第六楽章 疾風の刃
小春を背負って学園まで戻ったアルベルトは、遠隔透視魔法で状況を把握していた織江の追及を何とかかわしながらミスティに解毒剤の作成を依頼。小春の解毒が確認されるまでは面会謝絶を言い渡されていた。
「あの妖精、次に会ったら覚悟しやがれ……!」
ミスティが説明したところによると、あの薬は服用した人間の感情を増幅してしまう効果を持つという。即ち、仮に小春がアルベルトに対して好意を僅かにでも持っていたとすればそれが暴走し歯止めが利かなくなる。飲んだ量如何によってはあの場で一線を越えてしまう可能性も大有りだったのだ。
「そして厄介なのは俺の行動が原因で嫌われた場合もとんでもない事になるという事だな」
問題はアルベルトは小春の感情を飽和状態にして気絶させた事による。要するにいきなり押し倒した訳で、これが嬉しい女はそういない。そしてこの薬は負の感情も増幅してしまうために、もし今アルベルトが小春と会い彼女に嫌われていたとしたら全力で殺しにかかられる危険も大いにあると言えた。
「まあとりあえず暇なんでお喋りでもしようぜ」
(そうだな。実際我も暇を持て余している身だ)
意外とノリの良いリンドヴルムに笑い、アルベルトは何がよかろうかと話題を探す。
「じゃあさ、意外と知られてないドラゴンの種類とか教えてくれないか?」
(ふむ……そうだな。まず我のように空を飛ぶ事を主体としたドラゴンは《飛竜》と呼ばれる種族だ。リヴァイアサンは《蛇竜》、サラマンダーは《豪竜》、テュポーンは《這竜》と呼ばれている)
「あれ、じゃあアレキサンダーとヒューベリオンとバハムートは?」
(彼奴等はまた別種だ。アレキサンダーは《鋼竜》、ヒューベリオンは《滅竜》というな。バハムートは《古竜》だ)
アルベルトはそこでふと思い出した事があった。
「そういえば、俺の《エクスピアティオ》をミスティが『エンシェントタイプだ』って言ってたんだ。バハムートの種族と関係があるのか?」
(ある。今お前達が使っているアーティファクトでエンシェントタイプと呼ばれている代物は全て《古竜》が作った物だからな)
「マジか!」
(とはいえ我も竜では若輩なので詳しくは知らんぞ。知っているとすれば、それこそバハムート自身だろうが……まあ認められてその力を物にしてから尋ねる事だ。さもなければ消し炭になるぞ)
「よーく分かってる」
アルベルトもまだ死にたくはない。そんな話をしていると、何時の間にか眠ってしまっていた。
翌朝。一応学園長から面会の許可が出て、アルベルトはおっかなびっくり医務室のドアを開けた。
「お、おはようさん小春」
「おはようアル。どうしたのそんなにびくついて」
ミスティから「何も覚えてない」と耳打ちされ、アルベルトは安心半分脱力感半分で溜息をつきたくなる気持ちを堪えながら「なんでもない」と笑った。
「えっと、もしかして私は昨日アルに凄い迷惑かけちゃった?」
「いやそんな事は……」
何とか誤魔化そうとしたアルベルトだったが、背後から学園長が口を挟んだ。
「薬で意識がトンだ挙句、アルベルトに熱烈なキスを仕掛けたそうだぞ。しかもディープに舌まで入れたそうじゃないか」
「なあっ!?」
「が、学園長なんで言っちゃうんですか!!」
小春が固まり、見舞いに来ていたセーラも顔を真っ赤にして叫んだ。
「いや、こういうのは先に言ってしまったほうがいい。どうせ後から徐々に思い出してしまうのだからな」
何故か学園長は遠くを見て黄昏た微笑みを浮かべた。
「酒場で泥酔して大暴れした翌日、気を遣って同席していた同僚や上司がさも何事もなかったかのように接してくれるなかで徐々に自分のやらかした事を思い出していくあの感覚……あれは、たまらんよ」
「学園長の酒癖と一緒にしないで下さい!コハルは被害者ですから!!」
「この場合俺はどっちになるんだ?」
「話がややこしくなるからアルは黙って!」
「……へーい」
一応当事者の筈なのにこの扱いは何だと思いながらも、アルは苦笑しながら頭を抱える小春に近寄った。
「あー……まあ何だ、俺からしたら役得もあったんで文句は言わない。寧ろ小春のほうこそ、俺でよかったのかと」
僅かでもアルベルトを想う気持ちがあれば、それが薬の力で増幅された事になる。それは分かるが、だからと言って流していい問題でもなかった。男としてはきっちりケジメをつけたいのだ。
「私……私は……」
小春が襟を弄りながらも顔を上げたその瞬間、ドアが開かれてリリィが飛び込んで来た。
「アル!キスしましょう!」
「藪から棒に何抜かしとんじゃおのれはぁぁぁぁーーーーっ!!」
反射的にかなり低い位置にあるリリィの頭(リリィの身長は148cmなので、179cmのアルベルトとは31cm程差がある)に全力の拳骨を叩き込んだアルベルトを誰が責められようか。
「あの清純な振る舞いから見ても小春さんのファーストキスがアルな事は明白!なら私もアルとキスすれば小春さんと間接ファーストキスに」
「お前はアホかぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!」
さっきとは別の意味で頭痛がしてきた。背後で笑い声が聞こえ、振り返ると小春は目に涙を浮かべながら笑っていた。
「あのなぁ……」
一瞬「元を辿れば誰のお陰でこんなカオスな事になってんだ」と言いたくなったが、ここで小春を責めたら人間として何か終わってる気がする。アルベルトは苦笑して肩を竦めるだけにした。
結局その後も小春の見舞いに一年生が全員飛び込んで来たので、アルベルトは小春と話をするどころではなくなってしまった。それがよかったのか悪かったのか、一応アルベルト自身としては何となくほっとしていた。
念のためその日一日は休養し、アルベルトと小春は更に翌日から課題を再開した。素材は既にミスティに渡してあるので、順調に行けば帰って来る頃には両方の課題が終わっている手筈になっている。
「……」
……のだが、アルベルトと小春にはかなり微妙な距離感があった。とはいえこの辺りの魔物は先日アルベルトとリンドヴルムが暴れたお陰で殆ど姿が見当たらず、安全といえば安全なのが幸いであった。
「あー、あのさ小春」
そう振り返って声をかけたのは、吊橋を渡りきった時だった。ここからはまだ魔物も討伐していない為、今の調子では怪我では済まないかもしれないからだ。
「何……って!?」
「げ、降って来やがった!」
山の天気は変わり易いとは言うが、これは幾らなんでも突然過ぎる。アルベルトは咄嗟に小春の手を引いて見晴らしの良い高台に佇む一軒の建物に駆け込んだ。その数瞬前に本降りとなった雨はあっと言う間もなく2人をずぶ濡れにしてしまい、アルベルトとしては「何で後五秒待ってくれないのか」と天に怒鳴りたい気持ちであった。
「やれやれ、ここで多少は雨宿り出来そうだな……」
小春のほうは見ない。彼女の着ている巫女服が雨で体に張り付いている(そういう衣服だという事は織江から聞いて知っていた)と思うと、とてもではないが直視する訳には行かなかった。
「とりあえず奥に暖炉っぽい物があればそこで火を焚こう。ひょっとしたら夜明かしするハメになるかもだが、いいか?アレならまた戻る事も考えるが」
「ううん、此処まで来てまた帰る訳にも行かないでしょ?」
「まあそりゃそうなんだが」
古い建物ではあるが、遺跡というよりは古い石造りの小屋という趣だ。アルベルトは奥まった場所に丁度良い空間を見つけ、そこにミスティが持たせてくれた発火剤を置いて点火した。
「俺は外で見張りしてるから、小春は服乾かせよ。風邪引いたら大変だ」
「アルは?貴方も濡れてるのに」
「俺は頑丈なのが取り得だから大丈夫……へっくしょい!!」
何でこんなタイミングでくしゃみをしてしまうのかと己を呪っていると、小春は苦笑しながら荷物の中から大きめの毛布を取り出した。
「ちょっとだけ向こう向いててくれる?その間に何とかするから」
「お、おう」
言われるままに壁を見ていると、後ろのほうでしゅるりと衣擦れの音が聞こえてきた。
(なんつーのか、音だけ聞いてると妙な気分になるな……)
益体もない事を考えていると、小春が「もういいよ」と言ってきたのでアルベルトもマントと鎧を外して火の傍に座り込んだ。小春は既に服をかけており、毛布に包まっている。
「にしても何なんだろうな。この遺跡」
「そうね……ちょっと訊いて見るわ」
「訊くって……」
アルベルトが訝ると、小春は毛布から両手を出して印を結び口の中で何か唱えた。
「!?」
室内に転がっていた石や家具の残骸がゴトゴトと動き出し、まるで何かを伝えようとしているかのようである。
「これは……?」
「九十九。古来より《東国》には岩や長く使われた道具に神が宿ると言われているの。それが付喪神」
小春は何かを伝えようとしている岩達に微笑みながら語りかける。しばらくそうしていると、その顔が唐突に曇った。
「小春?」
「この子達は何かを知っているとは言ってるわ。でもそれはまだ話せない、もっと後に来て欲しいって」
「その理由は教えてくれたか?」
「ええ。『《古竜》との盟約によるもの』だそうよ」
《古竜》絡みではバハムートに訊く訳にも行かない。一応リンドヴルムにも尋ねてみたが、「《古竜》の盟約は竜族にとっても強大な拘束力を持つ為、答える事は出来ない」と返されてしまった。
「だったら他に何か手がかりは……」
アルベルトはふと自分の座っていた石を引っ繰り返してみる。そこには何やら文字が書かれていた。
「えーと何々……『裏切られし悲運の姫巫女、マリエラ・シュミットの最期を此処に看取る 創世竜シルヴァーナ』」
「マリエラ・シュミット?何処かで聞いた名前だけど……」
(ちょっと待てアルベルト!創世竜シルヴァーナだと!?)
驚愕したリンドヴルムの声が頭に響き、アルベルトは思わず耳を押さえた。
「急に怒鳴るなリンドヴルム!確かにそう書いてあるが、知り合いか?」
(とんでもない!我等竜族にとっては永遠の存在、まさに伝説の勇者たる竜の名だ)
「そりゃまた確かにとんでもないな……そんな大物が何で人間の女を看取ろうなんて事を考えたのかが分からんが」
「そうね。まあ、それ言い出したらそもそも何で七竜戦争が起こったのかも分からないままなんだけど」
「……リンドヴルム、何か知ってるか?」
(さて……少なくとも我はそこに触れる資格を持っていないのでな。知りたくば貴様がもっと腕を磨き、最低でもアレキサンダーを調伏するところまでは行く事だ)
リンドヴルムはそれきり黙ってしまったので、アルベルトは小春に肩を竦めてみせた。
「謎が謎を呼び結局何も分からずじまい……寝るか?」
「そうね。明日はガルーダを倒さなくちゃいけないのだし」
アルベルトは大分乾いたマントを毛布代わりに包まり、小春も毛布に包まったまま横になった。
「お休み小春」
「お休みなさい、アル」
雨の音を子守唄代わりに、2人は夢の中へと旅立った。
どれくらい眠ったのだろうか。アルベルトは窓から差し込む朝日と小鳥の囀りで目を覚ました。
「朝か……」
硬い床で寝た所為か全身の節々がとかく痛い。軽く伸びをして体を動かすだけで背骨に肩に膝にとバキボキ音を立てるのには笑うしかない。
「小春、朝だぞ」
声をかけつつ、寝ている間にずれたらしい毛布を直してしまうのは如何なものかと自分でも思ってしまう。しかしそのまま手を拱いては、小春の華奢な肩が露になっている状態なのでそれも余りよろしいとは思えなかった。
「んん……あ、おはようアル」
「おはようさん。もう流石に乾いてるだろうし、俺は外にいるから着替えておけよ」
「うん、分かったわ」
何時の間にか普段のノリになっている事にお互い気付いているのかいないのか、答えを先送りにするという逃げとも言える選択ではあるが……今の彼等にはこれが精一杯なのだろう。
その後、朝食を簡単に済ませた2人は昨日よりは大分自然な動きで頂上へと辿り着いた。
「にゃああああああああああああああ!?」
「何だ!?」
「アル、上よ!」
見上げると、図鑑に記されていたのよりも数倍大きいガルーダが猫とも人間ともつかない奇妙な生物を捕まえて飛んでいた。
「た、助けて!助けてええええええええ!!」
「流石に見殺しには出来んか……リンドヴルム!!」
《ヴァジュラ》を呼び出し、アルベルトは悠然と飛ぶガルーダの片翼を狙って投擲した。
「小春!」
「ええ、任せて!」
ガルーダは突如下から飛んで来た攻撃に驚いたのか、回避運動を取った勢いで獲物を手放してしまう。当然その獲物は落下する訳だが、そこを小春が水の魔法を応用して作ったクッションで受け止めた。
「ふにゃあ、冷たくて気持ちいいのです……」
「大丈夫?」
見ると、年齢で言えばアルベルト達と然程変わらないように見えるワーアビシニアンの少女だった。基本的に獣人という種族は人間と全く別種とされており、魔物扱いされている種類も少なくない(人間を捕食対象・繁殖の為に襲うケースも多々ある為討伐クエストが用意される事も珍しくない)。だがワーアビシニアンは猫耳と尻尾以外は人間と変わらない外見な上に人語を理解し、会話も出来る。更には一度主と認めた人間には命の限りに尽くすなど高い知性を持つため共存対象(討伐する事が犯罪として扱われる生物の事)に指定されてもいる種族であった。因みに衣服の文化もある為、彼女は動物の毛皮で作ったらしい簡素な衣服で身を包んでいた。
「怪我がないならすぐにこの場を離れるんだ!奴さん、獲物を取られて相当にご立腹だぞ!」
「にゃ!?」
見上げると、《ヴァジュラ》の放つ風の刃で片目をやられたらしいガルーダが怒りに全身を震わせながら更に高度を取ろうとしていた。
「逃げなさい!ここは私達が引き受けるわ」
「にゃ、でもあのガルーダはこの山の主です!普通のガルーダよりもずっと強くて、だから村の仲間も皆やられちゃったです!」
「安心しろ。こっちには切札があるんでな」
右手に戻ってきた《ヴァジュラ》の力を少しばかり解放してみせると、少女は納得したのか「死なないで」と呟いて山を駆け下りて行った。
「流石に速いな」
「ええ、でも村が全滅……」
小春は何か通じるものを感じたのか、ちらりとアルベルトを見てから錫杖を構えた。
「さーて、輪切りにぶつ切り好きなのを選べ!」
再び《ヴァジュラ》を投擲するが、ガルーダは物理的に有り得るとは思えない複雑な機動力を発揮して空を逃げ回る。
「は、速い!?」
「くそ、今の俺じゃ追い切れないってか!?」
「ギィィィィィィィ!!!」
ガルーダの翼が赤く輝き、炎の弾丸が無数に降り注いできた。
「げ……!」
《ヴァジュラ》を投擲している今のアルベルトはその場を動けない。無防備にあらゆる攻撃を受けるしかないのだ。
「アル!」
「小春!?」
小春がその前に立ちはだかり、錫杖を寝かせるように構えた。
「鏡角結界!」
彼女の目の前に現れた半透明の壁は炎を受け止め、そのままガルーダ目掛けて跳ね返した。
「小春、お前なんて無茶しやがんだ!」
「大丈夫。これでも守りの術は得意だから!」
小春はアルベルトを振り返って微笑んだ。
「貴方を守るわ。私は魔女になって、蓮華先生みたいに沢山の人を守りたい。その中には貴方もいるんだから!」
「っ……!」
小春にとってアルベルトはそういう男であった。初めて自分を守ると言った相手・共にケーナに手をさしのべた相手・同じ目的の為に力を合わせた相手・そして……初めて唇を重ねた相手でもあるのだ。
「例えドラゴンの攻撃だってアルには通さない、だから……戦って!」
「……ああ、そうだった。それが小春との約束だったな!」
戦い続ける。あらゆる困難と、己の運命と、己に宿る力と戦う。アルベルトは戦場にも関わらず穏やかな微笑を浮かべ、《ヴァジュラ》を手に戻した。
「小春、危険だがやってくれるか?」
「勿論よ」
小春は炎の矢を放ち、それを回避させる事でガルーダの軌道を制限していく。このまま突っ込んでくれば寸前で小春が回避し、アルベルトが手に持った《ヴァジュラ》で直接攻撃してそれで終わる……筈であった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ガルーダの目が輝き、その瞬間上空から凄まじい雷が降り注ぐ。それはアルベルトだけでなく小春をも打ち据えた。
「ぐあああああああああああ!!」
「キャアアアアアアアアアアア!!」
2人して地面に叩き付けられ、呼吸もままならなくなる。アルベルトは何とか《エクスピアティオ》を杖代わりに立ち上がりながら小春の前に出た。
「アル、待って……私も……」
一撃で大きなダメージを負ったのはアルベルトも小春も同じだ。だからこそアルベルトはあえて小春の前に立つ。
「小春、防御強化頼む」
「無理……しないでね」
アルベルトは曖昧に笑い、ポーションを一気飲み(吐きそうになるくらい不味かった)して《エクスピアティオ》を放り捨てる。小春の術が発動したのか、全身を薄い光の膜が覆ったのを確認してから空を飛ぶガルーダを見据えた。
「さあ来い……!さっきのワーアビシニアンよりは硬くて不味い肉かもしれないが、一食分にはなるだろ!」
「ギィィィィィィィィィィ!!」
死にかけの獲物に小細工は必要ないと思ったのか、ガルーダは真っ直ぐに突っ込んで来る。その質量とスピードはそれだけで凶器となり得るが、小春の術で強化されたアルベルトの肉体は見事耐え抜いた。
「この時を待ってたぜ!くたばれええええええええええ!!」
《ヴァジュラ》をガルーダの首に突き刺し、力を全解放する。体内から風の刃に斬り刻まれ、ガルーダは断末魔の声を上げて細切れになった。
「がはっ!し、死ぬかと思った……つーか一瞬花畑と故郷の皆が見えた……!」
ついでに走馬灯も見えた。アルベルトは大の字に倒れこみながら生きている事の実感を感じていた。
「小春……」
「何……?」
「助かった。ありがとな」
「貴方こそ」
笑うだけでも全身が痛むのだが、それでも2人はしばらく笑い続けていた。
笑うのにも疲れてぼんやりしていると、アルベルト達をさっきのワーアビシニアンが覗き込んだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「お、おう。そっちも無事みたいで何よりだ」
彼女が汲んで来たらしい水を受け取って飲み、何とか人心地ついたアルベルトは礼を言って起き上がった。
「お礼を言うのは私のほうです。命の恩人ですから」
少し白みがかった黒髪を指に絡めながらワーアビシニアンははにかむ。髪の間からぴょっこり生えた猫耳がぴくぴくと動くのが何とも可愛らしい。
「おっと……忘れずに羽を採取しないとな」
これで羽まで細切れにしていたら泣くしかないが、幸い目的の羽は2本採取出来た。
「じゃあね。貴女も元気で」
小春が手を振り、アルベルトが鈴を取り出そうとした時だった。ワーアビシニアンは泣きそうな顔でアルベルトの足に縋りついた。
「おわっ!何だいきなり?」
「待って下さい!お願いがあるんです……私に貴方をお世話させて下さい!」
「はあっ!?」
とんでもない事を言われ、アルベルトは硬直する。隣の小春も目を丸くしていた。
「ワーアビシニアンの村はもう壊滅して、私は行く所も帰る所もありません。ですから……!」
泣きながら土下座されるというトンデモな事態にアルベルトは困り果ててしまう。生来女に泣かれるのは苦手だし、かといっていきなり女の子に世話されるなどという事をホイホイ受け入れられる程彼は世慣れしていない。
「ねえ、アル。受け入れてもいいんじゃないかしら」
「はい!?」
小春が援護射撃するとは思わずにアルベルトは唖然となった。
「私も出来るだけフォローするから、ね?こんなに言われて放置して帰ったらそのほうが酷いと思うし」
「そう来たか……」
アルベルトは頭をかきながらもワーアビシニアンの前に膝をついた。
「お前、名前は?」
「サリです」
「そうか。まあ、至らない所も多いと思うが……来るか?」
その言葉でサリの泣き顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます!このサリ、命と心身全てを懸けて尽くしますね!ご主人様!!」
『ご、ご主人様!?』
再びの爆弾発言に今度は小春もハモった。
「はい!ワーアビシニアンにとって人間に仕える事は無上の喜び、貴方は私のご主人様です!」
「いやあの……俺ぶっちゃけ田舎の生まれだし、せめてその呼び方は勘弁してくれ。頼むからアルで」
「分かりましたアル様!」
尻尾も楽しそうに揺れ、サリは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしながらアルベルトに抱きついた。
「小春~……」
思わず泣きが入りながら小春を見ると、楽しそうに笑いながら小さくガッツポーズしてきた。
(小春の事だから悪意とか全然ないんだろうがなぁ……)
とにもかくにもズタボロの有様なので、3人に増えたメンバーは鈴を鳴らしてその場から姿を消した。
続く