っているぞ」
「当たり前よ、自分を映す鏡なんだから」
レギウスは鏡と睨めっこして、子供のように目を輝かせていた。
「ふうん。じゃあそれ買う?レギウスに買ってあげるわ」
「いいのか!?」
……レギウスは予想外にも子供だった。私は心の中できゅんとしながら笑顔で頷いた。